先日提出された改善要望書。
それに付け加え、防塵、防水加工も施してくれと言われ、一体どこで使用する気なのかと思う。
言われたからにはやるんだけどね。……どうせ他にやる研究は今のところないし。
というわけでラボに籠り、医療用ドローンに改良を施していた時である。
扉をノックされる音がした。
「ん? はーい?」
「失礼するぞ」
「誰かと思えばサリアか。これでドクターだったら噛みついてたよ」
実際、私が作業しているときに声をかけてくるオペレーターは少ない。
それはドクターでも同じ。
何度集中が切れた腹いせに噛みついたか分からないし、ミーボをけしかけたか分からない。
それでも私が作業しているときに声をかけてくるのは、サリアやサイレンスといったライン生命組。
そして、エンジニア仲間であるごく少数くらいなものだ。
「それで? 何の用?」
「一つ、頼まれ事をしてくれないか?」
そんなごく少数に含まれるサリアに、ここに来た理由を聞いてみれば、内容には触れずに頼まれろという言葉が。
「内容次第かな。……後は報酬次第」
「なに、そんなに変な事ではない」
という面倒な事の枕詞的前置きをしたサリアは、私に頼みたい内容を語り始めた。
……要約すると、飯がマズい。である。
いや、少し違うか。特定のオペレーターが調理担当だった時の食事が娯楽として機能しておらず、このままでは士気に影響が出る――というか出始めているという。
だったらそのオペレーターを外せばいいのでは? と考えるが、そもそも料理が出来るオペレーターは限られている。
仮に、全員持ち回り制にしてみたとしよう。私が担当の時は、全食シリアルで固定だ。
断言してもいい。
とまぁこんな風に、そもそも料理が出来ない、あるいは料理が苦手なオペレーターも居るため、調理を担当するオペレーターは基本的に立候補制。
専任のスタッフがもちろん居るが、オペレーターが増えてきたことでスタッフだけでは人手が足りないのが現状だ。
……ただ、この立候補したオペレーターの中に、大多数が『地獄』と評する料理を作るものが居るという。
「とまぁここまで食に対することを説いたわけだが、メイヤーは普段食事はどうしている?」
「手っ取り早くスムージー飲んでるけど?」
「誰が作ったものか分かるか?」
「ハイビスカスだけど?」
「……正気か?」
「私は正気のつもりだけど?」
何故だろう。普段飲んでいる製作者の名前を挙げたら正気を疑われたんだけど……。
「はぁ……。実はその『地獄』と呼ばれる料理を作るのはハイビスカスなんだ」
「そうなの? 別に普通のスムージーだけどなぁ……」
「ああ、彼女の作る料理はマズくはない。……マズくはないが――」
「味がないだけでしょ? 些細な事じゃん」
「些細なものか!! 大問題だ!!」
「そもそもさぁ、味があるから好き嫌いが出るんでしょ? 苦いの嫌いーとか、しょっぱいのがいいーとか」
「まぁ、確かに」
「だったらさ、味なんてしない方がみんな食べると思うんだよね。栄養さえとれりゃあ食事なんていいわけだし」
サリアは知らないのだ。
私が食事の時間の短縮と、栄養バランスの偏りを無くすために、食事全てをタブレットに置き換える提案を提出していたことを。
そして、ドクター含め大多数からの猛反対にあい、あえなく引っ込めざるをえなかったことを。
「いや、だからだな? 食事とは栄養を取るという目的もあるが、こうストレスが多い環境では娯楽という側面が強く――」
「とりあえず食事については分かんないけど分かったから、私は何をすればいいわけ?」
気が付けば思いの外時計が進んでいた。
もちろん、話を聞きながら手を止めているわけではないが、意識をすべて研究につぎ込めてない以上、どうしても効率は下がる。
本題を早く伝えてもらいたいんだけど。
「食事として出される味のデータを収集してほしい。そして、その味のデータを集計し、娯楽性と栄養面の両立できるレシピを算出し、そのレシピに従って今後料理をしてもらうようにする」
「それやってどうなるの?」
「現状バラついている食事の満足度。これを一定水準まで上昇させる。これを行うことで、『食事が美味しい』という強みが出てくる。何度も言うが食事は娯楽の一種と考えられている。この『食事が美味しい』という事実だけで、これまでロドスと協力することに乗り気ではなかった勢力や個人からの協力が貰えると考えている」
何やら熱く語り始めたんだけど、要するに常に美味いものが食いたいってことだよね?
それだけでそんなにうまくいくのかな……。
でもサリアのこんな意見は、過去を振り返っても大体成功しているし……。
「やれるだけやってみる。……んで、ちょっと尋ねるんだけど」
「む、なんだ? 私に出来る事ならば協力するが?」
「この美味しいって、誰を基準に作ればいいの?」
*
話を聞いてさっそく取り掛かり、その日の夜にはすでに試作機が四台ほど完成。
私の手にかかればこれくらいは、ね。
とはいえここからが大変だ。
何せ、十人十色の味覚に『美味しい』と思わせる味のデータを取らなければならないのだから。
まさかこれから出される料理を毎日数値化し、データとして集計して……なんて気が遠くなってやってられないし……。
よし、ちょっと面倒だけど、みんなに聞いてみよう。
あわよくばみんなが特定の一人の名前を挙げて、その人の料理が美味しいって言ってくれれば、その人の料理のデータを取るだけで楽なんだけど。
*
「それで最初が私か」
「ほら、言い出しっぺだし。やっぱり聞いとかないとね」
というわけで最初のデータはサリアで取ることに。
自分でやれと言い出したことだから、聞かれても答えないわけにはいかないだろうという目論見。
「その……なんだ」
「?」
「サイレンスの料理が……美味しいと思う」
顔真っ赤にして眼を逸らしながらボソボソと言われたら、誰だって気づいちゃうよ?
君ら本当に分かりやすいからね? 私以外にバレてないの奇跡だからね?
「ふーん。……サイレンスっと。――あれ? サイレンスって調理者に立候補してたっけ?」
「ま、前に一度だけ作っていたのをたまたま食べた時だ」
「一回しか食べてないのに推すくらい美味しかったんだ?」
何と言うかまぁ。綺麗に墓穴掘っちゃって。
少しつついたら露骨に慌てるし、普段のサリアからは全く想像できないよ。
顔を真っ赤にしてプルプル震えている様子に身の危険を感じたし、データは貰ったので退散しよう。
ごちそうさまでした~ってね。
ん~……次は誰にしよう。
*
「それで、私のところに来た、と」
「そう! こういうのってやっぱり身近な人の方が聞きやすいからね~」
というわけで今度はサイレンスの所に来てみました。
目的だけは伝えて、誰の発案かは明かさずに。
さてさて、サイレンスは誰の名前を挙げるでしょうか。
「……サリア、かな」
「っ!!」
「滅多に作らないけど、相手の事を考えて、細やかな心遣いが散りばめられた料理を作ってくれるから」
……ほんとさぁ。この二人なんで結婚しないんだろ?
もうこんなの相思相愛じゃん? 言いたいなー。これ双方に言いたいわー。
「サリア、と。貴重なデータありがとねー。集まったら報告しに来るよー」
もちろん言うわけもなく、とりあえずにやけっぱなしの口元をアンケートを挟んだバインダーで隠し、その場を速足で去った。
――ちなみにほとんどのオペレーターからアンケートを取ったところ、ぶっちぎりでマッターホルンに票が集まったため、彼の料理を味を測定する試作機に通してみたところ……。
まさかの何度通してもエラーを発生させてしまい、その原因究明に大きく時間をかけてしまうことになった。
なお、エラーが発生した理由は――『美味しすぎた』為である。
百合が相手を思って料理を作るのは尊いし、二人で手伝いながらキャッキャウフフして作る料理も尊い。
……というかサリアとサイレンスって料理できるのかな?
最低限の調理位は出来るって勝手に思っちゃってたけど。