誰が何と言おうと戦闘狂故にバトル回数がダントツで多い彼女がレベルだけなら抜きん出ています。
しかしブースターはそんなグレイシアをも黙らせ、まとめ上げるだけのリーダーシップがあるんです。
サンダースにファーストキッスを奪われた後、更に他の子達に揉みくちゃにされた僕は復活に三十分を要し、それからみんなの食器を洗ったりしているとブースターが足元をうろちょろし始めた。
「どうした、ブースター」
問いかけるとつぶらな瞳で僕を見上げ、彼女は一つ鳴いた。
「おっ、手伝ってくれるのか?」
また一つ鳴く。
「じゃあこれ、よろしく〜」
僕が洗った食器を平らな石の上に置くと、ブースターは大きく息を吸い込み、勢いよく吐き出す。
——ものすごく加減した"ねっぷう"である。
数秒もすれば濡れていた食器類は乾いた。今日も絶好調らしい。
「よし、ありがとうブースター」
一仕事したブースターに感謝を告げて皿をリュックに詰める。これで出発の準備は整った。
「ふぅ…………うっし、行こうか!」
荷物をたくさん詰め込めるようにと店で買った一番大きなリュックを、やまおとこと同じ登山用リュックを背負って立ち上がる。
100Lと目を疑うような大容量で、お値段も目を疑うようなものだったのを今でも憶えている。あの頃、僕達はまだ弱くてお金も小銭程度しかなかったっけ……。
「ブースター、いつもありがとうな」
旅の始まりから一緒に居てくれている相棒の頭を優しく撫でた。
——熱くないのかだって? 熱いに決まってるだろ。平均体温が700〜800度とかいう超生物だよ? 死ぬほど熱いわ。でも可愛いからつい撫でちゃうんだよ。それに慣れれば案外平気というか、なんでもなおしとキズぐすりがあれが大抵の怪我は治るし問題ないでしょ。
火傷を負いながらもブースターを撫でた後、ひたすら名前も知らぬ道路を歩き続けていると、少し先の草むらの中央に怪しげな女性が立っていた。恐らくオカルトマニアの◯◯さんだろう。
「もしもバトルになったらブースター、君に任せようと思うんだけど」
ブースターは力強く頷いた。ちなみに、他のブイズは気分によって出歩いたり引きこもったりするのだが、最近は彼女達の中に取り決めでもあるのか、誰か一匹が出てる時は他の子達が出ないようになっている。
ふぅっと大きな深呼吸を一つ、僕は歩き出す。この瞬間がポケモン世界に来て一番緊張する。
相手とバトルがあるか否か——。これは重大な事柄だ。主にうちの子が相手にご迷惑を掛けないか、だが。
——迷惑と言えば、直近ではシャワーズがバトル目的で近づいてきた年上の女性をずぶ濡れにしたっけ。あー、ストレスでお腹痛くなってきたかも……。
あの人、風邪引いてないかなぁ。確か名前はシロ——
「あっ、あのっ‼︎」
嫌なことを思い出して頭を抱えていると、いつの間にかオカルトマニアさんの視線先まで来ていたらしい。原作と違ってむちむちの、極めて母性を象徴する二つの膨らみを揺らしながら女性が草むらをかき分けてこちらにやってきた。……うわっ、ボンッキュッボンだ。
「クヒッ、きゅ、急に声をかけてしまって申し訳ありません……。実は私、ゴーストタイプを愛していて」
……すごい毛量だ。多分あの中に最小のポケモンが一匹や二匹いても気づかないぞ……。
「そ、それでですね。あの、ワタシのポケモンちゃんを見ていただく為にバトルをしていただけないかと……」
出たよ、意味不明なバトル動機。別に戦わなくてもいいじゃん。一緒に自分が可愛いと思うポケモンを愛でようよ。
「……ええ、喜んで」
「あっ、ありがとうございますっ‼︎」
声でっか‼︎ いや、彼女のことは痛いほどよく分かるよ。他人と会話する頻度が著しく低下すると、久しぶりの会話で声量の感覚がガバガバになっちゃうんだよね。僕もよくある。
「じゃ、じゃあ行きますね! 出てきて、ゲンガー!」
彼女が投げたモンスターボールから紫色の巨体が現れた。やっぱりゲームだと数値だけだから想像しにくいけど、実際に見てみるとポケモンってめちゃくちゃ大きいな。
僕の身長が約160cmだからゲンガーとは10cm程度しか変わらない。不思議生物が自分とそう変わらない大きさとなると恐怖は計り知れない。こんな巨体に"たいあたり"なんてされた日にゃ全身複雑骨折だろう。
「おっと、僕も場にポケモンを出さなきゃね。じゃあ頼んだよ、ブース——」
言い終わらぬうちにリュックからモンスターボールが一つ飛び出し、中から戦闘狂が躍り出た。……我らが最強の戦闘狂、グレイシアだ。
「こらっ、グレイシア! 勝手に出てくるのはいいけどバトルにまで出しゃばるのは駄目だっていつも言ってるだろ!」
「…………‼︎」
グレイシアは完全にやる気らしく、僕の言うことは聞きそうになかった。それもそうか。最近はトレーナーとのバトルも無かったからムシャクシャしてるんだろう。一度戦わせておいた方がいいかも。
「というわけで、ごめんなブースター。今回はグレイシアに戦わせてあげていいか……?」
みんなの姉貴分である優しいブースターは小さく頷いてグレイシアを見守る姿勢になった。
「よし、グレイシア! ブースターの分まで目一杯楽しむんだぞ!」
グレイシアは遠吠えの如く空に吠え、全身からやる気と冷気を発する。
「そ、それじゃあ始めてもよろしいでしょうか……?」
「いつでもどうぞ」
「じゃ、じゃあ行きます! ゲンガー、したでなめる!」
「避けろ、グレイシア! そのままこおりのつぶてだ!」
ゲンガーの大口から長い舌が現れてグレイシアを狙うが、彼女は華麗に飛び退き、隙丸出しのゲンガーへ氷塊をぶつけた。
「ゲガーッ!」
こおりのつぶてをモロに食らったゲンガーが目を回して倒れてしまった。グレイシアの勝ちだったようだ。
あれ、ゲンガーなのに弱くね……? そもそも"したでなめる"って好き好んで使う人いたのか……。
「ゲ、ゲンガーがぁ⁉︎ うぅっ、ありがとうねゲンガー……」
オカルトマニアさんは倒れたゲンガーに駆け寄り、労わるようにモンスターボールに戻した。次のポケモンを出すようだ。
「バケッチャ! 頑張って!」
「チャチャ!」
かぼちゃに瓜二つなポケモンがボールから飛び出した。
ふーむ、バケッチャか。実はあまり記憶にないポケモンだ。多分ゲームプレイ時は捕まえてないんだろう。ただ、バケッチャもブイズには勝てないまでも随分とキュートなポケモンだ。
「もちろんグレイシアはまだまだ余裕だよな?」
彼女は吠えず、ただこちらを一瞥した。余裕に決まってんだろ、早く戦わせろと言ってるようだ。頼もしい限りである。
「それじゃあ行きますよ。グレイシア、れいとうビーム!」
「えぇっと、避けてバケッチャ!」
拙い指示にバケッチャが一瞬戸惑い、それが仇となった。グレイシアのれいとうビームがバケッチャに直撃したのだ。
「チャチャチャァ……」
バケッチャが戦闘不能となった。オカルトマニアさんは涙やら鼻水やらを豪快に垂れ流しながらバケッチャにお礼を言っていた。
「よくやった、グレイシア。やっぱりお前が一番強いな」
褒めながら頭を撫でると嬉しそうに顔を綻ばせながら冷気を発する。
はい、もちろん冷たいです。凍傷まで秒読みだし、何ならすでに指の感覚なんてない。だけど、頭を撫でてそのまま顎の辺りまで移動して、そこをくすぐると蕩けるような顔になる女の子を撫でない術なんて、残念ながら今の僕は持ち合わせていないのだ。