——ただ、思い浮かべてほしい。
文章内にブイズは出てこない。でもね、確かに彼の横にはブースターとグレイシアが居るんだ。平均体温700〜800度のとんでも生物と体温をマイナス60度まで下げられるとんでも生物に挟まれている、と。
…………うーん、拷問かな?
顔中汁塗れにしたオカルトマニアさん——オーカさんという名前らしい——にハンカチを渡し、とりあえず落ち着かせる。
「大丈夫ですか。少しは落ち着きましたか」
「はい、ありがとうございます……」
「これ、良かったら使ってあげてください」
僕はリュックからいいキズぐすりを取り出して渡した。
「ヒェ、そんな高価なものはいただけません!」
「いえいえ、ポケモン達を労わる気持ちがあるのなら是非使ってください」
「あぅ、ありがとうございます……」
遠慮するオーカさんへいいキズぐすりを押し付けることに成功した僕は、改めてゲームとは違うんだなと思った。
——この世界はゲームと異なる部分が多々ある。バトルはターン制ではないし、戦闘不能状態に陥ってもバトル終了後に回復アイテムを使えば全快は可能なのだ。それに、例え負けても目の前が真っ暗にあるいは真っ白になることはなく、所持金が半分になることもない。……賞金は払わなくてはいけないが。
「オーカさんはトレーナーになって日が浅いんですか?」
「はい、実はまだ一週間も経っていません……」
「やっぱりですか。ちなみにゲンガーとバケッチャはご自分で捕まえたので?」
「いいえ、両親から与えられた子達です……」
恐らく20歳くらいだと思うが、どうにもおかしい。この世界の人々は等しく幼いうちからポケモンと触れ合い寄り添って生きているはずだ。だと言うのに、どうしてこの人はこんなにもバトル慣れしていないのか。
「もしかして、オーカさんって引きこもりだったりします……?」
「ヒギィ、ど、どうしてそれを⁉︎」
オーカさんが左胸を押さえながら変な鳴き声を上げて驚いた。どうやら本当に引きこもりだったようだ。
「普通は幼少期から親のポケモンと戯れて、ある程度成長すると近所に住む同年代の子達とバトルするのが世間一般なのに、オーカさんは全くバトル慣れしてないなと思いまして」
「うぅっ……しゅみません……。実は子どもの頃よりオカルトに魅了され傾倒しており、気づけば職にもつかず20歳を迎えてしまっていました……」
なんと、そんな人間がこの世界に居たとは……。
「自宅で日々パソコンとにらめっこしながらオカルト関係の情報に目を通して楽しんでいたら、遂に家を追い出されてしまいました……うぅ」
オーカさんがしくしくと泣き始めた。
「まぁ、でも愛想尽かされたわけじゃないから良かったじゃないですか」
「家を追い出されたんですよ……? 私は絶対いらない子なんです……」
膝を抱えて静かに泣き続けるオーカさんは、まだ親の気持ちが分かっていないらしい。
「——いらない子にポケモンは持たせないでしょ」
「え?」
「だから、いらない子に自分のポケモンを持たせるわけないでしょって言ってるんです」
「そ、そうなんですか……?」
「そりゃそうでしょ。少なくともちょっと反省したら帰ってきてほしいとは思ってるんじゃないですかね。じゃなきゃ大切なポケモン達を他人に預けたりはしないでしょう」
いつの間にか泣き止んだオーカさんは僕の言葉に必死に耳を傾けていた。
「ポケモンと触れ合う機会が圧倒的に少なかったオーカさんにはまだ理解が難しい感覚かもしれませんが、自分のポケモンというのは家族なんですよ。親友であり戦友であり、そしてかけがえのない相棒でもあるんです。
——そんな大切な存在をどうでもいい人間なんかには絶対に渡しませんッ!」
「…………ッ!」
「理解できましたか? もしまだ理解できないと言うのなら僕がゲンガーとバケッチャにあることを尋ねます。そうすればあなたにもきっと分かるはずです」
いいキズぐすりを使って回復した二匹を出してもらい、僕は二匹と顔を合わせる。二匹とも真剣な眼差しだった。
「君たちに教えてほしいことがあるんだ。まず、君たちはオーカさんのご両親のポケモンで間違いないよね?」
「ゲガー」
「チャチャ」
二匹は力強く頷いた。よかった、これでオーカさんの記憶違いとかだったらこの後の流れが全部パーになるところだ。
「じゃあ次に、君たちはオーカさんについて行きたかったから一緒に居るのかい? そして、オーカさんのことは好きかい?」
「ゲガッゲンガー」
「チャッチャチャッチャ」
「えっ……」
二匹が迷いなく首を左右に振ったことでオーカさんが傷ついた表情を浮かべる。ちょっと酷な質問だったかもしれない。けど、これはどうしても必要な確認事項なんだ。
「これでどうして君たちがオーカさんと一緒に居るのか分かったよ」
「…………両親に頼まれたから、義務で一緒に居るんですよね? どうせ私なんて……」
「オーカさん、あなたは馬鹿な人だ」
「ば、馬鹿⁉︎」
「ええ、馬鹿な人です。あなたは仲の良い人と離れ離れになって全く知らない人と寝食を共にすることになんの苦痛も感じませんか? 例え苦痛を感じないとして、それが言葉すら通じぬ存在だった場合はどうですか? 恐らく彼らの強さからしてご両親がゲットしてまだ間もないはずです。これから絆を深めていこうって時にあなたについて行くよう言われたはずなんです。あなたに彼らの気持ちが分かりますか?」
「はい、少し……分かります……」
「じゃあどうしてご両親の気持ちを分かってあげられないんですか。ゲンガー、バケッチャ。もう一つだけ訊くからよく思い出して答えてね? 君たちはご両親に「娘を頼む」とか「娘を守ってやってくれ」と心からの頼み事をされたかな?」
「ゲガー」
「チャチャ」
こくりと二匹が頷いた。
「…………本当に、そう頼まれたの? 私なんかを守ってほしいって……お父さんとお母さんが、言ってたの……?」
また二匹が頷く。それが決定打だったようで、オーカさんはその場で泣き崩れた。
「私っ、愛されてたんだっ……! お父さんとお母さんに、愛されてたんだぁっ……!」
オーカさんが泣きながらゲンガーとバケッチャを抱きしめた。
「ありがとうっ…………そして、ごめんね。お父さんとお母さんに会いたいよね。……帰ろっか?」
ゲンガーに支えられながら歩いて帰るオーカさんを僕は手を振って見送る——前に、その去りゆく背中に一つ尋ねた。
「あの、ここってどこですか……?」
実はもう一週間ほど、この周辺を彷徨っていたりします。