深い霧の中、奇妙な男が歩いていた。
奇妙なのは男の恰好だった。喪服で革靴。その姿でぬかるんだ泥湖を歩いていた。
「霧で見通しが悪くて困ったな」
男はポツリと呟いた。目を細めて辺りを警戒しながら歩いているようだった。
すると、男の目の前に青い何かが飛んできた。
男の頭上で静止したそれは少女のようだった。
「ここはあたいの城だよ。冷たい土足で踏み入らないでよ」
見た目は少女。だが、人間ではないようだと男は思った。
髪は薄めの水色で、セミショートヘアーに青い瞳。
背には氷の結晶に似た六枚の羽を持ち、頭部には青い大きなリボンを付けている。
服装は白のシャツの上に青いワンピースを着用し、首元には赤いリボンが巻かれている。
男は少女の発言からその知能を察した。
「それは申し訳ありません。出て行きますので帰り路を教えていただけないでしょうか?」
男は恭しく頭を下げて少女に言う。
男の内心は兎も角、その姿は微塵も馬鹿にした様子は感じられない。
上位の存在に対して敬意を払うような仕草だ。
「あんたの帰り道なんてあたいが知るわけないだろう!」
初めて出会った男の素性等知る由もない少女は当然のことを言う。
その反応が男の思った通りとは知らずに。
「すみません。随分賢そうに見えたので知っているかと…」
繰り返すが、男の内心は兎も角は本気でそう思っているように見える。
それは心でも読めない限りわからないだろう。
「弱そうに見えて中々見る目あるじゃない!勿論知っているよ!」
気を良くした少女はえへんと言わんばかりに胸を張る。
が、
「…何だったっけ?」
少女は頭が悪かった。そしてそれは男の想像通りだった。
「確か人里への道を伺いました」
しれっと先ほどとは微妙に違うことを男は尋ねる。
「あっちだよ」
少女はそう指を指した。
だが、霧で見えないので距離感すらわからない。
「ありがとうございます。それとできれば案内をお願いしたいのですが」
男は少女に礼を言いつつ少々困ったような顔をして言う。
本気で困っているので男は初めて内心と外面が一致していた。
「ええ…面倒臭いな。あたいも忙しいんだよ」
少女はできれば男に関わりたくないようだった。
男は知らないが、普段の少女ならば“人間”に対してここまで邪見に扱うこともなかった。
というか煽てられ、気を良くして案内を勝手に始めるくらいだ。
「すみません。あなたのようなお強い方がいてくださると大変心強いのでつい…」
普段の少女のこと等知らない男は言葉を重ねる。
傍目から見て男は心からそう思っているようだ。
「いんけん?な感じなのに見る目あるじゃない!あたいが案内してあげるよ」
少女は大変機嫌よく答えた。
少女は人を見る目があるようだ。
男は少女が気を悪くしたら答えがありそうで実はない謎々を出して誤魔化そうとか考えていた。実に陰険である。
「ありがとうございます。…失礼ですが、あなたのお名前は何とおっしゃるのですか?」
男は今更ながら名前を聞いた。
コミュニケーションの大前提を無視して自分の要求を飲ませてから始める辺り詐欺師染みている。
「あたいは最強の無敵妖精チルノだよ!」
少女、チルノは名乗った。自らを誇るように声高らかに。
「妖精…。私はオオス=ナルガイと申します。よろしくお願いしますチルノさん」
対する男はあからさまな偽名を名乗った。自らを誇るように声高らかに…嘘をついた。