永遠亭の客間の一室にて、オオスと永琳は対面で相対していた。二人だけである。
座卓に向かい合い、お茶が傍らに置いてあるだけの質素な空間であった。
輝夜がここにいない理由は、オオスが後で遊びでも何でも無理のない範囲で付き合うから永琳と話をさせてくれと頼んだからである。
輝夜は喜んで永琳を差し出した。…永琳も気の毒にと思ったオオスは他人事だった。
会話は永琳から始まった。永琳にはもう先ほどまでの焦燥は一切なかった。
「色々聞きたいことはあるけど、貴方は教えてくれないでしょう?」
永琳はオオスの目を見て、断言するように確認した。
永琳はオオスがまさかこの段階で話をしたいと言い出すとは思っていなかった。
どうあってもオオスは話さないだろうと永琳は思いつつも一応、尋ねた。
だが、
「ええ、まあ…でも、聞きたいならば良いですよ?」
オオスは永琳に話しても良いと言う。
永琳はオオスにとって敵ではなかった。…味方でもないが。
「…辞めておくわ。聞けば巻き込まれるようにしているのよね?」
永琳はオオスの答えに一瞬悩みつつも、拒否した。
オオスのことだ。何を企んでいるかわからないが、協力させられる可能性が高い。
…これすらブラフも考えられる。
永琳はオオスという存在を未知と既知の混在でわからなくなっていた。
だからこそ、ここで見定めると永琳は決意していた。
…月の賢者としてオオスという異物を見極める。それが自らの使命だと永琳は思っていた。
「仰る通りです。私の真実は貴方にとっての真実とは限らない」
オオスは永琳の悩みを肯定する。
永琳にとって望ましい物ではないかもしれないと釘を刺した。
「…探偵なら一つの真実を追い求めそうなものだけど」
永琳はオオスの語り口に呆れた。…教えると言いながらこれである。
外の探偵としてそれはどうなのかと永琳はオオスへツッコんだ。
「真実は養殖所を出て、店で加工されて人の手によって作られる物です」
オオスは極論である真実を述べた。…真実は作られる物である。
そこに介在する者達によって最終的にどうなるかが決まるのだ。
「情報を扱う者にとって大事なのは加工の段階。…そうでしょう?」
オオスは永琳に問いかけた。…賢者はあまり謎を作ることを好まない。
賢者はある物を加工し、真実を作り上げるのだとオオスは暗に示していた。
「…ええ、そうね」
永琳はオオスの問を認めた。
「私も情報という出荷物を加工してあの子達に託した」
永琳は巻き込まれながら、加工に携わった。
そして、かつての教え子の綿月姉妹に託したのだ。
…だが、永琳は千年以上前に加工していた。オオスも想定外であろう秘策であった。
オオスは永琳の千年の計を解くことに興味はないように思う。
だが、オオスは過去に浦島太郎を強調しているのでどちらにも取れるのだ。
…この場では関係ないと永琳は思考を捨てた。
「探偵も同じことなのです」
オオスは永琳の内心等お構いなしに言葉を続ける。
…情報とは多面的であり、思考を良くも悪くも左右する物だ。
「…事件を解決するしないで頭を使うようでは二流です」
オオスは永琳に言い切った。事件等極論なくなれば良い。
…オオスにとって事件を解決するしないで悩むようでは探偵として二流だった。
「…貴方も私も同じ。誰かの企みという手のひらで動いているだけということかしら?」
永琳はオオスの言外の意図を読み取って尋ねた。
オオスは今回の幻想郷が起こした月面戦争の、何も企みを知らないで勝手に動いている。
…オオス一人の意思で動いていると永琳は改めて確信した。
「私は爆竹を握らせて爆発させるような遊びは好みません」
オオスは手のひらという喩えが丁度良かったので補足した。
オオスは本来、場をぶち壊すような遊びは好まない。
「では、何であの玉兎達を連れてきたのかしら?」
永琳はオオスの言葉の矛盾点を突き付けた。彼女達はやり過ぎだと指摘した。
「あの玉兎達は地上の調査部隊だと言っていた。…玉兎の中でも戦闘のエキスパートよ」
永琳はオオスに問い詰める。…犯人を追い詰める探偵のように。
「貴方は爆竹を手で握っているのと同じよ」
永琳はオオスに言い切った。彼女達を救うにしてもやり過ぎである。
オオスの真意を永琳は問うた。
「否事を。…永琳さんが一番わかっているのではないですか?」
オオスは永琳の問への回答を拒否した。否、答えてもいた。
永琳が認めたくないだけで、オオスの真意等見抜いているはずだと月の賢者に問いかけた。
「…」
永琳は黙った。
永琳はオオスの行動の結果から既にわかっていた。だが、それは飽くまで仮説であった。
オオスの行動原理をである。それをオオスは自ら明かした。
永琳はオオスが何故それを明かすのかわからない。
行動原理を明かすことそのものがオオスにとって不利にしかならない物であった。
「絶対的権力は絶対に腐敗するのです。私の行為の結果がそれを証明しています」
オオスは永琳に問いかけた。月の賢者がわからないはずはない。人の性を指摘した。
…イーグルラヴィをオオスが月から引き抜けた結果がそれを証明していると暗に告げていた。
「月の賢者達は私の見る限り、最良の権力者であるが故に停滞しています」
オオスは月の現状は永琳等、月の賢者に責任があると言外に述べていた。
正確には永琳はもう月の民ではないが、それでも突きつけるのを辞めない。
今度はオオスが探偵役である。犯人役の永琳を追い詰めていた。
「私はね。永琳さん、いや××さん」
オオスは永琳の本名で呼びかける。
オオスは永琳がかつて捨てた名だというそれに問いかけていた。
「力を持つということは覚悟を持つということだと思っています」
オオスは自身の信念を述べた。…だからこそ、オオスは人の味方なのだ。
…それを理解してくれる者は理の外の存在であり、オオスの味方ではなかった。
「月の民は力に奢り過ぎた。…一度目を覚ますのも必要ですよ」
オオスは自らの意思を永琳に伝えた。これ以上は無粋だと締めくくった。
「…貴方が何を考えているのかは大体理解しました」
永琳はオオスの真意を理解した。
オオスは月の民には危機感が足りない。それは月の賢者の責任であると言っているのだ。
オオスに対して部外者が、と永琳は怒りを抱いた。
…だが、部外者となった永琳にオオスに怒りを覚える資格はないことに気が付いた。
だからこそ、永琳は完全なる中立の立場でオオスの行動原理を思索することができた。
オオスは純粋な善意でもって自らの正義を永琳へ、否、月の民へ問いかけていた。
それが善意かは人によって分かれるだろう。オオスの善意、正義は劇薬に等しい。
オオスに罪がなくとも裁判にかけられ、処される光景を永琳は想見した。
…永琳はオオスのその在り方が眩い、尊い物に感じられた。
「…貴方の様な者はいつの世も潰されてしまうのよ」
永琳はオオスに心からの善意を持って返した。…オオスの『弁明』は月に届かない。
永琳はここに至ってオオスがどれほど純粋な存在なのかを理解した。
だから、オオスにもうその在り方を辞めるように言った。
…永琳はオオスへ懇願していた。
オオスの在り方は、長く生き、永遠の存在である永琳にはできない在り方であった。
一方のオオスは永琳の言葉を聞き、その言葉に含まれた優しさを感じ取った。
だから、オオスなりの礼を持って永琳へ返すことにした。
…オオスは締めくくったはずの言の葉を再度紡いだ。
「広い宇宙に生きて思わぬ桎梏にわが愛をすら縛らるるを、脱るる路を知らず」
オオスはこの方法以外知らないのだ。宇宙だろうが自分自身を繋ぎ留められぬと述べた。
…どれだけ人から疎まれようとも辞めなかった。オオスは結局、外でも中でも変わらない。
八雲紫はオオスのことを『人』の味方と評した。
満月の夜、藤原妹紅を庇ったオオスを見て、紫はその在り方を美しいと感じ取った。
…奇しくも幻想郷の賢者が感じたことを月の賢者もまた感じ取っていた。
だが、
「…明日は、この氷の桎梏からのがれ得ることを祈る」
オオスは自分自身の、鎖で繋がれた状況を理解していた。
祈りたくとも祈れない自身の在り方に反して、オオスは敢えて『祈る』と喩えた。
永琳への感謝を込めて、オオスは自らの在り方の是非を他者に溢した。
オオスは四季映姫から学んでいた。…自分のやり方は間違っていると悟っていた。
「私を止めたければ、私に明日を寄越してください」
オオスは永琳に心の底から礼を言いつつ、自分を止めたければ答えを寄越せと言い切った。
「…それは月の都でも無理ね」
永琳はオオスを『まだ』止められないことを悟った。
だから、今はオオスの遊びに付き合うことにした。
…永琳は輝夜がオオスに惹かれた理由がはっきりとわかった。
彼の在り方は、どうしようもなく惹かれるのだ。…暗闇の洞窟に光が差し込むように。
「…明日を止めた者に明日を進む者の意地を魅せてあげましょう」
オオスは自分の道を突き進むのだと宣言した。月の民へ改めて宣戦布告した。
これは八雲紫もレミリア・スカーレットも関係ない。オオスの月面戦争である。
彼は修羅の道だろうと自らの道をただひたすらに突き進む。
その先が残酷で救いがない物だと知っていてもなお、外での彼は歩みを止めなかった。
…幻想が彼を止めることを地獄の閻魔は祈っていた。