迷いの竹林から急ぎ、月の都に帰って来た豊姫は妹依姫に駆けつけて来た。
そして、綿月家の宮殿の一室でお互いに話し合うことにした。
「依姫…ごめんなさい」
豊姫は依姫に謝罪する。豊姫は今回、敗北をしてしまった。
月の使者として恥ずべきことに、オオスという地上の民に手のひらで踊らされていた。
だが、
「お姉様は悪くありません。…私は八意様の手紙を読みました」
依姫は豊姫を庇うように言った。
八意様の手紙の内容からわかった。…オオスは初見で対処不可能だった。
八意様の青い封書の中身を読んで、依姫は気が付いた。
此度の妖怪の企み、月で起こった様々な現象がオオスにより更に加工されていた。
…何も知らない第三者が月から幻想郷を守るためにあらゆる手段を持って警告してきた。
綿月姉妹と稀神サグメ以外注視しなかった地上の調査部隊イーグルラヴィ全員の消息不明。
…恐らくこれもオオスの仕業と依姫は推測している。
八意様も月の都に居れば対処可能だろう。だが、ここまでするのは想定外だったはずだ。
青い封書を読んだ依姫は確信していた。
「むぅ!」
豊姫は勝手に手紙を読んだ依姫に怒りの目線を向ける。
…緊急事態なのはわかるがそれはそれ、これはこれなのだ。
「緊急事態だったので。怒らないでくださいよ」
依姫は怒る元気があるのならば大丈夫かと内心ほっとした。
八意様の封書から読み取れたオオスとは依姫からすれば恐ろしい怪物だった。
あの八意様すらオオスが何を仕出かすか読み切れずにもう一通封書を作成した。
…オオスはそれでもなお月から逃れ切って、最大の成果を挙げていた。
月の民がオオスという存在を知れば恐ろしい。だが、知らなければもっと恐ろしい。
オオスに下手に関わってはならない。力を持てば持つ程、オオスは極めて凶悪な存在となる。
全てを力で凌駕する月の民にオオスは特効過ぎた。
依姫はオオスの月に迫る技術力よりその行動力が恐ろしかった。
戦闘のエキスパートでありながら軽んじられていたイーグルラヴィの玉兎らにオオスは目をつけた。
地上の民が、圧倒的格上の月の民をここまで翻弄するのは恐怖しかない。
オオスは全て計算づくと示しながら、玉兎達を心酔させるカリスマ性を持つ化け物だ。
依姫は月の都の防衛と地上の監視などを請け負う月の使者として、武力以外のところで戦いを挑むオオスの厄介さに頭を抱えていた。
「あの青い封書の中身はオオスという個人がやりかねないことが列挙されていました」
依姫はまだ封書を読んでいない豊姫に概略だけ伝えた。
オオスにあまり先入観を持たずに応対した豊姫の感想を聞きたかった。
「そうなの…でも、実際に話して見て思ったのだけど」
豊姫はオオスと直接会話した自分の意見を依姫は聞きたいのだと理解した。
なので、少しばかり思い出して、改めて会話を思い出した。
『ここは洞窟です。汗ばむ顔と松明に赤く映える顔。石多き所に死ぬばかり苦しむばかり』
『ある人は嘆きと悲しみを叫ぶでしょう。月の民が牢獄と例えるのも一理ある』
オオスはそう言っていた。オオスは月を敵視しながら、どこか憐れんでいた。
月の都を神々の国として扱うのではなく個人としてどこまでも純粋に見ているようだった。
悲しいことに他の月の民ではオオスを受け入れられないだろう。…彼は劇薬過ぎた。
「どうなさいました?」
依姫は姉、豊姫の様子を見て心配して声をかけた。
「…彼は月の民を思いやっていたわ。やり方は兎も角、悪人ではないと思うわ」
依姫は率直に感想を言うことにした。
…きっとわかってもらえないだろうと思いつつも言い切った。
「…お姉様がそう感じられたというのも報告しておきましょう」
依姫は豊姫の意見を受け止めきれないが、尊重することにした。
「そういえば月への侵略者達は返したの?」
豊姫は話題を変えた。あまり堅苦しいと息が詰まってしまうからだ。
「ええ、青い封書にも何も書いていなかったので、巫女以外は返しました」
依姫は話題の転換に付き合うことにした。
…実際考えても無駄に等しい。もはや手遅れだった。
「月でしばらくの間、神降ろしをさせて私達の汚名をすすぐのです」
依姫はそう言って行動を開始した。
…オオスを知る霊夢にもそれとなく聞いてみることにした。
綿月姉妹とは別の月の宮殿。そこには月の賢者たる稀神サグメが住んでいた。
稀神サグメはかつての同じ月の賢者である八意永琳からの密書を読んでいた。
サグメは赤い瞳を持ち、銀髪でセミショートの髪をハーフアップに結いあげている。
右だけ生えた翼が一番の特徴であり、トライバルのような黒い紋様が入った白のジャケットを着ており、その下は紫のシャツとスカートを着用している。首元には蝶ネクタイを締めていた。
『月で海割りが発生したらオオスが口を開く前に問答無用で捕らえるしか解決手段はない。
それ以降は誰にも彼を捕らえることができない。下手をすれば月の存続すら危ぶまれる。
刺激しなければ無害であるため放置するしかない。純狐と同程度の脅威になり得る』
密書には今回の月の海割りの首謀者オオスについて書かれてあった。
…綿月姉妹とは別にサグメにも封書が来ていたのだ。
それは槐安通路を通じての内密の封書であった。
「…八意様」
サグメは八意様がここまでして伝える脅威を知った。下手に手を出すなという話だ。
…どこまで信じたら良いかわからなかった。
そこへコツコツと足音を立てて誰かが入って来た。
…人払いをしている一室に喪服の男が入って来た。
「やあ、どうもこんばんは」
喪服の男はそう言ってサグメに挨拶してきた。
何事もなく、自然体で挨拶をするのでサグメも挨拶を返しそうになるほどだった。
「…」
サグメは沈黙で返す。この喪服の男こそ、オオスだと確信した。
何故、この夜に来たのか。槐安通路は封鎖していた。
…満月を利用した転移も不可能なはずだった。
「もう一つの事実が事実を押しのけて真実になり替わる」
オオスは淡々とサグメの目を見つめて言った。
オオスの目には恐れも何もなかった。
…まるでサグメに純粋に興味を持ったから尋ねて来たようだとサグメは思った。
「貴方の能力の分析が完了しました。貴方が良ければ話し相手になりませんか?」
オオスはそう言ってサグメに話を求めてきた。飽くまでもどこまでも自然体で話していた。
「…」
サグメは話さないことでオオスへ示した。
「天津神。天若日子の死因である因果の逆転能力は凄まじいですが、私ならば…」
オオスはサグメの過去を掘り返すように言った。…明らかに挑発だとサグメは捉えた。
「…」
サグメはオオスのあからさまな挑発にキレた。こんなことを言う人間は見たことがない。
この男が神を恐れも敬いもしない。…ただ、その目はサグメしか見ていなかった。
サグメは考え無しにオオスを圧殺しようとそばにあった箪笥を全力で投擲した。
だが、
「おや、残念。…だが、収穫もあった」
オオスは実体から空になってサグメの攻撃を躱していた。
凄まじい轟音と共に宮殿の壁が破壊された。
外の世界の核シェルター等より遥かに強固な壁は障子紙のように破け、砕け散っていた。
…サグメは感情で動いた自分を恥じた。
ここは月の都である。オオスをここで捕らえるのも殺すのも簡単なはずだった。
「長居は無粋ですね。私にも明日がある。…またお会いしましょう」
オオスはそう言って実体から空となって消えた。
オオスは対策をして月の都に来ているのだろう。
オオスを捉えるのは不可能とサグメは結論づけた。
サグメの能力は可能性がゼロならば通用しない。
…分析が終わったとはそういうことだろう。
「…一方的に話したいことだけ話して言った。無礼な男ね」
サグメは突然の訪問者への緊張を解き、口を開いた。
そこに護衛の兵士達がやってきた。…遅すぎる到着だった。
「サグメ様!何かありましたか!?」
護衛の兵士はそう言ってサグメに尋ねた。…遅れた理由はわかっていた。
サグメより弱い自分達は侵入者がいたとして相手にならないと思っているのだ。
そして、何よりサグメを恐れていた。機嫌を損ねれば自分の命等ないと思っているのだ。
「…大丈夫」
サグメは自身の能力から本質を語らないように気を付けて問題ないと兵士達へ伝えた。
サグメを恐れて遅れた自らの護衛の月の兵士達。
好き勝手に行動した挙句、自分を挑発し帰ったオオスがサグメには非常に印象に残った。