オオスは早朝、守矢神社の境内の掃除を早苗と共にしていた。
掃き掃除に拭き掃除。オオスは心を込めて行っていた。
その姿には普段神を冒涜するような姿勢はなく、真剣そのものであった。
早苗はオオスが世話になる相手には礼節をもって接するというのに嘘偽りがないと悟っていた。
そんな早苗の内心を知らないオオスは境内の掃除はひと段落したことを確認した。
オオスは早苗に休憩をしようと声をかけることにした。
「休憩にしましょうか」
オオスはそう早苗に言った。
「…はい!」
早苗は笑顔でオオスに答えた。
早苗とオオスが休憩に入る際、オオスは持ってくるものがあると言って席を立った。
何だろうと早苗が神社の中で待っていると、オオスが大きなボウルをもって現れた。
…オオスは早苗の為に仕事の後の菓子を用意していた。
「これは…」
早苗はオオスの持って来たパンチボールの中身を見て呟いた。
「ティーパンチです。紅茶に砂糖を加えて冷やし、フルーツ類を一口大に切りました」
オオスは早苗に菓子の説明をした。
…本来はラム酒が欲しい所だが、早苗は酒が苦手だと言う話なので代用酒は入れなかった。
「炭酸水は魔法の応用で、フルーツは主に仙果と柑橘を使用しました」
オオスは桃だけでは味気ないと柑橘を用意していた。…別の意味もあった。
ティーパンチは冬なので天然で冷えている。
境内の掃除で温まった体には丁度良いだろうとオオスは計算していた。
「いつ取って来たんですか?」
早苗は礼の前に聞いた。オオスにはそんな余裕はなかったはずだと思っていた。
オオスは早苗の為に洋菓子のレシピの数々を用意してくれていた。
それも幻想郷で入手が容易な食材でアレンジしたものだった。
それを考えるだけで大変な労力だっただろうと早苗は思っていた。
…早苗は自分の喜び様を見たオオスが頑張ったのだとわかり、申し訳なく思っていた。
「掃除の前に山で採ってきました。…柑橘ならこの時期が美味しい」
オオスは山で見つけた冬となり、黄熟した柑橘を思い出しながら、早苗に言った。
人の手が入らないこの山の自然は実に風情あるものだった。
…オオスは自然の美しさに感動していた。
「柑橘は西暦61年に垂仁天皇が田道間守を常世の国に非時香菓を求めさせたことから始まる由緒ある果実です」
オオスはついでとばかりに早苗に神事、歴史を教えていた。
これだと豆知識のようだが、早苗には歴史の理解が浅い。
好奇心から更に深く歴史等を知る機会になればと思っていた。
…オオスはそれも踏まえて柑橘を選んでいた。
「常世の国は少彦名神が大国主とともに国土を成した後に帰った地。貴方にもピッタリでは?」
オオスは早苗とオオスの様子を伺っていた二柱、神奈子と諏訪子に声をかけた。
オオスはこの場合、神奈子に向けての言葉であった。
月は龍宮であったので、常世の国は神奈子の気に障らないだろう。
…オオスなりの配慮だった。
「…バレていたか」
神奈子は無粋な覗きだったと思い、呟いた。
「神奈子が注連縄取らないからでしょうに」
諏訪子は神奈子のせいでバレたと苦言を呈した。
「これは私の、神の象徴だ。客人がいるのに取らないよ」
神奈子は悪びれもせずに諏訪子に言い切った。
神奈子は背にある冠のようなしめ縄を外そうと思えば外せるが、外さなかった。
「神奈子様!諏訪子様!…もう!」
早苗は何だか邪魔をされたようで怒りを感じた。
…オオスはこの空気を変えることにした。折角朝から用意したのにこれでは風情がない。
「橘は実さへ花さへその葉さへ、枝に霜降れどいや常葉の樹」
オオスは歌を歌う。…柑橘取れる冬に相応しい歌だった。
「橘は実も花もその葉までも、枝に霜が降りても増々常緑の樹だ」
オオスは歌の意味を早苗に解説するように言った。
冬でも自然の緑を感じられる風情を語る。
「…聖武天皇の歌ですが、冬に緑とは風情ある歌ですよね」
オオスは過去の時代に思いを馳せ、現代にも通じる風情を感じ取って言った。
「…本当に惜しいわ」
諏訪子は呟いた。オオスは本当に惜しい。教養もあれば機転も聞く。
後にも先にも早苗の婿としてこれ程までに相応しい者はいないだろう。諏訪子は確信した。
そして、同時に諏訪子はオオスが何故、あそこまで神を嫌うのか興味を持った。
オオスが語るのは過去の話であり、風情である。…ある種、神世に通じるものがある。
…オオスの風情を尊ぶ在り方で神を嫌うのは諏訪子からすれば矛盾しているように見えた。
「何か言ったかい?諏訪子」
神奈子はオオスの話に聞き入っていたので聞き取れなかった。
「何でもないよ」
諏訪子は神奈子にそう言った。
…早苗の婿にできないか考えていたとか言ったら神奈子は煩い。
「ティーパンチ分けるボウルを既に用意していました。…皆で食べましょう」
オオスはそう笑みを浮かべて早苗達に言った。
この時のオオスは神とか人とか関係なく素直な気持ちで振る舞っていた。
…オオスにとってそれは無粋であり、風情がないからだ。
「…」
早苗はそう言うオオスの、純粋な在り方を感じ取った。
…早苗は思わず彼に見惚れてしまっていた。