天魔の社では、天魔がいないことがわかり、大天狗達が大慌てだった。
オオスは自身の想像以上にバレるのが早いと内心舌打ちをした。
…それだけ天魔という存在が彼らの中で大きく偉大であると悟った。
オオスは天魔が部下に恵まれているようだと思った。
それならば、その中から天魔の孤独を癒やす存在ができることをオオスは願った。
「…貴方が見つかると少々厄介なことになりそうだな」
天魔は毅然とした態度でオオスへ言った。
そして、天魔の表情は実に晴れやかであった。
オオスは天魔には悩みが晴れたようであると悟った。
…オオスには天魔がどういう心境の変化を経たのかはわからない。
しかし、自分の行為が少しでも彼女の孤独を晴らすことができたのなら良いと思った。
「…私見つかると殺されませんか?これ」
オオスはそうした内心を見せることなくおどけたように天魔に言った。
…実際、アイツぶっ殺すとか聞こえていた。オオスはすぐにわかった。大天狗の声だ。
「後は私に任せるが良い」
天魔はオオスに後始末は自分に任せるように言い切った。
大天狗は後で絞める。天魔は自身へ誓った。…いつもやり過ぎなのだ奴はと内心愚痴った。
「…貴方は天狗とは一切の救いから切り離された存在と言ったな」
天魔はオオスの目を見つめ言った。太古の天狗の在り方を彼は知っていた。
…天魔に取ってそれが一人でもいることが何よりも嬉しかった。
「ええ、言いましたね」
オオスは天魔に同意した。
オオスが調べた限りではあるが、神仏を断ち切った存在が古代の天狗の在り方だった。
「…太古の天狗、その在り方を貴方に魅せて見せよう」
天魔はオオスが自身へ魅せたように今度は自分が魅せると言い切った。
…天魔は自らの権能を行使することにした。
それは天魔すらいつ以来かわからない程大昔に行使した秘儀であった。
天魔のそれは垂加神道において『導きの神』として扱われ、崇められた秘儀であった。
太古の天狗が神仏を捨ててまで得た神秘そのもの。その原初の力を天魔は行使した。
「さあ、行くがいい」
天魔はオオスに指し示した。…導く者として彼への手向けとして。
その瞬間、美しい虹色の、光の帯のような道がオオスの望む行先まで導かれた。
その道は、山や木等の動植物、数多の存在や概念を素通りしていた。
それはオオスと天魔以外の誰にも観測できない力による道であった。
…あらゆる神すら再現不可能な原初の力。それを司る天魔によって道は出来上がった。
「…また会いましょう」
オオスは天魔にそれだけ言った。
…この美しい光景を前にそれ以外の言葉は無粋と思ったからだ。
「…また会おう」
天魔もまた笑みを浮かべて男を見送る言葉を述べた。
その微笑みは天女等という言葉で表現できぬ程美しいものだとオオスは思った。
その天魔の言葉と同時に、オオスは彼女の権能にて、一瞬でその場から消え失せた。
犬走椛は天魔が居なくなったと聞いた。…正確には大天狗の会話を盗み聞きしていた。
大天狗の会話を盗み聞きする。それは白狼天狗としてはあってはならぬ行為であった。
少なくとも普段の椛なら絶対しない行為であった。
…椛の中に天魔から褒められたいという不相応な思いがあったことは否定しきれなかった。
椛は千里眼を行使しながら天魔を全力で探し回っていた。
目視も含めた能力の行使は椛の脳を焼け付くようになるが、椛はそれを一考だにしない。
天魔の身に何かあったらと自分の命等惜しむことなく能力を行使していた。
だが、
「…そこにいたか」
天魔が突然、椛の前に現れた。
…いつぞやの、かつて椛が見たように一筋の風から実体となって天魔は現れた。
美しく気高き天狗の頂点。その天魔が椛だけを見ていた。
…椛は呆然として、ただただ天魔を見惚れてしまっていた。
「…犬走椛」
天魔は椛の名を呼んだ。椛だけを天魔は見ていた。
「は、はっ!」
椛は礼の姿勢を取った。
自らの名を呼ばれたことに湧き上がる歓喜を抑えつつ、椛は最大限に礼を崩さない。
…今の今まで能力の限界を行使した疲弊すら無視して、最大限の敬意を椛は示していた。
「…ありがとう」
天魔は椛へ感謝の言葉を述べた。…天魔は椛だけを見ていた。その在り方をも全てをだ。
椛は天魔がまるで自分へ向けて、万感の思いを込めて感謝しているようだと錯覚した。
だが、天魔は心からの笑みを椛に向けていた。それだけは確かだと椛は確信した。
「…はっ!」
椛は遅れながらも天魔へ返事をした。
…それは白狼天狗、犬走椛がこの世に生を受けて一番の感動であった。