紅魔館のエントランスホールにてオオスはパチュリーの魔法を観測していた。
パチュリーとオオスは魔法について研究を行っていた。
オオスは資材と自身の知識を提供し、パチュリーもまた自身の知識を提供する。
それは、相互関係の対等な魔法使いとしての本格的な共同研究だった。
魔法使い同士が本気で対等な共同研究を行うことは少ない。…神秘の漏洩にもなりかねないからだ。
だが、オオスの本音を聞いたパチュリーは自分から敢えてその非常識を提案していた。
パチュリーにも利があり、オオスにも利があった。オオスは様々な知見を有していた。
オオスは月で様々な資材を手に入れていた。…月の石ならず、月の民の道具もである。
錬金術や魔法のみならず科学的視点でのオオスの考察はパチュリーにも新鮮だった。
…誰かを助ける為の力を欲する彼に協力したいという思いもあった。
エントランスホールにて、パチュリーは自身のスペルカードを発動させた。
月の石を触媒にどこまで威力等が増幅されるのかという実験だった。
…まずは初歩的な比較実験から研究は始まっていた。
「月符『サイレントセレナ』」
月光が垂直に降り注ぐ上級魔法をパチュリーは発動させる。
それは淡く美しい月光が穏やかに、そして静かに舞い降りてくるようだった。
美しさを競う弾幕ごっこ。その一端をオオスは見ていた。
オオスも属性魔法をある程度は理解していた。
だが、月と日だけはオオスも性質があまりわかっていない。
パチュリーのオリジナルとも言える概念魔法であった。
そして、
「…月の石を媒介にするとやはり月の魔法の出力の桁が違うわね」
パチュリーは自分で発動した魔法の感想を述べた。
軽く魔力を込めただけで普段よりも圧倒的に魔法の出力があった。
混成魔法を使用する場合、月の出力が強すぎて調整が必要となるとパチュリーは思った。
具体的には、月&木符「サテライトヒマワリ」や日&月符「ロイヤルダイアモンドリング」等である。
パチュリーはオオスの二年に渡る科学と魔法の治療により持病の喘息と貧血が改善された。
今のパチュリーはオオスと出会う紅霧異変前と比べて見違えるほどに健康であった。
魔法を連続で使用しても、二重詠唱も問題なく使えるようになっていた。
パチュリーはこの際にオオスに恩を返そうと思っていた。
だが、オオスはパチュリーの方を優先してしまっていた。パチュリーは彼の在り方にため息をついた。
オオスとしてはパチュリーの魔法を観測するだけで勉強になるので全く問題ないのだが。
「私は『水晶の世界』という魔法で表の月のあちこちで様々な月の石を採取してみました」
パチュリーの内心等知らないオオスは別の角度からの実験を提案してみることにした。
「月の石にも差がありました。中々興味深い分析結果でした」
オオスは科学的な手法を用いて月の石を分析した。
その結果違いがあったことをパチュリーに述べた。
「…採取した場所や鉱物の成分によって魔法の力や効果も違いが出る事も考えられませんか?」
オオスはパチュリーに含有成分や採取場所によって魔法にも違いはないか検証してみることを提案した。
なお、オオスの魔法、水晶の世界はガラスのような玉が使い手の周りに形成される魔法である。
溶鉱炉の中であろうとも玉の中にいる使い手には無害化され、新鮮な空気が補填される。
欠点としては、あからさまな物理攻撃をされた場合等は破壊されてしまう。
オオスはこの魔法を元に人気のない表の月を散策していた。月の民も表の月へは行かないのだ。
「それは…気になるわね」
パチュリーは知的好奇心からオオスの提案が魅力的に見えた。
否、魔法使いでこの提案に興味を惹かれない者はいないとパチュリーは断言できた。
パチュリーは魔法使いの本能のままにオオスの話を聞いていた。
「これは月の海の玄武岩です。今の月の石とは異なるかと思います」
オオスはそう言って亜空間から新たに月の石を新たに出した。
…この場合の月の海とは月表面の暗い部分のことである。
月の高地の岩石と比較して、カンラン石と輝石を多く含み、斜長石が少ない。
「そして…月の割れ目には興味深い成分が含まれている石がありました」
オオスは言葉を続けて亜空間からまた異なる月の石を取り出した。
「この石はカルサイト、石膏、セレスタイト、バライト、スメクタイト及び鉄の水酸化物で構成されています」
オオスは表の月の割れ目で採取した月の石について科学的な分析で得た結果を述べた。
「…セレスタイトは天然の浄化を司る石ね。月の浄化と関係があるのかしら?」
パチュリーは魔法的な視点から成分分析の結果を聞いて意見した。
それは、満遍なく学習したオオスに欠ける純粋な魔法使いとしての知見であった。
「わかりませんが、関係あるかもしれません。浄化に関しては月の民が何枚も上手ですから」
オオスはパチュリーの意見に暗に同意した。恐らくだが、関係性はあるだろう。
オオスもパチュリーの見解を聞いて気が付いたのだ。…これだけでも有益な情報共有だ。
「これならば月の魔力を込めるだけで瘴気の類が浄化できそうね」
パチュリーはオオスの月の石を分析した。…特に月の割れ目の石に興味を持った。
それは科学的な視点に偏りがちなオオスにはない、特化した大魔法使いの分析結果だった。
オオスや玉兎達では気づき得ない本職の魔法使いの叡智をパチュリーは淡々と解説し、雑談を交え話していた。
「…この石に魔力を込めるだけで結構な回復魔法にもなると思うわ」
パチュリーはオオスにも役立ちそうな知見を述べた。
月の割れ目で採取したという原石そのものが魔法の触媒、否、魔法そのものとなり得るとオオスへ解説していた。
「…なるほど。それはパチュリーの分ですが、私の方でも検証してみたいと思います」
オオスはパチュリーがわざわざ口に出してくれたことに感謝を述べたかった。
…だが、そこまで無粋ではなかった。パチュリーは自然な形でオオスに助言してくれたのだ。
「あら、ありがとう。私も大分貰い過ぎてしまったわね」
パチュリーの方はオオスの行為に含まれた感謝を知りつつ、これくらい気にするなと感謝の言葉を言い返していた。
「…玄武岩を分析したのですが、含有されるチタンの量が地上と比べてごく微量でした」
オオスはパチュリーの言葉に研究者、科学者として返すことにした。
オオスはパチュリーの学者としての在り方に答える事で礼とすることとした。
パチュリーとオオスの間には科学と魔法が入り混じる論争と、仮説と実践が繰り広げられていた。
オオスとパチュリーが魔法の研究をしているエントランスホールに咲夜がやってきた。
…ぶっ続けで夜通し魔法談義をしかねないので休憩をと思い来たら案の定であった。
「お二人とも、休憩もしないと身体に毒ですわ」
咲夜はそう言ったが、パチュリーは魔法使いである。
…オオスは人間であることをパチュリーに暗に指摘した。
オオスには休憩を無理やりにでも挟まないと無理をし過ぎると咲夜は心からの善意でパチュリーに言っていた。
「…ああ、そうね。ありがとう咲夜。休憩にしましょうか」
パチュリーは咲夜に心からの感謝を述べた。
パチュリーは素でオオスを人外扱いしていた。
…初歩的なミスに気恥ずかしくて持っていた本で思わず顔を隠すようにした。
「…もう少し話したいところですが、頭を使い過ぎては行き詰まってしまいますね」
オオスは完全に学者モードであったので、咲夜とパチュリーの違和感に気が付かないで言った。
休息は脳にとって大事であるという科学的な視点でオオスは述べていた。
…オオスは頭を切り替えた。
「では、失礼して」
咲夜はそう言って時を止め、お茶の用意をした。紅茶にクッキーという簡素なものだ。
…あんまり気を張り過ぎると良くないという咲夜なりの気づかいが込められていた。
「…ありがとうございます」
オオスは咲夜の言外の意図を汲み取り感謝の言葉を述べた。
自然体でお茶を用意してくれたことだけを感謝するように、無粋な指摘を挟まない。
「どういたしまして」
咲夜は優雅な礼をもってオオスの感謝に答えた。
オオスとパチュリー、咲夜は軽く会話を楽しんで休憩していた。
…一方、屋敷の主人は頭脳労働者二人の話についていけずにいつの間にか寝ていた。
紅魔館での新しい共同研究はまだ始まったばかりであった。