人里から見て、魔法の森に近いところにある池、通称、置いてけ堀。
妖怪が出没する危険地帯だが、ここで平気で釣りをする猛者も里人にはいる。
オオスも平気で釣りを楽しんだりする者の一人である。風情ある季節の魚が釣れるのだ。
そして、ここには冬の間しか採取できないものがあった。『氷の鱗』と呼ばれる物である。
夏でも溶ける事のない水龍の魔力の結晶であり、コンタクトレンズのような形の鱗である。
オオスは魔理沙が毎年これを回収しに来ると知っていた。…氷の魔法に使うようなのだ。
強欲が過ぎる魔理沙に氷の鱗を全部回収される前に研究材料を確保する必要があった。
霊夢がまだ帰ってこない冬の早朝にオオスは、置いてけ堀で氷の鱗を採取しに来ていた。
そんな置いてけ堀に、オオスと一人の玉兎がいた。鈴瑚であった。
鈴瑚はオオスと一緒になって氷の鱗を採取していた。
「閣下、こんなものでよろしいでしょうか?」
鈴瑚がオオスへ尋ねた。その手には大量の氷の鱗の入った袋があった。
…オオス的には魔理沙の分も残したいので取り過ぎないように気を付けていたのだが。
本当はオオスは一人で置いてけ堀にて、氷の鱗を採取するつもりだった。
だが、鈴瑚から休日で特にすることがないので手伝いたいという申し出を受けたのだ。
オオスが置いてけ堀に出発する十分前のことであった。
鈴瑚はオオスの手伝いの準備を既に済ませていた。…実に用意周到であるとオオスは思った。
そのため、オオスは鈴瑚の厚意に感謝し、氷の鱗の採取を手伝ってもらっていた。
「…ありがとう。これで研究用としては十分過ぎる量を確保できただろう」
オオスは鈴瑚に感謝の言葉を述べた。
…鈴瑚が手伝ってくれたので想定以上の氷の鱗を採取できていた。
これだけあれば基礎研究の後に、その結果を元に更に行う実験分も余裕だろう。
というか魔理沙の分も残っているか不安である。
オオスはまだ置いてけ堀に氷の鱗が残っているかを一応確認した。…問題ないとオオスは判断した。
「私としてもやることがなかったので閣下の為になれたのならよかったです」
鈴瑚はそうオオスに言った。満面の笑みであった。
だが、オオスとしても手伝ってもらっておいて何かお返しが出来ないか考えていた。
「寒いですし、家に戻ってお茶にしましょうか?」
オオスは鈴瑚に声をかけた。
…オオスからすれば礼としては些か不十分だが、後々考えることにした。
「はい!」
鈴瑚は満面の笑みでオオスに返事をした。
鈴瑚からはその言葉だけで十分以上だというようにオオスは感じた。
オオスは昨日のパチュリーとの研究で月の石の一種がそのまま回復魔法足り得ると知った。
故に氷の鱗のような生物由来のものも回復できないかと仮定した。
氷の鱗を回復させ、無限に利用させることができないかと推測していた。
…正直、普通ならば月の石の無駄遣いである。
だが、月の石をオオスは大量に確保してある。
最悪また月の石を採取しに月まで行けば良かった。
研究、実験に使う月の石がある狭間の位置は特定済みであった。
今回の氷の鱗を使ったものはオオスの前作成した春季光星の仕組みを応用していた。
あれは春気を増幅させて解放するという仕組みだ。…同じように冬を増幅させるのだ。
オオスは月の石で春季光星の春だけでなく、最終的には冬も再現しようとしていた。
飽くまで既存の研究の延長上であり、この研究は戦闘向けではない。
しかし、その過程によって起こるであろう問題点や発見をオオスは期待していた。
…ここまで来るとオオスとしては四季全てを揃えたいところである。
なお、月の石はそれ自体に力があり、半永久的に使用可能だった。
オオスは早速ダメージを受けた瞬間に回復魔法が発動できるように魔法具を作成していた。
オオスの持つ霊力を魔力に変換する時間さえ稼げれば霊夢の拳をも耐えられた。
…オオスの純粋な魔力では霊夢の拳数発が耐久限度だろうと推測している。
オオスは自らの基準が霊夢の拳というのに些か思うところがあった。
しかし、適切な例えであるので霊夢の拳を自らの指標としていた。
春季光星は戦う剣ではない。オオスの、この研究自体も戦闘向けにはならない。
だが、オオスの理論上、氷の鱗の魔力を永久的に使うことができるようになる。
この研究は氷を無限に生み出すことができるようになるはずである。
決して、春季光星のように冬を再現するわけではない。これは試作品の段階である。
夏場、紙芝居に熱中症対策のかき氷を作ろう程度の気持ちでオオスは作成していた。
…オオスは自らの職業を決して忘れはしない。
オオスとしては初期の研究としてこの氷の鱗はうってつけだった。
基礎研究の地道な努力を惜しまぬことがやがて努力として実るのだとオオスは知っている。
…急がば回れである。オオスは冬の間に基礎研究を行うことにした。
オオスの目標である火力のある攻撃魔法の開発はまだまだかかりそうであった。
しかし、稗田家の阿求に会いに行く予定の昼前にそれは出来てしまった。
オオスが模索していると鈴瑚ともう一人休日中の玉兎が研究を手伝ってくれたのだ。
月の超科学をも学ぶ機会と思い、オオスは自らの知識と玉兎達の技能を組み合わせたのだ。
…結果、夏場だろうが、冬を再現可能な短剣が出来てしまった。
試作品の名は『冬季清浄』である。
清浄は仏教用語で煩悩などがなく心清らかなことを意味する。
オオスは清らかな冬を意識して命名していた。
この冬季清浄は試作品の段階であるのにも関わらず、目標の最終形態が出来てしまった。
幸い、これは戦闘用ではないので直ちに問題はない。
しかし、オオスは研究の過程で違和感を覚えた。科学は万人が再現可能な技術である。
…オオスの手が加わる過程で科学と別の何かが加わったような気がしたのだ。
もしや、これも神器なのではとオオスは一瞬疑った。だが、有り得ない。
春季光星はオオスの意図せぬ信仰によって生み出された神器だった。
春の象徴たる菖蒲が軸になっている。
…これも水龍の鱗が軸になっていた。オオスは有り得ない可能性が脳裏を過った。
だが、
「やりましたね!閣下!」
オオスを手伝ってくれた鈴瑚ともう一人の玉兎は自身の成果に喜んでくれていた。
オオスはこの厚意を無下にするわけにはいかなかった。
理論上はパチュリーが作成しても氷の無限作成は可能であるはずである。
オオスは理論とこの短剣を一応後日パチュリーに見せに行く。
実験の再現性は科学的方法論において欠かせないものである。
オオス以外にこの短剣が作れないのならば学問を志す者としては悩ましい。
正直、扱いに困った。
…オオスは鈴瑚達の喜び様を見ているとどうでも良いことなのではないかと思ってしまう。
だが、パチュリーとの共同研究である以上、再現性はオオスに取って必須だった。
…再現性のない副産物としてパチュリーには見せることにした。
オオスは共同研究者に内心謝罪した。科学者として失格であるとオオスは思った。
しかし、パチュリーは魔法使いである。オオスとは思考がまた違う。
神秘を扱う学問と科学的な思考の学問とでは認識に差があった。
そのことをオオスはまだわかっていなかった。
後日、パチュリーは素直にオオスの研究成果を称賛するのだが、オオスはまだ知らない。
そして、この副産物は陰で暗躍する教団のせいであることもオオスはまだ知らない。
…オオスが抑え込んでいる神化、その信仰が、魔法という神秘を通して具現化しつつあった。