オオスは人里で最も有力なお屋敷稗田家の一室に案内されていた。
オオスはもう何度も来ているので稗田家の使用人も手慣れた物だった。
…はいはい。いつものですねと言わんばかりに案内された。
少々、危機意識が薄いのではないかとオオスは思った。
「夏にかき氷をすぐ作れるようなものを作ろうとしたのです」
オオスは挨拶も早々に阿求に今朝の話題を振っていた。
パチュリーとの共同研究は明かさない。現物すら持ってきてはいない。
冬の刀、『冬季清浄』は小刀であるからだ。武器である。そんな使い道はしないが。
オオスの持ち物すら検査しない使用人の危機意識の薄さに一言言いたい。
…オオスは言っても良い範囲で阿求へ愚痴りたかった。
「まぁ、それはあると便利ですね」
そんなオオスの内心を知らない阿求は夏に氷菓子を想像し、便利だと思った。
…そして、そんな便利な物で済まさないのがオオスであると悟っていた。
「そしたら、何故か夏を冬にできるような物になってしまいました」
オオスは阿求へ何でもないように言った。
…内心ではどうしてそうなったと本気で嘆いていた。
愚痴りたいが、部下の手前取り乱す訳にも愚痴を溢すわけにもいかなかった。
オオスは阿求への月旅行の土産のついでに愚痴を溢していた。
「最早、指摘したくないのですが、どうしてこう極端かつ物騒な物を作れるのだか…」
阿求はオオスに大いに呆れた。オオスは極端過ぎる。
今回は夏にかき氷という些細なことで作った偶発的な物らしい。
…本気で使われたら春雪異変のようになるだろう。
人里はオオスの様々な支援のお陰で助かったが、アレは本当に危ない異変であった。
オオスは困窮者に資金援助、商店に食料・燃料等の物資供給等様々な対策をしていた。
挙句に異変の首謀者から春を盗み返して来ていた。
冬を一瞬で春にしたオオスを神と拝める者もいた。オオスは否定し、神々を罵倒したが。
…オオスは知らないだろうが、そういう者達は最近新しくできた教団に入信している。
「ああ、そういえば今回のお土産は仙果です」
オオスは本題を阿求へ言うことを忘れかけていた。
この仙果は阿求にこそふさわしいとオオスは思っていた。
オオスは籠に入った仙果の山を阿求へ差し出した。
「…蟠桃園にでも行ったのですか?」
阿求は仙果のことを思い出しつつ、オオスへ尋ねた。
嘘だとは思わない。オオスならやりかねないと阿求は知っていた。
なお、蟠桃園とは西遊記に出てくる桃の園である。
玉皇大帝は孫悟空を蟠桃園に派遣して蟠桃園の番をさせた。
ある土地神から蟠桃園の桃を食べると仙人になることができて不老不死になれると聞き、孫悟空が盗み食いをしたという件があった。
…不老不死関連の有名な逸話である。
仙果は天界に実っていると阿求は口述や書籍でも知っていた。
「おや、驚かれないですね?」
オオスは阿求の返しにそう言った。
…阿求に驚きの感情が含まれていないので少々ネタ不足だったかと反省していた。
「驚きを通り越して呆れているんです!…神秘を投げ売りしないでください!」
阿求はオオスの反応に十分驚いていると反論した。
オオスの行為は、奇跡の投げ売りバーゲンセールである。
阿求はツッコミが追い付かないので止めているだけであった。
「投げ売りとは失礼な。私も手に入れる為に神々から巻き上げるのに色々頑張りました」
オオスは阿求の喩えに憤慨した。オオスは頑張って月の都で神々から巻き上げたのだ。
オオスはお土産含めて半年分は仙果を確保していた。
オオスは次の潜入ではパティシエとして潜入するつもりである。
同じ手、勝負師で行くと綿月姉妹に見つかってしまうに違いない。
天界の土地を占拠できれば早いのだがとオオスは嘆いた。
オオスは何れ幻想郷近くの天界にも行く予定であった。冬が空けたらだが。
なお、幻想郷から一番近い天界は有頂天とかいうらしい。月の都にてオオスは調べていた。
有頂天には比那名居家とかいう不良天人、天人くずれがいることをオオスは知った。
オオスとしても天界の危険分子はチェックしていた。
地震の神である名居神に仕えていた功績で天人になったらしい。詳細はまだ不明だ。
なお、月の都は天界すら地上と見なして軽視していた。要は簡単に資料が手に入った。
月の都は旅行パンフレットのような感覚で天界についての資料を置いていた。
管理が杜撰過ぎるとオオスは思った。悪用されたらどうするのだろうか。
「…神々から巻き上げたんですか?」
阿求はオオスに恐る恐る尋ねた。自分まで天罰を受けないか心配だった。
…オオスの更なる神罰不可避の狼藉の内心を知らぬことは阿求にとって幸せだった。
「正当な手続きに乗っ取り、神と勝負したので問題ないですよ」
オオスは阿求に安心するように笑って言った。負ける奴が悪い。
オオスは心の底からそう思っていた。巻き上げた神の生活等知ったことではない。
「正直、凄く言いたいことがありますが」
阿求は色々複雑な感情が入り乱れていたが、一言だけ言うことにした。
「…ありがとうございます」
阿求はオオスに礼を述べた。…それは心からの感謝だった。
オオスは自分の為と言うこともあろうが、あからさまな物を阿求へ寄越していた。
…阿求の寿命についてである。仙果はその最たる物であった。
「いえいえ、私も仙果が欲しかったので。…丁度良いお土産でした」
オオスは気にしないように阿求へ言った。阿求に相応しい土産だと思っていた。
「この仙果は中国前漢の第7代皇帝、武帝が西王母から蟠桃を授かった物に近いです」
オオスは淡々と仙果について解説することにした。
オオスが調べた限り、お土産の仙果はこの逸話に近かった。
…月の都が中華風だったのも関係しているのかも知れない。オオスはそう推測していた。
「霊力や体力を底上げしますし、寿命も多少足しになるようですが。…不老不死は無理です」
オオスは神話、伝説になる程の物ではないと阿求に言った。
オオスの体力、防御力の底上げにもなる凄い物である。
だが、阿求の求めているような寿命改善とまではいかなかった。
「いやいや…そこまで求めていません」
阿求は不老不死までは求めていないとオオスに否定した。
少しでも改善できるのであれば十分過ぎた。…礼を返しきれない程に。
「数万字に達する古典を一文字も間違えずに暗記することができたという武帝の逸話」
オオスは武帝の逸話を述べた。武帝は阿求と同じ完全記憶能力の保持者だった。
「まさしくあなたにこそこの仙果は相応しい」
オオスはそう言って阿求を見つめた。…阿求の為の仙果であるとオオスは思っていた。
日頃の感謝もあるが、心から阿求の能力と研鑽をオオスは称賛していた。
「…そういう風に言うの止めた方が良いですよ。殺し文句です」
阿求は思わず素でオオスに指摘した。…殺し文句が過ぎて勘違いしてしまいそうになる。
「事実ではないですか?」
オオスは純粋に疑問に思い、阿求に問い返した。
「ああ、もう…面倒ですね」
阿求ははぐらかすことにした。…正直、言うのが恥ずかしかった。
「それで、今日はこれだけではないのでしょう?」
阿求は佇まいを正して、オオスに聞いた。
それだけでなく、オオスは自分を尋ねて来たのだと確信していた。
自らの知識か、稗田家の権力か、どちらにせよ協力できる範囲なら阿求は手伝う気だった。
阿求はオオスに染められていた。
「ああ、はい。…実は仙術に関する書籍を持っていたら貸して欲しいと思いまして」
オオスは阿求にそこまで気を張らなくて良いと暗に言った。
…オオスとしては本を貸して欲しいだけである。
「…仙人にでもなるんですか?」
阿求はオオスに真剣に聞いた。オオスが仙人になるのであれば、阿求としては嬉しかった。
「いえ、ならないです。私は一応、多少は仙術を使えます」
オオスは否定した。仙人になる気はない。オオスにとって世捨て人になる必要性がない。
「仙人ではないのですか?」
阿求はオオスに追求した。仙人にならないのか、もう仙人になっているのか尋ねていた。
「何か今日はぐいぐい来ますね。…なりませんし、違います」
オオスは阿求の追及に困惑しながらも、否定した。仙人にはならない。人間である。
「本当のようですね…。仙果を食して霊力持て余して勿体ないとかそういう理由ですか?」
阿求は少々ガッカリしながら、オオスが言いそうなことを言ってみた。
阿求はこんな馬鹿げた理由はないと思いつつオオスへ聞いた。
「おお、その通りです!流石、阿求さん」
オオスはその通りなので、阿求を称賛した。…要するに霊力が勿体ないのだ。
「…思考が貴方に合って来た自分が憎い」
阿求はオオスの思考に気が付かない内に染められていた自分に気が付き羞恥の感情を抱いた。
「…こうやって会話を楽しめるのは嬉しいのですが」
オオスは阿求が何故そのような反応をするのかと思いながらも本心から述べた。
オオスとしても割と素で会話ができる相手がいるのは嬉しかった。
それこそ、寿命をあらゆる手段で延ばす方法を模索する程には阿求に思考を割いていた。
「はぁ…」
阿求は思わずため息が出た。オオスはこういうことを素で言うから困る。
…容姿だけでなく、内心まで伴うと女殺しである。
オオス本人は容姿に関して、変なコンプレックスを抱えているようだと阿求は知っていた。
だから、オオスの容姿については触れないでいた。
「稗田家にもいくつか関連する書籍がありますので、後日…取りに来ます?届けます?」
阿求はオオスに少々投げやりな態度で求めに応じた。
取りに行くのも届けるのも選択肢として阿求にはあった。
阿求はオオスのお陰で大分体調が良くなっていた。
無理をしなければ書籍を抱えて、オオスの家に行ける程度には問題なかった。
「受け取りに伺います。借りる者の礼儀として」
オオスは即答した。借りる相手が届けさせるとか礼儀に欠ける。
「まぁ、そちらの方が怪しまれませんか」
阿求は内心残念に思いつつ言った。
「…何故届けるという発想になったのか気になるのですが」
オオスは阿求がどうも使用人を使わすわけではなく本人が来たがっていると察した。
体調が良くなったとはいえ、阿求の身体は未だに弱い。…心境の変化か気になった。
「貴方は知らない方が良いと思います」
阿求はオオスに詮索されたくないので、回答を拒否した。
「…わかりました。知らない方が良いこともありますものね」
オオスは追及するのは無粋と阿求への追及を止めた。
それからオオスと阿求は雑談をしたり、阿求が仙果を食した感想などを聞いてみたりした。
そうして、夕暮れにオオスは帰って行った。
オオスが帰り、人払いを済ませた稗田家の一室で阿求は一人考え事をしていた。
「…言えるわけないわ」
阿求は呟いた。阿求は玉兎達がオオスを神として崇め、信仰していることを知っていた。
阿求も実は拝んでいた。…それは信仰というよりも私的な理由であった。
「神様になって、転生した私に会いに来てくれないかなんて」
阿求は誰もいない一室でそう呟いた。
阿求はオオスと関わる中で、自分の残りの寿命を惜しむようになってきていた。
…今世以降、もう二度と会えないのではないかという思い。
それが阿求の中に芽生えてしまっていた。