昼過ぎの紅魔館、パチュリーと咲夜が観戦する中である立ち合いが行われていた。
その門前でオオスと紅美鈴は変則的な、だが純粋な武術による立ち合いを行っていた。
「いきます!」
オオスはそう宣言した。魔法等小細工無しの武術のみでの立ち合いである。
仙果による肉体能力向上と脳内のシミュレーションだけだ。
だが、それだけで紅美鈴には勝てない。それでもオオスは全力で挑もうとしていた。
「フゥー…」
オオスは気を集中させていた。
美鈴相手に近接戦等、どう足掻いても勝ち目はない。だが、全力で挑む必要があった。
全ては己の目指す強さ、力の為に。オオスは無礼を承知し、肉弾戦で紅美鈴に挑むのだ。
オオスは琉球空手の那覇手と呼ばれる物に似た構えから始めることにした。
「どこからでもかかってきなさい!」
美鈴はオオスの構えから武人として相手をすることを決意した。
オオスは基礎能力こそ低いが、相当鍛錬を積んでいることが美鈴にはわかった。
どれ程の研鑽を摘んだのか構えのみで理解した。
同時にオオスの悔しさを理解した。…オオスは自らの技に肉体が追いついていないのだ。
その覚悟を察し、弱者と侮ることは自らの恥とし、美鈴は気合を入れなおした。
…最初はオオスから始まった。本気の、弾幕ごっこではない純粋な武術による近接戦である。
「はっ!」
オオスは掛け声を挙げて、貫手を選択した。
四股立ちから右手を脇に引き、美鈴へ向けて左四本貫手でついた。
「甘い!」
美鈴はオオスの甘さを指摘した。
美鈴は腰の力を緩め、左に回し、右足を半歩前に進めた。
腰の回転と合わせて右手と左手で円を描くようにしてオオスの貫手を右手で掴んだ。
「…予測済み!」
オオスは美鈴が太極拳の達人と、何度も脳内でシュミレーションしていた。
オオスは美鈴が掴み切る前に力を緩めて美鈴に近づいていた。
「せい!」
オオスは少林寺拳法の小手抜と呼ばれる技を、変則的な形で美鈴へ繰り出した。
美鈴の手首を中心にして、自分のひじを前に突き出して掴まれた手を抜いた。
「…やりますね!」
美鈴はオオスの予想にまだ自分が相手を侮っていたことを認めた。
オオスの動きに対して左前腕を外旋させ、手のひらを上にうけ、やや後に向けて引き寄せた。
そして、美鈴は左足を踏み、重心を前に移した。
「…はっ!」
美鈴は左足で弓の形にし、手を交差させるようにした。
その手の動きの反動で右足をオオス目掛けて蹴り上げた。
美鈴のそれは『右蹬脚』という太極拳の基本型の完成形であった。
…太極拳の達人紅美鈴がそこにはいた。
「…やはり貴方ならそうすると思っていた!!」
オオスは紅美鈴という達人からこれすら抜かれると思っていた。
達人程、基礎に忠実だ。ましてや相手は妖怪の拳法家であった。
オオスを武人と見なしてくれるのであれば、この型に持ってくると読んでいた。
美鈴の動作が完璧故にオオスは一瞬だが、自由を取り戻した。
オオスは美鈴の膝の向く方向より少し遠ざかり蹴りを弱めて受け止める。
「シッ!」
オオスは勢いの弱った美鈴の蹴り足を抱えて首に手刀を打ち込もうとした。
「…!」
美鈴はオオスの、弱者の読みに絶句した。
美鈴はその場で右足を折り曲げた。それは、美鈴の経験が成せる技であった。
美鈴はこれまで使わせたオオスに敬意を評した。
「なんの!!」
オオスは意表を突かれるような足の動きに動揺しつつも予定を変更した。
美鈴の足をつかんでいるのならばとオオスは考えた。オオスは美鈴をそのまま投げ倒そうとした。
「…これまでのようですね!」
美鈴はオオスの健闘を讃えた。美鈴は変則的なオオスの手を読み切った。
美鈴はオオスの一瞬の動揺の隙を見逃さずに左手を上げ重心をズラすことでよけきった。
そのまま、左拳を自らの顔の前を経て、左前方に向けた。そしてオオスの顔に向けて拳を打ち出した。
美鈴の拳が顔面直前に止まり、オオスは完全に打つ手なしと降参した。
「参りました」
オオスは優雅な礼をもって武術家、紅美鈴に敬意を評した。
やはり、及ばなかったが、オオスは自らの全力を出せた。オオスには悔いはなかった。
「…いや、お見事です」
美鈴は圧倒的格下であるオオスがここまで自分を追い詰めたことを称賛した。
…正直、オオスが立ち合いを願った時は流石に武術を侮り過ぎていると思った。
美鈴からすれば仲が良いとはいえ、本来ならば聞けぬものだった。
美鈴からすればオオスは魔法使いだ。色々自分に差し入れしてくれたし、恩もあった。
だが、近接戦でオオスが紅美鈴に挑むのは滅茶苦茶だった。
…美鈴はオオスのプライドをズタズタにしたくはなかった。
どういう理由かはわからないが、自分とオオスでは本当に勝負にならない。…はずだった。
「…ここまで美鈴相手に持つとは思わなかったわ」
咲夜はオオスの健闘に驚いていた。
オオスがどうしてもと望むので美鈴を説得してやらせてみた。
しかし、ここまで持つとは思わなかった。
オオスは魔法による補助なしのものだとパチュリーは断言していた。
だから、これはオオスの素でやってのけたことだった。
「…身体能力と経験さえあれば貴方は一流の武術家としてやっていけます」
美鈴はオオスの目を見て、評価を下した。技だけをみればオオスは才能に満ちていた。
…だが、美鈴から見てもオオスは身体能力が無さ過ぎた。
美鈴はオオスと拳を交わし、完全に理解した。
オオスは先天的に筋力等がつきにくいのだ。
だから、オオスは儚く脆く見えるのだ。
…誰しもが抱くオオスの第一印象は先天的な欠落から来るものだった。
美鈴から見てオオスははっきり言って虚弱体質だ。
それをオオスはかつて強引に治したのだろうと美鈴は理解した。
美鈴の古い記憶でオオスに近い、そういう類の拳法家がいた。…柔術を極めた武術家だった。
それでもその武道家はオオスより遥かに身体能力があった。
美鈴はオオスに酷なことを言ったと思った。
だが、オオスにここで現実を突きつける必要があると美鈴は思ったのだ。
しかし、オオスの反応は美鈴の予想とはまるで違った。
「ありがとうございます。…それならば、私はまだまだ強くなれる」
オオスは美鈴に心からの感謝を述べていた。
…自らの肉体面での方針がオオスにはあった。経験もだ。
「…仙果ね」
パチュリーはオオスに言った。
あれを食せばオオスの身体能力は確かに少しずつだが、向上していくだろう。
だが、
「それは人の身では無理よ。生きている間に美鈴に絶対勝てないわ」
パチュリーはオオスへ断言した。
パチュリーは休憩のついでに見ていたが、オオスは美鈴に終始圧倒されていた。
美鈴はオオスの肉体能力に合わせていた。…手加減はしていないようだったが。
「ええ、そうでしょう。私は、紅美鈴、貴方には勝てない」
オオスは体力を失った体に鞭打って、美鈴の目を見て、事実を言い切った。
「…」
美鈴はオオスの目だけを見ていた。
オオスの目は修羅の目だった。彼の本性を美鈴は見た気がした。力を求め、足掻く求道者だ。
「…あらゆる手を使い、いずれ貴方を超えて見せましょう」
オオスは美鈴に宣言した。勝てないのなら、勝てるようにするまで。
人の身で彼女をまず超える。オオスの第一の壁が紅美鈴と定めた。
そして、オオスは一気に雰囲気を戻した。修羅の気配から普段のオオスに戻った。
美鈴だけはそれがわかった。…切り替えが早いというものではなかった。
「私の今回の非礼の数々をお許しください」
オオスは美鈴に真摯に謝罪した。
パチュリーとの魔法研究の休憩に美鈴に挑みたいという無茶をオオスは願っていた。
渋る美鈴に咲夜が口添えしてくれて、この様である。オオスは謝罪する他なかった。
更には美鈴を第一の壁と定めていた。オオスは圧倒的格下である。美鈴に失礼過ぎた。
「…」
美鈴は沈黙した。オオスの内にある修羅は、狂気という次元を超えていた。
美鈴ですら、精神だけはオオスに勝てない。それを認めざるを得ない。
「私も研鑽してお待ちしています。…いつでもお相手致しましょう」
美鈴はオオスを武人として待つことにした。オオスの謝罪は不要と暗に言った。
紅美鈴はオオスという存在に個人としてだけでなく、武人として好感を抱いた。