雪積る博麗神社。そこに約一か月ぶりに主、否、巫女の霊夢が戻ってきていた。
だが、霊夢が帰って来たものの誰もいない静かな神社であった。
…冬の雪の静けさも相まって何だか寂しい光景だと霊夢は思った。
「少し留守にしただけで…」
霊夢は思わず呟いた。
長いようで短かった月での生活だが、月へ行く前はまだ紅葉すら見えた。
今では博麗神社も含めて、幻想郷は雪景色だ。
月の都は季節に影響されないような場所であった。
霊夢は自分だけ時に取り残されたような気がしていた。
霊夢の寂寥の思いを否定するかのように彼女は現れた。
「寂れた感じになるってか?」
魔理沙は霊夢にそう言った。博麗神社が寂れて見えたのかと霊夢を煽った。
箒に跨った魔女然とした少女、魔理沙は博麗神社の賽銭箱前で霊夢を待っていた。
「そろそろ戻って来るって聞いていたから待っていたぜ」
魔理沙は霊夢に一人では寂しいだろうという調子で言った。
茶化してはいるが、魔理沙なりに霊夢のことを思っての事であった。
「誰に…ってアイツよね」
霊夢は魔理沙に戻って来ることを誰に聞いたのか察した。
霊夢達の月面戦争後も月で依姫を翻弄し、さっさと逃げて行った男がいた。
豊姫はあいつが霊夢に会いに来たのだろうと言っていたが、霊夢からすれば怪しいものである。
霊夢からしたら、あいつはただ単に月の都の神々に喧嘩売りに来ただけのような気がした。
「いつもなら妖怪、妖精、幽霊なんかがいるもんだけど…」
霊夢は誰もいない神社を見て呟いた。
霊夢がいないときに静かなのはひょっとして妖怪達に自分は嘗められているのかと思った。
その瞬間、一筋の風が舞い降りた。風は実体となり、男へと変わった。
その光景を霊夢は何度も体験していた。誰かも風の段階で分かり切っていた。
「流石は妖怪神社の巫女だ!その職責を果たそうという姿勢、実に大義である!」
男は突然霊夢の前に現れて舐め腐ったことをほざいた。…オオスであった。
オオスは帰って来た霊夢に対して、風情も何もなく喧嘩を売っていた。
「…嘗めているわね」
霊夢はオオスの口上にイラっときた。霊夢は攻撃の構えを取った。
…一撃でオオスを気絶させてくれる。
霊夢は完全にオオスをワンパンでノックアウトする気だった。
「嘗められているな」
魔理沙は霊夢に同意した。…いくら何でもオオスは酷過ぎである。
霊夢を鼓舞するにしてもやり方があるだろうに。魔理沙はオオスに対してそう思った。
故に、オオスは霊夢に一度殴られた方が良いと魔理沙は思った。
そこにまたしても第三者が現れた。それは月の都について記事にしたい文屋であった。
「ちょっと待ってくださいよ!暴行前に取材させてください。取材を!」
鴉天狗が慌てたような声で霊夢達の間に入った。射命丸文である。
目の前で起ころうとしている暴行を止めようとしないところは幻想郷の文屋である。
月の都なら即時に依姫がオオスと霊夢を拘束すると霊夢は思い出した。
依姫は月の都では、滅多に事件など起きないと言っていた。
だが、依姫はオオスの置き土産のせいで普段起きない治安維持に翻弄されていた。
霊夢は呆れながらも依姫の圧倒的な制圧力を見ていた。
…霊夢は依姫から実地で戦闘や神降ろしを学んでいた。
霊夢は予期せぬ修行となり、月の都へ行く前よりも格段に強くなっていた。
「…さあ、私に月の話を聞かせてください!」
文は霊夢を待ち構えていた。霊夢に月について取材しようと試みた。
…オオスもいるので丁度良かった。実に良いタイミングだと文は自画自賛した。
「そいつに聞いた方が早いんじゃないの?」
霊夢は文に隠れて見えないが、オオスの方を指さして言った。
オオスは月を行き来していると魔理沙は知っていた。何せお土産まで貰ったのだ。
「それもそうですね!」
文は霊夢に同意した。…文は計算通りに事が運んで内心ほくそ笑んだ。
「さあ、霊夢さんも捕まえるのを手伝ってください!」
文は霊夢に協力させる気満々だった。…オオスに護衛がいない今が好機である。
文は知っていた。…オオスは霊夢に勝てないのだ。
この機を逃せばオオスを好き放題する機会はないに等しい。
天狗の上層部で何かあったようなのだ。
文にも知らされていないが、何かあった。オオスをここで捕らえねばと文は焦っていた。
…それ以上にこの好機を逃さぬよう、文は後のことを想像していた。
文は欲望に塗れた思考を霊夢達に隠しながら、オオスの方を振り向いた。
だが、
「…っていない!」
文は愕然とした。捕縛対象オオスは既に文達の前から消えていた。
文はオオスが霊夢と話したいに違いないと思っていた。
オオスは見るからに霊夢のことを気にしていたからだ。しかし、それは裏切られた。
霊夢への取材前にオオスを拘束するべきだったかと文は反省した。
本来ならばそれは不自然極まりないだろう。
しかし、自分ならば霊夢達を口八丁手八丁で誤魔化せると文は確信していた。
オオスさえ黙らせれば問題なかった。後日何があろうとも既成事実さえ作れば問題ない。
文は脳内でシュミレーションしていた。…それが現実でないことにショックだった。
「隙を見せた瞬間消えていたぜ」
魔理沙は愕然とする文と霊夢に補足した。
…オオスは文と霊夢が重なる瞬間風となり、空となり消えて行った。
「…護衛が厳しくて最近取材が上手くいかないんですよ」
文は思わず愚痴る。オオスの忌々しい兎の護衛が厳しくて以前にもまして捕まらないのだ。
文はオオスと朝会話している。それは文の日課である。購読者と記者の他愛ない会話だ。
そして、そのついでにオオスを拉致しようとすると何故か毎回、銃弾が飛んでくるのだ。
何たる理不尽かと文は嘆いていた。
…射命丸文容疑者による強制わいせつからの正当防衛だとオオスは断言していている。
玉兎達はオオスが襲われそうな光景を見て、オオスに文を撃ち殺す許可を求めてくる。
オオスは部下達が手を汚す価値もないと諫めている。
「護衛って何かしら?…私がいない間にやくざ者でも取りまとめてたのアイツ?」
霊夢は文の内心も知らずに尋ねた。オオスは月で潜入して似たようなことをしていた。
オオスの月の都での置き土産というのも大概それ関係だった。
それについてはオオスは意図していなかった。霊夢の修行となるように工夫はしていたが。
それにより、オオスはサグメと会えなかったのだ。
オオスは自らの工作活動のせいでサグメから100%逃げ切れる自信がなかった。
次回はより工夫して月の賢者、稀神サグメにも会いに行きたいとオオスは考えている。
「いや、違うけど…惜しいな。何かあったのか?」
魔理沙は霊夢の言葉を否定しながらも、一部重なる事があると述べた。
魔理沙はオオスがいつの間にか妖怪兎の部下が出来ていることを知っていた。
人里においての振舞いは礼儀作法がしっかりとし、仁義ある妖怪兎達である。
今では人里にもすっかり馴染んでいる。だが、普通の妖怪兎とは一線を画していた。
魔理沙が見た限りではあるが、永遠亭の鈴仙とも異なるようなイメージだった。
…あの兎達の素性がやくざ者ならば霊夢の言葉が正しいかもしれないと魔理沙は思った。
「アイツ、月で兎達を纏めて神々から金品巻き上げていたわ」
霊夢は呆れながら、思い出して言った。月の兎に変装したオオスを思い出す。
依姫に啖呵切ったと思いきや、いつの間にか脱兎のごとく逃げていた。
霊夢が聞いた限りでは、依姫はその後も何度かあの地を捜索したようだった。
だが、現地の玉兎達の抵抗もありもぬけの殻だったと依姫は霊夢に愚痴っていた。
なお、オオスは依姫と会った日に即逃げた。依姫は完全に骨折り損のくたびれ儲けであった。
「それについて詳しく!それと月の詳細も!!」
文は霊夢に食いついた。
文は人里で品行方正なオオスの部下を名乗る兎共の弱みを握りたかった。
月の詳細はオオスから多少は聞いていた。だが、月面戦争関連という形で沈黙を以て返される。
オオスから月については自分に聞くなと事前に警告されていたので聞けなかった。
オオスは月面戦争で最悪を避けるフィクサーのような立ち回りをすると文に宣言していた。
フィクサーどころか黒幕と化しているので文との取り決めは有名無実と化していた。
だが、オオスはそれを利用して文の取材攻勢を避けていた。
一応、最初に部下達について等ある程度は説明した。オオス的には文へ義理は果たしていた。
「あーあ…かえって来て早々、煩いのに捕まっちまったな。霊夢も」
魔理沙は霊夢が帰って来て早々に騒がしくなった博麗神社を見つつ言った。
魔理沙は自然と笑みを浮かべていた。…幻想郷の日常が帰って来たのだ。