嘘つき探偵と幻想郷   作:kohet(旧名コヘヘ)

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捨身飼虎

オオスは玄武の沢に住む河童との取引に向かっていた。

オオスは清蘭を伴って玄武の沢まで向かっていた。

 

今回、河童との交渉に際して、交渉ごとにも長けた鈴瑚ではなく清蘭を伴うのは訳があった。

…オオスからすればやや親心みたいな物であった。寿命を考えれば、オオスが玉兎達より先に逝くだろう。

イーグルラヴィの皆は団結力があるとオオスは思っている。

同時に、鈴瑚に交渉ごと等の重要な仕事をやや偏り過ぎているとオオスは考えていた。

…贔屓にしているわけではないのだが、情報処理能力的に鈴瑚を頼ってしまうのだ。

 

オオスとしては機会があれば鈴瑚以外にも交渉等の経験を積ませておきたいと考えていた。

それに思わぬ形で適材適所が見つかるかもしれない。

清蘭はやや好戦的であり、能力も異次元から弾丸を飛ばすという戦闘に特化したものだ。

…だからこそ、オオスは今回のような余裕のある交渉事で清蘭に何かを学んで欲しかった。

要するにOJTであった。実務をする上で必要となる知識やノウハウを学ぶのだ。

オオスはそう考えていたのだが、途中で思わぬ物に出くわした。

 

玄武の沢に向かう途中の川で、弱肉強食の理がオオスの目の前で繰り広げられていた。

 

 

オオス目の前で多分狼男ならぬ、狼女と思わしき妖怪が人魚を食べようとしていた。

 

「…いただきまーす!」

やや錯乱気味の狼女の名は今泉影狼という。

長いストレートの黒髪に狼の耳が生えており、手には長く鋭く赤い爪を伸ばしている。

服は赤・白・黒からなる三色のドレス姿であった。

 

「いーやー!食べないで!」

それに抗うのはわかさぎの人魚であるわかさぎ姫といった。

深い青色に縦ロールの髪型をしており、耳の位置には人魚らしくひれのようなものがついている。服装は全体的に深緑色の和装であり、下半身のスカートのように見える部分以外は人魚の尾をしていた。

 

「閣下、いかがいたしましょうか」

清蘭はオオスに尋ねて来た。二匹の妖怪をこのまま放置して良いのかということだろう。

清蘭の問はオオスの性格を理解しての発言ではあった。

…だが、オオスは弱肉強食の理もまた理解していた。残酷だが、致し方が無いこともあった。

 

「これも弱肉強食の理。諸行無常だが、このまま先へ進もう」

オオスはそう言って先に進むことを清蘭へ告げた。

オオスは可哀想というだけで弱肉強食の理を覆してまで人魚を助けるようなことはしない。

 

だが、

「影狼!正気に戻って!私達、友達でしょう!?」

わかさぎ姫はオオス達に気づかず影狼を正気に戻そうと叫んだ。

 

「清蘭。予定変更だ。助けますよ」

オオスはその叫びを聞き、予定を変えた。

…あの狼女が友を食そうとしているとあらば、オオスとしては見過ごすわけにはいかない。

 

「えっ、は、はい」

清蘭は遅れて返事をした。オオスの急すぎる方針転換に清蘭は動揺していた。

…だから、あの光景を清蘭は目撃することになった。

 

 

影狼は冬で食料がなく、空腹だった。

無性に腹が減り、草の根妖怪ネットワークの友、わかさぎ姫を食べようとしてしまっていた。

…影狼は空腹による錯乱に等しい状態であり、目の前に餌があるとわかさぎ姫に食いつこうとしていた。

 

「いただきます!」

影狼は友であるわかさぎ姫に食いつこうとした。

 

わかさぎ姫も冬となり、食料がなく友である影狼が正気で無くなっていることを悟った。

普段の影狼ならばこんなことはしないとわかっていた。

草の根妖怪ネットワークという弱小妖怪達の繋がり、友として知っていた。

 

「正気に戻って!お願い!」

わかさぎ姫はそう言いつつも、影狼に食べられる覚悟をした。

 

…わかさぎ姫が、運が悪かったと諦めかけたその時、それは起こった。

 

わかさぎ姫と影狼の前に人間の腕が転がって来た。

…肩から先がまるまる切断された腕だった。

 

弱小妖怪である二人は目を疑った。…人間を食せば即退治される。

弱小妖怪の集まりである草の根妖怪ネットワークの常識である。

…人間には手を出さない。弱小妖怪にとってそれが生きる道であり、鉄の掟であった。

 

だからこそ、目の前に人間の腕という餌があるというのに影狼は躊躇した。

影狼は目の前の光景に驚いた。

空腹に驚愕が優り、さらに動揺したことによって狂気から反転して正気に戻った。

 

「…その腕を食べると思ったのですが、食べないのですか?」

人間の男が二人を見てそう言った。わかさぎ姫と影狼はわかった。

その人間の片腕の根元がなかった。

…止血しつつも肩から血が流れるのも気にしないように二人へ尋ねていた。

 

目の前の男は自らの片腕を切り落として影狼に放り投げたのだと二人は悟った。

それは二人の知る人間ではない。…常識外の存在であり、滅茶苦茶であった。

 

「か、閣下!」

二人からして滅茶苦茶強そうな妖怪兎が人間の男を見て叫んでいた。

 

この人間の腕を食ったらわかさぎ姫も含めて自分達は死ぬ。

影狼はもはや完全に正気に戻った。

 

しかし、

「ぐぅー…」

辺り一面の男の血の匂いで影狼の腹の虫が鳴り響く。

だが、影狼は理性で食欲を抑え込んだ。これを食えば死ぬ。死んでしまうと言い聞かせていた。

 

「お腹が空いていたのでしょう?友達を食べるくらいならばと思ったのですが…」

人間の男は正気とは思えないことを言っていた。

 

影狼がわかさぎ姫を、友達を食べるくらいならば己の片腕くらいくれてやる。

人間の男は二人へそう言い切っていた。男は本気で言っていることが二人はわかった。

 

「だが、正気に戻ったのならば話は早い。清蘭。食料があったでしょう?あれを彼女に」

人間の男は妖怪兎に食料を影狼に与えるように指示を出した。

 

影狼は完全に正気を取り戻したが、目の前の男の正気を疑った。

わかさぎ姫も同様であった。普通、先に食料を投げないかと思った。

 

 

清蘭はオオスが突然、冬季清浄で自身の肩を切り落としたのを見て絶句してしまった。

動くのが遅れつつも清蘭はオオスへ駆け寄った。

 

「閣下!お怪我の方は!」

清蘭はオオスに駆け寄って叫んだ。

 

「清蘭。そこの…影狼とかいう方に食料を渡すのが先です。私は次で良いから」

オオスは清蘭を窘めた。先に自分が指示した方をやって欲しい。

…気遣いは嬉しいがオオス的には順序というものがあった。

 

「し、しかし…」

清蘭は混乱のあまり動けなかった。

 

片腕を切り落として見も知らぬ妖怪にくれてやる等、いくらオオスとはいえ信じられない。

まして、最初にこれは弱肉強食の理とオオスは言っていたのだ。清蘭は理解が追い付かなかった。

 

「ああ、もう良いです。ちょっと失礼しますよ」

オオスは清蘭に急に酷な判断をさせたと反省した。

オオスは勝手に片腕で清蘭の懐を漁り、玄武の沢で食べる予定のおにぎり等を取り出した。

 

「…影狼さんと言いましたよね。肉ではないですが、これで良いですか?」

オオスは淡々とした姿勢を崩さずに影狼へ尋ねた。腕の代わりにこれを食えと暗に言った。

 

オオスはそう言いつつ、影狼に放り投げた片腕を回収した。

オオスは片腕を切り落とす際に、影狼が正気に戻ることがあればと切断面を4℃前後に冷やしていた。

応急処置が功を奏した。オオスは自身の医療知識と経験則から直ぐに腕をくっつけられた。

…月の石の回復魔法ですぐにくっつくだろうと確信していた。

 

「は、はい」

影狼は思わず頷いた。

自らの四肢を切断し、平然と投げる人間。

圧倒的力を感じる妖怪兎から敬われている人間の男が理外の存在、神か何かに見えた。

…わかさぎ姫も同様であった。

オオスという人間の行動は彼女達にとって理外の存在であった。

 

「友を食らうくらうならば、私の腕一本で済めば良い」

オオスは端的に二人へ言って聞かせた。

オオスの行動に困惑する二人の妖怪に理由を説明した。

 

「弱肉強食の理なら兎も角、友達を食べるのは後味が悪い。だから介入しただけです」

オオスはそう二人へ言葉を続けた。

オオスは切断した腕をくっつけ、月の石で回復魔法をかけていた。

 

そして、

「うん。問題なくくっついた。多少リハビリをすればすぐに元に戻る」

オオスは手を動かして確認していた。リハビリというのは血のことであった。

正直、動かしたりする分には全く問題なかった。

 

パチュリーの言う通り回復魔法として使えるとオオスは改めて確信した。

オオスは図らずも人体実験ができた。その結果として自身の継戦能力向上を確信した。

オオス人知れず歓喜した。そこに腕を切り落としたことへの後悔は微塵もなかった。

 

「人間の四肢切断の場合、約四℃で保管しておけば、八時間以内なら再接着が可能だ」

オオスは淡々と自身の医学知識を確認して言った。切断しても多少は問題ないのだ。

更に、オオスには今回月の石による回復魔法という裏技もあった。

 

影狼に多少齧られたりしたところで問題なかった。

全部丸のみされればそれまでだが、それはそれで諦めもついた。

 

「清蘭もそれは知っているでしょう?」

オオスは清蘭に尋ねた。

 

月の戦闘部隊にいた清蘭ならば地上の民の人体構造等理解しているはずだと指摘した。

 

「閣下…失礼ながら滅茶苦茶です」

清蘭は初対面からずっと滅茶苦茶なオオスに心から言った。

 

そして、

「…どうか、ご自愛くださいませ」

清蘭はオオスに懇願するように言った。

 

オオスの行動は滅茶苦茶だが、全て優しさからだと理解した。

…そして、キチンと対策もした上での行動だとも理解した。

優しさは思慮を伴わなければ意味がない。…誰かがそう言ったのを清蘭は思い出した。

 

だが、咄嗟に自分の腕を切り落として投げる等誰が想定しようだろうか。

清蘭は自身の失態を悔いた。オオスの目の前にいながら止められぬ自分を恥じた。

 

「…私が勝手にしたことはすみませんでした」

オオスは清蘭の様子を見て、反省した。

 

オオスなりに計算してのことだったが、清蘭には酷だったようだ。

オオスは外で自身を囮として似たようなことをしていた。

自分の客観視が足りていないとオオスは悟った。

 

「それよりも影狼さん。渡したおにぎりとか早いとこ食べてくださいよ」

オオスは呆然とする影狼に言った。

 

空腹を抑え込んでないでさっさと食えとオオスは影狼を急かした。

人間ならば飢餓状態の食事は血圧低下でショック死することもあるが、妖怪ならば問題ない。

 

「…わかさぎ姫?食べていいんだよねこれ」

影狼は思わず友わかさぎ姫に尋ねた。

影狼は展開に思考が追い付かない。ましてや空腹で思考が働かない。

 

「…取り敢えず食べた方が良いわ」

わかさぎ姫は影狼の思いを汲み取りつつも、早く食べろと急かした。

食べないと失礼に当たる。食べた方が良い。というかわかさぎ姫も影狼に食われかねない。

 

「…血を失ったので、帰りましょうか」

オオスは清蘭に提案した。正直、この状態で河童達との交渉には望めない。

河童に会う約束していないし、アポなしでの営業みたいなものだった。

…それなら後日で良いとオオスは判断した。

 

「…はっ!」

清蘭はオオスに同意した。

 

この状態のオオスを交渉をさせるわけにはいかなかった。

オオスをすぐにでも帰らせ、玉兎達で適切な治療をする必要があった。

場合によっては鈴仙を呼び、永遠亭まで即送るべきだろう。

…オオスはそれを不要と判断しているようだと清蘭は悟ってはいたが。

 

影狼とわかさぎ姫は呆然としていた。

 

「冬ですし、食料もないでしょう?二人とも家に来ますか?」

オオスは呆然とする影狼とわかさぎ姫の二人へ提案した。

 

放っておいて再び同じことが起こればオオスの行為に意味はなかった。

 

「わかさぎ姫さんもわかさぎなら海でも生存可能ですよね」

オオスはわかさぎの生態を思い出して言った。

 

わかさぎは淡水魚と思われがちだが、海でも生存可能であった。

 

「「は、はい…」」

影狼とわかさぎ姫は流されるままにオオスについていくことにした。

 

 

その日、オオス家にペット二匹が増えた。犬と魚である。

ついでに草の根妖怪ネットワークという弱小妖怪の情報網をオオスは手に入れた。

 

…それと信仰も。オオスは気が付かない。

オオスの行為は『捨身飼虎』という釈迦の逸話そのものだった。

 

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