オオスは影狼とわかさぎ姫を自宅へ招き、どうしてああなったのか話を聞いていた。
「冬で飢えるのはわかるのですが、そこまで追い詰められるとか何かあったのですか?」
オオスは影狼に尋ねた。
…影狼が幾ら錯乱したとはいえ、友のわかさぎ姫を食べそうになるとかよっぽどであった。
オオスとしてはここで影狼の一時的な飢えを凌いで帰らせるのは忍びなかった。
「ええと…いつもなら妖怪の山で鹿とか仕留めていたんですけど」
影狼はオオスに何故、自分が飢えたのか言うことにした。
影狼達、人狼等は、冬場は妖怪の山で狩りをしていた。
…正直、ここから先を話すことは余り気乗りしない。
だが、影狼は恩人であるオオスだから敢えて言うことにした。
「…今年辺りから山の妖怪が強くなって狩りがしにくくなったんです」
影狼はそう言った。大人しい性格の影狼は闘争本能が高い方ではない。
何故か山の妖怪が急に強くなったのだ。
草の根妖怪ネットワークでは山の神が絡んでいることまでしかわからなかった。
…強力な神の加護を得た山の妖怪達が麓の弱小妖怪に対して力を鼓舞するようになったのだ。
影狼達は山の妖怪達から逃げたり、追い払うのが関の山であった。
「それで仕方がなく、人里から離れた川の方まで魚を捕りにきたのです」
影狼はオオスに言った。人狼が川で魚を捕りに来た。
他の人狼達は誇りと言うが、日々の生活を安全に暮らしたい影狼はどうでも良かった。
だが、
「…わかさぎ姫が挨拶しに現れて、それが大魚に見えて」
影狼は不甲斐ないと縮こまって言った。
飢えていて錯乱していた。
…まして、同胞からは誇りのない奴等と言われて影狼は精神的に参っていた。
「ごめんね。わかさぎ姫」
影狼は今更ながらわかさぎ姫に謝罪した。
実に真摯な謝罪であるとオオスは思った。影狼は心から反省しているようだ。
「良い…とは言えないけど、そういう事情なら…」
わかさぎ姫は影狼を許した。穏健な妖怪達の、草の根妖怪ネットワークの仲間である。
今回は事故と思うしかない。わかさぎ姫はそう思った。
しかし、
「なるほど…」
オオスは気が付いた。これは守矢の仕業だった。
…守矢神社の、正確に言えば神奈子の神徳の一つに武運というものがあった。
強くなった妖怪達のせいで麓の弱小の妖怪達が山での食料採取ができなくなったのだろう。
「本来、私が介入するところではないのだが…」
オオスは思わず呟き、思考した。
…この問題は一人間が介入して良い領域を超えていると思った。
だが、影狼は友であるわかさぎ姫まで襲おうとしていた。
オオスはこの事実から事態を放置しては人里にとっても危険と判断した。
…オオスは条件付きで動くことにした。飽くまで人間としてである。
「影狼さん、わかさぎ姫さん。私が冬の間だけ本当に飢えた妖怪達へ食料を供給します」
オオスは二人へ食料供給をすることを宣言した。
…魔法の森での実験の結果、過剰に出た生産物の処理という側面もあった。
オオスは夢の世界で冷凍保存しているが、もう人里の飢饉を何度も救える程に蓄えていた。
だから、その余りを妖怪達に供給する。…オオスは自身へ正当な理由付けをした。
「え…それは不味いのではないですか?」
わかさぎ姫はオオスへ言った。
…この問題に介入するのは他の強力な妖怪達に目をつけられると暗にオオスへ警告した。
「…貴方達草の根妖怪ネットワーク等の妖怪だけに人里から離れた一角を解放します」
オオスはわかさぎ姫の意図を汲み取った。
なので、飽くまで解放するのは一部の力無き妖怪のみと補足した。
オオスの住処は人里と魔法の森の境である。
食料は人里圏内外ギリギリに置いておくだけで良い。
バレないようにオオスが工夫する。そこで他の強力な妖怪が出しゃばるようなら即退治だ。
オオスには幸い内密に処理できる戦力がいた。…玉兎達には申し訳ないが手伝ってもらう。
そして、
「解放するのは冬の間だけです。それ以外に入ったら死にます」
オオスは食料のない冬のみ解放すると宣言した。
…それ以外は許さないと言い切った。
「死ぬんですか!?」
わかさぎ姫は叫んだ。神と思わしき、オオスから直々に死ぬと断言された。
清蘭という妖怪兎の武力を鑑みる限り嘘ではないとわかさぎ姫は確信した。
「当たり前です。だから、これは本当に困窮している妖怪だけに言ってください」
オオスはわかさぎ姫へ断言した。困窮する妖怪の緊急の対策だと暗に言った。
人気のない冬ならまだ誤魔化せるが、春になれば誰かに気づかれかねない。
もし、そうなれば最悪オオスは霊夢辺りに殺されかねない。
オオスは人と妖怪のギリギリのラインを攻めていた。
人里での取り決め、それを強引な解釈をしてオオスはできることをしていた。
わかさぎ姫達も悟った。
…オオスがしていることは弱小妖怪の為の、本当に限界ギリギリの救いの手だった。
オオスの救いの手を逃せば、少なくとも幾人かの穏健派の妖怪は飢えて死ぬだろうと悟った。
「そこには春の山菜を始め、人食い朝顔等の肉食の代わりになるような物があります」
オオスは妖怪が空腹を満たせる物を提供すると宣言した。
オオスは人食い朝顔の成分分析を行い、自ら実食して確認した。
人食い朝顔はたんぱく質があり、代用肉になった。
人食い朝顔はオオスが感心するほど養殖肉として優れていた。
人里には普通に出せない類の緊急用の食料だった。
…オオスは人里の為に、妖怪達で実験するのだと言い訳した。
「…本当に飢えたらそこで飢えを凌いでください」
オオスはそう締めくくった。守矢神社のせいで自分が苦労することになった。
神というのは碌な者ではない。オオスは確信した。恨みつらみで神を罵った。
「そこまでしてくださるとかあなたはか…」
わかさぎ姫は救いの神にしか見えないオオスへ禁句を言おうとした。
だが、わかさぎ姫の口は即座に清蘭に塞がれた。
「閣下!少し、二人を連れて話しても良いでしょうか?」
清蘭はオオスにそう言った。
…清蘭は強引に影狼とわかさぎ姫を連れてオオスから少し離れた。
「…詳しくは後で説明しますが、閣下に神は禁句です。絶対言わないように」
清蘭はガチの声色で影狼とわかさぎ姫に警告した。
声を抑えてひそひそとだが、下手したら死ぬ勢いで言っていた。
「「…」」
影狼とわかさぎ姫は清蘭の必死さに何かを感じ取って、何度も頷いた。
…二人とも少し涙目であった。単純に強者からのプレッシャーが怖かった。
「…話は終わりましたか?」
オオスは清蘭の突然の行為に驚きつつも、声をかけて尋ねた。
「はい!終わりました」
清蘭はオオスへ笑顔で振り返り言った。清蘭はオオスに必死で取繕っていた。
「では、話の再開を」
オオスは気にせず、再会することにした。
オオスとしてはここからが本題である。
今後、守矢神社を信仰する妖怪のせいで波及する問題。
それから人里を守るための対策だった。オオスは河童の取引より優先事項とした。
全部守矢が悪い。オオスは確信した。
「今から海と川を繋ぎます」
オオスは清蘭を見て言った。
オオスは今まで塩湖だった自らの海を自宅近くの川に繋ぐことにした。
元々、年明けにそうする予定だったが繰り上げることにした。
何せ緊急の課題である。致し方が無い。
「清蘭、手の空いているイーグルラヴィに通達してください」
オオスは飽くまで手の空いている玉兎達に手伝ってもらうことにした。
…オオス一人では手が足りなかった。
「今日中に川と海の境、汽水域を作ります。…河童との取引を中止したから可能ですよね?」
オオスは川に塩が混じらないように川と海の境を人工的に作ることを宣言した。
オオス一人では計算しながら作るのが難しかった。
「はっ!…しかし、騒音等はいかがいたしましょうか?」
清蘭はオオスに懸念を伝えた。
オオスの命令である。事前に聞かされていたこともあり準備もしていた。
イーグルラヴィ達は余裕であった。
しかし、騒音については念のため、オオスに確認しておく必要があると清蘭は思った。
「ここは人里から離れたところ。ましてや、年末です。騒いだところで気が付かれない」
オオスは清蘭にそういいつつも、思わぬ形でOJTになったと思った。
実地研修である。今回のケースは緊急時にどれだけ素早く動けるかのテストになる。
オオスは土木工事が軍隊行動においてどれ程の強さを発揮するかを古代ローマの知識で知っていた。
万が一の台風の時のテストケースにもなる。緊急の土木工事は幾通りもの対策になった。
本来、風を司る天狗の領域だった。天狗は人里という場を外の台風等から守っていた。
だが、もしスーパー・タイフーンが上陸すればオオスも手伝うことも視野に入れていた。
天狗も対処しきれないかもしれない。オオスが出る幕はないと思うが念のためだった。
「川と海を繋いだことは事後承諾ですが、私が人里の有力者に掛け合います」
オオスは人里の阿求に事後承諾することにした。前もって川と海を繋ぐと言っていたのだ。
それを早めただけだとオオスはしらばっくれることにした。
「それで、わかさぎ姫さんは私と弱小妖怪の取次を願います」
オオスはわかさぎ姫に頼み込んだ。
オオスは弱小妖怪を知らないから当事者へ頼むほかない。
「影狼さんも同様に山の妖怪と争うとか考えていない妖怪にだけ話してください」
オオスは人狼という種族を看破し、影狼がやや浮いている存在だと認識して言った。
平穏を望む妖怪は助けるが、それ以外は助けないとオオスは言い切った。
その選択もまた意思である。オオスは意思を尊重する。それに関与するところではない。
「…そこまでして頂いて良いのですか?」
わかさぎ姫はオオスに思わず尋ねた。
そこまで見ず知らずの妖怪にする必要性がオオスにはないとわかさぎ姫は思った。
そして、影狼も同様のことを思っていた。
「ああ、そうだ…給与のことはどうしましょう」
オオスは二人の問から別のことを考えていた。
具体的にはわかさぎ姫達を雇用することを考えていた。
頼むのではなく、仕事として依頼した方が良いと判断した。
オオスは二人の給与体系とかどうするか悩んでいた。
…わかさぎ姫達は恒常的に雇った方が良い。オオスは情報漏洩を気にしていた。
「わかさぎ姫さん、影狼さん。もしよければ住み込みで働きませんか?」
オオスはそう二人へ誘いの言葉をかけた。
オオスは現地の労働者としてわかさぎ姫と影狼を欲した。
…玉兎達は月の兎である。オオスとしてはここらで現地の労働者を欲していた。
わかさぎ姫や影狼が平時に芸でもやってくれれば紙芝居屋としては有難いのだが。
「「…」」
二人は思わぬ方向へ話が飛んでいることについていけていなかった。
お互い顔を見合わせたが、どうしようと顔に書いてあった。
「山の妖怪が強くなったのなら、人里も危ないので一時的な雇用も考えたのですが」
オオスは二人へ説明することにした。オオスの行為は人里の為であると宣言した。
「二人には山の妖怪を監視…とまでは行かなくとも麓の妖怪の被害を教えて欲しいのです」
オオスは二人を見つめて淡々と語った。平穏なる幻想郷、人里の為に動く。
…妖怪もその中に含まれるのであればそれも助けることをオオスは宣言していた。
「私に、噂話程度で良いのでそういった情報を持ってきて貰いたいのです。雇用という形で」
オオスは二人の妖怪としての尊厳を傷つけないように述べた。
オオスは飽くまでこの話は雇用契約であると二人へ宣言した。
「この契約は人里、ひいては貴方達のような平穏を望む妖怪達の為になります」
オオスはこの雇用の利点を挙げる。
強いて言えばオオスの為に情報を集める事になるが、それは雇用の範囲内なので言わない。
「乗って下されば、山の妖怪に怯えることもないし、食料も安泰だ」
オオスは妖怪に人の下につけと言う。…オオスからすればプライドの問題だと心配だった。
しかし、
「是非、雇ってください!!」「よろしくお願いします!」
影狼とわかさぎ姫はほぼ同時にオオスの提案に乗った。
二人からしてみたらオオスの提案は渡りに船だった。
平穏と安泰が保証され、更には仲間達も救える仕事である。即座に飛びついた。
…そして、オオスは自分を人間というが神であると二人は確信した。
人も妖怪まで救おうとする神がそこにはいた。
オオスが一切意図していない信仰がまた生まれようとしていた。
オオスには客観視が足りていなかった。
弱肉強食の理で弱小妖怪を救おうとする輩等いない。…それこそ神しかいなかった。