オオス家の敷地内に新たに汽水湖を作った翌日。
わかさぎ姫は早速、草の根妖怪ネットワーク等弱小妖怪達に呼びかけをしに出掛けていた。
影狼は山の妖怪に戦争する気が無い自分と同様の者達を引き抜くと意気込み出て行った。
オオスは影狼に心境の変化があったと悟った。
恐らく大人数を引き抜いて戦争自体起こさなくさせるつもりだとオオスは思っている。
わかさぎ姫を食べそうになったのをかなり気に病んでいたようだが、何かが変わった。
オオスはその意思を尊重し、特に何も言わずに影狼を見送った。
だが、オオスはそういった人の意思を好んでいた。
…最悪の場合、オオスは影狼をフォローするつもりである。バレない範囲ではあるが。
ところ変わって、オオス家は年末ということもあり、一応の年越しの準備をしていた。
オオスは神に祈らないので簡素な物であるが、人里の習慣に合わせた物を用意していた。
オオスは年明け前に汽水湖を作るのを手伝ってくれた玉兎達へ何か礼がしたかった。
そこで、オオスが何かできることはあるかとイーグルラヴィの玉兎達に尋ねた。
…だが、玉兎達の意外な願いにオオスは少々困惑することになった。
「昨日、作った汽水湖に祠を建てたい?」
オオスはイーグルラヴィを代表して鈴瑚が言う言葉を繰り返した。
思わず聞き返すくらいにはオオスは驚いていた。
オオスには神について普段考えない。だから、鈴瑚の心境がわからなかった。
…オオスは合法的に神に喧嘩を売れるかということについてはいつも考えている。
「小規模な物で良いのですが…」
鈴瑚はオオスに恐る恐る聞いた。
鈴瑚達は賭けに出た。オオスに関連する汽水湖にでオオスを祀る祠を建てるのだ。
オオスは信仰の自由を保障していた。曰く基本的人権がどうとか何とかだそうだ。
イーグルラヴィの玉兎達が何か信仰しているのを悟っても口出ししてこなかった。
このタイミングでしか玉兎達にとってオオスを祀る施設の建設は限りなく難しい。
玉兎達は礼等いらないから祠を奉りたいと願ったのだ。
…なお、今はいないが既に鈴瑚達はわかさぎ姫と影狼を言いくるめている。
後から余計な口出しはない。ここで賭けに出ることを鈴瑚達は全員で共謀していた。
「ふむ…」
オオスは鈴瑚達の懇願を聞いて思った。
オオスは家で神に祈りにくいから近くの湖に祠を作りたいのではないかと推理した。
オオスは自分のせいで大っぴらに神に祈れない玉兎達の信仰を悟った。
オオスは基本的人権にある信仰の自由は保証されるべきだと思っている。
…玉兎達に気を使わせてしまったことを上司として恥じた。
オオスの推理は当たっていたが、自分を奉る祠を作りたいと言っているとは思わない。
オオスは客観視が欠けていた。祠を建てたら初詣に信徒が祈りに来ることも気が付かない。
後日、霊夢が人里の信者を奪うなと湖の祠の件で言いがかりをつけて来られるとは夢にも思わない。
霊夢から何を言われようがオオスは毅然とした態度で、部下達の玉兎達の信仰を守ることになる。
良くも悪くもオオスは人の意思を尊重するのだ。他人の宗教に口出しはしない。
オオスは神に決して祈らないが、他人にまで強要する程狭量ではない。
霊夢だろうとも、人の意思である以上、他者の信仰を否定することをオオスは許さない。
自分が祀られている祠だと知らずにオオスは年明け早々、霊夢に歯向かうことになる。
それをこの時のオオスは全く知らないし、想像できない。
後日、オオスは何故見も知らぬ神の為にこんなことをするのだと自分でも疑問に思うこととなる。
「別に構いませんよ」
そんな未来を知らぬオオスは玉兎達の願いを快く応じた。
…本当は自宅近くに祠を作る事を許可しても良い。
しかし、オオスは自宅近くに神がいるとか本当は嫌なので自分からは絶対に言わない。
本当にこのタイミングしかオオスを祀る祠の建設は難しかった。玉兎達は賭けに勝った。
オオスに自然な形で自身の信仰を認めさせる詐術が通用するのはここしかなかった。
全ては想定外の計画の進行のせいである。…つまり、守矢のせいだった。
「…やった!ありがとうございます!」
鈴瑚はオオスの言葉を聞き歓喜した。周囲の玉兎達も喜んでいた。
…オオスとしては複雑だが、認めると言った以上は仕方がない。
そして、オオスとしてはここまで信仰を抑え込んだことに対して申し訳なさがあった。
「…ちょっと待ってください」
オオスは早速祠を建てようと急ぐ鈴瑚達に声をかけた。
…オオスは神に祈らない代わりに鈴瑚達への礼としてあることをすることにした。
昨日作成した汽水湖にオオスと鈴瑚達はやってきた。
そして、オオスは白装束に身を包んでいた。
オオスは春季光星と冬季清浄、そしてある枝木を持っていた。
「閣下、何をされるおつもりなのですか?」
清蘭がオオスに尋ねた。何をするかわからなかった。
「…神には祈りませんが、私なりの礼です」
オオスはそれだけ清蘭へ言った。
「祠はどこに建てるつもりか教えて貰っても良いですか?」
オオスは玉兎達へ尋ねた。既に場所があれば多少は妥協もする。
「ええと…」
鈴瑚は戸惑った。…実は玉兎達は場所をまだ決めていなかった。
オオスがわざわざここへ訪ねて来ると思わなかったので後でじっくり考えるつもりだった。
「では、それは後で考えてください」
オオスはそう言い、用意したことを始めることにした。
オオスは夜空を見上げ気の流れから特定の位置と方位を割り出した。
そして、その範囲9m四方に運勢を上げた。
…アリスと魔法の森で行った術、陰陽道の一つ『方位術』であった。
これからオオスがするのは様々な混成儀式であった。
…幻想郷に来て二つの季節を操る事ができたオオスのみのとっておきだった。
運勢を上げた地に枝木、ミズメの枝を突き刺した。
本来、オオスはこのミズメからサルチル酸メチルを抽出し、筋肉消炎剤を作るつもりだった。
だが、オオスは薬剤としてではなく、違うことに使う。…ミズメは別名を梓ともいう。
「寒くなりますが、少し我慢してください」
オオスはそう言って冬季清浄で冬を更に加速させた。
ミズメ、否、梓は雪に埋もれ、枯れそうになる。
それでもオオスは冬季清浄の使用を止めない。
鈴瑚は意味が分からずただただオオスの行為を見ていた。
そして、
「今!」
オオスは冬季清浄の使用を止め、春季光星を発動させた。
今度は梓の木は春の季節になり、枯れ木からすくすくと育っていく。
オオスはそれを見て、素早く呪文を唱えた。それは農作物の祝福と呼ばれる呪文だった。
オオスは冬季清浄で限界まで追い込んで、春季光星での春度の吸収を最大限に促進させた。
さらに、オオスは呪文を木一本だけの為に呪文を唱えていた。
本来四千㎡の土地の農作物に対して使う呪文をたった一本の木だけの為に使用していた。
梓の木はどんどん成長していった。本来有り得ない程に。
「…これが限界か」
オオスは思わず呟いた。…オオスは妖精達に協力を仰げばもっと成長したと思った。
オオスの複合儀式呪文の結果、梓の木は高さ15mくらいに成長していた。
「…十分凄いと思うのですが」
清蘭はオオスに言った。…ただの枝から根を張った立派な木になっていた。
オオスがこれ以上を望む理由は何なのかと清蘭は思った。
「…まぁ、これがあれば良いのですが」
オオスは清蘭の言葉に幾分か励まされたのか、作業を再開することにした。
オオスは梓の木の枝の一本を折った。そして、木に巻き付いた蔦で糸を紡いだ。
オオスは梓の枝を弓形にし、蔦の糸で弓を作成した。
「…かつて京の衛士たちは都の邪気を払うために毎夜、梓弓の弦を鳴らしました」
オオスは玉兎達へ淡々と作成した弓と木を見比べて言った。
…鈴瑚達もオオスが何をしたいのかわかった。
「万葉集にはもう歌語化して、弓と言えば梓弓。梓はそういう風情ある木なのです」
オオスは鈴瑚達へ日頃の感謝を込めてそう言った。
…オオスは梓の木を祠の近くに置きたいと思った。
オオスにも何故かはわからないが、そうすべきだと思ったのだ。
オオスは何の神を祀る祠なのか知らない。
それでも風情ある物を側に置いた方が良いと思った。
だから、こうして鈴瑚達へ語っていた。
オオスはその神とやらには決して祈らないが自分なりの誠意であった。
「梓弓を弾く音に乗せてその行く末の幸運を願うのです」
オオスはそう言って梓弓を弾き、音を鳴らした。
白装束で身を清めたオオスは神ではなく、自然に感謝し、皆へ幸運を願うと言った。
神ではなく、その祠に来るもの達へオオスは邪気を祓い、幸運を願った。
奇しくもオオスは自ら知らぬうちにある存在と重なっていた。
その姿は玉兎達が祈る存在として相応しいものであった。
あらゆる邪から人々を守り、その幸を願う存在がそこにはいた。
…その存在を人は神と呼ぶ。
オオスは自分も気が付かぬ内にその一瞬だけ神と化していた。