オオスは有情地にて初日の出が過ぎた朝日に照らされながら一人考え込んでいた。
自らの方針を変える程のことをしてしまった。それについてはオオスは後悔等していない。
だからこそ、オオスはどうすべきか考えていた。力を持つ覚悟と責任をオオスは考えていた。
オオスは転移させた妖怪達50人はイーグルラヴィの玉兎達等が介抱しているのを確認した。
…オオスが少し考えたいと玉兎達へ伝えていた。
玉兎達がオオスの代わりにここの諸事情を先に彼等に説明してくれるというので頼んだ。
オオスがそれを他者に任せる程の問題だったのだ。
オオスはこの妖怪達50人を助けた責任を考えていた。
オオスはそれをどう果たすべきか悩んでいた。
影狼は本気で戦争を止めるつもりだったのだとオオスは改めて確信した。
問題なのは、影狼と共に転移した者達の中には強者も何人かいたことだった。
麓の妖怪達は山の妖怪達と本気で戦争をする気だったのだとオオスは悟った。
オオスが考えていた規模が間違っていた。…妖怪同士の種族を挙げた大戦争になりかねなかった。
人里は不可侵の領域だ。オオスは彼等を介抱して記憶でも消せば全く問題ない。
だが、その選択はオオスの矜持が許さない。…助けた者達は最後まで責任を取る。
もし、彼等を回復したから帰るようにすれば、強者だからこそ殺されると認識した。
逆に弱者ならば問題なかった。組織からすれば脅威にならない。放置されるだろう。
オオスは弱者ならば本当に危ないときに保護する方針にすると予め決めていた。
オオスは自分の想像以上に妖力がありふれていた。
その場合、オオスはカシャンボの能力を使い常時生命反応だけ確認していただろう。
オオスも流石に自身の身の異常事態が妖怪達を保護したことによるものだと理解していた。
信望の力とでもいうのだろうか、妖怪達の妖力がオオスに集まっていた。
…オオスは無効化できるから良かったが、下手したら妖怪扱いだっただろう。
その恩恵を彼等に返すだけだ。オオスは彼等のプライバシーまでは覗くつもりはない。
弱者が組織的に虐げられるような最悪の、危機的状況だけ回避するようにした。
だが、オオスからしても想定外の強者がいた。
組織からすれば反乱すれば恐ろしい存在である。そして、その強者は複数人もいた。
…オオスは腹を括った。オオスとしては不本意だが、この奇跡の責任を取ることにした。
転移してきた妖怪達が、イーグルラヴィの玉兎達の説明を受けた終わったのを見計らった。
オオスは声をかけることにした。そして、この交渉ではオオスは本気になることにした。
オオスは正月に合わせた和服だった己の服装を変えた。パチュリーから教わった早着替え魔法だ。
オオスは喪服になった。正月早々に、風情に合っていないのは承知である。
…だが、オオスの本気の正装を新年早々に着た。オオスは不退転の覚悟を決めた。
視点は救われた妖怪側に移る。…転移してきた中で、最も賢く強い者がいた。
それは頽馬という種族の妖怪だった。頽馬は魔の風を操る妖怪である。
その姿は緋色の着物と金の頭飾りを身につけた長い黒髪の美少女のようであった。
しかし、彼女は、他者をゴミとして扱う猿の妖怪の長ですら一目置いていた。
彼女の名は美濃吾妻。…非戦派50人の中で誰もが認める程、最も強い妖怪であった。
先代でごたごたがなければ、頽馬の次期当主として扱われるはずの存在だった。
吾妻は妖怪兎達からここ、有情地の説明を一通り聞いた。
…吾妻は自分の存在がこの楽園にとって如何に最悪な存在か理解してしまった。
ここを司るは弱きを守る神だという。信じられないが、救われた吾妻は事実だと確信した。
だが、彼の神は自らを神とされることすら嫌がる程、危険を嫌う神だとも同時に理解した。
つまり、吾妻のような存在がいてよい場所ではなかった。…強者がいて良い場所ではない。
自分の生存を頽馬の長が黙っているか吾妻には彼の神に断言できなかった。
自分達を転移させた奇跡から考えれば自らの長は手を出さないと思う。証拠が何もない。
吾妻は最悪、強者の自分を含めた数人処分して貰い、他の者の保護を頼もうかと思った。
そこに彼の神がやって来た。吾妻が考え終わる前に喪服姿の神が現れた。
新年の晴れの日に喪服。明らかに歓迎していない。吾妻はそう認識した。
「ここは私が管理する有情湖の近くにある土地、有情地」
彼の神はそう言った。…吾妻は彼の神が近くまで来てその容姿を直視した。
吾妻が見てきた中でどんな存在よりも儚く美しい存在であった。
…その儚い美しさに喪服が似合い過ぎていた。
「…傷が癒え、落ち着くまでここに避難していると良いでしょう」
彼の神はそう吾妻達を厄介者扱いせずにそう言い切った。
…影狼等から慈悲深い神と聞いていたが本当であったと吾妻は悟った。
だが、次の言葉で吾妻は衝撃を受けることになった。
「貴方達には不満がなければ、私の海を守る仕事について貰いたい」
彼の神は吾妻達強者ですら受け入れると暗に宣言した。
オオスは内心半分自棄になりつつも、彼等を保護すると宣言した。
そこにオオスの滅茶苦茶を理解したと思わしき反応をした妖怪が一人いた。
オオスから見て黒髪の、緋色の着物の一番強そうな妖怪の少女だった。
…影狼は妖怪の当主クラスを引っ張ってきたのではないかとオオスは思った。
オオスからすると射命丸文並の大妖怪であった。多分、文の方が僅かに強いが些事である。
「質問があればどうぞ」
オオスは緋色の着物の少女を見て言った。
オオスは腹を括っている。何言われても論破してやるからかかってこい。
オオスは心の中で戦闘態勢に入った。
彼の神は吾妻を見ていた。
吾妻は自らの懸念を神は看破したのだと確信した。
「失礼ながら、私共を使って何をしようというのでしょうか?」
吾妻は慈悲深き神に無礼を承知で暴言を吐いた。
…申し訳なさで胸が一杯だが、神に覚悟を吾妻は暗に聞いていた。
自分達を助けると言う選択肢が持つ意味を尋ねていた。
「…清蘭、辞めなさい」
神はそれだけ言った。吾妻は気配からもう察していた。
背後にいる何者かが自分を殺そうとしていた。神はそれを止めたと理解した。
「はっ!」
清蘭という名の妖怪兎は神の言葉に従い矛を収めた。
…凄まじい忠誠心だと吾妻は思った。清蘭の殺気が一瞬で収まっていた。
彼の神は統率の取れた武力まで備えていると暗に吾妻に伝えているのだと理解した。
「理解されたようで何より。頭脳明晰のようですね。…跡取りか何かで?」
神は吾妻の目を見て逆に尋ねて来た。
否、自身が持つ武力に対しての吾妻の理解が正しいと答えてくれた。
「いいえ、先代での諍いに巻き込まれて分家の者が今は当主をしております」
吾妻は敢えて回りくどい言い方で答えた。本家は吾妻であることを暗に伝えた。
自らを処分した方が良いと神に進言した。…この楽園の維持を保証できないからだ。
吾妻の勘と経験は問題ないと言っているが何かある可能性が否定できなかった。
「…自らの危険性を解いて迄周りの者を助けようという気持ちは大義です」
神は吾妻を褒めた。…その言葉に周囲がざわつくがすぐに収まった。
吾妻はわかった。自分の行為の意図を理解した上で保護すると神は暗に宣言した。
「欲望は輪廻の様に連なり、万物は流転する」
神はそう呟いた。…吾妻にはその意図が読めなかった。
「春まではこの地、有情地を保護してください」
神はそう言った。吾妻は更に困惑した。だが、理解もした。
吾妻並の戦力がいればこの地は安泰だろう。
…少なくともこの隠蔽を見破れる者はいないと吾妻は確信していた。
ここは春なのだ。今は冬至である。ここが霧の湖なら寒さで凍り付き始める季節である。
「日短きこと至る」
神は吾妻にここは安全だと言い切った。
冬至の元来の意味を言ってここは別天地だと宣言した。
「…教養もあるようで何より」
神は扇で口元を隠してそう呟いた。吾妻の反応から真意を理解したと察したようだ。
「私はいつもここにいれるわけではありません」
神はそう言い切って、吾妻を見た。
「貴方のような理解ある強き妖怪にこの地を守護して貰いたい。…対価は安全という形で」
神は吾妻の懸念を含めて対価としてここで弱き者の為に働くように言い切った。
…吾妻達の安全は高い報酬だと吾妻は思った。
神が抱えることになる吾妻達という爆弾を含めれば高すぎた。
「…失礼ですが、私を抱えることに不安はないのでしょうか?」
吾妻は婉曲な言葉を用いず直接神に尋ねた。
…ここまでしてもらっても吾妻達は彼の神に何も返せないと暗に言った。
「ないです」
神は吾妻の懸念を切って捨てた。
「戦争する気ならば、貴方達を引き抜いた段階で終わりです」
神は吾妻に語って聞かせるように言った。…吾妻も気が付いた。
既に戦争は終わったのだ。神の言いたいことを理解した。
「そんな中で、軍事行動を起こしたとして、私を倒せるとでも?」
神は麓の妖怪達が、纏まった軍勢でなければ清蘭達だけで追い返せると宣言した。
「…まあ、貴方達が私を後ろから刺すのならば別ですが」
神はそう溢した。吾妻には神の真意を理解できた。
…だからこそ安心してここにいろと吾妻達へ言っていた。
「…慈悲深きお方、深淵なるお考えに傷をつけるような真似をして誠に申し訳ございません」
吾妻は神の考えに平伏する他なかった。
吾妻は地面に足をつき神へ謝罪しようとした。それくらいのことを吾妻はしてしまった。
…神を試したのだ。殺されても文句は言えなかった。
だが、
「…和氏之璧に傷をつけたくないのなら貴方は行動で示しなさい」
神は吾妻の腕をつかみ、土下座をしようとする吾妻を叱りつけた。
…完璧の語源になった計略を神は述べた。
吾妻の謝罪、土下座は神の計略をも傷つけるから辞めろと言い切った。
「…はっ!」
吾妻は彼の神の慈悲に行動で示すことで返すと宣言した。
そして、吾妻は己の全てを捨ててでも彼の神に仕えることを心の内で誓った。
…先ずはこの神の地である有情地を守ることが己の責務である。
吾妻は自らの汚名を濯ぐ為にも、神の言う通り職務を通して行動で忠義を示すことにした。
家の政争に敗れ、甘んじていた頃よりも誇りを持っていることを吾妻は自覚した。