霊夢は激怒した。彼の邪知貧弱な男に一発ブチかまさねば気が済まぬ。
霊夢にはオオスがわからぬ。だが、自らの利害には人一倍敏感であった。
そして、
「やあ、明けましておめでとうございます。霊夢さん」
何食わぬ顔で男は来た。あれこそ邪知貧弱な男である。
霊夢は己の拳で邪知貧弱な男から真意を問いただそうと思った。
だが、ここは神の社で己は巫女である。何より霊夢は少し冷静になった。
…霊夢の勘が目の前の男は霊夢の怒りの理由について何も知らないと言っていた。
昨年の春、四季映姫での件もあり、霊夢は落ち着いた。
「おめでとうじゃないわよ!…人様の商売に土足で入り込んで!」
霊夢は拳ではなく、言葉でオオスに殴りかかった。
…それは四季映姫も苦笑いな成長の在り方だった。
オオスは新年早々、思ったよりも人気が少ない博麗神社を見て少し不安になった。
博麗神社には何もしないが、許容でき、かつバレない範囲でオオスは天候を弄っていた。
端的に言えば、オオスは人のためと自らに言い訳をして人里から博麗神社までの雪を減らしていた。
神の為ではなく、独りだけ月の都に残された霊夢のことをオオスなりに気遣っていた。
オオスのそれは冬季清浄の能力の応用であった。
冬季清浄は『氷の鱗』、水龍の魔力の結晶が力の源だった。
…そして、幻想郷の最高神は龍神とされている。
最後に最高神である幻想郷の神、龍神が現れたのは博麗大結界を張った時の事であるという。
妖怪の賢者達は龍神に対し、幻想郷を守護することを誓ったとされている。
それ以降、人間の里の中心に龍を祀る龍神の像が置かれ、毎日の様に崇められている。
オオスは像が河童の作成したもので天気予報の術が組み込まれていることを知っていた。
誰も龍神に祈らなくなったら不味いという理由で河童がつけたものであるらしい。
オオスは当然、龍神に祈ったことはない。挙句、河割異変で神なんざいらねぇである。
…オオスの行為は人妖問わず罰当たりにも程があった。
とはいえ、今の幻想郷を築いたのは龍神であるという話は人里においては常識であった。
オオスは冬季清浄の力をその龍神信仰の逸話から応用し、使用していた。
博麗神社は博麗大結界というものが存在し、外と中の境である。
…オオスは冬季清浄、水龍の力で博麗大結界の境である博麗神社の天候へ干渉していた。
オオスは龍神信仰を利用し、バレない範囲で博麗神社の雪が少なくなるようにしていた。
昨年早苗が博麗神社と会った際、オオスが早苗と共に転移できたわけもそこにはあった。
…早苗から見て守矢神社の分社に雪が積もっておらず手入れをする必要性を感じなかった。
早苗の時点では冬季清浄ではなく、置いてけ堀の氷の鱗が本物かチェックする前段階であった。
パチュリーとの共同研究がなくてもオオスは冬季清浄に似た類の物を作っていた。
…パチュリーから指摘された月の石という増幅装置のお陰かとんでもないことになったが。
だから、早苗はオオスの滅茶苦茶に流されるままに博麗神社から守矢神社に転移していた。
分社に雪が積もったりしていればオオスに一度断りを入れていた。
早苗は霊夢とは違い自らの職務に対して真面目であった。
このようにオオスは霊夢にバレないように細心の注意を払っていた。
何せ霊夢にバレたらオオスは死ぬ。…博麗大結界の管理人にオオスは無断で干渉していた。
だが、オオスの行為に対し、紫は特に何も言ってこないのでセーフだと判断した。
…実際、紫も霊夢に特攻させた負い目があるのでオオスの行為を黙認していた。
オオスは自らの記憶を改竄する前から色々言い訳しつつも、霊夢の為に行動していた。
…オオスは霊夢に月面戦争で置いて行ったことに対して負い目を感じていた。
オオスは滅茶苦茶ではあるが、霊夢に対して善意で行動していた。
…そんな些細な背景等ぶち壊すかのような口論が成されていた。
「アンタの作った湖の祠か何だかに参拝者が取られているのよ!」
霊夢は本当に良く状況を理解していないオオスに怒りをぶつけた。
…自分の神社で祈らない癖に何故、湖に神を祀る祠を建てたという思いもあった。
「そんなこと言われてもアレは頼まれたから許可しただけだ!」
オオスはよくわからないが、自分が神を敬ったのかという霊夢の感情に気が付いて激怒した。
オオスは神には祈らないと暗に霊夢に怒鳴り返していた。敬語も何もない。
「じゃあ、アレとっとと取っ払いなさいよ!」
霊夢はオオスに怒鳴り返していた。オオスにとっても目障りだろうと暗に言った。
「…頼まれた以上、引き受けた以上は私の責任でアレを認めている」
オオスは霊夢の言葉を汲み取りつつも、あの忌々しき祠を守る立場にあると宣言した。
「じゃあ、何で家の神社で祈らないのよ!」
霊夢はオオスに怒鳴りつつも問題の本質をぶつけた。
これはオオスに取って、最大の矛盾点だった。霊夢は勘でオオスの本質を突いた。
だが、
「それとこれとは別だろう!」
オオスは霊夢に怒鳴り返した。今話しているのは湖の祠の件だった。
オオスも何故あの祠をここまでして守らなければならないのかと内心思っていた。
もし、霊夢が落ち着いてオオスに理を説くように言っていればオオスも自らを省みていた。
しかし、霊夢はオオスに感情でぶつかってしまっていた。
…両者共にことの問題の本質に気が付かない。
「あのー…閣下」
鈴瑚はオオスに恐る恐る声をかけた。
鈴瑚はオオスに対して本気で申し訳なくなってきた。
鈴瑚はこっそりイーグルラヴィの玉兎達へ念話を飛ばしていた。
…もうオオスへ打ち明けた方が良いのではないかという話である。
ここまでオオスが知りもしない有情湖の祠を守る姿勢をみて鈴瑚は辛くなってきた。
「…何よ!部外者はひっこんでなさい!」
霊夢は鈴瑚を睨んで黙ってろと圧力をかけた。
だが、
「彼女はあの祠に祀っている信者だ!部外者では…」
オオスは霊夢にそこまで言って、急に止まった。
早苗がそこにいればまるでロボットのようだと言う位、オオスは不自然に固まった。
完全に背景と化し、遠巻きに見ていた参拝客や出店を営む者達も気が付く程オオスは突然止まった。
「か、閣下!?」
鈴瑚はオオスの様子を見て慌てて駆け寄った。
…オオスはその場で倒れようとしていた。
しかし、
「…」
霊夢の方が先に駆けつけた。霊夢は倒れようとするオオスを抱きとめた。
霊夢はオオスの突然の停止を見て、勘で誰よりも早く駆け寄っていた。
誰もが静まり返る中、声を発したのは原因となった男であった。
「…なるほど」
オオスは完全に思い出した。
自分は記憶を弄っていた。自然体で思い出すようにしていた。
…オオスの不自然な停止は、パソコンの再起動のような物だった。
「ありがとう。霊夢さん」
オオスは先ずは霊夢に感謝を述べた。駆け寄ってくれたのは嬉しかった。
「…うちの神社で怪我されると困るのよ」
霊夢はオオスの感謝にそう答えた。
霊夢は何だか照れくさくて変な返しをしてしまっている自分に気が付いていた。
「ああ、すみません。治りましたので失礼を」
オオスは霊夢の様子をお構いなしに立ち上がった。
オオスは全てを思い出したのだ。オオスは先ず鈴瑚に言うことにした。
「…鈴瑚、あの祠に祀っているのって私ですか?」
オオスは鈴瑚に改めて尋ねた。真剣な面持ちでオオスは鈴瑚に問いかけた。
「は、はい」
鈴瑚は素直に認めた。その姿は罪人が罪を告白するようだった。
…鈴瑚達はオオスが心配だったのだ。
「…え、何それ?どういうこと?」
霊夢は話についていけずに困惑した。
何故、神嫌いのオオスを神として祈るのか理解できなかった。
霊夢はイーグルラヴィの玉兎達にあるオオスへの信仰の諸事情を知らなかった。
「…多分きっかけは、私に死んで欲しくなかったとかそういう辺りじゃないですか?」
オオスは自らの推測を述べた。オオスは幻想郷を守るために力を欲していた。
…オオスは外で、戯れで異界を滅ぼすような邪神の存在を知っていた。
オオスはこの幻想郷に来て、心の底から楽しかったのだ。
望まぬ生の続きをしていると最初は思った。
だが、チルノとの会話から自分の知的好奇心が死んでいないことを知った。
慧音との会話から、自らの狂気で失いかけていた風情を思い出した。
…霊夢の強さから自らの力の渇望を自覚した。
オオスはだから無茶苦茶をしていた。それを辞める気はない。だが、彼女達は違う。
「…はい。神格化されれば私達の前からいなくならないと思ったのがきっかけでした」
鈴瑚はイーグルラヴィの玉兎達、そして新しい同胞達を代表して答えていた。
自分達は玉兎である。月の兎だ。神のことは人間達より接していた。
だが、月の民は自分達の働きを評価せず、蔑む中で壊れながらも働いていた。
鈴瑚や清蘭は地上の兎と化した友である鈴仙へも躊躇せず、任務としてなら殺せるようになっていた。
…そんな日々の中で、目の前の男が現れた。
「私達はあの神々に仕えていました」
鈴瑚はオオスに迷惑がかからぬように無意識に言葉を選んでいた。
…だが、鈴瑚は自らの想いを打ち明けた。
「神に代行し、浄化とされる殺戮に携わっていました」
鈴瑚はオオスの目を見ていた。ただただオオスのみを見ていた。
「ある日、それに嫌気がさして逃げようとした同胞を処分せよという命令が来ました」
鈴瑚はあの日のことを忘れもしない。自分は普通に任務に向けて準備をしていた。
その事実に愕然として、鈴瑚は倒れた。…時間帯は違えど同じように清蘭達も皆倒れていた。
「そこに…貴方が現れた」
鈴瑚は信仰を告白した。…鈴瑚は誰よりも神を嫌う男こそ神に見えた。
「貴方は策を練り、神々から私達を死んだと錯覚させた。…そして、私達を匿って下さった」
鈴瑚はオオスに人目も気にせずに言い切った。
オオスは部隊全滅計画という大芝居を考えた。…敵も味方もグルなら可能だと言い切った。
何せ相手は勝手知ったる同胞なのだから、バレないとオオスは確信していた。
…オオスはイーグルラヴィの全部隊を夢の世界に引きずり込んだ。
「我らを使い潰した神が神であって、貴方が神でないのというのならば…」
鈴瑚はそこで言葉を躊躇った。これ以上は…
「どうすれば良かったのですか!?」
鈴瑚はオオスへ叫んだ。…心のうちを全てぶちまけた。
オオスは黙って聞いていた。…霊夢は鈴瑚が玉兎だと漸く気が付いた。
恐らく、依姫達とは違う月の民に仕えているのだと霊夢は思った。…勘がそう言っていた。
霊夢は神の暗部を直視していた。
そして、それを聞いていた周囲は騒然としていた。
邪悪な神に本気で歯向かって、救った男の偉業を聞いていた。
「我らは生まれてから神に仕えることを確約された種族です」
鈴瑚はオオスに懇願するように呟いた。
オオスも霊夢も沈黙した。
周囲はオオスの連れて来た妖怪兎が妖怪ではなく、神々に仕える神聖な存在なのだと理解した。
特に人間達は人里での彼女達の振舞いから普通の妖怪兎ではないと悟っていた。
「…それ以外に我らは恩の返し方等知らないのです」
鈴瑚はイーグルラヴィの玉兎達全員の想いと、何よりもそれしかできぬ在り方を謝罪した。
だが、
「そんなことを気にすることは無い」
オオスは鈴瑚達の想いを一蹴した。
「ちょっ…」
霊夢はオオスの暴言を聞き、何かを言おうとするが、オオスに手で制された。
「…私は人間なんです。どこまで行っても人間だ」
オオスは呆然とする鈴瑚に語り掛けた。同時に聞いているであろう玉兎達に宣言した。
「私は人間として、気に食わぬ神に歯向かったのみ」
オオスは罰当たりを公然と宣った。神の社であること等お構いなしに宣言した。
「だが…同時に私は神を崇める貴方達の意思を否定できない」
オオスは鈴瑚達を見て言った。オオスは意思を否定できない。
「私は生まれてからずっと邪神の類と戦ってきました。…私なりのやり方で」
オオスは自身の過去の一端を明かした。
周囲で聞いている人間もいるがオオスは気にせずに玉兎達へ言って聞かせた。
「だから、私は神を嫌悪する。…善き神がいても私は認められない」
オオスは玉兎達と自分は同じだと言い切った。
里人としてではなく、自分としての言葉をオオスは続けていた。
霊夢はオオスの過去と本心を初めて聞いた。そして、周囲の人妖達もそれを聞いていた。
「…私も貴方達もそれしかできぬ在り方を強いられているのです」
オオスはその場にいる全員に対して宣言した。
…自らは在り方に縛られているだけの存在だと言い切った。
「…敬いによって威を増す神という形で恩を返そうとした貴方達に私は怒りはありません」
オオスは神を信仰し敬う形で恩を返すこともまた人の意思として否定しない。
だが、
「私は貴方達を見捨てません。…私はどこまで行っても欲深き人間なのです」
オオスはそう締めくくった。オオスは鈴瑚達に言って聞かせた。
オオスはその為に神ではない方法を選択した。
四季映姫からの問に第三の選択を叩きつけた。
オオスの選択は滅茶苦茶であるが、それが彼の回答だった。
…天国にも地獄にもいかずに彼女達を守るのだ。
「私は貴方達が私を不要とするまで生き続けます。…その方法は既に実戦しています」
オオスは鈴瑚達に敢えて伝えた。
…周囲の人妖がオオスの発言にざわついているが無視した。
しかし、
「…妖怪になったのかしら?」
霊夢は黙って聞いていたが、見過ごせぬ発言をしたオオスの目を見て言った。
…もしそうならば、オオスの行為を博麗の巫女として見過ごすわけにはいかなかった。
「否事を。私は人間だと言いました」
オオスは霊夢に安心するように言い切った。
「…じゃあ、仙人?」
霊夢は気が抜けた。霊夢は思わずオオスに合わないと思いつつ仙人か尋ねた。
「違います。…私は妖怪でも神でも仙人でも何でもない新しい概念を創造しました」
オオスは自身の研究成果を周囲にいる者全てに公表することにした。
「…じゃあ、アンタなんなのよ?」
霊夢はオオスの意味不明な言葉の真意を尋ねていた。
…妖怪でないなら退治しなくても良いことにはなる。
「『人間』ですよ!」
オオスは周囲に改めて宣言した。
そして、鈴瑚の手をつかみ、オオスは転移した。
オオスは霊夢から逃げ出した。…子どもが鬼ごっこをするような無邪気な表情で。
鈴瑚は自分達のことを想い行動してくれた人間を知った。
在り方を自分達に合わせてくれた人間を知った。
転移したオオスは霊夢から逃げ切ったと待機していた玉兎達へ報告した。
神の社で暴れまわった事実に、神へ合法的に喧嘩を売れたと喜ぶオオスの姿を鈴瑚達はただただ見つめていた。
その日、鈴瑚達はオオスという人間へ改めて全てを捧げる決意をした。
…オオスはそれを嫌がるだろうから内密に、だ。
オオスはこの日、真の意味で幻想郷の人間となった。
しかし、オオスの言葉の真の意味を理解できる者はいない。
だが、新しい存在。そして、既存の種族である『人間』はその日を境に幻想郷中へと広まっていった。
それは全てを受け入れる幻想郷だからこそ認められるよくわからない存在であった。
…オオスは元々意味不明なのであっさりと受け入れられた。
「…幻想郷は全てを受け入れるのよ」
八雲紫はそう呟いた。その言葉の続きは敢えて言わない。
はしゃぐオオスと玉兎達を隙間からずっと見つめていた。
それを言うのは今だけは無粋と紫はオオスにバレないうちに隙間から消えた。
…どこまで行っても彼はやはり『人間』だったと紫だけは男の全てを納得した。