オオスと華扇のワーストコンタクトから数日後、博麗神社主催の十日戎が行われた。
そして、十日戎の福男選びの優勝者は酒屋の森岡であった。
迷いの竹林で鍛えられた森岡の身体能力は相当であり、僅差であるが優勝した。
なお、射命丸の取材に対し森岡は今年こそ平穏無事に暮らしたいとコメントした。
そして優勝した森岡はその夜、久しぶりに安眠できた。
森岡は福男の効能を実感し、周囲の里人達へ篤く語った。
…来年度の参加者は増えること間違いなしである。
霊夢はいつもなら勝手に来る男が来ないので少し気にかかった。
だが、祭りの成功を喜びが大きく、その感情については何もなく流されていった。
十日戎が終了し、酔っ払ってはしゃぐ霊夢を寝付かせた華扇は博麗神社を離れた。
…そして、その夜にある男の住処へと向かった。
華扇は多数飼っている動物、龍の子供に乗り、遥か上空から異常なその男、オオスの住居を見つめていた。
「これは…」
華扇は男の湖に囲まれた邸を見つめて呟いた。磯の匂いが仄かにしていた。
それは幻想郷には有り得ないものだった。
華扇は十日戎の手伝いをしながらオオスについて人伝に聞いていたことを思い出す。
曰く、神に喧嘩を売った。海を作った。冬を春にした…。
挙げればきりがない程、男、オオスは異常だった。
自らを平然と人間と言い張る異常者だった。
華扇は無意識に自らと比していた。
男を自らの出自を偽り仙人として振る舞う自分と重ねていた。
そして、男は現れた。華扇も想定外だが、噂が噂だけに驚かない。
「…随分と人里では人気なようですね」
華扇はいつの間にか龍の背に現れた異常な男、オオスに対して呟いた。
そして、突然の何者かの登場に驚く自らの龍を宥めていた。
華扇が龍を連れてきたのはオオスとその私兵から距離を置くためでもあった。
だが、オオスに対してはやはり無意味だったと華扇は悟った。
「私は他人のことを気にしたことなどないのですが」
男、オオスは華扇の婉曲的な問を躱すように言う。
その姿は以前見た時と同じように喪服であり、飄々としているようだった。
だが、華扇はオオスの目が笑っていないことに気が付いた。
オオスは華扇を歓迎していないと悟った。
華扇は煩わしい言葉遊びは辞めた。オオスに自らの疑問を直接聞くことにした。
オオスという自称人間について調べれば調べる程わからなくなる。
華扇はこの数日でそれを直ぐに察した。
「率直に言いましょう。貴方は一体ここで何がしたいのですか?」
華扇は幻想郷でも異常な存在を前に尋ねた。
自らと重ねた男への疑問でもあり、幻想郷に住むものとしての問でもあった。
そして、何より自らの正体を知っていると思われる存在に対しての。
華扇は理由によっては衝突も視野に入れた冷たい感情を含んでいた。
しかし、
「道を学ぶの初めは、要ず須らく安坐すべし」
オオスは華扇へ聞かせるように、暗唱するように言った。
オオスは口元を扇子で隠していた。華扇には感情が読めない。
だが、その目は先ほどとは違い、多少やわらかなものへ変化していた。
華扇は困惑しながらもオオスの言葉そのまま聞いていた。
そのため、オオスは華扇の困惑等お構いなしに言葉を続けることにした。
「心を収め境を離れ、有する所無きに住し」
目を閉じ、だが龍の背から微動だにしないでオオスは心を無にした。
華扇は龍の背で目を閉じたオオスにその姿勢は危ないと注意しようとした。
だが、その瞬間、オオスはその場から存在が完全に消えた。
瞬間移動等や転移ではなく、存在そのものが消えた。…華扇はそれを確信した。
霊夢から華扇はオオスの技能等を聞いていた。
だが、実際を見た華扇は霊夢の言うような単純ではない術等ではない『理』を即座に悟った。
そして、
「一物に著せざれば、自ら虚無に入り、心は乃ち道に合す」
オオスは華扇の目の前に現れた。
男は閉じた扇子を華扇に向け、その心に問いかけるように見つめていた。
「外に道を求めるのではなく、自己に求める姿勢こそ在るべき道ではないでしょうか?」
男は華扇の本質を見抜いた上で尋ねていた。
…オオスにとって華扇の在り方は純粋に疑問だった。
オオスにとって『人』であると思えばそれはもう既に『人』なのだ。
オオスにとって、華扇の在り方は面倒な手順を踏んでいるようにしか見えなかった。
「…それは坐忘論ですね。貴方“も”仙人なのですか?」
華扇は道術、仙人の書物の一説から引用した上でオオスは自分へ問いかけているのだと理解した。
華扇はオオスの言葉を人間ではないのに人間の“フリ”をしている自分への当てつけかと思った。
そのため、華扇は霊夢等からの聞き取りで知っていながら、オオスが嫌がる言葉を発した。
しかし、
「否事を。私は人間だ。どこまで行こうとも人間であり、それ以上でもそれ以下でもない」
オオスはそれを一切気にしないで言い切った。
それはオオスにとって、華扇へ言いたいことはそれではないという意味であった。
「…」
だが、華扇には伝わらない。華扇は沈黙した。
『人間』である目の前の男に華扇の歩みを理解できると思っていない。
傍若無人に振る舞う目の前の男の言葉を聞き入れる程、華扇は余裕がなかった。
「…心は道の容れ物であって、心が虚静なれば、道は心に存在する」
オオスは“仙人”にわかるように自らの在り方と華扇の在り方を比して言葉を選んだ。
「心を虚静に…ね。仙人にそれは釈迦に説法よ」
華扇はオオスの言いたいことを少し理解したような気がした。
腕のことを言っているのだと華扇にはわかった。だが、それでも…。
「貴方は過去に囚われ過ぎている」
オオスは華扇の回想をさせないで言葉を発した。
「大事を他者に託すしかない時、その過去が他者を襲うでしょう」
オオスは華扇の状態を観察して、未来を言い切った。
それが伝わるかどうかは別として、それは男にとって許せないことだった。
「…それはどういう」
華扇はオオスの言葉の意味がわからず尋ね返した。
「もう夜遅くです。淑女が男の家に来る時間ではないですよ」
オオスは華扇の疑問を爆破した。
「なっ…」
華扇はオオスの言葉に絶句した。
…オオスは華扇のことを夜中に男の家に来るようなはしたない女だといけしゃあしゃあと抜かしたのである。
華扇は確かにオオスの家に来たが、バレないように上空から見つめていただけである。
乗り込んできたのはオオスの方である。それは凄まじい暴言であった。
「貴方の方が乗り込んできたんでしょう!?」
華扇は思わずオオスに向かって叫んでいた。それは華扇の心からの叫びであった。
だが、
「あ、あの男、もういない!!」
オオスは華扇の言葉を聞く前に、華扇を無視してとっとと消えていた。
当然、華扇は激怒した。飼っている龍に宥められる醜態を晒した。
華扇は次オオスに会ったら修行という名の拷問にかけることを決意した。
…オオスは華扇の感情で遊んでいた。
それはいきなり夜中に人の家に来た華扇への当てつけであった。