嘘つき探偵と幻想郷   作:kohet(旧名コヘヘ)

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夢

オオスはその夜、深き眠りについていた。オオスは幻想郷に来て初めて夢を見ていた。

 

その“夢”はナラの木の森だった。

巨大な大枝が絡み合って葉の天蓋を作り、下はトンネルのようになっていた。

木々は奇妙な憐光性の光を絶え間なく放っていた。

その正体が森一面に生えた菌類の光であるとオオスは知っていた。

 

「やはり、あまり好ましくなかったかな」

オオスはポツリと呟いた。

オオスは周囲の異変に気が付いていた。独特の獣の臭いである。

知能の高い彼らは臭いを消しているが、オオスはそれを看破していた。

…オオスは交渉の為には仕方がないとこれからの光景を思い、内心ため息をついた。

 

その瞬間、大地は蠢き、壁となりオオスに包まるようになっていった。

 

「「ギー!」」

茶色い何かが覆いかぶさるようにオオス目掛けて叫びながら、襲い掛かる。

…それは良く見れば、小さなツルツルとした茶色いげっ歯類の群れであった。

隊列を組み、獲物に襲い掛かるその姿は茶色い布のように見える。

 

それがここらに住む彼らの狩りだとオオスは知っていた。

ドリームランドに偶々来てしまった来訪者はここで死ぬことが多い。

それでも、この小さな者達、下位の独立種族ズーグは普段は茸を食べる穏健な存在である。

 

「私を忘れてしまったようで…悲しいことで」

オオスは彼等の長と交渉すべく、彼等を殺さずに対処しなければならなかった。

 

 

ズーグ族の小さな者達は獲物の死肉により腹を満たされ、漸く落ち着いた。

最近は現実世界からの訪問者、夢見る人もここを通らない。

その為、ズーグ族達は霊的な蛋白質に飢えていた。茸だけでは足りないのだった。

ズーグ族の礼として獲物の骨だけは丁重に葬ることにした。

 

だが、そこでパチパチと手を鳴らす音が聞こえた。

ズーグ族達は手の音の鳴る方へ振り向いた。

その瞬間、ズーグ族達に恐怖が襲った。

…それは、黒い服装の男性だった。

それは、この世界において、名前を呼んではいけない、あの“お方”であった。

 

「私の死肉は美味しかったでしょうか?」

獲物の骨を手にとってしげしげと見つめる黒服の男。

ズーグ達は涙目を浮かべ、恐怖していた。自らが何を食らおうとした、否、食らったのかを理解した。

 

「…お久しぶりですねぇ」

そう言って男は頬を釣り上げて笑った。

…ズーグ族達はその日、恐怖の王に出会ってしまった。

自らが死ぬはずがないと言わんばかりに堂々たる態度で夢見の王はそこにいた。

 

 

オオスは夢見を以て自らの死肉を創造し、自らは空となって傍観することにした。

自らと同じ肉体が引き裂かれバラバラに貪り食われる光景をオオスは何となく眺めていた。

丁寧に食べられるとこちらとしても食べられがいがあるなと思いつつ見つめていた。

オオスは彼等がオオスの死肉を食べ終わった辺りでズーグ族の長と交渉した。

そして、無事彼等の作るワインを手に入れた。

オオスは喜んで戦利品を手に、この場から立ち去ることにした。

 

その日、ドリームランド西部、あやかしの森から“恐怖”が全ドリームランドを伝播した。

狂気の世界の住民にとって、例え神であろうと例外なく避けられぬ恐怖が帰って来たのだ。

 

 

 

オオスは先ほどとは打って変わって、今泉影狼と二人きりで話していた。

そこはベンチが置いてあるだけの、何もない灰色の地平線が広がる世界であった。

オオスは巻きあげ…貰ったワインを飲み、これまた貰ったチーズをつまみにして二人して食べていた。

 

あやかしの森の樹液から醸造されたワインは強く、そして濃い。

本当に血のような色をしたワインであった。影狼は勧められるがままに飲んでいた。

…ここがどこで、何故、オオスがいるのかもわからないが不思議と影狼は気にならなかった。

 

人狼にとって血を彷彿とさせるオオスの持って来たワインは凄まじく美味であった。

影狼は不思議な感覚に陥り、普段話さないようなことをいつの間にか溢していた。

 

「私は群れの中でも弱くて、頭もそれ程良くないので友達が少なかった」

影狼は敬語も忘れ、その素のままにオオスへ語っていた。

…裏切られた馴染みについてであった。オオスは黙って聞いていた。

 

「そこで手を差し伸べてくれたのが彼だった」

孤独の中にいて、群れからはぐれつつあった中で取り持ってくれた優しい友人であった。

影狼はそんな彼だからこそ、妖怪の山の戦争には反対だと思っていた。

 

「…私は嬉しかった」

影狼は語らない。彼は自分も戦争には反対であり、協力すると言ってくれた。

だからこそ、影狼は自分が間違っていないと確信し、同志を集めた。

…きっかけがそれだとは、目の前のオオスにだけはどうしても言えなかった。

 

「私は今でも、信じられないでいます」

影狼は酩酊したのか、主語を抜きにしてオオスへ縋るように嘆いていた。

…誰にも見せられない想いを口に出してしまっていた。

 

「善悪は友によるというが、善人も悪人も誰かの影響に感化される」

オオスは縋るようにする影狼に対して何か答えを言うわけでもなく言葉を発した。

 

「…この場合は戦争という場が善悪を狂わせた」

オオスは影狼の幻想を肯定した。戦争という善悪の境界を狂わせたと肯定する。

…それが嘘か誠かは別として。

それはオオスと…華扇だけが知る物で良いと思って言葉を選んで影狼に言い聞かせる。

 

「功績によっては地位が、権力が得られる機会です」

オオスは影狼の幻想を肯定しつつ、影狼の知る幼馴染はもういないのだと言う。

事実、影狼の思うような幼馴染は存在しない。しなかった。

 

「それ故に、普段は善人でも環境で転ぶ。目先の権力への魔力に取り憑かれてしまう」

オオスは影狼が昇華できる形での人物像を形成した。…オオスはまた嘘をついた。

 

「…」

影狼は黙って聞いていた。オオスの言葉には納得いくものがあった。

…だが、影狼はそれよりもオオスが辛そうなような気がして、そちらの方が気になった。

 

「…前車の覆るは後車の戒めと言います」

オオスは影狼と目を合わすことなく、言葉を続ける。

権力に取り憑かれた幼馴染の変わり具合を見て、学ぶことはあると影狼へ言っていた。

 

「亡びに至る門は大きく、その路は広く、これに入る者は多い」

オオスは言葉を続ける。

間違う選択肢は広く、大きく故に惹かれて誤る人々を幼馴染に例えて言った。

 

オオスが語るその言葉は実感が籠った言葉であると影狼は感じた。

 

「私は貴方に狭き門…苦難の路を歩めとも言いませんし、その資格もありません」

オオスは影狼にこのまま過去に囚われている様をどうこうするつもりはないと突き放した。

 

だが、

「…ただ、自分で苦難の路を選ぶのならば」

オオスは影狼の方を向いて言った。オオスは立ち上がった。

 

「私は及ばないまでも手を貸しましょう」

オオスは影狼に手を差し伸べて言った。

 

それは影狼に対して、過去という鳥籠から出て来いと暗に言っていた。

 

「…」

影狼は差し伸べられた手を震えながら掴もうとして、否、掴んだ。

 

すると、突然、それまで灰色だった世界が星々の光が照らす世界へと変わった。

無味乾燥な空間が色づいていく。それは見るものの、心を揺さぶられる光景であった。

 

「わぁ…」

影狼は思わず声を出す。まるで魔法のようだと影狼は思った。

影狼はオオスが何かしたのかと思った。

 

「…ここは貴方の心象風景。私は何もしていません」

オオスは影狼の疑問に応えるかのように言い切った。

 

ここは影狼の夢の世界であった。

 

夢の住民は気性が荒い。オオスは夢の超越者である。

ドレミーの管轄を強引に奪い取り、横から入り込んで普段の影狼と夢の世界で話していた。

夢の支配者、ドレミー・スイートは悪夢を食べるが、それでは根本的な解決にはならない。

…そして、影狼にとって誰にも聞かれたくない類の、デリケートな話である。

オオスはそこどけ邪魔だと言わんばかりにドレミーの管轄に割り込んだのだった。

 

「夢の世界は人それぞれ。…この光景は貴方の純粋な心の美しさですよ」

オオスは影狼に笑みを浮かべてそう言った。

オオスもまた影狼の心象風景、星々を見上げ、色づく世界に魅了されていた。

 

「…ありがとうございます」

影狼はようやくここが夢の世界であることに気が付いた。

…そして、オオスは何もしていないと言うが何かしたのだと気が付いた。

 

「…ああ、もう目覚めの時間ですね」

オオスは影狼の感謝の言葉を何のことやらと言わんばかりに話を変えた。

 

「残念ながら、これは夢」

オオスは影狼が明晰夢だと悟ったのだと確信した。

影狼から悩みを聞き出すのに夢の世界の、特殊なワインを持って来ていた。

…オオスは影狼を夢で酔わせることで、悩みだけを深層心理で解決させようとしていた。

 

「この美しい星々を貴方は覚えていないかもしれない」

オオスは影狼が明晰夢だと気が付いたのならば、それはとても残念に思えた。

オオスは影狼に起きたら忘れて欲しくてこのようなややこしい真似をしていた。

しかし、我儘な事にオオスは同じ光景を見た者がいなくなることを寂しく思った。

 

「ですが…」

オオスは言葉を続けようとする。

 

だが、

「忘れません。…絶対に」

影狼はオオスに言い切った。…影狼にその根拠はない。

しかし、影狼はこの光景を忘れないと断言できた。

 

「…そうですか」

オオスは影狼のその言葉に満足感を覚えながら、夢の世界が明けるのを悟った。

 

 

 

翌朝、オオスは自宅の部屋のベットから目を覚ました。

 

「…3時間半。前のも合わせて8時間か、随分寝てしまった」

オオスは普段三時間しか寝ない。夢の世界であるドリームランドに行きたくないためだ。

 

だが、影狼の夢の世界は美しかった。

オオスは人により違う見え方のする世界を改めて認識した。

 

ドレミーには後日謝罪するとして、それよりも影狼の具合が気になった。

オオスは特殊な深層心理に語り掛けるワインを影狼に飲ませていた。

…耐性がなければ忘れている可能性が極めて高い。だが、悩みは解決したはずである。

 

オオスは家のポストに入っているであろう文々。新聞を取りに外に出た。

その瞬間、オオスは不意を突かれた。…何者かに後ろから抱き着かれたのだ。

その行為に悪意が無く、かつしばらくぶりに長時間寝たので、オオスも躱し損ねた。

 

オオスは誰かと思い、その者の顔を見た。

 

「おはようございます!…覚えていましたよ!」

影狼はオオスに満面の笑みを浮かべて言い切った。

 

「おはようございます」

オオスは影狼の答えを聞き、少々呆然として答えた。

あのワインを飲んで覚えているというのは並大抵のことではなかった。

 

オオスも人の事情に首を突っ込み過ぎると思い、控えていた。

だから、忘れさせてかつ解決できる方法を取っていた。

その為に、オオスはドリームランドという魔境に再度足を運んだのだ。

その苦労が全て無意味であった。…オオスは骨折り損のくたびれ儲けであった。

 

だが、

「…それは良かったです」

オオスにとって影狼の行為は想定外のことであるはずなのに、何故かとても嬉しかった。

 

 

 

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