冬は木の成長が止まるため、木の伐採の時期である。
アカマツは燃料の薪として適材であり、製鉄や陶器づくりにも威力を発揮する。
特に高温が必要な備前焼などには欠かせない。建築材としても粘りが強く、耐水性も高い。
オオスは弱小妖怪の一人、一本松の女の能力で自宅の海の周囲に大量の松を即席栽培していた。
オオスはその日、例外的に呼んだ吾妻も含めた部下達にアカマツの伐採を指示していた。
オオスは当初、影狼が連れて来た彼等に今年の春までの間は有情地を守るように言っていた。
しかし、彼等はオオスから見て、有情地での生活は平和過ぎて少々力を持て余しているようであった。
そして、オオスは先日、影狼の幼馴染を磔にするついでにその記憶と思考を覗いた。
覚り妖怪のような能力はオオスにはないが、磔に拘束すれば限定的ではあるが近いことはできた。
…影狼に対して行った行為に対して反省の色があれば良かったのだが、期待したのは無駄であった。
影狼の幼馴染である彼以外は山との戦争や影狼達を探すことを考えていない様子であった。
オオスから見ても影狼達を春まで隠す必要がない程、麓の妖怪勢力は纏まりを欠いていた。
その為、オオスは春まで待機としていたが、交代制で仕事を手伝ってもらうことにした。
部下達の能力は疑うまでもなく、素の能力はオオスより遥かに強いと察していた。
その為、オオスの指示に従うことに関してプライド等が傷つかないか等聞き取りをしていた。
…問題ないとのことなのでオオスはスルーした。彼等の反応がアレだったからではない。
オオスの持つ神アレルギーとも言うべき、信仰の気配の団結力を察して逃げたわけではない。
オオスは現実を無視した。部下達の様子はまるで新興宗教であり、事実そうであった。
「頽馬の皆は風でアカマツの伐採をお願いします」
オオスは麓の妖怪の、未来の幹部候補生だった者達に下働きを指示していた。
頽馬は天狗と同じく風を操る能力を持つ力を持つ妖怪である。
天狗よりもパワーこそないが、より緻密な魔の風を操る。
相手の隙間から体内に入り込み内臓をかき混ぜたりする凶悪な妖術を使う。
オオスも敵の内蔵を入れ替えたりする魔法が使えるが、繊細で緻密な妖術には実に関心していた。
影狼の幼馴染の神経だけを体内で弾くという繊細な拷問技術も彼等から教わったと言っても過言ではない。
「人狼の皆は木の品質の餞別を、妖怪猿の皆は木を加工して薪にしてください」
オオスは人狼の繊細な知覚能力で識別を依頼し、妖怪猿に手先の器用さを求めていた。
他にも妖怪はいるが、一応は大筋で細かい作業は今日の所はまだ任せない。
燃料となる薪は幾らあっても良いものだった。
オオスは量産できる能力を手に入れたのでそれの実験も兼ねているが、それが主目的ではない。
…オオスとしても人間ができる仕事である林業に本気で進出する気はない。
オオスの部下となった妖怪達はオオスの指示に黙々と従っていた。
オオスが一時的な実験であり、今後依頼する仕事ではないと思われると事前に言っていたのにも関わらず皆手を抜く様子は一切見られなかった。
…オオスが真に求める『力』とは少し毛並みが違うがこれも力である。
オオスは種族の垣根を超えた仕事での連携、マニュファクチュアを通してある種の力を計測していた。
「簡明な指揮系統…組織的な行動は可能か」
オオスは新しい部下達の様子を見て呟いた。
オオスが彼等に求めるのはどちらかと言えば力ではない。…組織的行動力である。
オオスは有情地を守る戦力をイーグルラヴィの幾人かに割いてまでそれを見極めていた。
妖怪の特異な能力を活かした特殊部隊を創設するのがオオスの目的であった。
オオスの想定する幻想郷全体に及ぶ危機に対処できるかも知れないと思っていた。
昔、平和な幻想郷に新興勢力である吸血鬼が外の世界から攻め込んできたことがあった。
その時は平和で力を衰えた幻想郷の妖怪達が吸血鬼側につく等もあり、幻想郷は大混乱に陥った。
その時にまだ力のあった大妖怪の連携で吸血鬼と拮抗状態まで持ち込み、一先ず和平を結んだという話だった。
その時の不甲斐なさからスペルカード等の各種決闘法が生まれたという話である。
要は力を鈍らせることのないようにするためであった。
現在、その決闘法の中でも特にスペルカードが主流である。
その弾幕は神と人の間にすら力の差を埋め合わせ、技を交わし合い魅せることができる。
だが、オオスはそうしたルールとは無縁の殺戮の、狂気の世界で生きてきた人間である。
言うなれば吸血鬼襲来が週一ペースで起こるような非常事態の最前線にいた身であった。
オオスからすればスペルカードは平和的で素晴らしい。…同時に危険でもあった。
オオスから見て殺意ある弾幕は美しく、そして弾幕は弱者の切り札になり得る。
しかし、弱者の切り札を圧殺する空気の読めない野蛮な邪神をオオスは知っていた。
力を振りかざす“馬鹿”にはまだ足りない。オオスは邪神に対抗する術を模索していた。
以前、オオスは鈴瑚に力を使い人里を支配しないのかと聞かれたことがあった。
オオスにはその気は勿論ない。だが、勿体ないのも事実であった。
オオスが想定する仮想敵には生半可な組織力は無意味である。
オオスは変則的な屯田兵制を採用することにした。
オオスは外でいた時も大概は一人で攪乱するような行動が多かった。
特殊部隊等と行動を共にしたことはあるが例外的な場面のみである。
オオスは自分が好き勝手やるのが一番相手にとって厄介なのだと自覚していた。
なので、オオスは纏め役等御免である。
だが、必要な時に必要な行動を取れる統率された部隊を欲したのも事実であった。
そのためのイーグルラヴィを引き抜いた。オオスが求める経験ある特殊部隊であった。
そんな力を持つオオスであるが、華扇にはそんなの関係ないとボコボコにされた。
なお、華扇はイーグルラヴィのことをオオスの私兵と呼んでいた。
オオスはそういう意図はないのだが、華扇のその言葉に気が付いたことがあった。
…幻想郷でのオオスのブランド力である。
正確に言えば、華扇の中で力ある組織というブランドがイーグルラヴィにはなかった。
飽くまでオオスの私兵だという認識だった。オオスの認識では月の精鋭部隊を引き抜いた。
しかしそれは幻想郷の常識では通用しないことにオオスは今更ながら気が付いた。
外の世界では、傭兵の中でもスイス傭兵が中世のブランドとして価値があった。
幻想郷では妖怪の勢力がそれをなしている。天狗、河童、妖怪兎等々である。
それぞれが幻想郷の人里をあの手この手で支配しようとしていた。
オオスは権力を欲しないので気が付かなかったが、邪神が攻め込んできた場合、邪神へつく者達が現れてもおかしくなかった。
その寝返りを阻止する時、今のオオスでは説得力がない。
基本的にイーグルラヴィも戦わせる気はない。勿論、新しく出来た部下達も同様だ。
だが、華扇の言い分ではイーグルラヴィはオオスの私兵扱いである。
…オオスにとっては実に好ましくはないが、現地の強力な妖怪がオオス側にいるという交渉材料を欲した。
なので、こうして屯田兵、変則的な組織的行動ができる体制を作りたかった。
種族の垣根を超えたマニュファクチュアを通してある種の力を育成する。
そして、
「あややや…」
忌々しいがこういう時、大変便利な存在の声が聞こえて来た。
オオスの想定通りの反応であり、吾妻には言い聞かせていたが不安であった。
「これはこれは…美濃のところの御当主様ではないですか?」
文屋は天狗の敵である妖怪、頽馬の御令嬢に絡んでいた。…オオスから見ても実に陰険である。
「…私はそのような身分ではない」
吾妻は射命丸の戯言を否定し、構うこと無く黙々と同族に指示を飛ばしていた。
吾妻は緋色の着物に風を纏わせることで一切塵一つなく気高い凛とした姿勢で応えていた。
オオスが聞き取ったところ、どうも頽馬という種族は武家社会のような社会構造であった。
自らのあるべき主を見つけたら絶対の忠義を捧げるというような感じである。
妖夢や咲夜と話が合いそうだなとオオスは思っていた。
…オオスは実は人に仕えるという考えが理解しがたいところがある。
オオスは使用人としてのスキルは身に着けている。紅魔館でも即戦力級である。
だが、ムカついたら誰にでも歯向かうオオスは忠義というには程遠い存在であった。
「…あっ、すみません違いましたねぇ」
文はわざとらしくねちっこく取材攻勢を続けていた。
吾妻は分家に先代のいざこざで地位を奪われるような形になったとオオスは聞いていた。
オオスは文の勘違いを訂正することにした。あのような文をオオスは見たくなかった。
それにここはオオスの敷地である。
…頽馬は天狗と犬猿の仲というのは本当らしいとオオスは知った。
「そこの三流記者。…ここは私の家ですよ」
オオスは文に声をかけた。嫌味なら余所でやれと思っていた。
「…!というか何でここに頽馬がいるんですか!?」
文はオオスの言葉に我に帰った。…何でオオスの家の周りに麓の妖怪がいるのか。
ここには忌々しい兎しかいないはずである。
「囲ったんですか!?」
文は思わずオオスに向かって叫んでいた。なお、主語には(妾を)囲ったと入る。
…このすけこまし自分以外の女を手当たり次第囲っているのかと叫んでいた。
周囲をよく見れば普通に男の妖怪もいるのに完全に目入っていなかった。
この時の文は鴉なのに目が節穴であった。
「いや、囲ったと言うよりは…」
オオスは文の言葉を否定しきれなかった。なお、オオスは(罪人を)囲うと入る。
別に吾妻は罪人ではないのだが、オオスは文の発想を否定しきれなかった。
麓の妖怪の話を文に聞いたことがない。
オオスはどこまで吾妻達のことをつかんでいるのかと探りを入れようとしていた。
「そうだ」
吾妻は文の言葉を肯定した。…吾妻には文の言葉の真意がわかっていた。
そして、オオスの勘違いもわかっていた。
それでも吾妻は誇らしげに胸を張って文に応えていた。
「くっ…そういうことでしたか」
文は自分でもわからないが納得した。
自分の誰が見ても品行方正な自分をオオスは素で袖にするのは忌々しき頽馬のせいなのだ。
いや、そうに違いないと文は確信した。
「…彼女は家のバイトです」
オオスは文が何か面倒な勘違いをしているのはわかった。
オオスは自身の広報戦略として文の思考を誘導する手筈を整えていた。
だが、何故かとても面倒臭くなってきた。
文ならば問題なく、オオスの信頼に応えてくれると思っていた。
オオスはいざとなれば文の記憶を消して一旦追い払い、仕事も解散しようと思った。
文の記憶を消す前にと、オオスが文へ二人きりで本音を話した。
意外なことに文はオオスの言葉に偉く喜んだ。…そして、オオスに極めて協力的になった。
オオスも記憶を消す必要がなくなったとホッとした。
この時、オオスが何をほざいたのかはオオスと文の二人しか知らない。
…オオスは客観視が足りなかった。二人きりの秘密である。
オオスは乙女心を知らぬ馬鹿であった。