オオスが紅魔館に持って来た冷凍マグロは後日、祝いの席で使用することになった。
咲夜が能力で冷凍マグロの時間を停止し、鮮度の落ちることのない状態で保存する。
咲夜は逆の要領でヴィンテージのワインを即席で作れるという話である。
…レミリアがこの場ではなく皆に見せびらかしたいということであった。
4m近くの大魚であるのでオオスもその感情に共感した。
その後、話はオオスの持って来たズーグワインへと移っていった。
マグロが無しならばこのワインを皆で飲もうとオオスは誘った。
そのついでに、オオスはズーグワインについての共同研究をパチュリーに持ちかけていた。
流石に穏健なズーグから今の分以上を巻き上…取引は難しいとオオスは考えていた。
その場にはオオス、レミリア、パチュリー、咲夜がいた。
咲夜はオオスの持って来たワインの一本を空けて、パチュリーのグラスに注いだ。
オオスがパチュリーに軽く説明を挟んだ結果、皆で飲む前に実物を先に見ることになった。
「これがそのワインね…」
パチュリーはオオスの簡単な説明を聞き、ズーグワインをグラスに入れ、観察していた。
真っ赤な血を連想させる色をしていた。…レミリアがワインを見てうずうずしていた。
「はい。多少、幻覚を見せることもありますが、基本的に濃厚なワインと変わりません」
オオスはパチュリーに説明を続けていた。
そして、オオスはレミリアがすぐにでもこのワインを飲みたいと悟った。
だが、オオスはそれを完全に無視してズーグワインの説明を続けた。
「その副作用として怨霊というか…感情に効く感じなのかしら?」
パチュリーはオオスへ仮説を述べた。
オオスが怨霊に効き、検出に使えるワインという説明を聞いて真っ先に思いついた。
怨霊は負の感情の塊に近い存在である。オオスがその性質を理解していないはずはない。
純化した負の感情の怨霊は亡霊とはまるで別物であり、妖怪に取っても危険な存在である。
パチュリーはオオスの危惧を理解した。
しかし、地底に怨霊が封じられている以上問題が起こる可能性は低いとも思った。
パチュリーはオオスが僅かでも可能性がある限り対策しないと気が済まないと理解していた。
…パチュリーも大豆だけで数百の本を書き、敢えて非効率的な呪文の唱え方を数十冊も作成している等、役立つかわからないような研究をしていた。
オオスもパチュリーも大概であった。
客観的に見てオオスの方が行き過ぎだが、起こりうる危険性を考えている分マシである。
「大体その通りです。これは夢の異界の産物なので意識に作用します」
オオスはパチュリーの理解で大筋合っていると答えた。
夢の、感情の世界の酒であるので、感情に効くというパチュリーの認識であっていた。
なお、オオスの通常の使い道は夢の世界で相手の話を引き出したりするのに使う。
相手が善性で拷問等が使えない時に、夢という感情が出る世界で聞き出すのだ。
影狼のように胸に秘めた悩みをこっそり聞き出し、解決するのにも使っていた。
…夢を相手が覚えていたことはなかったのだが、影狼は何故か効かなかった。
その為、オオスは影狼の反応が想定外であった。
その件もオオスとしては大分気になるが、今はパチュリーと話している。
オオスはパチュリーの話に意識を戻した。
「…エーテル体とアストラル体のどちらに効くかにもよるのだけど」
パチュリーはオオスの話から魔術的な効能を推測し、前提を確かめるように聞いた。
「厳密には少し語弊がありますが…アストラル体の方に効きます」
オオスはパチュリーの確認に応えた。
…オオスはパチュリーがもうほぼ答えを導き出したことに内心驚いていた。
パチュリーは魔法分野という条件付きであるが、月の賢者八意永琳に並ぶかもしれない。
「なるほどね。…だからこのワインが怨霊特攻なわけね」
パチュリーはオオスの提案するワインの応用法が可能であると納得した。
…パチュリーはオオスの特定の分野に偏らない広範囲に渡る知識と応用力に感心していた。
純粋な魔法は自身がまだまだ先達だが、百年もすれば並ぶかも知れないと思った。
そして、パチュリーはオオスが人間であることを思い出した。…思い出してしまった。
…だが、この時のパチュリーは知らなかった。その内心の切なさが台無しになる事実をである。
オオスは信仰や類する感情さえあれば、事実上の不老不死になっていた。
そして、そのことをオオスはイーグルラヴィの面々と一部を除いては話していなかった。
輝夜にはオオスの懸念が見破られたので肯定はしたが、例外中の例外であった。
霊夢がオオスの新年早々の大暴露で聞いたのは、オオスがイーグルラヴィの面倒を見るまでは死なないという誓いであった。
オオスはレミリア達にも自身が神にならないようにしたとしか言っていない。
オオスは他者から自身への感情を未だに理解していなかった。…相も変わらず客観視が足りない。
そんなパチュリーの空気を感じさせる間もなく、紅魔館の主の感情が爆発させた。
「ちょっと!そんなよくわからないワインを飲ませようっての!?」
レミリアはオオスとパチュリーの話がよくわからない。
しかし、どうやらヤバい酒を飲ませようとしていたのかと思い、レミリアは激怒した。
「…レミィ。アルコールだって幻覚を見せるわ。このワインもほぼ無害よ」
パチュリーはレミリアを宥めるように言った。
パチュリーはつい興味深い液体に興味を惹かれて不安を煽ってしまったと反省した。
「そうです。問題ありませんよ」
オオスはレミリアに断言した。自分自身を含めて何人も試したが、後遺症等一例もない。
つまり、このズーグワインは無害であると証明済みであった。
「…パチェは兎も角、アンタが問題ないというと問題あるように聞こえるわ」
レミリアはオオスの言葉の裏はわからないが、何となく不安になった。
「人智学においては、身体は、肉体とエーテル体とアストラル体の三つに分類されます」
オオスはレミリアの不安を無視した。
だが、オオスはズーグワインの効果の説明を一応、レミリアにすることにした。
「さり気なく無視するんじゃないわよ」
レミリアはオオスが意図的に無視したのを察してツッコんだ。
「要は、エーテル体が霊魂とアストラル体が精神です。…大分語弊がありますが」
オオスはレミリアにもわかるように簡略化して説明した。
「精神活動における感情を司る体、それがアストラル体です。このワインはそれに効きます」
オオスはワインの効能を述べた。
普通ではない夢の酒の効能である。ほぼ普通の酒と変わらない。
「なので、三つの身体の内一つにしか効果がない。普通に飲めばただの強い酒です」
オオスはレミリアに安心するように言葉を添えた。本当に飲む分には通常は問題ない。
「このワインは重なっている感情、怨霊そのものに効くのね」
パチュリーはオオスの説明に乗っかる形で補足した。
それはパチュリーが最初に仮定し、オオスの話を聞いて確定したズーグワインの効能であった。
「はい。流石、パチュリー。…その通りです」
オオスはもう補足する必要がない程に完璧な理解であるパチュリーを褒めた。
オオスとしてはもうパチュリー一人で良いのではないかと思い始めていた。
自分から持ちかけた話なのでそんな無責任なことはしないが。
「…二人の世界に入らないでわかるように言いなさい!」
レミリアはオオスとパチュリーが二人して通じ合っているように見えて若干イラッとして言った。
「…普通に飲む分にはただの酒なんです」
オオスは何度も繰り返しになる安全性をレミリアに説いた。
「アストラル体は感情を司るのよ。…そして、怨霊は精神に直接影響する物なの」
パチュリーはレミリアにキチンと説明した。
…オオスとの話に夢中になり過ぎていたと自覚し、レミリアがどこまで覚えていたか確認も兼ねていた。
「ええと、つまり怨霊が…何だったかしら?」
レミリアはパチュリーの説明を聞き、理解しかけたが微妙にわからなくなった。
「要するに怨霊にだけ効く酒という認識で良いのかしら?」
見かねた咲夜がオオスに確認した。レミリアにわかるように簡潔に結論だけを求めた。
「はい」
オオスは咲夜の言葉を肯定した。概ねその理解で良い。
「だったら最初からそう言いなさい!」
レミリアはオオスの紛らわしい言い方にイラっとしてツッコんだ。
だが、
「…幽霊というよりも、亡霊と怨霊は違うのでしょうか?」
咲夜は口を挟んだついでに自らの疑問を投げかけていた。
…咲夜には違いがわからなかった。
「怨霊は負の感情そのものだけが霊魂化した物で生きとし生ける者に攻撃的なの」
パチュリーは咲夜の疑問に答えた。怨霊と亡霊ではまるで違う。
「そして、このワインは感情その物に効くのよ」
パチュリーはズーグワインの特異性について説明した。
パチュリーが察するにこの酒は対怨霊特攻である。
「…このワインを普通に飲む分には感情以外で中和されるということかしら?」
咲夜はパチュリーの話を聞き、オオスにも確認することにした。
咲夜は少し前にエーテル体等言っていたのを思い出していた。
感情以外の身体があるとかないとかである。
咲夜からすれば、霊体は幽々子等でおおよそわかるのだが、感情という体がよくわからない。
「はい。その通りです。普通に飲めば、亡霊でも強い酒なだけです」
オオスは咲夜の話を肯定した。そして、咲夜の疑問を察し、どう説明しようかと悩んだ。
「亡霊はエーテル体の要素が強いので問題ないのです」
オオスはそこまで言って説明を切り上げることにした。
アストラル体は説明が大分ややこしい概念であった。
だが、
「怨霊は感情その物だから効きすぎるのよ」
パチュリーがオオスのフォローを入れることにした。
「亡霊は感情以外も存在するから問題ないのよね?」
パチュリーはオオスに言質を取らせた。
「はい。…ありがとうございます」
オオスは肯定し、パチュリーに礼を言った。
咲夜の疑問を放置してはオオス的に後味が余り宜しくなかった。
「何のことかしら?」
パチュリーはオオスの感謝を躱して言葉を返した。
そして、
「ああ、もういい加減飲みましょう!」
レミリアはいい加減にしろと二人の間に入るように叫んだ。
取り敢えずこの魅力的な血の色のワインが安全とわかったから飲むのだ。
咲夜はレミリアの求めに応じた。
…咲夜は二人だけの話を続けそうなパチュリーとオオスの間に入りワインを皆に注いだ。
数時間後、オオスはパチュリーと今度は科学的な視点からのズーグワインについて話し込んでいた。
「つまりは、臓器移植で使う免疫抑制剤のシクロスポリンです」
オオスは怨霊を退散させる科学的見地として、臓器移植を論じていた。
普通、酒を飲み交わすところでするような話ではないが、ここは悪魔の館であった。
…違和感ない話題なのだが、それに馴染むオオスは普通の里人というのには無理があった。
オオスは完全に酔っぱらっていた。…オオスの素が少しばかり出ていた。
「臓器を移植した際の拒絶反応で大分死ぬのよね」
パチュリーはオオスに同意していた。
個体により拒絶反応を起こすのは経験知で知っていたが、科学という魔術も侮れない。
「これと怨霊を排除する仕組みがよく似ています」
オオスはパチュリーの反応に気を良くして話を続けていた。
なお、二人の会話は専門用語のオンパレードであり、レミリア達は二人を放置していた。
「臓器移植で発生する拒絶反応、免疫を抑制して拒絶反応を抑える」
オオスは免疫抑制剤についてパチュリーに改めて説明した。
「これは怨霊の取り憑き方と同じなんです」
オオスは臓器移植と怨霊が扱う体が違うだけでメカニズムが同じだと言い切った。
「アストラル体が体を乗っ取り、動かす理論はほぼ変わらない」
オオスは臓器移植の免疫を抑える薬があるように、怨霊も抑え込む性質を持っているとした。
「怨霊はある意味、不要な臓器、ぶっちゃけ盲腸と同じであると科学的には言えます」
オオスは妄言を吐いた。世の中の霊媒師から叩かれそうな妄言であった。
だが、オオスからすればアストラル体という体にある盲腸。それが怨霊であった。
「…本来抑え込んでいる拒絶反応を強制的に引き起こすのが、このワインというわけね」
パチュリーは流石にオオスの言葉には賛同しかねるが、概ねオオスの理論を理解した。
科学的なアプローチが魔法と変わらないのはパチュリーも同様の見解であった。
しかし、パチュリーも流石に怨霊が盲腸とまでは言えない。
パチュリーはオオスの言葉は聞かなかったことにした。
「…いつも思うのだけど、余計意味がわからなくなる説明は辞めて貰えない?」
レミリアはオオスの妄言を流石に聞き流せなくなり、思わずツッコんだ。
だが、オオスはレミリアを気にした様子もなく問に答えることにした。
「怨霊に取り憑かれた人がこのワインを飲むとドカンと体から怨霊が出てきます」
オオスはレミリアに仕草を交えて説明した。それは実に単純であった。
「…さっきよりもわかったわ」
レミリアは酔ったオオスの幼稚な説明で納得がいった自分に対して少しもやついた。