冥界に来たオオスがまず目にしたものは見事な桜並木が咲き誇る場所だった。
「さて…やはり正解だったな」
オオスは転移に成功し、自らの推測が正解だったことを確信した。
冥界の桜は死後の住民の楽しみの一つだと言う。恐らくここが冥界なのは間違いない。
オオスはすぐさま冬装備を脱ぎ、丁寧に畳み喪服姿となる。
「深き夢の七百段の階段は下ったが、ここは階段を上る必要がありそうだな」
オオスは夢と狂気の世界を思い出す。
今回来たところは上りと下りの差はあれど同じくらい長い階段のようだ。
「ここがあそこのような人外魔境でないと良いが」
冥界に関して一応調べたオオスはないと仮定しつつも階段を登り始めた。
本当に死ぬ程に美しい桜並木を一人堪能しながら。
そして、その少女はすぐさま来た。
「みんなが騒がしいと思ったら生きた人間だったのね」
現れた少女はオオスを見下ろして言った。
少女は白色の髪をボブカットにし、黒いリボンを付けている。
人間のようだが、白くて大きな霊体が純粋な人間ではないことを教えてくれる。
人間に比べて肌は白く、透き通った儚さがあった。
白いシャツに青緑色のベスト、下半身は短めの動きやすいスカートである。白靴下に黒い靴を着用し、胸元には黒い蝶ネクタイを付けている。
少女の名は魂魄妖夢。オオスは知らないが冥界の白玉楼に住む剣術指南役兼庭師である。
「ほう。どこぞの大神官の時のように問い詰めなくても良かったと思うべきか…」
オオスはそう嘯きながらも、厄介そうな人物の登場に内心舌を鳴らす。
「ここは白玉楼。死者たちの住まう処よ。生きた人間が来るところではないわ」
そう言って刀を抜きオオスに構える妖夢。明らかに臨戦態勢だった。
「喪服姿で死者を悼んでいるとは思わないのですか?ここは春を集めて華やかですが」
オオスは少々時間を稼ぐ。喪服なら誤魔化せないかと考えていたが無意味だった。
「まだ西行妖は満開にはならない。普通の春じゃ絶対に満開にはならないのよ」
妖夢はオオスの『春』という言葉を聞き、勝手に喋り出す。
「なるほど、桜の木の下には死体が埋まっていると言います。誰かを復活させたいので?」
オオスは自らの推論を述べる。恐らく正しいと認識していた。
「…春を持たない貴方には関係ないことよ」
妖夢の沈黙が答えだった。
「未熟。感情が表に出ている。答え合わせにもなりはしない」
オオスはそう言って妖夢を窘める。実際、妖夢の態度は答えそのものだった。
「あなたはここで斬られておしまいよ!」
妖夢は一直線に剣を構えたままの体勢で真っ直ぐ切りかかって来た。
だが、
「消えた!?」
妖夢が斬りかかったと思ったら、目の前の男は霧のように消え失せた。
「これだけ時間を稼げれば、まして元々仕込みは万全」
あちらこちらから声が聞こえる。妖夢はそれが先程の男のものだとわかった。
「今の私は蜃気楼。さて、あなたは心眼を開花できるかな?」
何体もの男が現れ、声があちこちから聞こえてくる。
蜃気楼ならば近づいてみれば偽物か本物かわかるかもしれない。
だが、偽物と本物を区別している間に攻撃されたら厄介だと妖夢は思った。
「……妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまり無い!」
妖夢は剣士の天敵のような存在に内心舌を鳴らしつつも、威勢を挙げて自分を鼓舞した。
「是非、やってみたまえ未熟者!」
男はそれに答えるように妖夢を煽った。
妖夢がオオスの本体を見つける為に偽物に何度も斬りかかっている頃。
「そして誰もいなくなった」
オオスはもうそこにはいなかった。
オオスは階段を登り終わっていた。正確に言えば黄金の蜂蜜酒で階段をすっ飛ばした。
インチキだが、蜂蜜酒の残りを考えるとこれ以上の消費は帰りが不味くなるかもしれないとオオスは思った。
「冥界の刀で切られたらこの身に何があるか分かったものではない。
精々幻と戯れて貰いましょう」
オオスは妖夢に対して自動で動く蜃気楼を出していた。
妖夢の考えているような戦法で使えば厄介極まりないが、あれは弱点として日の出と共に消えてしまう。更に言えば風で諸共吹っ飛ばす等すればネタがバレる。
オオスのような非力な存在では撒き餌が精々な使い道だった。そして、それは上手くいった。
「彼女のような猪武者は嫌いではないが、戦わずして勝つことこそ兵法というもの。
まだまだ未熟。そうは思いませんかね。白玉楼の主殿?」
オオスはそう目の前の女性に声をかけた。
「あらやだ。あの子だって頑張っているのだからそんなに責めないで欲しいわ」
水色と白を基調とした着物を着た少女はオオスににこやかにほほ笑んだ。
「私の名前はオオス。人里で紙芝居屋を営んでいるものです」
そう名乗りオオスは真摯に首を垂れる。
「ご丁寧にどうも西行寺幽々子。あなたの言うようにここ白玉楼の主よ」
そう言って幽々子はオオスに微笑んだ。