春季光星で春の気候にしてある有情地。オオスはその日、定期視察に来ていた。
「…ここは平和ですね」
オオスは有情地の光景を見て思わず呟いていた。
オオスとしては妖精達が頭…口が軽いので入れられないのが残念であった。
「こうですか…」「そうだ。後は…」
有情地では弱小妖怪達とオオスの部下達が談笑したり、鍛錬をしたりしていた。
「はい。…ここは桃源郷と言っても良いかと」
吾妻はオオスの呟きを聞き、そう返した。
吾妻はオオスの作り出した光景を心から讃えていた。
「…それはどうでしょう?」
オオスは吾妻の言いたいことを理解しつつも思わずそんな言葉が出て来てしまった。
桃源郷の記述では鶏をつぶしている。では、仙界ではないのかそれとも仙界なのか。
オオスは研究対象として仙人に興味を抱いている。
その為、吾妻の意図とは別な考え事をしてしまっていた。
「ああ、そうだ。いつものをください。…ありがとうございます」
オオスは思考を戻して、吾妻に変な誤解を生まないように訂正した。
オオスは吾妻から部下達の聞き取り纏めた情報の報告書受け取り、読み始めた。
オオスの要望は吾妻達の持つ知識、経験の全てである。今冬だけで終わる物ではなかった。
春の穏やかな気候の中、オオスは有情地にてのんびりと報告書を読んでいるように見えた。
オオスは有情地の様子に問題ないか定期的に訪れる。
その際、吾妻の作成途中である報告書も読んでいた。
オオスは吾妻に粗削りな内容で問題ないと言ってはいるし、急ぐこともないと伝えていた。
だが、その言葉に反するようにオオスの脳内では凄まじい速度で経験が蓄積されていた。
「知識は力です…。無理に聞き出したりはしていませんよね?」
オオスは念のため吾妻に確認した。
オオスが求める力というのはただ鍛えれば良い物ではなかった。
オオスの脳内では単純な妖力を用いた戦闘だけではない様々な『力』が模索されていた。
その為、オオスは何でも聞けるなら聞きたいことを例に挙げていた。
「はっ!それにつきましては全く問題ありません」
吾妻はオオスの懸念を払拭するように完璧な礼儀作法を以て答えた。
…黒髪の正統派の和服の美少女を侍らせているようで少し嫌だなとオオスは思った。
「疑うようなことを言ってすみません。大変だったと思いますが…」
オオスは吾妻へ本心から労う言葉をかけた。
オオスが思わず確認したのは、報告書が想像以上に情報が集まっていたからだった。
報告書に書かれた妖怪独自の文字や昔話は良い。
妖怪独自の文化財や宝物の情報も良い。
しかし、秘伝と思われるので少し無理に聞き出していないか心配だった。
その妖怪個人が読んだ妖魔本の断片的な記憶も良い。
だが…
「…スリーサイズの申告書はいらない。よくわからない承諾のサインもいらない」
オオスは吾妻の仕事に初めてケチをつけた。…オオスは吾妻がふざけているのかと思った。
部下の個人情報は確かに有難いが、こんなのは寄越すなとオオスは真面目にキレかけた。
「大変申し訳ございません!ご不快になるかと思ったのですが、本人からの希望もあり…」
吾妻はオオスに本気で謝罪をした。…実はそれはオオスが来る直前に渡された物であった。
吾妻が精査し、抜き取る前にオオスが来てしまった。
吾妻は不味いと思いつつオオスの前で不自然に隠すよりはと渡したのだった。
「…少し声を荒げましたが、大丈夫です。そもそもそのまま渡せと言ったのは私ですしね」
オオスは自らの非がある部分もあったと思い、吾妻の謝罪を受け入れた。
オオスは香水の銘柄から犯人を特定する推理小説の探偵の様に知識を求める部分もあった。
写真と好きな花や趣味等には一応丸をつけ、スリーサイズにバツをつけて吾妻に返した。
「そう言えば今日朱鷺子さんはいますか?彼女が欲しがっていた本を見つけたので持って来たんですが…」
オオスは吾妻への話題を変えることにした。お互い気まずくなるのは辞めにしたい。
…福寿草なら正月飾りの余りがあるはずと次回の来訪時に持ってくる物を脳内にメモした。
オオスは一瞬で吾妻の好きな花の項目を暗記した。オオスは花屋に頼むことにした。
スリーサイズ等と言う馬鹿げた項目に記載はなかったが、吾妻も何だかんだで関わっていたらしい。
オオスが求める力は険しいどころではない。…文字通りオオスは神すら越えねばならない。
かつて、蝋で固めた翼を以て太陽を目指した人は愚か者と神話という形で語り継がれた。
だが、オオスはその愚か者に敬意を評する。パチュリーから否定されようが評価していた。
オオスは人の意思を尊重する。その愚か者の行為はオオスには人の意思の他ならない。
そして、オオスはその愚か者すら呆れるだろう道を人の身にて目指していた。
オオスの目指す道は果てしなく遠く、実際の所オオスは未だその輪郭すら掴めないでいた。
オオスは今冬、基本的に鍛錬に勤しんでいた。
オオスにとって知識と行動は共にある。…常人の精神が破綻する域を当の昔に超えていた。
オオスの学ぶことと鍛練は同時並行で進められていた。魔法、科学、妖術…そして仙術である。
オオスはそれに加えて外部的な、文化的な力をも取り込んでいた。
人間や妖怪、…神が欲するであろう取引材料となる物や新しい価値を創造していた。
神を拒絶するオオスだが、そこは現実的に考えて自分の中で折り合いをつけていた。
なお、オオスにとって神関連が一番ストレスのかかる部分である。
目下の所、一番オオスへストレスを与えて来たのは、守矢神社とか守矢とか守矢である。
…オオスは新興勢力の登場による歪みをどうしても放置できなかった。
オオスの中にある弱肉強食の理にどうにか折り合いをつけようとしていた。
どう屁理屈を捏ねようとも、山と麓の抗争に首を突っ込んだのはオオスの意思である。
オオスはそれを自業自得だとわかっている。
だが、これ以上守矢が何か仕出かしたらオオスは本当にキレかねないのも事実であった。
オオスはパチュリーから魔法。玉兎から月の科学、妖怪達からは妖術を学んでいた。
オオスは毎日仙桃を食べて毎日少しずつ霊力を増やしてもいた。
更に、霊力で活性化させた脳内にて武術や妖術等の訓練や能力の分析もしていた。
それらを毎日、限界ギリギリまで行うことでオオスは力の総量を効率的に増やしていた。
それでもオオス本人は弱かった。…正確に言えば、オオスは幻想郷では弱かった。
ドリームランドやヰ・ハ・ンスレイでのオオスの立ち回りからすれば信じられないだろう。
しかし、現にオオスは弱く、その力は特異的過ぎた。
オオスは旧地獄にて雲居一輪に話した様に邪道で外道を歩んでいた。
特定の条件化でしか使えない能力と言えた。…失う物がない男にとっては十分だった。
しかし、今の男の名はオオスであり、幻想郷で暮らすただの里人である。
…男は現状のままでは、不十分になってしまっていた。
男が何よりも求めたはずの平穏が、皮肉なことに妖怪が跳梁跋扈する幻想郷には存在した。
幻想郷に住まう妖怪達はオオスの持つ力を遥かに凌駕していた。
更には、月の住民という現代文明では太刀打ちできない科学力を持つ宇宙人もいた。
そんな中、オオスは経験と精神力で幻想郷や月の都で大立ち回りをしていた。
本来ならば有り得ないがオオス曰く、その辺りは気合で何とかなる。
…このいい加減さがある意味でオオスの力の源泉と言えた。
オオスが外で獲得した魔法等は大よそが衰退したものである。…例外もあるが。
外で手に入れた科学技術は幻想郷で比すれば発達していたが月の都には及ばない。
効率化した術の類を極める求道者たる異能者もいれば、平安時代の半妖がいたりした。
…そして、何よりも世界の脅威足り得る邪なる神々がいた。
一方で、オオスは外で駆け抜けて来た死と経験はそれに並ぶとも言えた。
だからこそ、オオスはこの幻想郷である程度は張り合えていた。
…語られぬ偉業は、力無き幼子が理不尽に対して怒りを覚えたことから始まった。
話は大分逸れたが、オオスからすれば牛歩であろうとも力を求め、進化し続けていた。
この有情地においてはオオスがすることは報告書を読んだら後は妖術の鍛錬である。
オオスは力をなるべく秘匿していた。だが、オオスは堂々と秘匿していることを隠さない。
何を仕出かすかわからない。堂々と嘘をつくと公言する。それがオオスの強みであった。
特にオオスの持つ妖力はオオスの想定外の産物であった。
オオスは天狗の術を学んでいたがその当時のオオスは妖力がなかった。
その為、オオスは自前の法術や霊力、魔力等で代用していた。
天狗へと変貌していれば妖力を手に入れられたであろうが人間に拘るオオスはしなかった。
その結果として、オオスの天狗の術は独自の進化を遂げた。…それが無の境地であった。
オオスの妖力は妖怪朝顔の肉を食することで芽生えたものだった。
オオスは妖怪朝顔をペットとして魔法の森に飼い、その肉を飢餓対策として考えていた。
…オオスは客観的に考えてとんでもないものを里人に食べさせようとしていた。
だが、妖怪朝顔は自らの毒性を妖力に変え貯えていた。…微弱な妖力がオオスに芽生えた。
そして、妖怪達から信仰されることでオオス元々は存在しない妖力が一気に開花した。
オオスにとっては完全に想定外であった。
更に言えば、誰もそのような真似をした人間はおろか妖怪すらいなかった。
なお、オオスが妖怪朝顔を食べる光景を見たサニーミルクは当然の如くドン引きしていた。
オオスは妖力の開花を有り得ない物だと認識した。そして、新しい奥の手の一つとした。
紅魔館の面々にすら、オオスの妖力は明かしていないし、気づかれてもいない。
…オオスとしては、妖力の増加は神通力の派生なのであまり見せたくないのもあった。
そして、オオスの地獄の最奥での秘術により自身にその妖力を定着させた。
なお、一番の理由はオオスが神になりたくないからであるのは変わりない。
オオスは幼子が言葉を教わるような形で零から弱小妖怪の妖術を学んだ。
それから現在進行形で系統だった上級妖怪の妖術を吾妻達から学んでいた。
オオスは意図的に妖術のリズム構造の知覚と獲得を吾妻達から教わる前に行っていた。
オオスの本来の計画では吾妻達がいなかった。
その時のオオスは改めて天狗の術を見直すつもりでいた。
…天狗の妖術も系統だった上級妖術であった。
オオスの計画は影狼の予期せぬ奮闘もあり飛躍的に進歩していた。
オオスは言語理解の脳科学を参考に、妖術を根源的に体得する計画を立てていた。
人間は言語を学習する際、固有のリズム構造を新生児期から乳児の段階で取得する。
そして、外国語を学ぶ際はその母国語と比較することで脳内に定着する。
…要するに複数の言語を聞き分けることが可能になる。
例えるならば、旅行先の土産屋で飛び交う言語の違いを段々聞き分けられるようになるのと同じである。
学んでいないし、内容はわからないのにそれが韓国語か中国語かを識別できるようになる。
…それさえできれば感覚から独学の言語取得が可能になる。街中の雑音が言葉に変わる。
場面は有情地に戻る。書類を精査し、オオスの次なる研究も考えた辺りで有情地に朱鷺子がやってきた。
朱鷺子はいつもの黒を基調としたゴスロリ風の装いに何故か赤いマフラーを巻いていた。
オオスは少し気になったが、すぐに理解した。
朱鷺子がオオスと会話している吾妻にも会釈をしているのを見て把握した。
…どうやら吾妻が朱鷺子へプレゼントしたらしい。
だが、オオスと会話しているのを邪魔するわけにもいかず、会釈で返したのだと悟った。
…オオスは共に勉強する相手がいると勉強効率が良いという理由で、中級妖怪の誰かを巻き込みたかった。
オオスは朱鷺子に本を渡すつもりだったが、丁度良いのでそれを口実に朱鷺子を巻き込むことにした。
圧倒的格上である妖怪の吾妻から共に妖術を習うのだ。慈悲はない。
「丁度良いところに…朱鷺子さん!ちょっとこっち来てもらえますか?」
オオスは朱鷺子に本を餌に共に死を覚悟するレベルの訓練をさせることにした。
それにこれは朱鷺子の為にもなる。…オオスは偶発的に道連れが出来て歓喜した。