オオスはイーグルラヴィの玉兎達から月の科学を教わっていた。
無論、彼女らの知識は深いものではない。オオスも思考錯誤しながら聞いていた。
普通に考えれば、それこそ月の賢者たる永琳に聞けば良いだろう。
だが、オオスは幻想郷の第三者的立場を取る永遠亭の力を借りるわけにはいかなかった。
オオスは人里以外の特定の勢力に肩入れし過ぎないとしていた。
パチュリーとの魔法科学の実験のように相互に得るものがあれば別である。
だが、永琳の持つ月の技術はオオスの持つあらゆる科学力を上回り過ぎていた。
オオスは味方であるイーグルラヴィの面々から月の知識を吸収することで独自の技術を開発していた。
こうした技術の取り込みもオオスなりに求める力の一つであった。
ある意味、オオスの取り組みは守矢神社、神奈子の技術革新と似ていた。
だが、オオスは奇跡や信仰等というものではない自然な定着を目指していた。
神奈子は外からのエネルギー供給が途絶えることを懸念していた。
幻想郷と外の世界は概念的な繋がりがある以上、それは懸念されるべき事象だった。
だが、オオスはそれについては既に解決済みである。
何せ、ボロナスの炉にて核融合炉を作成済みだった。
ある意味これ以上ない程のエネルギーを確保する手段を確立していた。
オオスの家の地下に眠るそれ一つで幻想郷のエネルギー問題は解決する代物であった。
しかし、オオスはこれを表に出す気はなかった。
幾つか解決する課題があることもあるが。
第一にオオスの核融合炉は完全にオオス個人に依存する物であった。
これを採用した場合、オオスが好き勝手に動き回れなくなる。
そして、何よりもオオスは幻想郷に核融合はまだ早すぎると思っていた。
話は変わり、オオスは塩屋敷の主人から海の底の臼を受け取っていた。
心の中の欲望を御しきれない者が臼を扱うと呪われる上に塩を出し続けるものである。
世界中で同じような童話や御伽噺として残る凶悪な類の怪異であった。
オオスは月でのテロ行為の際、ついでに塩屋敷の主人の持つ呪いの臼の問題を解決した。
その日のオオスは以前から考えていた幻想郷の自給自足策の一つの解法を得た。
オオスは手が空いていた鈴瑚や清蘭と共に月の技術の一端を用いて実験をしていた。
オオス家の地下にある研究室の一つ、土壌科学研究室にオオスを中心とした面々がいた。
土壌科学研究室は幻想郷の土壌環境の研究を主にしていた。
また、オオスの妖怪の森植物園で採取した原種や品種改良の種子等を保存していたりする。
オオスは香霖堂に初めて立ち寄った際、外来品という名のガラクタに興味を惹かれていた。
森近霖之助とは主義主張で相争う場面もあったが、良客ということで今は通っていた。
そこで外来品を見たオオスはその中の一部を幻想郷内で作ることを考えていた。
だが、幻想郷は隔離空間であり、どうしても手に入らない物が幾つも存在した。
…月の海も幻想郷内で手に入らない物の一部であった。
オオスが幻想郷に必要な資源及び月への対抗策として目をつけた物の一つであった。
海自体はパチュリーが後に疑似的に魔法等再現できていた。
だが、オオスは再現性を重んじていた。つまりは誰でも可能にすることを欲していた。
オオスは幻想郷をより豊かにする為に試行錯誤していた。
「閣下、『臼』の塩から必要となる塩化マグネシウムを抽出しました」
鈴瑚がオオスに頼まれていた作業を終えたことを報告した。
オオスの臼は海の産物だ。そして、海水に含まれるにがりの主成分は塩化マグネシウムである。
臼から出る海水の元となる塩からにがりの主成分、塩化マグネシウムを抽出することは造作もなかった。
「閣下、土壌サンプル等から必要量の炭酸カルシウムの抽出が終わりました」
清蘭もオオスから頼まれていたを終えたことを報告した。
オオスは幻想郷の土壌環境も外と変わらないと確認済みであった。
その為、土壌に含まれているカルシウムが抽出できると確信していた。
人里の外から石灰岩等を探して来ても良いが、常識的に考えて里人がそう気軽に出ていくものではない。
どの口が言うかというツッコミは兎も角、オオスは人里内で完結できる物を求めていた。
「ありがとう。休憩にしましょう」
オオスは二人に苦労を労い、お茶の時間にすることにした。
オオスは華扇から教わった仙術を独自に発展させていた。
オオスはその場で二人を巻き込んで異界を作成した。
休憩の場として研究を忘れるような春うららかというような場を創造した。
仕事等という無粋なものを排除した。
春のそよ風が吹く草原にてオオスはテーブルと椅子、そして茶菓子等を出した。
「どうぞ。…水羊羹と緑茶で良かっただろうか?」
オオスは二人に菓子の好みで不満がないか尋ねた。
「「…」」
清蘭と鈴瑚は相変わらず滅茶苦茶なオオスの行動に唖然とした。
…二人は実験の必要性はわかるがオオスの何でもありさを思ってしまった。
「緑茶じゃない方が良かったですか?それとも羊羹が…」
オオスは自分の術くらい慣れたと思っていた。
その為、二人が自分の用意した菓子に不満があるのかと思い考え込んでいた。
「とんでもない!ありがとうございます!」
清蘭は一瞬呆けてしまったが、オオスの夢の異界を思い出して慌てて訂正した。
出会ってからずっと今までオオスの滅茶苦茶とその自覚のなさに思うところはある。
だが、二人ともオオスの気遣い自体は大変嬉しいものだった。
清蘭に合わせて鈴瑚も頷いていた。
「それなら良いですが…」
オオスはそれを聞いて安心した。
オオスとしても気合を入れて作った羊羹なので二人に感想を聞きたかった。
その後、オオスはイーグルラヴィの面々の人里での仕事についての雑談等をした。
有情地で朱鷺子が何かを悟り、オオスのいない間に力を増したこと等を聞いた。
…オオスはますます差が開きつつある現状を鑑みた。
オオスはお茶の間に自己鍛錬の効率を上げる為、脳内にて凄まじい死合いを行った。
結果、脳を活性化している霊力が暴走し、頭が破裂しそうになりオオスは二人から心配された。
なお、頭が破裂とは文字通りの意味である。…オオスの頭からは血が噴き出していた。
ここでオオスは『ドロマイト』と呼ばれる岩石を生成しようとしていた。
ドロマイトは苦土石灰ともいう。
製鉄やガラス、土壌改良の為の肥料として使われるなど幅広い使い道があるものである。
日本において栃木県佐野市で国内生産量80~90%が産出されている岩石の一種である。
そして、幻想郷内部でドロマイトの確保は難しかった。
ならば作ってしまおうとオオスは考え、実験していた。
なお、外の世界では常温・常圧下での実験によるドロマイトの生成に未だ成功していない。
そもそもドロマイトの成因に関しては不明なところが多い。
だが、オオスはドロマイトの生成が極限られた場所にしか存在しないが、その密度は温暖期に高く、氷河期には低くなることを知っていた。
オオスは月の科学技術の一部、テラフォーミングに目をつけていた。
…言い方を変えるとイーグルラヴィの面々が行っていた浄化である。
オオスは月の浄化の応用で疑似環境変化からドロマイトの生産が可能だと推測していた。
問題はオオスが月から引き抜いた玉兎達が嫌がらないかと不安なことであった。
オオスは月でのトラウマがほぼないと確信していた清蘭と鈴瑚の二人に尋ねた。
『全く問題ありません。…他の面々についてご心配ならば私どもが』
鈴瑚がそう言い、清蘭が何度も頷いたのでオオスは頼むことにした。
オオスは随分食い気味な点だけ気になったが、有難く手伝ってもらうことにした。
…オオスは二人の食い気味な理由が他の玉兎達を出し抜くためだとは思わなかった。
休憩後、オオスは浄化に慣れた二人に任せて、自分は観察と計測を行っていた。
…二人には黙っているが、月の連中が攻めて来た時の参考データの採取でもあった。
オオスは清蘭達へ流石にそこまでは言えなかった。
オオスは複数の思惑と計算をしていた。
それはあらゆる可能性の模索であり、オオスは手を抜くわけにはいかなかった。
自分達の技能の平和利用であると喜んでいるような清蘭と鈴瑚の二人にオオスは申し訳なさを感じていた。
…オオスは自分へ向けられる感情で悪意以外を読み取るのが不得手であった。