遭難者と見られる全身赤い印象を受ける女性が目覚めたのをオオスは確認した。
オオスは土産用に持ってきた蕎麦を茹でることに決めた。
オオスは勝手に茨木華扇の台所を物色することにした。
「凍蕎麦用の余りを持ってきていて良かったです。お客人は蕎麦は大丈夫ですか?」
オオスは華扇の反応を待たずに我が家のような態度で振る舞った。
想像を絶する技術力を持つ存在へ自分の家で暴れるなよというアピールも兼ねている。
オオスの家でも何でもないのだが、場の空気の支配権を確保する厚かましさである。
「あ、私の分も…じゃない!勝手に人の家の台所に入らないでくれますか!?」
華扇は余りにも自然体で行動しだしたオオスへ怒鳴りつけた。
目を覚ましたばかりの人間を放置できないのでその場に留まっている。
「はぁ〜…随分寝てたわ」
目覚めた女性、岡崎夢美はいつもの感覚で自分の赤い髪を軽く撫でた。
そして、目の前の漫才を見ていつもとは違うことを悟った。
18歳で酉京都大学の比較物理学科の教授である岡崎夢美の覚醒は早かった。
自分の感覚では少し前のことをボンヤリと思い出した。魔法を見つけたのだ。
夢美はオカルト以外の統一物理学で説明できない力、事象を『魔法』と呼称していた。
夢美は自分が残滓であったこと、その状態でも研究対象を観測すべく動いていたことを悟った。
そして、この漫才者二人に救助されたのだろうとまで考えて疑問が浮かんだ。
「あれ?そういえばなんで私っているのかしら?」
夢美は『岡崎夢美』として統合されたはずである。残滓でも残るはずがない。
魔法の存在した幻想郷という平行世界であってもあり得ない…とは言い切れなかった。
「エネルギーの不均衡で平行警察に捕まっちゃうのだけど」
夢美は一番不味い最悪を呟いた。犯罪者として捕まるのは困った。
自分が残滓であろうとも、平行世界のエネルギー均衡を著しく乱すようなことはあってはならない。
「へい、お待ち!」
オオスは頭をフル回転している夢美を無視し、茹でたての蕎麦を出した。
ついでに華扇の分も用意している。オオスは自分の分を置いて食べ始めた。
いつの間にか簡易なテーブルが用意されていた。オオスの収納空間から取り出したものである。
夢美が布団から少し出るだけで食べられるようになっていた。
「…」
華扇は色々ツッコみたいが、自分のキャパシティを超えた。
華扇はオオスから出された蕎麦を食べることにした。
…遭難者も空腹であろうと思ったからであり、蕎麦の良い匂いに負けたからではないと華扇は思っている。
蕎麦は柔らかくなっており、絶食等の後の胃にも優しいだろうと華扇は思った。
「あら、お蕎麦?合成食でないなんて…そういえばここは違うのだったわね」
夢美は今いる世界が東京から京都への遷都前の時代だとしても珍しいと感動した。
幻想郷へ来て魔法という力の概念を調査の為に没頭していた。
…夢美はこういう食文化も楽しめば良かったと思った。
「合成食?」
華扇は何のことかと思って思わず口を出した。
華扇としては蕎麦が珍しいと感じる外来人はそこまでいないと思った。
「完全栄養食というのが、外の世界で研究されているんですよ」
オオスは華扇へ補足するように説明した。オオスも食したことがあるが、味気ないと感じた。
とはいえ、まだまだ試作品である。オオス的には数年後には様々な種類が増えると思っていた。
「へー。こっちではまだ合成食品の研究も試作の段階なのね」
夢美は蕎麦を食べつつに感想を述べた。
幻想郷では夢美達の世界よりも五世紀程、科学技術が遅れていると知っていたが食に関しても取り組んでいる段階とは知らなかった。
同時に合成食品が試作される段階となると人口増加の時代なのかと推測した。夢美の世界では既に人口増加は収まっていた。
だが、様々な課題が残されていた。魔力という未知のエネルギーによって改善できないかというアプローチを夢美は模索していた。
夢美は酉京都大学比較物理学科教授である。
国を、世界を代表する研究機関の最前線より先にいた夢美は、観測する世界の比較により魔法という概念にたどり着いていた。
他の研究者は類似した平行世界までしか観測できていない中での偉業であるが、それ故に根拠が示せなかった。
「私も人類以前の完全栄養食を食べたことがあるのですが、人類の味覚に対応していませんでした」
オオスはハイパーボリア人の資料室にあったのを試食してみたことがある。
世間話のようにさらっと言った。考古学者なら大激怒待ったなしの暴挙である。
「3日間何も食べなくても良くなりましたが、苦痛というか実に酷い味でした」
オオスは味を思い出して顔を顰める。
蘇生したハイパーボリア人は普通の味覚をしていたので、文化的な問題な気がしなくもない。
「…食すら苦痛ってどんな種族ですか」
華扇はオオスの様子から相当酷い物だったのだと悟った。オオスが思い出して顔に出るのは相当不味いに違いない。
華扇はオオスの菓子やら何やらで餌付け…もとい、食べているので尚更に酷い物を想像した。
「…人類以前に合成食を作る文化があったのかしら?」
夢美は目の前の男、オオスの話から疑問が湧いたので言葉に出した。
夢美は蕎麦を食べ終わって少し満足した。同時に食文化は偉大だと思った。
「月や天界の連中だとどうなんでしょうね?仙人的には」
オオスは華扇に話を振った。既に蕎麦は完食している。
人類を見下す奴らではあるが、仙人は天界を目指していたはずである。
「…仙人ですけど、天人様にはお会いしたことがないのでわかりません」
華扇はオオスの問に対してノーコメントを貫いた。蕎麦は完食済みである。
天道を歩む者として余り想像で物を言いたくなかった。
「あら、本物の仙人?素敵だわ」
夢美は目の前の女性が仙人と知り、興味を持った。
そして、夢美が夢美として覚醒する前の光景を思い出した。
「そういえば、エネルギーが統一物理学的にはあり得ない収束をしていたわね。『魔法』よね、あれ!」
夢美は仙人が生み出した統一物理学とは違う法則に歓喜した。
早速、実験に取り組まなければならないと思い、懐から計測機を出そうとして自分が持っていないことに気がついた。
「4つの力の解析が終わっているんですか、貴方の世界は」
オオスは夢美の行動を見ておおよそを悟った。
目の前の女性は未来人ないし平行世界の住民である。
「ちょっ…まだ目覚めたばかりなのだから、落ち着いて!」
華扇はマッドサイエンティストと関わったことがない。
故に、遭難者から身体能力以上のバイタリティ、異様な情熱を感じて困惑しつつ抑え込もうとした。
「やはり、五世紀程科学力が遅れているのかしら?」
夢美はオオスの言葉に科学を感じ、正気に戻った。嘘である、正気に戻っていない。
「私はオオス。幻想郷の人里で紙芝居屋をやっています。貴方は誰ですか?」
オオスは食事も済ませたし、元気そうな女性の名を尋ねることにした。
「…普通、それを最初にやりませんかね」
華扇はオオスにツッコんだ。
なお、自分も自己紹介とか抜きに食事をし始めたことは棚上げした。
「…紙芝居屋!?オカルトでもないような存在だと思っていたけど実在したのね…」
夢美は知識として紙芝居屋を知っているが、紙芝居屋が実在するとは思わなかった。
紙芝居屋とは電波すらない時代の情報伝達組織であると夢美は知っていた。
紙芝居屋とは軍事経済科学の全て取り扱い時には黄金の髑髏が飛び出すという話である。
夢美は統一物理学手前の科学力があるのに紙芝居屋が存在するのもおかしい気がした。
とはいえ、平行世界どころか異界のような幻想郷ではあり得るかもしれないと否定しきれなかった。
「私は岡崎夢美。酉京都大学の比較物理学科教授にして『非統一魔法世界論』の提唱者よ!」
岡崎夢美は高らかに宣言した。
助手のちゆり以外碌に精査もしない学説だが、学会に改革を齎す者として…と思ったが、思考を停止した。
「…私ってもうひとりの私に吸収されたはずなんだけど、ここが幻想郷なら私が来ていないかしら?」
夢美は幻想郷の紙芝居屋と仙人がいるのならば自分が来ていてもおかしくないと瞬時に悟った。
研究者としてこれ程までに素晴らしい環境もない。その後も往来している可能性は高い。
それ故に、夢美は自分の所在を確認することにした。
夢美はこの時、今いる『幻想郷』という世界が自分が訪れた場所であると思っていた。
岡崎夢美はこの幻想郷へ訪れたことはない。
ましてや、夢美が恐れる平行世界の均衡を保つ平行警察もいないような世界観。
全く似て非なる別世界の存在等、岡崎夢美ですら想像したことがなかった。