オオスの自宅が破壊されて数日、オオスは射命丸文を適当にあしらっていた。
現に『文々。新聞』にも詳細不明ながらオオスの自宅をさる大妖怪が破壊したらしい程度の情報と推測しか記載されていなかった。
射命丸文はオオスの自宅が破壊されたのが2月3日、節分で誰が原因なのか察していた。
文は人里を一望できる木の上で今持つ情報で推理していた。オオスが答えない以上、仮定になる。だが、ある程度準備していないとあの男の掌、虚構と現実の狭間で右往左往することになる。
…文としてはそれだけは嫌だった。何せ、オオスは自分が独占する取材対象なのだから。
まず、天狗の上層部にも伊吹萃香が現れたこと、鬼の再来そのものは伝わっている。
しかし、オオスの自宅を破壊したのは誰か等はまだ伝わっていない。オオスに関しては文自身が書いている新聞が一番正確であり、他は対して取り上げてはいない。
…少なくとも文がわかる範囲ではだが、文以上にオオスへ直接会いに行っているのはいない。 あの兎達を除いてだが。
天魔の近くに控えている方の大天狗は兎も角、他の大天狗達に関してはあまりわからない。
特に飯綱丸龍はどう動くのか文にもわからない。 山の妖怪への命令権を持つので、文としてもやり辛い相手である。
下手に探りを入れてもバレる気がするので文は避けていた。
一応、龍の命令を無視した妖怪等から聞いた範囲ではまだオオスに関して本腰を入れて調べるまでではないと分析していた。
実際、文の予測通りそれどころではないのが山の妖怪事情だった。
オオスに今度会ったらぶっ殺すと思っていた方の大天狗すらオオスの存在を半分忘れる程度には忙殺されていた。
文は守矢神社という大きな利益の分配等があるのにそれ以外に注目している者は自分以外はいないとほぼ確信していた。
なお、自分たちの最高権力者である天魔視点の諸事情は文も知らない。文すら他よりもオオスに注目しているかも程度の認識である。
…天魔の方も文がやっているように情報操作を行っていた。
それでも何となく勘で文はオオスに関してはかなり自分の手で情報を変更したりしていた。
…天魔はそういうところが面倒だと思っていた。天魔も立場があるので口に出さないし、文は他の件に関しては間違いなく上にも従順に振る舞って天狗社会に貢献していた。
文はオオスの部下として魔風を操る頽馬、それも大妖怪相当の美濃吾妻がいた時点で何らかの組織が立ち上がっていると察していた。
現にそれをオオスに文は確認していた。麓の妖怪たちの有力なのをチラホラ引き抜いているようだと感じたが、オオスはそれを意図的にやったわけではないと明かされていた。
オオスが正直に自分だけに答えてくれたから信じたが、もうそろそろ怪しむ材料が揃っている。
オオスはどう言い訳するのか…文はもう限界だろうと思っている。
だが、人里を監視していた射命丸文はあることに気がついた。
ある時を堺に噂が意図的な、具体的な内容に変わっていた。…これほどのことをやりそうなのは一人だけである。
文は静観していたし、他の面々もそうだと確信していた。故にこれは内部からの情報操作であった。
曰く、『妖怪の一部で仲間割れで分裂した』
曰く、『その被害がオオスに飛び火した』
曰く、『鬼が暴れてオオスの管理する土地の一部を強奪した』
曰く、『土地は奪われていない。誰だそこまで言った奴は』
等という流言が人里で飛び交っていた。
人里を監視している文は明らかにおかしいとわかったが、他はまだ気が付かないだろうと思った。
…誰かさんは確実に自分だけがわかる状況を作っていた。 とはいえ、その噂を文が更に改ざんすれば今度は他にバレる恐れもあり、迂闊に手が出せなくなっていた。
噂をまとめれば、総括すればあからさまに怪しい男、オオスがいつの間にか当事者ではなく第三者として扱われていた。
文はここまでのことを仕出かしておいてそれは苦しくないかと思った。
だが、オオスのことである。文はこの裏を考えた。
…何か思考にノイズが、色眼鏡がかかっている。文は自分の立ち位置を一端保留して考え直した。
オオスはただの流れ弾に当たった被害者で、誰かが第三勢力を確保したという筋書きは誰が得をするのか。
文の推理は鬼の四天王である伊吹萃香が隠れて勢力を築いていたように見えたオオスに目をつけて示しをつけたである。
実際、これが正しいと思うし、それが真実だと文は予測していた。
オオスは吾妻等のことを部下と言っていた。個人で秘密の共有もしていたので、それは妖怪の山ではまだ文しか知らない事実である。
しかし、人間が、というにはオオスはおかしいが、支配する妖怪の組織が出来たと誰が信じるだろうか。
いや、少し調べればわかることなのだが、それを認めて得をするか。
…それが今回の問題の要であると文はひらめいた。
オオスという人間がトップであるとはよく知る者ならば納得できる。文や河童の一部等であればあり得なくはないと思うだろう。
しかし、それを麓の妖怪は認めるかといえばまず不可能に等しい。妖怪は畏れを司るものだ。
吾妻達に分離独立されたという方がまだ感情の整理が付く。 少なくとも人間に出し抜かれたとは思いたくない。
山の妖怪に対して、まだ戦力を維持していることを誇示するためにオオスの嘘を本当と認める動きをするだろう。
実際、分離独立していても水面下では最低限の共闘関係があるとブラフを仄めかすだけで良い。
文は烏天狗なのでわかるが、山の妖怪側も今の状況ではどのみち大きくは動かないし、動けない。
麓の妖怪はそれを知っているかどうかはわからないが、守矢神社の影響で力をつけて恩恵だけあったわけではない。それに伴う改革も取り組まれていた。
それに山の妖怪側としてもオオスという人間が勢力を築いたというよりは麓の妖怪で争いがあり、分離独立したという方が納得しやすい。
大天狗の龍等の一部は嘘を看破するだろうが、それを指摘しても論外だと顰蹙を買うのが大半であろう。 オオスは飽くまで人間である。
一部はそれを否定するようなオオスの行動や言動を見ているだろうが、あまり話題にはなっていない。何か明かせば不味い事情がそれはそれであるのだろうと文は考えている。
文は知らないが、オオスは大天狗含めた天魔の護衛達から装備一式を取り上げたことがあった。
口外したら本気で面子を失うので誰もオオスがおかしいと言えない状況であり、オオスはそれを意図的に行っている。
結局、オオスの嘘の方が人間に出し抜かれたという事実が無くなり、妖怪の面子が立った。
その他の勢力もオオスという意味不明な存在よりは麓の妖怪の分離独立という経験で動いた方が得策であると分析すると文は考えた。
多少は推測にはなるが、オオスのことであるので放置するとは思えなかった。
問題はオオスがどうやって嘘を真実へと塗り替えるか起爆剤を用意できるかだ。
…そこまで考えて、文は伊吹萃香という鬼の性格を思い出した。
萃香は鬼であるので嘘はつかないが、面倒だと感じると本当のことを言わない。
そして、オオスの流した嘘を否定することによって発生する諸問題は面倒である。
…一番発言力がある萃香が肯定も否定もしない状況さえ作り出せれば幾らでも嘘を真実に加工できた。
少なくともオオスならやりかねない。そして、そこまでやるのがオオスと知っているのは文と一部の妖怪の賢者くらいであろう。
「確か…『事実や嘘は二の次。そこに至る結論こそ、情報を扱う者に取って大切なこと』」
文はオオスへ初めて取材した時のことを思い出す。
オオスはそのことに関して責任と覚悟を述べていた。
文はオオスという大嘘憑きが今度は何をしでかそうとしているのか納得のできる回答が出た。
…嘘を突き通す覚悟とバレた時は責任は取るという理屈で押し通すつもりだ。それくらいオオスならば平気でするという信頼が文にはあった。
「既成事実化してトップのいない組織…一揆の連判状というのもありましたね」
文はオオスが歴史に詳しいと知っていた。
オオスが作る嘘の組織の形態として農民一揆でトップがわからない連盟の組織は有り得た。
…当然だが、文の軽く考えた以上の架空の組織を構築しているのだろう。
「となると…」
文はそこまで考えて、勘付いた自身への利益は何かと思った。
…流石に個人的な感情で辞めるのは文にとっては利が薄すぎた。
とはいえ、嘘に乗らないとそれはそれで面倒だった。
そこに、
「流石ですね。殆ど正解ですよ」
オオスが気配もなく突然現れた。文はオオスが空になれると知っていた。…知っていたが突然現れたので驚いた。
オオスは文と反対になるように逆さになった顔を向き合っていた。
まるで空中で立っているようであるが、オオスは風や空気を操っている様子ではない。
まだオオスは手札を隠していたのだと悟った。文はオオスがオオスである最大の理由がその手札であると認識していた。
…オオスの謀は勿論大前提だが、それを活かす手札と演出がオオスがオオスたらしめている。
逆さまの交錯も演出の一つであろう。それだけの為に空気に関係なく固定化できる浮遊能力を明かしていた。
それが魔法か道具かはたまた別なのかは文には流石に分析できない。
「情報とは原料を店で加工して、売買等により他者の手に渡り調理したモノでもあります」
オオスは文の思考を遮るように話し始めた。
情報を扱う文としては納得いくが、そう思わないのが大多数だろうと思った。
「…情報を受け取る側はおおよそ自分で判断した真実だと思うでしょうね」
文はオオスが言いそうな言葉で返すことにした。…演出程度で動揺している場合じゃない。
「…やはり、貴方が一番わかっている」
オオスは文の返事に笑みを浮かべた。
オオスは取引相手として申し分ないと文にとある提案をすることにした。
文が拒否しようが受諾しようがどちらでも店で良い加工されたばかりの『モノ』である。
「嘘を本当にしてみませんか?」
オオスは文に提案した。誰もが後で気がついても嘘と言えない真実の調理である。
だが、
「…私にメリットがありませんね」
文はオオスの提案を飲めなかった。
文がオオスの提案に乗った場合、加工された真実に気がついた者から疎まれるならまだ良い方である。…所属する組織から迫害される可能性の方が高かった。
「そうですか…」
オオスは残念そうに、だが、想定していた回答だったのですぐに提案を辞めた。
「…ちなみになんですが、今受け入れていたらどんなメリットがありましたか?」
文はオオスの悪戯には乗らないが、相応のメリットがあったのか気になって尋ねた。
「それはまぁ、私が最悪責任取らないといけないですし…」
オオスはまず大前提として射命丸文の身の安全の保証を挙げた。
…当たり前であるが、オオスに他意はない。
しかし、相手のことをオオスは失念していた。
ついでに言えば最近あった博麗神社の騒動に関して霊夢は沈黙を貫いたのでオオスは詳細を知らなかった。
「え、ちょっと待って、責任を取ると言いましたか?」
文はオオスの言葉そのものを切り取って脳内で処理した。
責任を取るとはそういうことだよなと文はオオスへ詰め寄った。
「…あ、これヤバい」
オオスは身の危険を感じた。実際、その通りである。
オオスの緊急脱出用の奥歯に仕込んだ黄金の蜂蜜酒がしばらくぶりに機能した。
オオスは即座に転移し、文への交渉もキャンセルとなった。
オオスにとって今回の目的は文の認識を確かめるのと誠意としてある程度は言っておこうと思っただけである。
オオスはもうほぼ仕込みの準備は既に終えていた。後は皆幸せの『真実』への調理実習である。文の推理はほぼ当たっていた。だが、オオスの根回しその他の速さは元々の計画もあり文の推理よりもやや先を行っていた。
正直、文が乗る乗らないにしろ道筋は立っていた。
後は完成を待っているだけであり、オオスもようやく地底に行ける最低限の義務を果たしたつもりであった。
最後の文への誘いは、オオスがほんの少しだけいつもよりも文に気を許してしまっただけである。
…オオスは稀に文の欲望を忘れて気を許すことがあった。
オオスの部下達共通の悩みでもある。その前に文を殺したいがオオスが止めるので困っていた。
「…だから、上げてから落とすのって酷くないですか!?」
文は虚空に向かって叫んだ。
…何故、眼の前で餌をチラつかせた瞬間にいつも逃げるのかとオオスへ憤慨した。
文がそういう姿勢だからであるとオオスがその場にいたら言い返した。