5月4日、冥界に異変を解決しに来たはずの三人は困惑していた。
「あなた達の持っているなけなしの春を全て寄越しなさい!冥界の平和のために!!」
妖夢が悲痛な面持ちで叫ぶ。そこには三対一でも決して譲らない覚悟があった。
「…何か私が悪役みたいに聞こえるのだけど」
紅白の博麗の巫女霊夢が妖夢の悲痛な顔と叫びを聞いて思わず呟いた。
「全くだぜ。春を返してもらいにきただけなのにな。後、私だぜ」
白黒の魔法使い霧雨魔理沙も同意する。自分以外は悪役みたいだと。
「…オオスとかいう変な男がここに来なかったかしら?」
紅魔館のメイド十六夜咲夜はその様子を見て妖夢に尋ねた。
「!」
すると妖夢の目つきが変わり、咲夜のみを見つめた。
「あの危険人物を即座に連れて帰れ!そしてお前ら全員、春を置いて行け!!」
妖夢は咲夜にオオスを連れ帰るように叫ぶ。ついでに春を置いて行くように言う。
連日のストレスで妖夢の目的は逆転していた。
「あの世から帰れって言われるとか何したのかしら?」
霊夢は呆れた様子で言う。
人間を食料とする吸血鬼にすら帰れと言われ、あの世からも帰れと言われるオオスに大いに呆れた。
「そう言えばパチュリーが紅魔館に最近オオスの奴が来ないって愚痴っていたな」
魔理沙はパチュリーの愚痴を思い出してここにいたのかと思った。
「…やっぱりここにいたのね。詳しい話を聞きましょうか」
咲夜はようやく目的の人物を見つけたのでホッとすると同時に詳しい話を聞こうとする。
だが、
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に懸けて冥界の平和は私が守る!!」
妖夢がどこぞの正義のヒーローみたいなことを叫んで咲夜に斬りかかった。
「あ、咲夜に行ったわ」
霊夢が咲夜目掛けて一直線な妖夢を見て呟いた。
「先に進もうぜ。吸血鬼の従者だから悪役向きだ」
魔理沙はしれっと咲夜を囮に先に進むことを提案する。
何気に咲夜に対して辛らつだ。
「ええ、そうね。悪役向きだから問題ないわね」
霊夢も魔理沙に同意する。まるで自らは悪役に似合わないと言うようだ。
「ああ、もう。相変わらずやることなすこと面倒ね!」
咲夜は妖夢に襲われた原因に呪詛を吐いた。
白玉楼の石階段の頂上には男が座っていた。
「5月4日23時。ギリギリで間に合いましたね」
オオスは魔理沙と霊夢の二人を見てホッとした顔をする。
だが、その顔は蒼白そのものであり、今にも倒れそうである。
「…あんたが今回の黒幕かしら?」
霊夢が念のため確認する。オオスと初めて出会ったときのように。
「え、そうなのか?」
魔理沙は思わず霊夢に尋ねる。寧ろ介抱しないと不味い気がしてならない。
「…フフフ。違いますよ。あちらにおわす方が今回の首謀者です」
オオスは笑って先を示した。首謀者は別であると言う。
笑って心なしか顔色も良くなったようだ。
「…ああ、もう面倒ね。魔理沙それ取っ捕まえておいて!」
霊夢は魔理沙にオオスを捕まえておくように言って先を急いだ。
「ええー!ここまで来たのにか?」
そう言いつつも魔理沙は仕方なしにオオスの介抱をしようとする。
「ああ、大丈夫です。霊夢さんが幽々子さんを一時間以内に倒せたら私の冥界壊滅計画は中止ですから」
オオスは嘘か本当かわからないことをほざいた。
オオスは魔理沙に介抱はいらないと手で拒絶を示した。
「…一番ヤバい奴だったぜ」
魔理沙はオオスの発言にドン引きした。
ところ変わって西行妖の前。
博麗霊夢と西行寺幽々子が対峙していた。
「なんなのよ、西行妖って」
霊夢が異変の原因である西行妖のことを幽々子に尋ねていた。
「うちの妖怪桜。この程度の春だとこの桜の封印が解けないのよ」
幽々子はそう言って西行妖の説明と春を集めていた理由を述べる。
「封印してあるんだから、解かない方がいいんじゃない?封印解くとどうなるの?」
霊夢は巫女として西行妖の危険性を幽々子に説いた。
それと封印されている物の正体を尋ねた。
「すごく満開になる」
幽々子はニコリと笑って答えた。
「……」
霊夢は思わず顔を顰めた。
「同時に、何者かが復活するらしいの」
幽々子は霊夢の様子にお構いなく話を続けた。
「興味本位で復活させちゃダメでしょ」
霊夢が幽々子に常識を説いた。
「彼は何なのかわかったみたいだけど。結局教えてくれなかったわね」
幽々子はオオスが咲かせては駄目と言いつつ、結局最後まで口を割らなかったことを思い出して言った。
幽々子があれこれ聞いてものらりくらりと躱していた。
妖夢はその様子を幽々子が二人いるみたいと例えた。
「彼ってあいつかしら?
…教えてあげればこんなことにならなかったかも知れないのにケチね」
霊夢はオオスが言えばこんなことにはならなかっただろうと非難した。
「あら、神に仕える巫女ならば人の本質を見誤るようではいけないわ」
幽々子は霊夢を窘めるように言った。
幽々子は少なくともオオスが自分を思っての行動だということは理解していた。
「…紫みたいなことを言うわね」
霊夢は八雲紫を思い出して言う。
博麗の巫女としてどうたらこうたらと言う保護者面を思い出した。
「紫は私のお友達よ。彼も紫のお友達みたい」
幽々子は霊夢に微笑んで言った。明言はしなかったがオオスは紫のことを知っていた。
「だから皆胡散臭いのかしら?」
霊夢は胡散臭い同盟という頭の悪いワードが頭に浮かんだ。
「どのみちあなた達が持っているなけなしの春があれば本当の桜が見れるわ。
何者かのオマケつきでね」
幽々子は何が出るのか楽しみにしているように答えた。
「さて、冗談はそこまでにして……幻想郷の春を返して貰おうかしら」
霊夢はこれまでの雰囲気をガラリと変えて博麗の巫女として仕事をすることを宣言した。
「あらあら、怖い。紅白の巫女は聞いていた通り怖いわね」
幽々子は霊夢に対しておどけたように返した。
そして、
「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」
「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」
弾幕ごっこが始まった。
そして、それは霊夢が幽々子に弾幕ごっこに勝利したと思ったら起きた。
『ドクン』
鼓動するように西行妖が蠢いて見えた。
そして、幽々子の姿が西行妖に飲み込まれるように消えた。
何もかも気配が消え失せたと思った瞬間。
誰も感じたことのない絶望的な妖力が冥界を包み込んだ。
「な、何なのこれは!?」
霊夢は思わず声に出してしまう。いつもの落ち着きはなく動揺を隠せない様子であった。
そこへコツコツと誰かの足音が聞こえてきた。
霊夢は即座に振り返る。それは紅魔館の時と同じく男は現れた。
「あーあ…。だから止めたのに」
オオスはいつものように飄々とだが深刻な声色で西行妖を見つめる。
オオスはこの絶望的な光景に対して見慣れたような様子であった。
「魔理沙!取っ捕まえておいてって言ったでしょう!」
霊夢は思わず叫んだ。オオスがいてはこの事態を何とかしようにも邪魔だった。
だが、
「捕まえていたさ!消えたんだ突然!!」
魔理沙は叫び返した。オオスは本当に突然消えたのだ。
西行妖が化け物と化した瞬間、事前に準備されていたかのようなタイミングであった。
「あら、ここにいたのね」
咲夜はいつものようにオオスに声をかけた。
だが、妖力の暴風に気をされているのを隠しきれていない。
「ああ、咲夜さんこんばんわ。
貯えがなくなって来たから春を取り戻しに来た感じですか?」
オオスはいつものように返事をした。西行妖がそこにいないように。
「ええ、そうね。…そうよ」
だから咲夜はいつものように返した。
「あれは、いやあれこそが西行妖。多くの人間の精気を吸った妖怪桜です。
恐らくですが、八雲紫さんですら制御不能な化け物ですよ」
オオスは見慣れた光景を見慣れぬ人々に説明した。
人間に及ばぬ神の領域。理の存在と化した化け物を見上げる。
「それなら今すぐ止めないと!幻想郷も、いや。何もかも危ないわ!!」
霊夢は叫んだ。弾幕ごっこの領域を超えて命を懸けて止めるために。
「ゆ、幽々子さまは!幽々子さまは!!」
妖夢は幽々子が消えた光景に絶望の叫びをあげる。
現実を直視できずにただただ主を求めた。
…奇しくもそれはオオスが良く見てきた光景だった。
「ああ、大丈夫。既に解決済みです」
そう言ってオオスは宣言する。解決済みである。想定の範囲内だ。
今回は幽々子がオオスの行動を阻害しなかったのがなによりも大きい。
本能でわかっていたのかもしれない。
西行妖に封じられているのは自分自身であることを。
永遠の亡霊。自らの力に絶望し自害してもなお、西行妖に囚われた哀れな少女を思い起こす。
だから、いつものように解決するのだ。悲劇は喜劇で終わらせなければならない。
「さて、妖夢さん。
…次からは主人の暴走は止めてくださいね?」
オオスは妖夢を見た後に最大の奥の手を解禁した。
どこからともなく愉快な、不自然な空気が充満する。緊迫した空気が一時弛緩する。
「いあいあ×××××!ふんぐるいむぐるうなふ×××××!×××ふたぐるふ!!」
オオスだけのとっておき。
悲劇を見続けた男が最後まで狂気に抗いつづけた最後の希望は自分自身だった。
だから、自分自身の名で誓う。狂気を喜劇に変える。
それは悲劇を望む邪神ですら変えられない運命を変えた人間の可能性の体現者だった。
「…我が名において命ず!魂の罠!混濁の世に阻礙する諧謔を弄せよ!!」
それは“絶望”を諧謔という“遊び”に変える。究極のいたずらであった。
その瞬間、西行妖の化け物染みた妖力は消え失せた。
そして、急に幽々子が上空から落ちてきた。
「ゆ、幽々子さまー!!」
妖夢は慌てて落ちてくる幽々子を何とか捕まえた。
「フフフ…やっぱり、最後の最後で締まらない…」
オオスは最後でドジをした自分を笑う。
理論上、幽々子は問題なく現れるはずだったのだが、どうにも上手くいかなかった。
「お、おい。大丈夫か?」
蒼白の表情で笑うオオスを見て魔理沙が尋ねる。
「あー…死ぬかと思った。もう無理。二度としたくない」
オオスはそう言って寝転がる。
「…何をしたのかしら?」
霊夢はオオスに尋ねる。どう考えてもオオスに出来る域を超えた何かをしていた。
平時に聞けば人間に有り得ないことはないとオオスは笑って返すだろう。
「あー…無理やり結果を入れ替えました。西行妖が咲かなかったことにしました」
オオスは説明する気力もないので結論だけ述べる。
「デウスエクスマキナ。機械仕掛けの神等いない。選べるのは人間の可能性ですよ。
だから、私は神に祈らないし、祈れないのですよ」
オオスは笑顔で霊夢を見つめて言う。
…これは別の可能性の霊夢が西行妖を封印出来たから"彼"も選択できた。
オオス一人ではただの人間だ。
どれほど努力しようとも、どうあがいても自分では結局何もできないのだった。
オオスの表情は霊夢をどこか羨んでいた。力持たぬ者が力持つ英雄を羨むように。
困惑する霊夢達を置いてオオスは黄金の蜂蜜酒を飲み、姿を消した。
神に仕える巫女。神に縋る誰か。家族や親友、愛や絆。
それらがいなかった“彼”にしか到達できなかった弱者の可能性の一撃。
否定され裏切られ混沌の狂気の世界でなお希望を捨てなかった。
いつぞや八雲紫に歌って聞かせたラテン語の名もなき英雄の歌。
それはオオスの言う霊夢ではなく彼にこそ相応しかったと本当の"彼"を忘れる前の誰かは思っただろう。