オオスが地底に行き4日、その間に『癲狂櫟林』で発生した諸問題を確認する作業で2日の計6日間が経過した。
オオスは冬の間、上白沢慧音の寺子屋で2週間に一度の午前中だけ授業を無理やり担当していた。
オオスは真面目に疲弊していたが、慧音へ無理を言った以上はやり通すことを決めていた。
とはいえ、今回はオオスなりのテストである。授業そのものは楽であった。
オオスはそろそろ積雪が解消し、春の兆しが見え始めた2月中旬過ぎの午前に寺子屋にいた。
点呼で全員を確認しつつ、慧音の催眠術…もとい授業の要約をそれぞれ確かめていた。
いつもの行為であり、生徒たちは皆で協力して催眠術に耐えて学んでいた。
…慧音は授業を聞いてくれるとその事実を喜んでいるが、生徒たちからすればある意味というか事実上、オオスの授業よりもキツいと感じていた。
「今回は皆さんがいつも催眠術に耐えて必死に机に齧り付いて学んでいる知識、それを活かす能力である知能に関してです」
オオスは素で慧音の授業に関してボロクソ言っているが、それを気にする生徒はいない。
もう2ヶ月経過したが、慧音の授業を耐えきるのは普通に苦行だからである。
オオスもその点は大変だと思っているが、容赦しないと決めたので心を鬼にしている。
その根本的な原因は、オオスが全員百点で無ければ零点にして失格という滅茶苦茶を言ったせいである。オオスは文字通り他人事である。
最悪の可能性ではあるが、『零点卒業式』というオオスによって無駄に洗練された行事が組まれている。
オオス的には今のところは文句はないので出来れば百点で送り出したい。なお、オオスは満点卒業式に関しては用意していない。
今年度が初期生なのでオオスも配分を間違えるか、生徒達がどこかで躓くと思っていた。
オオスはそんなことを考えながら黒板の方へ振り返り、板書を書き始めた。
今回は口頭だけで考えたり、覚えろというには厳し過ぎるので板書しているが、オオスはあまり黒板を使わない。
オオスの授業は使うのは最低限で考えろという方針である。メモは好きに取って良いし、何なら推奨もしている。
なお、オオスは第3回目の授業の際、前回の授業は危険思想も含まれるから忘れるようにと言うこともある。
子どもたちは流石にオオスへ滅茶苦茶だと抗議したが、オオスの授業でやっていた正当性だの何だのは正直頭がおかしくなりそうだったのでホッとしていた。
オオスの口車に乗せられ、菓子まで振る舞われたという事実もあった。沈黙の代金としては安いが、そこは幻想郷の子どもであった。
オオスは平然と客へ出したりしているが、幻想郷において甘味はそこそこ貴重である。
オオスは甘味が食べたいので貧困から来る犯罪者で更生の余地ありと判断した者に土地等を貸し与えて原料等を作らせている。
こういう事を素でやるから勝手に神だの何だのと信者が出来るのだが、オオス本人は気がついていない。
ともあれ子ども達はオオスが危険思想を流布しようとしたという事実は聞かなかったことにした。
当たり前であるが、流石の子ども達もオオスが紙芝居と関係ないところではヤバいのは悟っていた。
オオスを紙芝居屋以外の視点で見ると磔とか磔とかあった。
大人でも真面目に生活していれば磔に疑問を何故か抱かないが、オオスのことを気にするようになると目についてしまうようになっていた。
オオスも子ども相手とはいえ大分不味いことを言っているが、オオス的には予防接種みたいな物である。
オオスが授業をしているのは幻想郷に思想犯とも言うべき思念よりの異変が来た場合に全滅を避けるためであり、万が一の行為だった。
華扇はそれを哲学というよりも宗教への教育だと指摘したが、オオスが忌避する類となる。
華扇からすればオオスに言いたいことや説教は沢山あるがオオスは手を尽くしてなるべく最低限で回避している。
オオスは子ども達が最悪の時にだけ使えるかもしれない程度に脳を鍛えていた。
無邪気に邪教やそういった思念に人里が汚染されて人里壊滅も有り得そうで怖い。
妖怪の賢者達はそれらへの対応を考えているだろうが、解決の間に発生する被害は発生する。
オオスは慧音のためというのが第一にあるが、ついでにその対策、予防接種を行っていた。
霊夢達がそういった異変を解決するまでの間くらいは生き残れるようにしたいと思っている。
オオスが異変を解決するような真似は相当な非常事態くらいだ。
博麗神社を破壊して更に何かやらかすつもりと行き過ぎれば殺ることも視野に入れてはいる。
とはいえ、弾幕ごっこではオオスは妖精にすら負けかねない。オオスには基本的な火力がないのが原因である。
そこそこ卑怯な手を使うのであれば別であり、何でもありならばあの霊夢も警戒している程度には小賢しい。
強いではなく、小賢しいがポイントである。神である神奈子すら手を焼く程とにかく小賢しい。
他方で窃盗や詐欺を働いていた場合に敵対するオオスは理不尽な強さを発揮する。その対象となることの多い魔理沙はオオスの強さに違和感を抱いていたりする。
何か思考がズラされている、と考え始めると魔理沙の疑問はいつの間にか消え失せていた。
実際、些細なことなので魔理沙もオオスのことを深くは考察していない。
そんなオオスの基礎能力値も最近はマシになった。オオスはチルノに褒められ喜んでいた。
オオスは努力を重ねていた。そして地獄の業火で焼かれた。
結果として存在の格が上がり、多少は柔軟になっていた。何より忌避しつづけていた信仰の力を間接的にであれば利用するようになったからでもある。
神霊の神奈子からすればオオスは自分に枷というか拘束していると評する。まだ変化後のオオスと対面もしていないのでその評価もまたしていないのだが。
今のところオオスが自分の意思で動いたのは災害である春雪異変、その妖怪桜くらいである。
膨大な季節という概念を集めているのは危険と判断し、最悪を想定して動いていた。
他の異変時はオオスは拉致された被害者であることが多い。
オオスが異変を起こしても小規模かつ霊夢にワンパンでしばかれるので正確には異変とは言えない部類であった。
紅霧異変では芸をレミリアに見せる為に拉致され、永夜異変ではオオスの能力が邪魔な為の拉致である。他は異変と呼ぶか悩ましいがオオスは解決や本筋に関与しない。
妖怪の賢者に任せるにも異変が思念による場合、妖怪では弱く、人間の方が強い。
幻想郷では思念の感染力が強かった。オオスは人里への被害を抑える為にある種の抗体を作っていた。
とはいえ、オオスが大々的にやれば不味いので子ども達だけの長期的なボランティアである。
そして、オオスは彼らが大人になる前に思念系の異変が連続するようになることをまだ知らない。
外部から幻想郷の結界を破壊する方法、オカルトボールの概念に近しいもの等を思いつきはしても、オオスのできる対策は長期的なものしかなかった。
対策としてオオスが大々的にやると八雲紫も看過できない類、幻想郷の危機であった。
そんなオオスの授業に戻る。板書の内容は以下のようになった。
「知能とは、高等な抽象的思考能力である。この抽象的な思考をなしうる程度において、個人は知能的である」
「知能は、学習能力または経験によって獲得しうる能力である」
「知能は、新しい生活問題および生活条件に対する一般的な心的順応能力である」
オオスは知能を定義しようとしたとある3人の考えを纏めていた。
「…一番上、わかりません」
オオスが脳内で秀才とあだ名をつけている生徒が素直な感想を言った。
「他2つはどうですか?」
オオスは質問に質問で返した。一番上は面倒だが、2つは何となくはわかると思っている。
「ええと…経験による能力となんだろう…慣れ?」
オオスに質問で返された男子生徒はそう返した。他の面子も似たような感じであるとオオスは悟った。
「そうですね。2つ目は経験から学べるもの、3つめは慣れ、習慣などで身につくものと言えます」
オオスは皆の反応を見ながら他2つを補足して板書した。
「では、高度な抽象的思考とは何でしょう?これができれば知能的だそうですが」
オオスは再度皆に質問した。秀才は別としてわかる子がいれば上々だと思っていた。
「…算数?」
大工の息子が思いつきを口に出した。大工仕事では必須であり、高度な計算が求められた。
算数どころか学問そのものが嫌いだったが、彼は勉強嫌いだった。
だが、オオスが大工で数学は使って当たり前だと言い切られてから改めて見返してその事実に気がついた。
家業を継ぐにしても必要不可欠な知識はあった。…それを活かすのが知能ならばとぼんやりと思っていた。
「素晴らしい!それもまた抽象的な思考と言えます。数字や文字で代用して考える行為…」
オオスは大工の息子の言葉を称賛した。おおよそ掴めているのであれば良い。
科学を教えるなどは基本的にしない。オオスの授業は妖怪の存在が薄れない範囲での知的な行為である。
数学そのものは妖怪だって、寧ろ人里よりも妖怪の方が使用していた。
「最初のは、要するに言語や数等の記号を用いて考えることです。数字や言葉で曖昧な状態を一先ず仮定するという感じですね」
オオスは3つの知能の考え方を噛み砕いて説明し終えた。
これだけでは何のこともないが、考える型という物を用意しておけば思念による汚染はある程度は防げる。
「では、最後にこの3つを参考に改めて知能とは何か、それを発表してください。
話し合いはかまいませんし、答えが出なくても構いません。ただ私は見ていますので」
オオスは盛大な無茶振りを生徒に与えて、持ってきた本を読み始めた。
…見ていないように見えるが見ていることを生徒達は知っていた。
そして、真面目にやらないと不味いことも知っていた。
オオスの反応を無視して生徒達は一先ず席を離れてまとまるようにして座り直した。
「…確か経験、習慣、数学や言葉。この3つ?が知能っていうことだったはずよね」
女生徒はオオスの無茶振りをどうにかするために先程の例を列挙した。
他の生徒もガヤガヤ話している。オオスは取り敢えず良しと評価した。
オオス的にはジャブだが、学者でも難しい言葉の定義の問題である。
オオスも流石に子ども達に学者相当の回答を求めていない。
だが、脳が湯だつまで考えてほしいとオオスは本を読む振りをしながら子どもたちを見つめていた。
決して、脳が湯だつまで事務仕事をしていた八つ当たりではないとオオスは思った。…精々2割くらいである。
2割も私的な八つ当たりがあるじゃないかとオオスが華扇に叱られるのはその日の夜の事だった。
オオスは学力向上で保護者受けと教師受けは良いと言い訳にもならないことをほざいた。
実際、オオスの考える力の特別講習は当初の周囲の予想以上に効果を発揮していた。勉強もそうだが、日常生活も改善していると評判である。
…華扇は何でこの男の滅茶苦茶な授業が評価されているのか納得がいかないと思っていたが、またオオスが用意した菓子やその口車によって誤魔化されてしまっていた。