全5回の冬季講座を終えたオオスは上白沢慧音と打ち上げと称して酒を呑んでいた。
今回はいつもの変な座敷わらしがいる酒屋ではなく慧音の家で呑んでいた。
慧音は教師である以上は酒の勢いで生徒達に関して無闇に漏らさないように気をつけたいと思っているらしい。
オオスは噂話が止むことがない幻想郷で個人情報に気を使う姿勢は尊重すべきと思っている。
オオスの家は大所帯となっており、やや招きづらいのもあり慧音の家で酒盛りである。
「実はな…生徒たちは私の授業を聞くのが苦痛みたいなんだ」
慧音はオオスに今更なことを打ち明けた。誰もが知っていることである。
オオスは慧音の催眠術に完全な耐性を持っているのが花屋の娘だけであると知っていた。
今回のオオスの冬季講座に彼女は年齢制限で対象外である。
というかあの花屋の娘ならばオオスの些細な講座とか必要ないと確信していた。
花屋の娘は他の生徒を飲み込みかねないとオオスが断言できる猛者だ。
オオスはたとえ人間の里が滅んでも花屋の娘は多分生き残れると思っている。
もう既に稗田家の阿求すら答えに窮するようなことを平然と言える猛者である。何ならあの風見幽香すら一定の扱いをしている幼女という事実があった。
「へぇ、そうなんだ」
オオスは慧音へ適当に相槌を打った。オオスの部下達すら見たことのないほど適当な相槌である。
オオスは慧音の気づきがあっただけで良しとした。…ここまでは。
オオスが幾ら手を施そうが無理な物というのは存在した。
慧音の授業は中身はオオスも一切口を挟む必要が無い程完成されている。
そして、それ以上に素晴らしい催眠術でもある。
とはいえ、慧音の頭突きは大変痛いので即座に目を覚ませるし、断片でだいたい分かる。
真面目に慧音の授業を聞いて学べば、オオスが不要な程の内容である。
そもそも冬季講座自体、慧音がオオスへ愚痴を吐く癖に改善しようとしないのがことの起こりだ。
慧音の授業を無理やりでも覚えるようにオオスがテコと哲学もどきを放り込んだだけでもある。
「私の授業を聞いている生徒達がな…。最近気がついたのだが、耐え忍んでいるような反応をするんだ」
慧音は自分の授業を聞いてくれるようになった生徒たちを見て気がついたことをオオスへ打ち明けていた。
慧音からすれば悩んだ末の告白だ。慧音以外からすればようやく気がついたかという感じである。
慧音が醸し出している雰囲気はシリアスしているが、オオスの心はそれ以上に冷え切っていた。
「それは気の毒に…。生徒たちが頑張っているから気がついたのは辛かっただろう」
オオスは慧音へ慮るように言った。酒でようやく吐き出せた慧音の思いをそれなりに汲み取っていた。
…オオスは慧音が曖昧にしている内容を具体的に述べることで追加ダメージを与えたつもりだった。
だが、
「やはりお前ならばわかってくれるか!」
慧音はオオスの真意に気が付かずに共感してくれたことに感動していた。
オオスは慧音に対し、こいつ既に酔ってやがると確信した。
実際、慧音はオオスが来る前に呑んでいた。オオスは慧音が酔う程呑んでいるとは思わなかったので気がつくのが遅れていた。
オオスは妹紅を道連れにするべきだったと反省した。なんなら今からでも生贄にできないか考えた。
「まぁ、私も期間限定とはいえ教師みたいなことをしたし…」
オオスは慧音が盛り下がるように自分を卑下して言った。
慧音の授業にまで波及する自分の授業と比較して反省してくれと思った。
なお、今回オオスの講座の対象だった生徒達も感情論抜きにすれば全員がオオスに同意する。
「謙遜するな。お前は良く頑張ってくれた」
慧音は謎の上から目線でオオスのことを教師として褒めた。
「…ありがとう」
オオスは言葉を飲み込んだ。物凄い感情を飲み込んだ。
生徒たちが見れば思わずオオスを称賛するしかない光景である。上から目線で褒められるのをよく耐えたと誰もが思うのは間違いない。
慧音は思い込みが激しく一人で暴走するところがあるとオオスは知っていたが、慧音は酒のせいで更に悪化していた。
「妹紅さんにも相談してみたらどう?」
オオスは物凄く雑に妹紅へ慧音を投げようとした。
オオスは慧音が既に酒に酔っていなければそれなりに改善策は言えなくともそれなりに伝えるように振る舞いつつ慧音の愚痴を聞けた。
だが、オオスの遠回しの皮肉も何も通じない無敵モードの慧音である。
オオスとしては眼の前の酔っ払いを妹紅に押し付ける気しかわかない。
「…妹紅は今関係ないじゃないか!」
慧音は長い銀髪を弄りながら、オオスへ顔を近づけて叱責した。
見る者が見れば色気で圧倒され理性が焼き切れるような妖艶さを醸し出している。
だが、相手はオオスである。
「関係ないからこそ得られる物というのがあるでしょう」
オオスは慧音の服がはだけているので整えつつ、自然な動作で適切な距離へと戻させた。
ここがまだ慧音の自宅で良かったとオオスは思った。慧音は当たり前だが歴史家かつ教師として働いている。こんなあられもない状態である慧音の姿を里で見られたら不味いという感想は抱いていた。
「…そうかな?…そうかも?」
慧音はオオスの杜撰な言いくるめにどことなく知性を感じるのでやや納得しかけていた。
「今日は私の祝みたいな席だったら、妹紅を巻き込…いても良くないと思わないか?」
オオスは慧音に対して更に言いくるめることにした。
妹紅にさんづけを辞めることで慧音に対して他意はないことを強調していた。
地味に小賢しい。オオスは妹紅を巻き込むことにした。
オオスは妹紅が刺激のない日々に飽き飽きしていて話題を求めているような内心であることを看破していた。
オオスも似たようなことを思うこともあるが、不老不死の暇は相当だろうと確信していた。
原因はクソ野郎そのものだが、実際に妹紅もそう思っていた。
しかし、
「ふざけんじゃないぞ、お前!!」
妹紅は泥酔した慧音を押し付けて逃げようとしたオオスの首元を掴んで叫んだ。
地獄を作り出しておいて自分だけ逃げるな。妹紅は慧音の相手をしながらも何とかオオスを引き止めた。
妹紅からすればオオスが責任をもって慧音を連れ帰れと押し付けるしかない。
そもそもどうやって迷いの竹林にある拠点に連れてきたとオオスを問い詰めたくもある。
…妹紅はオオスに人生初体験でしかない体験だが、余りにも酷い体験を喰らわされていた。
「ねぇ、どう思いますか?」
慧音は妹紅にしなだれかかり尋ねていた。…その妖艶な仕草に妹紅はオオスはこれを見て放置できるのかと衝撃を受けた。
枯れすぎとかそういうレベルじゃない衝撃である。妹紅はオオスに軽く殺意を抱き、妖術で発火させようとした。
…当然のように火鼠の皮衣を着込んでいたのでノーダメなオオスを見た妹紅は咄嗟に蹴り飛ばした。そんなところまで対策してくるんじゃないと妹紅はイラッときた。
オオスは妹紅の切り替えの早い戦闘センスを称賛した。当然だが、妹紅にとっては煽りにしか感じない。オオスは今度は妹紅から拳骨を喰らった。
最近ボコられ過ぎではないかとオオスは疑問に思いながらもその衝撃で脳震盪を起こし気絶した。
その夜、藤原妹紅は泥酔した慧音と気絶したオオスの面倒の両方をしなければならなくなった。