オオスは四季映姫を人里にある仮小屋へ案内した。
オオスが紙芝居前の準備や休憩等で使っている小屋である。
幻想郷に来て2週間程度で冷蔵庫と製氷事業を確立し、河童に売り払った金を元手でオオスは紙芝居用の空き地を確保していた。
その後、射命丸文に突撃されまくり隣人から血眼で睨まれるようになったので、借家から現在の自宅に引っ越した。その際に作られた建物である。
なお、泥棒が貸家に入って発狂したような仕掛けを施しているようなオオスである。
仮小屋を改造し、大雪でも台風でも壊れない頑丈な物を作っていた。
「…なるほど」
映姫はオオスの小屋に入る前に空き地の状況を観察し、理解した。
仕事場として紙芝居屋を営みながら、人里に馴染む為の努力をしていると評価した。
オオスは冬の時期の雪掻きで発生する雪置き場として空き地を解放していた。
幻想郷は降雪地帯である。雪置き場は生活に必須だった。
オオスの土地とは知らないが、早苗も里人の雪掻きを手伝う際に使っていた。
元々は所有者が誰だかわからないので雪置き場となっていたのをオオスが買い取った。
オオスも紙芝居に使いたいだけだったので、冬はそのまま雪置き場として解放している。
リリーホワイトが春を告げれば、雪が残っていても一瞬で春になり消える。
「善行ではありますが、欲が足りませんね」
映姫はオオスに案内された仮小屋に入ってそう告げた。
「最早使うのが当たり前になっている。それを自覚しながら放置するのは徳のある行為とはいえ努力が足りない。60点」
映姫はオオスに採点した。ちなみに別件で反省した際の文の回答が30点である。
比較すれば高得点であるが、大学で言えば単位がもらえるギリギリのラインである。
「おや、合格点をいただけたのでしょうか?」
オオスはよくわからない点数をつける映姫に言った。
映姫の基準がわからないし、努力が足りないと言われているが徳のある行為と言われたので合格点という当てずっぽうである。
「…減らず口で減点ね。50点」
映姫は努力しろというのに放置する気満々なオオスへの点数を下げた。
「早苗さんとか知らないみたいですが、皆に周知するのも徳の欠ける行為ではありませんか?」
オオスは純粋な疑問から映姫に尋ねた。お茶と紙芝居で残った菓子を茶請けに出した。
「……いただきましょう」
映姫は閻魔に対して賄賂になりかねない持て成しをするなと思った。
オオスは映姫が業務外なのを悟って問題ないがギリギリのラインで持て成しつつ煽っていた。
「誰かの土地を利用させて貰っているという自覚がなければ人は堕落します」
映姫はオオスの行為に対して警告した。オオスは放置しても問題ないとしているし、その通りである。
だが、人間は些細な恩は忘れてしまう生き物である。
長年の些細な善意が当たり前となった時にどれ程の悪意が開花するかと映姫は述べた。
「…その通りですね。ご忠告いただきありがとうございます」
オオスは素直に映姫に謝罪した。オオスも外で何となく続けていた善意ができなくなった瞬間に罵声を浴びたことはあった。
理不尽にも感じるが、もしもの時に爆発してしまうよりはきちんと示すべきかと理解した。
「貴方は人の悪意を知りながら善意という視点に欠けています」
映姫はため息をつきつつ、オオスに再評価をくだした。
客観視を欠けていると指摘したところは治っていない。寧ろ明後日の方向になっている。
それでも改善するように努力はしていた。
映姫が言いたいことも大体は予測がついていそうだが、治す気がないか努力が見当違いの方向に行った結果である。
そして、映姫とオオスのレスバトルが開始した。
長いので一部省略している。映姫は職務上、オオスは別のことが聞きたいのでお互いに踏み込めない。
京都市民というよりも英国の騎士道しているような会話であった。
「何らかの問題に対して客観的な第三者と主張する者が人々をコントロールし、従わせようとする。それが私であると言いたいのもわかります」
「しかし、客観的な事実というものは存在しない。事実と思われていることは、取捨選択された事実です。その時々の影響を免れることはできません」
「権威を持った第三者がこれが事実であると述べたとき、何らかの意図が隠されることは免れないでしょう」
オオスは映姫の感情を読み取りつつ、やや変化を入れて映姫の説教を躱そうと試みた。
今回のレスバはオオスが事実を改変しまくっていることについてである。
映姫はお怒りのようなのでオオスは事実や真実を改変すること自体は誰にでもあり得ることであると回答した。
「それは、冤罪で捕まろうとしている時、貴方は犯行現場にいましたかという問に対して『居ませんでした』、『居ましたがやっていません』などということを考えるのと同じです」
「その場で無実であることを主張する。それが事実ならば『事実』という言葉を使用することに躊躇いはありません」
「そう、あなたは少し強硬が過ぎる。確かに事実とは真実とは何かを論じることは難題ではあります」
「しかし、このような場でそれについて語る相手というのは往々にして自らに煙幕をはり、相対する相手へ論点をずらすための方便に過ぎません」
映姫はオオスの言い分に対して、論点を逸らそうとするなと回答した。
誰にでもあり得ることという言い訳は場合によるが、全部に当てはめるなと叱責された。
「……はい」
オオスは面倒臭いなと思いつつもそうでもあるので映姫の言葉を肯定した。
だが、
「労力が合わないと考えましたね。…理解を示しているように、実際しているのでしょう。ですが、あなたの場合、相手によって解釈を変えること自体が強硬となっています」
映姫はオオスの内心を看破し、そしてキレた。
一見、映姫は聞き分けのない子ども、オオスを諭すように言っている。
その実、面倒くさがらずにちゃんと異論反論があれば言えという意味である。
映姫はわざわざ休憩時間に来ている。出来るなら眼の前の男を性根から正したかった。
「各個人が異なる結論に至ることそのものは強硬、自分の主張などを強く押し通そうとしているわけではない。…そうではないと思われませんか?」
オオスは映姫に言われたので答えることにした。
自分は相手を尊重しているが、そういう映姫はどうなんだという意味も籠もっている。
オオスは死後の裁きを司る閻魔を相手にその公平性を問うという暴言を吐いた。
「確かにそれぞれの在り方を尊重してはいるのでしょう。しかし、あなたは真っ当な経験というものが足りない。客観視が出来ずにやや強硬となっているのです」
映姫はオオスへ直球を投げた。というかオオスの言い方にややキレた。
映姫はオオスへお前は真っ当な人生歩んでいないのを自覚して周りに合わせろと発言していた。
地獄の業火とか普通はやらないし、論外であるという意味も籠もっている。
是非曲直庁の一部が混乱しているのも、映姫が業務外で頭を悩ませるのも大体オオスのせいである。
「…下手に頭が回るから結論が先に来てしまう。知識や経験も積みすぎるのは悪徳になり得ます。善行を積むにはまずその段階を超えなさい」
映姫は言い過ぎたのを悟り、少しだけ言葉を和らげた。
今は業務外であり、オオスは裁きの対象には今のところは入っていない。
…映姫は業務外とはいえ少し自分の我が入ったことを反省した。
そして、それはオオスに弱みを見せたことになっていた。
「善行を積む為にも閻魔様とその部下の方々の恐ろしさを知りたいところですね」
オオスは映姫が職責的に考えて鬼について詳細は話せないのを悟っていた。
だが、僅かでも良いので知りたかった。その隙は映姫の失言に乗るしか無いと悟っていた。
オオスは堂々と本音で以って誤魔化して尋ねていた。
「……嵌めましたね」
映姫はオオスの真意を看破した。睨みつけるが、オオスは慣れていた。
「可憐な顔にそのような表情はよろしくないかと」
オオスはシレッと映姫に対して余計な一言を言った。素直にそう思っただけだが、余計であった。
…オオスは映姫から更に圧力が発せられるのを感じていた。
これ以上何か言えば悔悟の棒でシバかれそうだと思ったので黙ることにしてお茶を飲みつつ、映姫の分も淹れなおした。
だが、オオスは嘘を言っていない。映姫にもそれはわかっていた。白黒はっきりつける能力で嘘か偽りかは容易に判別できていた。
そして、オオスの問に関しては映姫としても黙秘する理由もない。
部下達、特に鬼に関しての情報は、オオスを通して現世で地獄への恐怖を伝播させることが出来た。
人妖問わず生前での行いが改善するだろうという利益もあった。
ここ百年程、地獄行きの人間が余りにも多すぎるので生前に改善するようにと是非曲直庁は様々な部署に伝達していた。
幻想郷担当の四季映姫・ヤマザナドゥも例外ではない。外の世界よりはずっと地獄行きが少ない幻想郷であってもできることならばで良いから行うようにという曖昧な内容である。
役所の数値化すると各方面からバッシングを受けて色々と問題になるが、してもらいたい時に使われる曖昧な努力目標であった。
なお、四季映姫はこういう不明瞭な指示を寄越すなと毎回溢していたりする。
そんなことが有りつつも、有意義な時間だったとオオスは考えていた。特に映姫からの客観的な意見は大変参考になったと思っている。
映姫は神側なので神に対して常に罰当たりなオオスとしては無礼に関しては気にしていない。
自分相手に言質を取らせる方が悪いと思っている。色んな意味で碌でもない男であるが、映姫が叱りつけてもどこが碌でもないのか絶妙に理解していない。
怒られて当然と思っているオオスには映姫のやや感情的な部分が含まれる説教は効かなかった。
オオスは映姫が本当に最低限しか語らなかったので思った程の成果は得られなかった。
だが、地獄の魂の取り立て屋とも言える鬼達の強力無比な力の一端は知ることができた。
文献の記述ではない本物を知る者の発言である。オオスにとってはそれだけで十分価値があった。
映姫はオオスに上手く利用された自分を許せず、是非曲直庁に自身への処罰を依頼した。
だが、是非曲直庁としては処罰する理由がない。映姫に反省を促すのも変であった。
第三者から見て映姫がオオスに嵌められた内容そのものは普通に善良な行いだった。
真面目で堅物な四季映姫が男に言質取られたのを恥じた程度にしか捉えられなかった。
映姫は是非曲直庁の言い分が至極当然なものだったので、悶々と悩む羽目になった。
映姫の業務はその悶絶とも言える感情と反比例していた。何時にも増してキレがある判決を次々と下していた。
小野塚小町は映姫の的確過ぎる業務に対し、おちおちサボることもできない等と霊魂に愚痴を溢した。当然だが、映姫の耳に入り小町は叱られることになった。
なお、小町は死神の仕事である三途の川の船頭を十分過ぎる程にサボっている。
幻想郷の人里に来ては来週の死者予報というのを行って小銭を稼いでいた。
オオスとしては死神の職責を超えていないかやや心配になるが、本人曰く大丈夫そうとのことなので流している。実際、多少事故が減る程度でしかないし、確実に訪れる死の運命が変わるわけでもない。
小町は徳のある霊魂よりも悪人の方が話を聞いていて面白いので、三途の川の渡し賃を給料とする船頭として稼げていなかった。死神の寿命が見れる能力を活かした違反しない範囲の副業だった。
里人は死神の死者予報は外れまくるので信じていないが、名前が出たら死なないように気をつけていた。
…結果的に寿命が伸びていたが、是非曲直庁も気にしないような誤差でもあった。
妖怪ならともかく人間程度の寿命が多少ズレたところで誰かが問題としない限りはセーフである。