オオスは激怒した。かの風雨の神の呼び出しに応じてくれば余計な手間ばかりかかり、時間を浪費したからである。
神奈子は通達していたという。確かに山の妖怪である天狗にも落ち度はあるだろう。
それはそれとして神である神奈子には人一倍オオスは憤激していた。なお、これが人間や妖怪相手ならば気にしない。
というか幻想郷にいる一般的な神、秋姉妹辺りならば一切気にしない。神奈子に対する私怨ではない当然の怒り込みでの判定である。
神奈子は神である自分に対し敬いや畏れの感情がない傍若無人の権化であるオオスに何故か気圧されていた。
神奈子はまるで自分が他に何かしていたかのように感じてもいた。
「怒る相手は天狗じゃないか?」
神奈子は思わず口に出した。オオスの怒りはわからないでもないが、何故神である自分がこうまで言われねばならないのかと思っている。
だが、
「神奈子さんは神でしょう。であれば私的には問題ないはずです」
オオスは神奈子が神だから安心してキレているとのたまった。
「この男は…」
神奈子はオオスに思わず口に出す。
しかし、神奈子はオオスがこのように振る舞える意図を看破してしまっていた。
本来であればこの無礼の極みに一発や二発食らわせてやりたい。
早苗に奥にいるように言っていて良かったと神奈子は思った。
早苗には神として威厳のある姿を見ていてほしかった。
神奈子は大概親馬鹿だとオオスは思った。オオスが神奈子の立場ならば早苗を立ち会わせて心理戦の解説に諏訪子を置く。
前に親馬鹿は辞めろと言ったのに聞いちゃいない神だとオオスは思った。
「私は守矢神社の神奈子さんに呼ばれたので来ています。お分かりでしょう?」
オオスは神奈子に事実を述べた。実にわざとらしい確認であると誰でも思う。
何故こうも振る舞えるのか直接言わないで補強するのがオオスのやり口である。
神奈子を神ではなくビジネスマンとして解釈して純粋に評価して言葉を発している。
キレて暴れられてもオオスとしても困るのだが、それを悟らせない。
考えさせることで神奈子は自己の不利益に目が行く。
オオスの前提条件である組織の事実上のトップという情報は知りようがない。
オオスは神奈子の手札を理解した上で情報を追加して思考を誘導していた。
「…罰当たりだな、本当に」
神奈子は頭を抱えそうになるが、そのままの姿勢を崩さないでいた。
神奈子は自分の推測を補強する情報をオオスが明かしてきたことで自分の考える悪質な手札を使ってきたと確信した。
オオスは頭が良い存在程、一度自分の型に嵌ると中々抜け出せないと知っていた。
神奈子はオオスに注意と『癲狂櫟林』との関わりを聞き出す気でいたのだが、面倒になった。
今回、オオスは公的な手続きを経て守矢神社へやって来ていた。
まず、何かあれば守矢神社の威信にも傷がついてしまう。というかオオスならば平然とやると神奈子は確信していた。
次に、天狗は山の妖怪達の中でも有益な信者兼ビジネスパートナーでもある。
神奈子がオオスが気にするような八つ当たりを匂わせるにしても、まだ神の権威が足りない。
妖怪の信者は信仰深いが利で動くこともまた強いので破綻までは行かなくとも将来の亀裂にはなり得る。
それならばオオスがある程度何か言ってきても神奈子としても流すのだが、オオスはそれ以上の言葉を吐き捨ててくる。
ビジネスパートナーとして一番大事なのは信頼である。
そして、最初に天狗達へ口添えしたのは非公式だがオオスである。
オオスは天狗達のトップである天魔の護衛の武器やらを掻っ払ってきていた。
天狗側は絶対公表できない。ある意味で神奈子にとって最高の手札だった。…これまでは。
だが、同時に天狗のプライドが信仰に勝るカードをオオスは保有していた。
そのことをこの場でオオスは明かしてきていた。
人間であるオオスにとっては何時までも有効ではない。
嘘だと思われるのが関の山だ。しかし、一年未満の今ならば機能する手札でもあった。
忌々しいことにオオスは使える内に使える手札の価値を利用して牽制していた。
当時は幸先の良い出だしだと思っていたが、これを狙ってやられたのかとまで神奈子は思えてきた。
「智械機巧は、知らざる者を高しとなし、これを知りて而も用いざる者を尤も高しとなす」
オオスはこの辺で神奈子を警戒させるのを辞めることにした。
これ以上は互いに不幸な結果になり得ると判断し、神奈子へ自分の持つ爆弾をかざすことなく話すことにした。
オオスは表向き糞みたいな爆弾で遊んでいる。そして、裏向きでは組織の探りを入れさせない。
どちらにしてもオオスは守矢神社が何か仕出かせば対抗措置が取れる存在だと示しておきたかった。
オオスは神奈子の用意した場で全部の条件を満たすことに成功していた。
今回、オオスは何も動くことなくただ事実のみを示しただけである。
それ故に急に台頭した組織とは一切結びつくことはない。
思考を誘導すること、そしてその場にあるものだけで行うことはオオスの十八番であった。
神奈子では見破れない条件の手札でオオスの勝利条件を満たしていた。
オオスは別に神奈子と何か勝負をしに来たわけではないので全て即興で行っている。
とはいえ、オオスも今回の呼び出しは神奈子なりの気遣いもあるだろうと理解していた。
だが、守矢神社には散々迷惑をかけられているので差し引きマイナスである。
オオス的には何の問題なかった。神の権能もだが、神罰というのは裏表の関係に近い。
オオスに迷惑をかけた神奈子が神罰をくだしても大して効力がなかったりする。
神奈子は後でオオスに神罰として権能を使うかもしれないが是非浪費して欲しいと思っている。
「策を弄することを知らない純朴な者が尊く、知っていても用いない者が最も尊い」
オオスは悪びれもせずに言い切った。オオス的には策を使ったわけでもないので一番頑張ったと思っている。
神奈子としてもお前が言うなと思うが、策を弄したというよりは言葉で可能性を示唆しただけである。微妙に解釈が悩ましい。
「私も多少悪戯心はありますが、使わないで済むならしませんよ」
オオスはにこやかに神奈子に言い切った。実際、使わないことが一番である。
だから余計なことをするじゃねぇぞとオオスは再度警告した。
「悪戯って…いや、何でもないわ」
神奈子の度が過ぎる行為が警戒から来ていると察した。
客観的に考えて、オオスは自宅を破壊されて神奈子を敵視する組織に土地を貸している。
その上で神である自分に呼び出されたらそうもなると理解をした。
なお、オオスはこの神奈子の脳内を知ればそっちでもあるが、そうじゃないと叫ぶ。
オオスは飽くまで余計なことするんじゃねぇという意味だ。
誰しもが知る程度には神罰を恐れない姿勢であるオオスは神奈子の思考とズレていた。
…距離的にも心情的にも遠く、関わりが浅いようで深く、深いようで浅いのが駄目だった。
「勢利紛華は、近づかざる者を潔し、これに近づきて而も染まらざる者を尤も潔しとなすとも言いますよね?」
オオスは神奈子に念には念を入れようとした。
この後の言葉がキチンと伝わればオオスの懸念もある程度は通じていたかもしれない。
少なくともオオスはガチで神罰とか気にしない野郎であると理解できた。
だが、
「わかったから。神奈子もそれなりに反省しているから。多分」
諏訪子が神奈子とオオスの前に現れた。諏訪子は心配する早苗を心配して仲裁しに来ていた。
オオスは諏訪子が現れたことで早苗が心配してしまったと悟った。
オオス的にはやらかしているのは神奈子が主体である。
早苗はその身内みたいなものだが、人里では色々してくれている子である。
オオスは神相手に上から目線の思考であるが、ここら辺が引き際と判断した。
「多分って…」
神奈子は突然出てきた諏訪子に眼の前の男の振る舞いを説明しようとした。
だが、諏訪子が出てきたということは早苗が不安でいるのだと悟った。
オオスはともかくここ最近は早苗に心配をかけていると神奈子は認識していた。
なお、早苗に不安を与えていると思われるそれこそがオオスが一番辞めて欲しいことだった。
オオスは八咫烏の分霊の存在等知りようがないので後手に回るしか無い。
神奈子は早苗に免じて引くことにした。奇しくもどちらも早苗の方を優先で考えていた。
今回は劣勢になってしまったが、一番伝えたい事である逆恨みとかしていないかの確認は早苗のいる前で確認しても良いことであった。
…オオスがその際押し殺すであろう感情を除けば正しい認識であった。
神の視点からすれば逆恨みでも何でも無かったりする。
オオスは守矢神社の尻拭いをしたような立場であり割と洒落にならない程には正当な怒りを抱いていた。
「まぁ、うん。一先ず鉾を納めよう。…というか貴方がそれを言うの?」
諏訪子は二人の様子を見てホッとしつつ、オオスにツッコんだ。
勢利紛華〜は菜根譚の一節だと諏訪子は知っていた。
権力や財を成した者がそれに染まることへの警句である。
諏訪子から見ると『癲狂櫟林』との取引で莫大な財をオオスは手に入れたように見えた。
更に第三者とはいえ一定の権力を確保したに等しい立ち位置にオオスはいた。
前会った時も大分おかしいことをしていたが人里の里人の持つ権威よりは上となっている。
「私が身に余る財宝や権力の類で染まるとでも?…それこそご冗談を」
オオスは諏訪子の問に笑って答えた。何なら反抗する部下大歓迎である。
その辺に天邪鬼がいないか探したくらいである。是非反抗して欲しい。
勿論だが反抗と粛清は同時に行われる。
天邪鬼の性根では難しいかもしれないとオオスは不安でもあった。そもそも会えない。
オオスは二年ほど前に一度だけ鬼人正邪とかいう妖怪と話したことがあった。
人の嫌がることを喜び、人の喜ぶことを嫌がる妖怪だった。
オオスは素晴らしい検体…妖怪だと喜んで話していたのだが、正邪は段々様子がおかしくなって逃げられてしまっていた。
「ああ、うん。何か色々おかしいけど、根本的には変わっていないわ」
諏訪子はツッコミを放棄した。とりあえず、オオスは言葉どおりの意味で影響がないから無問題であると理解できた。
オオスを形状記憶合金に出来ればきっと凄まじい性能になる諏訪子は確信した。
とはいえ、自身の坤を創造する程度の能力では絶対できないだろうが。諏訪子は自分でも変な考えが出てきたと思った。
土着神である諏訪子は神であるが神奈子とは違い、元となった霊が存在しない。
そして、自分とは違う神である神霊の神奈子を長年見てきていた。
それ故にオオスの進化を僅かにだが直感のみで感知できた。その影響で電波、変な比喩が脳内に浮かんでいた。