白玉楼の離れ、五月雨が降り注ぐ中で純粋な剣をもって二人は向かい合っていた。
初め、妖夢は自分との力量差から考えてオオスは確実に死ぬと判断したのもあり躊躇した。
しかし、前とは違い自分を見ている『男』の申し出を断るのもどうかと思い提案に乗った。
殺されても祟るなと妖夢はオオスに言った。
オオスは冥界だけに上手いことを言うと感心した。
幽々子は雨に濡れないように屋内から見守っている。
オオスが死ぬかも知れないのに何も言わない幽々子に妖夢は目を向けたが、すぐに辞めた。
オオスは本気で殺し合いをする気らしい。妖夢は本気で殺る意志を確認した。
その瞬間、オオスは死の気配とも言うべき殺気と共に迷いなく雨を斬って見せて来た。
これは妖夢への示しであった。妖夢は剣で見せつける意味を理解できていた。
「『雨を斬れる様になるには三十年は掛かると言う。お前はまだ、雨の足元にも及ばない』」
オオスは妖夢が魔理沙に言った言葉をそっくりそのまま返してみせた。
軽い挑発である。妖夢は既に乗らない程度には斬る前に知ることが出来ていた。
そして、妖夢は雨は斬れる。だが、オオスが斬れるとは全く思わなかった。
「まぁ、私も普段ならば斬れませんが」
オオスは妖夢が殺る気になってくれたので軽口は御仕舞にした。
真の意味で斬り語る。オオスとしては初めてであるが、刀以外なら幾度も通った道だった。
空気が張り詰めた。死合は礼を以て始まった。だが、勝負は一瞬で終わる。
妖夢は本気で斬ることを決めた以上、オオスは万が一勝てたとしてもただでは済まない。
それくらいには二人の間には圧倒的な差が存在した。
30年はかかるはずの雨を斬ることが出来たとしても経験と実力、自力が違いすぎた。
妖夢は妖怪の鍛えた長刀、楼観剣を用いて『生死流転』を使用することにした。
もう何を言われようが迷うことはない。ただ斬って知ることにした。
生死流転は刺突のような構えから一気に距離を詰め、薙ぎ払いで敵の脚を封じた状態で斬り上げ、そして斬り下ろす連撃である。
オオスは妖夢の構えの一瞬前、剣を自分の後方に振った。
それはまるで舞のような動作であった。妖夢が見惚れそうになる程、洗練されていた。
その状態から右足を後方に踏み込んだ。手には舞の扇ではなく長刀。
振り返りながら刀を右上から左下へ斬り下ろした。地を踏みしめた勢いで砂埃が舞った。
オオスは妖夢の薙ぎ払いを正面から受け止めた。刀同士がぶつかる音が響き渡る。
舞踊のようでありながら一撃必殺並の威力だと妖夢は受け止めた。
それでもなお妖夢の技量が上回る。斬り上げてしまえば、オオスは刀を失った。
だが、
「なっ…!?」
妖夢は思わず声を上げた。
ぶつかった瞬間、やはり負けるとわかった男は妖夢に向かって左足を前方に踏み込んだ。
妖夢の斬り上げを最低限逸らすだけにすることで刀はそのまま刹那の時を稼いでいた。
斬ることに迷いがない。妖夢は男の目と合った。それは一瞬のようで永遠のように感じた。
妖夢の斬り上げは空を切るが、返って斬り下ろしの速度は増していた。
男は剣の勢いをそのままに右足を引き寄せて切りかかった。
真剣での勝負が行われた白玉楼の離れ。男が斬って止んだ雨はまた降り注ぐ。
先程の分更に勢いがあるように見える。雨の流れに朱色が混じっていた。
当然だが、剣士としての経験も才能も劣るオオスは妖夢に負けた。
「…あ、あー!し、死んじゃう!?」
妖夢は自分で殺っておいて慌てていた。オオスが殺る気だったので思わず殺ってしまった。
「妖夢、落ち着きなさい」
幽々子は妖夢に優しく声をかけた。
妖夢が『真実は斬って知るもの』というので実際に殺ってみただけだと看破していた。
同時に、オオスがこれで死ぬとしても対策くらいはしていると見抜いていた。
オオスは幽々子が雨に濡れるのを気にした。
幽々子が雨の中で妖夢に声をかけるのでこれ以上の放置は辞めることにした。
「いやはや致命傷で済みました」
オオスはそう言って血が雨で流れ出ている状態で起き上がった。
「ひぇっ!?」
妖夢は死んだはずのオオスが立ち上がったので文字通り死ぬほど驚いた。
そして、そのまま気を失った。
「死ぬ気で殺りますが、死ぬ気はないですよ…って」
オオスは妖夢と全力で殺し合いをするためだけで死ぬ気はないと落ち着けようとした。
まぁ、遅かったのだが。
「ああ…後で怒られそう。今なら何かわかるかと思ったのですが」
オオスはガチで死ぬ一歩手前なので治療しながら溢した。
雨で血は流され、体は綺麗になった。体を洗いたいが、このまま雨に当たっていても良い。
「考え事は済んだかしら?」
幽々子は妖夢を抱きかかえ、濡れない位置まで戻ってから尋ねた。
オオスの目的が二つあったと幽々子は悟っていた。五月雨に流してしまいたいのだろう。
まず、折角妖夢に絵本を持ってきたがいらないので、斬って知ることができるのかやってみたかった。
実際、やって妖夢も彼も何か悟ったようにも見えなくもない。妖夢が半霊半人の身の上なのにお化けと怖がって気を失ってしまったのが少し残念である。
2つ目は、彼が頭を冷やしたかった。純粋な死合でないといけない程には混乱しているように見えた。
「はい!……屋敷を汚すような真似をして申し訳ありませんでした」
オオスは幽々子に聞かれたので笑顔で答え、そして人の家で殺し合いをしたことを詫びた。
本来心技体の内、体において未だに不出来なオオスでは雨を斬ることは出来ない。
だが、気質により弱まった雨ならば斬ることも出来た。逆に言えば体が成熟すれば斬れる。
死の淵で引き出せる力は存在する。オオスは良い経験をつめたと思っているが、それはそれとして非常識だった。
「真実を知って斬れるようにと私も言ってあげていたの」
幽々子は妖夢に必要な経験と考えれば問題ないと言い切った。
同時に雪ならば朱色が映えたかもしれないと思いつつ、最近の違和感の本質を悟った。
もう少しだけ待つことにした。夏に見ることのできる雪は楽しそうだ。
「そうでしたか。ケホッ…それは何よりです」
オオスは幽々子の反応から大体同じことを考えていたと悟った。そして、軽く血を吐いた。
幽々子は死者で亡霊である。生者である自分よりも縛られないで物事を見られそうだと思った。
その後、血の処理が済んだオオスは体を洗った後、持ってきた菓子をつまみに雨月を幽々子と眺めていた。
気絶から目覚めた妖夢がオオスを見て再度気絶しそうになった。オオスは妖夢を抱き止め、意識を引き止めた。
何か様子がおかしいので妖夢の顔色を伺ったら思いっきり叩かれた。
オオスは貧血その他で死の淵に行かされた。その際は何も学べなかった。そのまま地獄に落ちるべきである。
…幽々子は妖夢が死合で余計な事を学んだかもしれないと思った。それはちょっとだけまだ早い。