オオスは天界、有頂天から妖怪の山まで降りてきていた。
妖怪の山は妖怪のテリトリーである。オオスも当然、いつもならば隠れている。
本来ならばこの辺りは射命丸文が見回りをしている。オオス以外にも非常に危うかった。
文に正当な理由で捕縛され、ついでに何か良からぬ事をされる。
オオスは本気になれば幻想郷一の速さが関係ない手段で逃げられる。
正攻法で抗議されれば面倒だった。文は報告しないで貸しにする可能性もある。
「フフフ……今日はあちこち取材しているのを知っているから問題ない」
オオスは文の行動を既に把握していた。空にするのを辞め、ブナの大木に寄りかかっていた。
幻想郷ではブナの木は外よりも多い。今でこそ緑のダム、森の女王等と言われている。
逆に言えばそう持て囃すだけのきっかけがあった。
「昔よりは幻想郷で減ったのだろうか。薪や漆器に使われる程度にはあるようだが」
オオスは清々しい新緑のブナ林を散策しながらふと言葉を漏らした。
幻想郷でブナが多いのは『ブナ退治』とも評された戦後の刈り取りが原因かもしれない。
ブナは漢字で橅と書く。木で無いだ。ブナは水分が多く腐りやすい。
薪にすればゆっくりよく燃えるし、漆器の材料としてはケヤキに劣るが量産には良い。
しかし、戦後では加工が容易で育ちが早い杉の木等が求められていた。
ブナは駆逐されかけ、結果的に今では外は花粉症となっている。林業も衰退したのも大きい。
現在ではブナがなくなり土砂災害が起こり、加工技術が上がって用途が増えた。
更に文化的な側面で世界自然遺産に登録されている。
「Beechwood fires are bright and clear If the logs are kept a year」
(ブナの薪は一年置けば、明るく綺麗に燃える)
暖炉での煮炊きが主流であった時代、薪の歌の一節を諳んじる。
堅い木はゆっくり燃え、柔らかい木はすぐ燃え上がる。
歌えば暖炉の薪として見た際の評価や性質がわかる歌である。ナーサリーライムという童謡に部類される。
オオスは伝承童謡のマザーグースも好むが、広範な総称ナーサリーライムも好んでいる。
童歌を口ずさみながら山の自然と無邪気に戯れる姿は人から見れば妖精よりも妖精らしい。
オオスは誰にも邪魔されずに時間を過ごしていた。
犬走椛も千里眼で見張っているが、飽くまで出入り口付近であるので気がつく心配はほぼない。
文の代理でいる烏天狗は問題ないとオオスは看破した上で遊んでいた。
他の妖怪の気配を感じれば空にして逃げる。
対策をしつつ、最近出来ていない一人の時間を堪能していた。
だが、オオスからしても対策が容易ではない例外もあった。それは偶然の隙であった。
天狗の里に引きこもり基本的に現場にでない事で有名な烏天狗がいた。
そんな姫海棠はたては念写して写った対象から逆算して記事を作り取材をしていた。
そして、いつもどおりに念写して出てきた写真を観察していた。
どれが面白そうかで決めている。……はたては一枚の写真に釘付けになっていた。
「なにこれ……めっちゃかわいいんだけど」
はたては新緑に映える儚げな容姿の人間を見てそう呟いた。
オオスは喋らなければ天性、傾国とも喩えられる程度には整っていた。
なお、喋れば台無しになる。ついでにいえばオオスは自分の容姿がどこぞの邪神の特徴と似ている部分があるのであまり好きではない。
オオスは普段ならばしない、能力的に対策が困難な相手である天魔や八雲紫くらいしか知られていない自分の醜態(オオス基準)をはたてに見られていた。
オオスはその一枚で気が付き、以降の念写は避けたが撮られてしまった。
これならば適当に天魔辺りにでも突撃した方が良かったとオオスは後悔した。
とはいえ、特に悪いことしていないから問題ないと開き直ってもいた。
オオスは何か文句言われるかも程度しか考えつかない。
オオスから見てはたては常識的な……少し変人だが、文とは違っていい烏天狗だった。
オオスは姫海棠はたてが天魔から微妙に扱い辛い判定をされている烏天狗とは知らなかった。