鈴仙・優曇華院・イナバは『狂気を操る程度の能力』を有している。
…正確に言えば波長を操る程度の能力である。物事の波長を乱し、精神を波と捉えて感情を狂わせ狂気へと変調させることができる能力だ。
つまるところ、鈴仙は天気の波長の異様な乱れや些細な変化を察する能力が極めて高かった。
本来の鈴仙ならば気乗りはしないが永遠亭の主たちの為に下調べに動いていた。
……だが、鈴仙は幻想郷全土で天気の波長をかき乱せそうなのを既に知っていた。
というか一名だけやたら怪しかった。
鈴仙は犯人と決めつけた相手を想定すると色々と気がかりな事が多かった。
永遠亭の主である輝夜に無断で調べると少し、ほんの少しだけ面倒なのではないかと思っている。面倒臭いにも程がある。
「黙っていても面倒を先延ばしにするだけですよ。引き籠っていても数日後には流石に気が付くでしょう」
現実から目を背けようとする鈴仙の耳元で囁くような声が聞こえた。
気が付けば鈴仙の真横に喪服姿の例のアレが鎮座していた。
鈴仙は喪服が男にとって戦闘形態だと知っていた。死に装束とでも言いたいのだろうか。
「…ひぇっ!」
流石に想定外過ぎた鈴仙は思わず悲鳴が漏れた。……一瞬、自分の服が濡れていないか確認した。
鈴仙は自分の動作を相手にバレないように少し驚く仕草を大げさにしていた。
鈴仙はその確認を驚愕と恐怖の表情で誤魔化した。
「どうされました?まるでいきなり事件の黒幕に出くわしたかのような反応をして」
例のアレことオオスは鈴仙の反応を悲しんだ。善良なる一般里人として実に嘆かわしい。
鈴仙の僅かな反応のラグで詳細を察しつつも気づいた素振りをしない自称紳士である。
オオスは恐怖しつつ嘗め腐った部分を見せて来た鈴仙に関心しつつもイラっとしたので大げさに脅かしていた。
黒幕じゃないけど黒幕を騙るのは紅霧異変の時、初対面の博麗霊夢に行っていた。
ちなみにオオスは外の世界で邪神や邪教徒に似たような騙りを何度かやっていた。
その場合、例外なく敵味方含めて全員が信じる。オオスは信じる度に激怒していた。
オオスを邪神だと信じた神話生物視点からすれば本気で理不尽過ぎた。
騙られた本人もとい本神すらオオスを自分の分霊かもしれないと疑った事まであった。
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鈴仙は落ち着きを払った。嘘である。
永遠亭の主人たちから離れた所に移動した瞬間にオオスが来たら誰だってビビると鈴仙は思っている。
鈴仙は能力が効かない相手だからって自分にビビり過ぎである。オオスは笑みを見せていた。……平然と鈴仙の心を読むなこの男。
ちなみに異変後、鈴仙は薬売りとして打ち解けつつあった里人にこの話を少し変えて愚痴った。
里人は鈴仙が間違っていると口で言いつつ物凄い勢いで周囲を警戒し出した。当然誰もいない。
オオスは薬売りと仲良くしてあげてねと該当里人に笑顔で肩を叩いていた。怖い。
「いえ、あの……単刀直入に聞きますが貴方がこの異変の犯人ですか?」
鈴仙はなんかもうぶっちゃけた。決して裏切りに近い事はやりたくない。
だがもうオオスに何らかの意図あるなら命令されたと事後報告で輝夜に伝えても許されないかなぁと現実逃避をしていた。
オオスは腑抜けた鈴仙の内心を看破して勝手にキレた。当たっているが見当違いならぶちのめされるべきである。
「失礼な!私のような極めて善良な一般里人が幻想郷を混乱に貶めるような真似をするとお思いですか!?」
オオスは未だに自分の事を理解していない鈴仙にキレた。これはジャブである。オオスも逆の立場なら疑うからそれは仕方がないのかなと諦めている。
よって悪いのは全て空にいる猿である。実際、今回の異変に関しては比那名居天子が全面的に悪い奴ではあるので始末に負えない。
オオスは現在の比那名居天子には無視が一番効くのでしていた。
当然、天子が無視されるのに慣れたりしたら報復を考えている。
オオスはマゾヒストの気持ちは分からないが生きとし生ける者達が嫌がる事は率先してやる気配りのできる男だった。
「自分で考えるのを辞めてはいけません。それは貴方だけでなく、貴方の主を貶める行為です」
オオスはあまり言い過ぎるのも違うと思い、この程度で止めることにした。
鈴仙の過去は清蘭達から薄々察してはいるが自分自身が乗り越える課題だと認識していた。
それに鈴仙は人里で説明がつまらない薬売りとして親しまれつつある。
鈴仙の立ち位置はどうかと思うが里人となんだかんだ仲良くなりつつあるのをオオスは知っていた。
オオスは何故か鈴仙の人里での動向に関して恐ろしい程詳しかった。輝夜はキレた。
「……大体、異変なんてそんな。私など怖くて幼子のように部屋の隅に縮こまって…んだとコ…しまいますよ」
オオスは自分も怖いのだからこんな怯えるか弱い里人を疑うなと懸命に伝えようとした。当然、失敗した。
……萃香相手に喋っている最中に突然キレ散らかすようになったオオスでは難しかった。
「今、本音が漏れましたよね!いい加減、私もう知っていますからね!?」
鈴仙は流石にツッコんだ。オオスのいうように自分で考えて流石にツッコんだ。
「一切はみな空。あらゆる存在や事象は固定的な実態を持たないものです」
オオスは唐突に悟ったような事を言い出した。実際、この男は悟りの境地にいたりする。
鈴仙の想像とは少し違うが理不尽な存在である。理不尽故に波長が狂気に浸食されない。最初から狂気だから偏見を持たずにあらゆる相手へ意見できていた。
オオスという存在は鈴仙の逆である。鈴仙は本能で理解していた。だからこそ怖いが見てしまう。
……鈴仙が怖いもの見たさで済む範囲でオオスは語っていた。お互いの為に。
「人の気分は七転八倒。貴方の仕える姫様も似たような…いや、なんか違うな。何でもないです」
気分を変えたオオスは話題を変えようとしたが少しミスった。
……鈴仙はオオスの調子が狂わせることに成功していたがオオスが勝手に自爆しただけである。
オオスとしても輝夜が絡んで来ると恐ろしく面倒臭くなるのが見えていた。今の天子と輝夜どういう反応するのか考えたくはない。
「なんからしくないような。……貴方の目には何か見えているのかしら?」
鈴仙は狼狽えるオオスが少しおかしくて揶揄うように言っていた。だが、鈴仙は思わぬ形で地雷を踏んでいた。『目』である。
初対面時、鈴仙はオオスの目を見て狂気に落とせなかった。
意図せずにオオスの機微に触れた結果、狂気が感染してしまった。
鈴仙は相手がどういう存在なのかを一瞬だけ忘れていた。
「盲目痴愚で万物の主と称えられるアレ。目ですか。そうですね、嫌ですが」
オオスは鈴仙が狂気を操る目で自分を再び見ている事に反応していた。
オオスは狂気の果ての深淵を探索した探偵である。ある域に触れれば漏れ出る深淵を有していた。
「ひっ!目が!?」
鈴仙は思わず後ずさった。能力が暴走するのを感じた。
鈴仙は自分が『何を』しでかしたか本能で理解しそうになっていた。
「……偉いお坊さんは目を潰そうとしてお経が読めなくなると踏みとどまったそうですよ」
オオスは鈴仙の反応を見て正気に返った。ここまでする気はなかったので暴走しかけている鈴仙を落ち着かせようとしていた。
鈴仙の目は治せるだろうと永遠亭を思い出して提案した。……この提案はオオスの素である。
「……きゅう」
鈴仙は狂気に飲まれ目を潰す前に失神した。
オオスが平時に戻ったので安心と恐怖で混乱して脳内麻薬がえらいことになっていた。
「あ、ヤバい。完全にミスった。……鈴瑚に頼めない……いや、これ私の責任だよな」
オオスは鈴仙に釈明だけして帰るつもりが完全にミスって軽くパニックになっていた。
オオスこと×××××は狂気に狂気で対応しないと死ぬ世界にいた。その悪癖は未だに治っていなかった。
幻想郷に来ても尚未だ癒えぬ心に関して幻想郷の管理者たる八雲紫は悔やんでいた。