天気がコロコロ変わる異変。幻想郷の人里ではオオスが犯人じゃないらしいと噂が出回っていた。
どう考えても怪しいがオオス本人が否定して紙芝居まで中断して追い回すつもりらしい。
確かに天候が不安定ならば危ない。夏の台風や冬の積雪で中止になるのと同じ理由ではある。
……物凄く不味いのではと不安になっていた。博麗神社は動かないし、守屋神社に頼むにも山から下りて来る巫女が来る日はまだ先だった。
異変に確信が持てず、異変らしきものが始まったばかりであるので対応が後手な巫女に頼れないのも仕方がない。
善良なる里人とほざくオオスは巫女よりかは早く、団子屋で働く妖怪達を通して避難訓練などと色々警戒するように知らせて来た。
……一応は人間と敵対しているというお題目である妖怪達を平気で顎で使うのはどうなのだろうか。
寺子屋に通う少年、オオスから秀才君と勝手に仇名をつけられた子どもはため息を吐いた。
彼らは約半年前、オオスはゆとり教育という名のスパルタ教育を受けていた。
……慧音の授業は眠いが聞かないとオオスにより抜き打ちされそうというかすると子供達は確信していた。
なので連携して慧音の授業に立ち向かっていた。
同胞が眠るまで授業内容を覚えて次の同胞に託す。
その地獄の連鎖により慧音の授業という名の催眠電波を翻訳出来ていた。
慧音がどうしてあそこまで授業を糞つまらなく出来るのかは子ども達の間でも議論されていた。
今のところ慧音はハクタクの半妖ではなく獏の半妖説が有力である。
慧音は子ども達を眠らせているから背丈はそうでもないのに豊満なのだ。女生徒は高らかに宣言して慧音に頭突きを喰らっていた。
この子は性の自覚の時期かと慧音は面倒そうにため息を吐いた。男子生徒たちは沈黙した。
これらと関係ないが慧音の授業中、生徒たちの夢に出て来る赤い長帽の少女は慧音の妖怪部分には若干親近感湧くけど違うと言っていた。
夢にいるあんなトンチキな恰好の少女は獏であるはずがない。もっと夢の存在なのだから荘厳な、いや絶世の美女かなど語り合う。
とにかくあのへんな恰好の少女が獏という凄い妖怪なわけがないので戯言だと決めつけた子ども達はトンチキな少女を無視していた。
怪しい枕を売りつけるようなおかしい奴だと生徒たちはドレミ―だかなんだかを相手にしていなかった。
ある意味、オオスの教育の成果であった。ドレミ―による枕の押し売りを完全に無視していた。
夢の世界において強固な意志力で夢の支配者の押し売りに耐えきっていた。ドレミ―は泣いた。
そのような不審者よりも最近の天気だ。コロコロと変わる。秀才君は天を見た。
自分の周りはなんだかどんよりとした曇り空だった。
天気が変わる状況を害はないと楽しんでいるのが幻想郷の大半だ。
それを見ていて生徒たちも流されてはいた。
彼らはオオスの無茶苦茶を体験したとはいえまだ子どもである。
秀才君と呼ばれた子は変化を楽しむよりも危機感を抱いていた。
とはいえ、天候を操るような存在相手には警戒したところでどうしようもないのも事実だった。
そういえば、オオスは良く分からないことを言っていたなと秀才君は思い出していた。
こうして悩むのは後から見れば些細な事なのかもしれないと思いなおした。
……体感だが自分の周囲の湿度が若干マシになったと秀才君は思った。
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半年前の授業。定期的に行われるが今日で一応最後になるかもしれないとオオスは教壇に立っていた。
そして、これで百点でないと落第らしい。糞ったれと生徒全員が思っていた。
「戦国時代、貨幣不足により質の悪い銭がびた銭として主要貨幣となった」
オオスは過去を語る。時代は戦国、織田信長前後の時代を語っていた。
この頃の頃合いの方が幻想郷に何となく身近に感じていた。何故だろうと疑問に思っていた。
……おそらくオオスならば平和なはずの幻想郷と戦国の世との共通点を並べ立てられると秀才君は推測していた。
それは答えてはいけない類か或るいは自分で考えろとでもいうのだろう。面倒臭い。
だが、オオスは幻想郷のルールの範囲内で教育したいのだと秀才君だけは薄々勘づき始めていた。
妖怪が目と鼻の先の脅威である以上、超えてはならない一線がある。
それはそれとして自称ではあるが人間として一石を投じたい若しくは武器を持たせておきたいのか。
危険ではあるがその何かは、或いは『外から』のどうしようもない異変の時の為に必要あるかもしれないと秀才君は言語化できないが近しい気づきに至っていた。
外の人間は変な言動は多いが出来る事は大したことないと大人達が言っていた。
だが、目の前のオオスは外から来ていた。妖怪と対等にやりあっているように見えた。
逸脱さとその恩恵を本能で理解しているから人里でもオオスに関して深く突っ込まれていなかった。秀才君は見抜いていた。
一体外に何があるのか、秀才君はそれを考えるのが怖かった。
秀才君は根本的に自分は幻想郷の人里という枠組みを超えられないと気が付いていた。それでこの授業を受けてよいのか通報すべきか葛藤があった。
とはいえ、誰に通報するのかは皆目見当はつかない。それに何だかんだ皆と課題を乗り越えるのを楽しんでいた。
秀才君は理性でこそ生真面目だが生来は幻想郷の里人らしい享楽さを兼ね備えていた。
「価値は状況と時代によって変わる」
オオスは語る。秀才君の目を見ていた。見ただけだ。
秀才君は見抜かれたような気がした。同時に今はそれで良いと言われたような気がした。
何せ、時代と状況で変わるのならば自分の苦悩は簡単なものではないか。苦笑しそうになるのをこらえた。
「宋代で銅山が尽きる前ならば倭寇はこぞって押し寄せただろう。何せ戦国の世だ。弱肉強食の理で倭寇は従来の比ではない」
オオスは秀才君の苦悩を説き伏せるような真似はしない。事実を語った。
宋の時代から明の時代、勘合貿易というのもあるが更に飛ばす。戦国時代という名のカオスは幻想郷のカオスにも似通っていた。
危険なようでいて平和な無秩序、秩序無き秩序が成り立っている奇妙な理想郷、それが幻想郷であった。
であればすなわち、自分も許容しきれるとオオスは結論付けていた。
だからこそ幻想郷の弱点にも気が付いていた。八雲紫がこの授業を止めないのは危険だが必要という結論を同じくしたからだとオオスは判断していた。
「ところが時代は明。銅は本当に無い。ある商人は朝鮮半島から技術者を招き灰吹法を習った。日本で作ろうとした。素晴らしい」
オオスは当時の中国大陸では発見された銅を掘り尽くしたと解説した。
なければ自分で作れば良い。その発想は素晴らしいとオオスは高く評価していた。
だが、
「……この銭不足を解決したのは、発見されたばかり石見銀山で銀を得た倭寇だ。彼らは質の悪い私鋳銭、びた銭を大量に日本へ持ち込んだ」
オオスは自給自足では当時の問題を解決できなかったと結論付けていた。
オオスはこの貨幣制度に関して問う事はしていない。幻想郷の貨幣制度は独特であり、商人の子以外は難しいと判断していた。
オオスは解決策を実行したが悪手に見える方法が当時の問題に対処できた事例があると示していた。
賢者の策を上回るならば人の欲望である。オオスも人の欲望により討たれ、幻想郷に流れ着いていた。
その件に関しては未だに良い想いはしないがその手腕を高く評価していた。
自覚無き欲望は身を亡ぼすが、子ども達にはその先を考えられるようになって欲しかった。
長い目で見れば灰吹法等の技術により自国で貨幣流通を自国内でコントロールできるようになる。
……貨幣経済が自国内で完結できるならば江戸幕府の鎖国が可能と徳川家康は結論した。
寧ろ、外からの影響がない方が助かるとまで考えていたかは不明瞭だが近い事は考えていただろう。
兵器の技術革新が想定外過ぎただろうか。対策しても想定外の速度で進化していく時代には自国内で完結させるシステムは成り立たない。
「取り締まる室町幕府は機能していない。戦国の世では創意工夫よりも即座に換金できる仕組みが欲しかった。故にびた銭が流行った」
オオスは語る内容を精査し、端的に示した。子ども達にも分かりやすい図式だが、誤魔化しや雑な内容にはしないと決めていた。
正しい物語染みた歴史を習っている生徒たちからすればオオスのこのような悪い部分が勝つような授業は新鮮だった。
だからといって悪を肯定していない。例題とした悪は本来は良くない事だと生徒たちへ語っていた。
「だが、一刻も早く手元に置きたい明日も知れぬ人間にとってびた銭は価値ある金に他ならなかった」
オオスは必要悪を語る。金がないというのは本当に困る。食べる物も着る物も住む所も手に入らない。
幻想郷の里人達は基本的に外の住民を見捨てている。妖怪の餌になると薄々気が付いているが何も言わない。
見知らぬ人間を養い続けるような余裕は無いし迷惑をかけてくる存在に他ならない。
だが見捨てるのも人として罪悪感が湧く。だからこそ博麗神社で送り替えすように誘導していた。
実際、これが一番お互いの為になる関係だった。
人里までこれない外の人間の事は最初から見て見ぬふりをしていた。人間は妖怪に勝てないのだから来た人間から対応を考える。
びた銭もある意味同じかもしれないと秀才君は思った。質の悪いものを受け入れるか否かは必要に応じて変化する。
「平和な幻想郷であっても変化はある。商人でも農家でも花屋でも変わらない。その時、何に価値があるのかを考えなさい」
変化は起こるが価値に重きをおけとオオスは語った。
幻想郷の闇に触れる気はない。だが、その時々の価値が何であるかは常に有益だった。
「儲かって余裕ができたら誰かを助けてあげるといい。金は天下の回り物というが溜め込んでいたら金に目がくらんで欲にかられて災いまで招いてしまう」
オオスは両手を上げて軽く語った。目まぐるしく変わるとか大した事でない。
ただ単に自分に余裕があれば人に親切にしてやることくらい良いだろうと常識的な事を言ったまでだ。
悩むのは時間のある子どもの特権だ。オオスは自立して働き金を稼いでいるので大人として扱われるべきだと認識していた。
「それなら自分が困ったときに誰かが助けてくれる下地を作っておいた方が良いでしょう?」
オオスはなんか間の抜けた反応をする生徒たちに打算的な事を語り掛けた。
変な事を考えるより常識の方が圧倒的に優れている。親切は相互扶助になるのだと高らかに宣言していた。
これ以上なく親切にしている自分はなんと助けられていることかとオオスは清々しさを前面に出していた。
……その過程で発生していた諸々の厄介ごとは全部無視していた。
「……反論を考えろというお題で綺麗な事言うの辞めてもらえませんか?」
秀才君は思わずツッコんだ。聞いた内容に関して反論しろとかいう課題である。無茶苦茶しんどい。
「考えろ。最終的に理に従うとしてもそこに至るまで考えた経験は価値を失わない」
オオスは屁理屈も常識も親切も打算も全て込みで生徒へ語る。
ありふれた言葉というのはよく使われる最も重要な言葉である。だからこそ、意味のある訓練足り得る。
オオスは外で怪電波を放つ自称神(邪神)共に対処来たが、まず相手の常識を粉々にする事を第一にしてきた。
たったそれだけで狼狽し、いともたやすく隙を見せる。
隙を見せたらしばくだけで引き籠るのがオオスにとって寂しかった。もっとリンチしたいだけなのに引っ込むのだ。
特に深海にいる例の一族は居眠りしていつ訪れても動く気配すらない。
昔話において子ども達の無垢な言葉で狼狽する裸の王も似たようなものだろう。この子たちも似たような事は出来る。
オオス以前にも過去に居た。邪教の漁村を壊滅させたように出来るだろう。
オオスは子どもの可能性を信じていた。無謀にも程がある。
幻想郷という言霊の世界において、ありふれた無垢な存在こそ教育しなければならない。
だが、幻想郷を支配する為に思想を用いる輩へは対策しなければならないと確信していた。
そう、どこぞの仏教を信じていない太子のように。
オオスは会った事のない聖徳太子を蛇蝎の如く、まるで忌み嫌うかのように警戒していた。