夜、無名の丘の近くにて。オオスは移動式のとある屋台でおでんを肴に酒を飲んでいた。
おでんの類もあるにはあるがここで八目鰻以外を頼むのは幻想郷の通ではないと評判である。
そんな一部の熱狂的なファンをガン無視したおでんの配置により売り上げは格段に向上していた。
利益も確保すべきというオオスの意見を前に人里の男衆のアンチ活動は始める前に挫けた。
その日、どこそこの家の枕達が濡れたという。オオスはそのような事情に関して知らない。
屋台の店主ミスティア・ローレライは八目鰻が好きというわけではなく、鳥肉の食文化を撲滅する為に行っている。
だが、屋台の売り上げ分鶏肉需要が減ると言われて素直に喜んでいた。
オオスは博麗神社の宴会にてミスティアの目の前で鶏肉を食べる畜生である。
そうなければ本当に良かったのにとミスティアは常々思っている。
オオスとしてはウサギ肉の食文化へ反対する勢力とのバランスで鶏肉を食っただけである。
鈴仙の目の前でウサギ肉を食う事でヘイトコントロールを保っていた。
後、妙に好感度上がり過ぎたとオオスが調整した結果だったりもする。
オオスとこれ以上仲を深めると主に射命丸とかややこしくなるのが目に見えていた。
「ふんふんふん、ふふふんーふーん♪」
ミスティアは蜂が飛んでいるかのような鼻歌で八目鰻を焼いていた。
オオスはおでんを頼んでいるが、何だかんだで八目鰻が一番美味いとミスティアは思っていた。
オオスは頼んでいないがミスティアが勝手に用意していた。無意識である。
「機嫌が良いようでなにより」
オオスはミスティアが何故焼いているのかと思ったが嬉しそうなのを見て黙った。
「あったりまえじゃない!天気が不安定じゃないんだもの」
ミスティアはオオスの声に朗らかに返事をした。最近、お客さんが来てくれても天気が悪くて帰ってしまう事が続いていた。
ミスティアはそうならない為に天気が変わらないオオスにいて欲しいと頼んでいた。
射命丸文は卑しい波動を検知していたが、天狗の上層部、おそらく天魔から仕事を押し付けられていた。
明日までに間に合うが遅すぎると文は確信していた。
だが逃げようにも同僚のはたての念写能力が厄介だった。人材の配置が完璧すぎると文は泣きそうになりながら全力で仕事を熟していた。
今日行くことを目標にはするが、明日ならばどこに行けばよいかと思った。
文は一先ず霊夢のところから始めようと決めた。仕事の事はなるべく考えないようにしていた。
翌日、射命丸文は博麗神社が潰れたのを文は目撃することになる。
文からすればこれでオオスはどうなるのかと若干パニックになりそうだった。
文視点ではこれ以上なくオオスが怪しく見えていた。
これは間違いなくオオスではないと文は付き合いで確信していた。
だが、霊夢はどうなのか。文の知る範囲の霊夢は極めて危険に見えていた。
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余談だが、文を仕事漬けにした天魔は妖怪の山に機能来たオオスが自分へ会いに来なかった原因が文ではないかと訝しんでいた。
実際、オオスは文を警戒していたので正しい。
オオスはせっかく妖怪の山に来たのだから天魔に会いに行けば良かったと思っていた。
はたては天魔からの命令が昨日の件での呼び出しでないことにほっとしていた。
昨日のオオスの隠し撮りがバレないように天魔の懐に入り込む事を決意した。
はたては自分自身には疑惑を持たれないように画策していた。
はたてとしてはオオスへ取材する気だった。いつになるかは不明だが、定期的に文がマークされた方が都合良かった。
天魔は私欲に権力を使うようになりつつあった。だが、公人としてもだが、気恥ずかしいので表に出さない。
表に出さずに必死に取り繕うとする天魔では第三者はたての思惑まで見抜けなかった。
天魔は能力こそ極めて高いが私利私欲に権力を使う経験が皆無だった。
公人として見れば良い事である。だが、天魔が私利私欲に走れば恐ろしいポテンシャルを秘めていた。
文はこれ以上なく警戒していた。色情魔と改名しろ。天狗が一番卑しいのだと文は確信した。
当然、オオスはこのような思惑には全く気が付いていない。オオスにとって色ボケの私利私欲で動くのは射命丸文くらいだった。
普通はそれを恥じて隠す。ヤケクソになって大っぴらにしている変態、射命丸文をオオスは参考にしていた。
オオスは他者の色事は紙芝居屋としての知識はあったが、耳年増に近い。
自分自身がそのような状態であると気が付けなかった。
オオスは無意識によりにもよって例外的な変態を基準としていた。指摘できる者がいてもいろんな意味で躊躇うような面倒な状態だった。
恋敵に塩を送るのか、普通に面倒臭い、この修羅場をもっと見ていたいなど碌な理由はない。
オオスの状況を察している中では癲狂櫟林の美濃吾妻が一番マシではあるが射命丸文を過剰に警戒してオオスにキチンと伝えられていなかった。
オオスに対して伝えたい事があればキチンと言葉にしなければ伝わらない。
吾妻の苦悩はもうしばらく続くし、面倒なのが増えるのは近かった。
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冒頭の屋台の話に戻る。博麗神社倒壊前日である。
ミスティアは屋台が平常運転な事を喜んでいるが、無意識に天気の変化を過剰に警戒していた。
その証拠に無名の丘はかつて孤児の墓であり、人里の黒歴史に近い。
このような場所の近くで夜中に屋台をやって近づくのはオオスくらいだった。
文が見れば、この卑しい雀が男を誘い込んでいると喚き散らしたのは間違いない。
オオスはある事ない事言う射命丸文を警戒していたが何故か来ないのでほっとしていた。
互いに深い意味はないと思っている。ミスティアは人を襲う夜雀である。
無邪気だが本当に皆無なのかと言われると怪しい。オオスは地味に油断していた。
今は無き射命丸文の妄言も一理あった。
誰も来なければミスティアは八目鰻を食わせまくる。善意なのでオオスの警戒も素通りできた。まぁ、そうはならないのだが。
「それに同胞を救えたとあれば良い日だわ!」
ミスティアは本心から喜んでいた。オオスは同胞の肉を食うのだ。
ミスティアはそれが嫌だった。……どの人間でも嫌なのだが特に。
「私は別に毎日鳥食っているわけではないですよ?」
オオスはミスティアにツッコんだ。あれは政治的な意味合いが強く、ミスティアの前で食べるのはそうそうない。
「私の前でいつも焼き鳥を食べるでしょ」
ミスティアはオオスの言い訳を面白がってツッコんだ。
文がいれば朗らかな笑顔で何かを狙っているように見える。
ミスティアは狙っているつもりはなく、オオスもそれを保障できた。
「いや、あれはローストチキン。そもそも霊夢さんにほぼ取られて食べられなかったのだけど」
オオスは何故かミスティアが嫌がりそうな事を持ち出していた。
ローストチキンと言わず、ミスティアの前では控えると普段のオオスなら言う。
オオスは身の危険をギリギリ回避していた。
「ムゥ……」
ミスティアは言葉に詰まった。他の女の話をされたという認識が何故か強い。
ミスティアは同胞の犠牲に憤慨すべきであるのだが、何故か若干もやもやとした。
同時刻、雀は卑しいと文は叫んだ。仕事量に発狂したかと大天狗により診療所へ押し込まれた。
天魔は雀狩りをしようか悩んだが何の根拠がないので辞めた。
そんな愉快な裏事情をかき消す圧倒的な暴の気配が舞い降りた。
晴夜に不要なはずの日傘、チェックの入ったロングスカートが目に入る。
傘を閉じればやや癖のある緑の髪が目に入る。深紅の瞳はミスティアを見る事ない。
だが、真っすぐに屋台へと歩いていた。優雅に、軽やかに、当然のように。
「隣座るわね」
風見幽香はオオスの真横に座ってからそう言った。
最初から当然のように振舞いつつ、幽香は座ってから初めてミスティアを見た。
「どうぞ。久しぶりですね」
オオスは幽香へ挨拶をした。オオスは来た理由を察した。
ミスティアは凍ったように固まっている。オオスは大妖怪相手の突然の訪問ならこうもなるかと勝手に納得していた。
ミスティアは現れた相手が大妖怪なのも勿論あるが、別の意味で固まっていた。ミスティアに自覚がないので理由は分かっていないので無意識の感情によるものだった。……オオスが絶妙に感じ取れないものである。
「ええ、久しぶり」
幽香はオオスが近くにいると感じ取ったのでついでに来ていた。
無名の丘と幽香が良くいる太陽の畑は近い距離にあった。今はひまわりの咲く夏であるので特に近い。
「……」
ミスティアは朗らかだった笑顔のまま固まっていた。良く分からないが本気で負けた気がした。ミスティアは思考停止する事で自分を守っていた。
「……黙っていないで注文を聞いたら」
オオスは助け船を出した。客商売で固まったままなのは不味いだろうと善意である。
「あ、ああ、はい!……ご注文はありますか?」
ミスティアはオオスの言葉に商売として声をかけた。先ほどに比べて随分ぎこちない笑顔だったがミスティアにその自覚はない。
「雀の丸焼き」
幽香はおおよそを察した。面白いので揶揄って遊ぶことにした。
風見幽香は生粋のサディストである。勘違いも楽しんでいた。
「……キュウ」
ミスティアは幽香の言葉と大妖怪を前にした緊張とのダブルパンチで倒れた。
オオスは奥歯に仕込んだ転移術を作動させてミスティアが倒れる前に抱きかかえた。
「……鳥を土に還すにしても冗談が過ぎるかと」
オオスは流石に幽香を嗜めるように言った。
以前、オオスと話した幽香は全てを花にたとえ、やがて土に還ると例えていた。
オオスはそれを引用してミスティアは時期尚早でそこまでやる必要は無いと暗に伝えていた。
「そうかもしれないわね。注文が届いていないわ」
幽香は肝心かなめのオオスが分かっていないと察した。
他方のミスティアも鳥頭で自分の事をわかっていない。
これでは土に還すのも早すぎると幽香はひとり頷いていた。
「まぁ、客も来ていませんし。私の分になりますがいかがですか?」
オオスはミスティアを安静にして幽香に提案した。
オオスはミスティアへ膝枕でもしてやるかと思ったが辞めた。
オオス視点では客入りはともかく努力していたミスティアを労いたいと思っていた。
幽香はちょっと残念に思ったが今日に関しては別件があると思いなおした。
「徹夜する気だったのね。霊夢のことは大丈夫かしら」
幽香はオオスにそんな気は無いがミスティアはそんな気があったかと軽く笑って溢した。
「またあの目は億劫なのよ」
幽香は殺し合いでも楽しんでいる。だが、自分を見ていない相手との殺し合いは気に食わない。
前回のオオスはわざとじゃないが今回もああなるならどうなるか。
幽香は満面の笑みでオオスを見ていた。
今宵の幽香は屋台もミスティアも見ていない。
オオスという偽名を名乗るのはどうでも良い。
幻想郷の一員に風見幽香として来ていた。
「問題ありません。前回のようになれば私の不徳となすところ。いかようにも」
オオスは風見幽香に断言した。オオスは博麗霊夢を信じていた。
「そう。なら良いわ」
風見幽香はオオスの答えに満足した。幽香は自分の口角が上がるのがわかった。
オオスは博麗霊夢をきちんとみている。幽香はそれがわが事のように愉快に感じていた。
だが、ちょっと流石に信じすぎではないかとも思っていた。あの霊夢である。
「……本当に?」
幽香はつい口にだしていた。オオスの覚悟は幽香としても好ましいがアレである。
「…………はい」
オオスは凄く躊躇ってから肯定した。実はちょっとだけ怖いのだが、言った手前取り消さない。
幽香としては四季の花が咲き誇る、サボった死神のせいで起こった異変擬きを覚えているならばそこまでしなくても良いとは考えていた。
何もしていなければ仕置きする気でいたが。幽香はオオスが自分と同じ嗜好を持つ存在と認識していた。
そのような相手を虐めるのも気乗りしない。
そもそもオオスは随分甘い。その甘さで足元を掬われるのを見るだけで愉快である。
「今回、楽しく見せて貰うわ」
幽香はオオスの飲んでいた酒を拝借して飲んだ。オオスが自分の酒を幽香にも分けるつもりだったと察していた。
オオスとしては幽香の分の酒碗を出す気だったのだが、幽香がそれでいいのなら良いかとそのまま黙ることにした。
……ミスティアが目を覚ました時、酒椀一つで飲んでいる男女の光景が映っていた。
幽香はミスティアに見られて流石に恥じた。オオスはやっぱりいるじゃないかとツッコんだ。
オオスは幽香にしばかれた。当然である。