その日の朝、博麗神社が局所的地震により倒壊した。
射命丸文が真っ先に気が付き、慌てたように霊夢の元へ飛んでいったのをオオスは確認した。
「始まってしまったか。……霊夢は無事だな」
オオスは霊夢の気を読み取り確認した。
今回の異変は主に気質が具現化する。オオスは気質を見定めて対処する術に長けていた。
異変で具現化している状態ならばはるか遠くから相手の状態を感知する事ができていた。
博麗神社の倒壊、オオスはこうなると分かっていた。一週間前には八雲紫へその懸念を伝えていた。
だがオオスはそれ以上大きく動くことはしなかった。
オオスは各地を調べ、異変の規模がどれほどのものか確認していたがその程度だ。
他にとってどれほど価値があろうとも。オオスは八雲紫に報告してから考えていた。
オオスにとっては大きな変化だった。外の世界にいた頃のオオスならば異変が大事になる前に片づけたかもしれない。
だが、外のオオスは無傷の元被害者達により滅ぼされていた。……オオスにとって決して消えぬ傷である。
オオスはその反省を今の幻想郷でしているのだろうかと問いかけた。だからこれほど憤りが消えないのかとも。だが、オオスにもそれは判別がつかなかった。
過去はともかく、今回に関して紫の判断はオオスから見ても正しいと言えた。オオスは、紫も自分とおおよそ同じだと結論だと確信できた。
比那名居天子の異変はオオスが気づいた時点で止められない、つまるところ詰みだった。
幽霊を切り気質に変える、地震を天変地異として思考を誘導しておく、要石を操れる比那名居家の能力。
羅列するだけでも中々に考えるものだとオオスは天子の悪辣さだけは認めていた。
まず、天人が善である幻想郷、ひいてはこの世の常識が異変の力業での解決を妨げていた。
世界の常識に等しく、人里や幻想郷全土に被害が起きうる異変の首謀者が天人であると糾弾するのは至難だった。
なにより天子は自身の立ち位置、特に天界という地の利を最大限に活かしていた。
特定するだけでも大変なのに常識をひっくり返す証拠の確保も難しい。
比那名居家が本気になればうやむやにされ、天子まで連れ戻すのが想像できた。
これが一番不味かった。天子は異変を起こしたが異変を迅速に解決できるのも天子だった。
マッチポンプも甚だしい。
天人が犯人という推理は近隣の天界に関する情報がなければオオスでももう少し遅れていた。
証拠を捏造するにしても遺恨ができる。オオスは天子の異変を追認するほかない状況にいた。
オオス個人にとって一番厄介なのは比那名居天子個人がここまで悪辣な計算を意図的にしているわけではないことだった。
悪意を見抜く才能を持つオオスならば天子に悪意があれば勘である程度はどうにかなった。
目的を達する天運というものが天子には備わっていた。
それでもオオスは神を称して悪逆を働く冒涜的な邪神達、善なる者も時には裏切ると知っていた。
その裏切りを知らずにいる無垢なものたちが立ち上がる恐怖も、だ。
強引な解決は神や善人を愚弄するかと民草を激怒させた。オオスはこれを見誤って外で殺された。
一部はなんとかなってもどこかで揉めた。
……茨木華扇は言いくるめればオオスや紫側につきそうだが一応見習い仙人みたいなものだ。
次に、気づいた時点で人の気質が具現化していた。
これを収める方法は一応ある。オオスの諧謔等があるにはあるが神性化が進むので論外だった。
……八雲紫に相談せずぶっちぎって諧謔の権能を使ったとしても気質が具現化していた事実は変わらない。
傷口が疼くように地は震えるのは止められない。外の世界でも諧謔で止められなかった天災だ。
被害は減らせるが壊滅したという地震により事実は残るのだ。意味がない。
比那名居家の要石の力はオオスですら認めざるを得なかった。
気質から地震を誘発してもいる。要石を扱う比那名居家由来の力で天子が制御スイッチを握ってしまう。
オオスは流れに逆らわずに天子の好きなようにさせる事にした。
紫もそのように対策すると結論付けた。だからこれで話はお終いだ。
他にもいくつか懸念はあるが時間をとって確認した。おおよそは大丈夫だろうとオオスは見回って結論を下した。
例えば妖怪の山は基本的にいつもどおりだった。個人的には天魔に会えないのは残念だったがまた今度訪れるつもりだ。
守矢神社は何か企んでいるのか分かりにくい。何故か表向きには動いていないように見える。
異変そのものにはまだ気が付いていないらしいのでオオスも下手に障らないことにしていた。……オオスは非常に嫌な予感はしていたが幻想郷全土に関わる異変が先だった。
紅魔館は多分大丈夫なのだが、鈴仙の件で時間を取られてしまい、オオスは確認しにいけなかった。
夢美は人里から離れたのと未知の存在に夢中だった。魔法等への感知がまだ粗いので遠巻きに気に掛ける程度に保っている。
……流石にこの博麗神社への被害には気が付くだろうがそれはそれで良い。
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平和な幻想郷に想いを馳せたオオスはにこやかに微笑みながらも異変に意識が向いた。
気を引き締めたオオスだったが無意識に心の言葉を漏らしていた。
誰も聞かれないだろうと気の向くままに止めることはしなかった。
「人間の気質とは本来は秘められているものだ」
オオスは倒壊した博麗神社を天から見ているだろう存在に呟いた。
聞こえないのは承知している。霊夢がどう動くか不安なのだろう。
だからオオスは独り言を堂々と語っていた。
「秘められたるものは自身の本性だと人は言う」
オオス自身の気質も具現化した。だがオオスは強引に変える事もできていた。
秘められたる気質を他に悟らせずにオオスのみが全員の気質を把握していた。
……そういう意味では誠実さに欠けているかと苦笑しそうになる。
「だが忘れるな。そこに至ろうと満足はしない」
オオスは天子が想定通りに異変を起こしても本質的には見足らせないと警告した。
聞こえていない警告など意味がない。オオスは自分でも何がしたいのか気が付かなかった。
「完成品で自己実現が可能なら誰も苦しまない」
オオスは気質を露出させても得られるものは無いのだと天子を見下すように告げる。
これを本人に言えば怒るだろうに何故言わないのか。
「恵まれた生まれが幸福ではない。なぁ天人よ?」
オオスは『比那名居天子』に問いかけた。何一つ不自由のない環境に恵まれた才能、それに飽きて何を求めるのか。
渇望で満たされぬ俗人にすぎないだろう、オオスは暗に告げていた。