霧雨魔理沙は連日の降雨でウンザリしていた。
雹まで降らせるとは意味が分からなかった。この雹はアリスの仕業ではないかと襲い掛かったものの、当のアリスも天候の異変に困惑しているだけだった。
天気といえば、アイツだろう。魔理沙はそう結論付けた。
アリスに会いに来たのだと思われるオオスの野郎をぶちのめそうとした。
だが、オオスは先に魔理沙の存在に勘づいた。魔理沙はいつの間にか磔にされていた。
魔理沙はオオスが悪い事をしていると理不尽に強いと気が付いていた。
今回異変を起こした悪い奴がオオスであるならば問題ないはずなのに何故かと魔理沙は疑問に思った。
アリスから勘違いさせた駄賃として持っていた本を永遠に借りた。その件とオオスと無関係なはずである。
バレていないなら問題ないだろうと魔理沙は本気で思い込んでいた。
……オオスはアリスから本を巻き上げて捨て台詞を吐く魔理沙の姿を目撃していた。
盗人は絶対許さないのがオオスである。訳アリで多少は融通を利かせるが現行犯に情状酌量の余地はない。
アリスに会う前に良い手土産が出来たと満足していた。
オオスはアリス・マーガトロイドには今回の異変は自分ではないと一応説明した方が良いと気が付いてやってきていた。
アリスが出かける前に何とか間に合わせたいが魔理沙が勘違いしているとはとオオスは頭が痛くなった。
魔理沙はそこまで短絡的でない。まだ博麗神社の倒壊を見ていないからオオスの悪戯と誤認しても仕方がないかとオオスは気を取り直した。
魔理沙も博麗神社へ行けばオオスを犯人から除外するだろうと結論付けたオオスは世間話をするように話を振っていた。
「外の世界において魔術というのは大抵の場合、何の効果もないまやかしだ。幻想郷でも魔法と騙る奴はいるが……今回の騙りはそれ以上だな」
オオスは今回の異変に関して騙りであると釈明した。ついでに外の魔法使いに関して魔理沙をみて溢してもいた。
「じゃあ、お前はなんなんだ」
魔理沙は二重の意味を込めてツッコんだ。
一つは外の魔法使いが酷いなら魔法を使うオオスはなんだという指摘。
もう一つはこの天気はお前じゃないなら誰なのだという指摘である。
「……だからこそ、何かが起きる程度の失敗作でも大発見であり、持て囃される」
オオスは比那名居天子とか言う猿が元凶ですと今断言できなかった。だから外の世界の魔法使いの話題に変えた。
あっ、無視しやがったと魔理沙は察した。機嫌を悪くされても困るので控えた。
というか乙女をなんども磔にしやがってと魔理沙は拘束を解こうともがいていた。
魔理沙にとってオオスが身の上を語るのは極めて珍しかった。
……パチュリー辺りには需要はあるだろう。魔理沙はパチュリーの事を悪魔の友人を持つ偏屈な引き籠りらしい趣味だと思いながら皮算用を目論んでいた。
「それでも自分の命を削る大魔術であると思い込む。危ういので研鑽もしないので効果を過信する」
オオスは魔理沙の欲深き目を見て拘束を続ける事にした。外の魔法使いの酷さを語っていた。
少なくとも外の世界においてオオスはパチュリーのような大魔術師は見た事がなかった。
魔術を使える者はいたが、邪法に秀でているだけとオオスは区分していた。
場所をドリームランドなどの異界にすれば尊敬しうる魔法使いは何人かいるがそこまで気安い関係ではなかった。
「……」
魔理沙はオオスの言葉に沈黙した。魔理沙も似たような経験があった。今でもあるかもしれない。
幼少期の魔理沙は人里に流れ着いた禁書の類から魔法へ興味を抱いていた。
魔理沙の父親の店、霧雨店で働いていた当時の霖之助の取りなしで大事にならずに済んでいた。
霖之助のような親子を仲裁する者がいなくなった後、父親と魔理沙は大喧嘩の日々だった。
魔理沙の父は頑固オヤジで頑なに魔法の類を周囲に近づけなかった。
魔理沙の実家、霧雨店は人里の大手道具屋である。
周囲の里人達が便利なマジックアイテムをこっそり使う中で魔理沙だけが使えなかった。
これに関しては霖之助も味方してくれなかったので悪い事なのかと納得させていたが、我慢の限界だった。
……そもそも霖之助が独立した店でマジックアイテムを扱い出していた。
それを親父が認めたのも魔理沙は何故か腹が立った。香霖堂への悪感情はないのだが。
糞オヤジの下にいては叶わないと確信した魔理沙は家出して、霧雨魔法店として自分の店を開いていた。
きっかけの魔導書やマジックアイテムすらないとなると魔理沙でも魔法使いを目指したかは怪しい。
外の魔術師は大概酷い環境なのだなと魔理沙は思った。
「外の魔法使いと言われる人種は騙りか劣化した魔術の使い手だ。……極一部の例外を除いて」
オオスは魔理沙の同情した目からついつい余計なことを溢した。
……穏便に拘束を解くのに使えそうな剃刀でも魔理沙の近くにでもおいて立ち去ろうかと思っていた。うっかりだったと反省した。
魔理沙はオオスの言葉を聞き、裏に含まれる意味を勘づいた。
魔理沙はオオスの野郎がトンチキな魔法を使うと知っていた。分かりにくいのだ。
オオスが光弾の類も使える事は知っていた。しかし、魔理沙視点のオオスの魔法はどれも殺意が高すぎて魅せる戦いである弾幕ごっこ向きではなかった。
オオスは普段人を楽しませる宴会芸として使っているが、本質は殺し合いの為にある魔法だらけであると魔理沙は薄々気づいていた。
だから、魔理沙はオオスに教えを請わない。弾幕ごっこに使えないのでは幻想郷では優先度が低くなる。
しかし、オオスから教えてもらえるなら教えさせてやるからどんどん吐けとは思っていた。
そして今回の言葉である。……ごく一部の秘術をオオスは有していると捉えられた。
オオスの魔法には物凄く有益なのが稀にあった。例えば、ダメージを無効化する魔法。
一度の攻撃だけなのか時間制限なのかは不明瞭だ。回数制限か制約かがあり、オオスも面倒に感じる下準備をしているようだ。
しかし、オオスは霊夢にボコられた程度で使っていた。気軽に使っているようにも見えた。
弾幕ごっこでも結構、いやかなり痛いのだ。欲しい、ふざけんな寄こせと渇望していた。
「財産を築くのに魔術を利用するもいるが、ゲン担ぎと大差ない」
オオスはそこまで万能ではないと冷や水を浴びせる事にした。過大評価が過ぎる。
大げさに秘術といっても対策すれば破れるようなものが多い。
……まぁ、対策には魔術の知識が必須な傾向なので知識が皆無な外の世界では凶悪無比ではあった。
ミスカトニックの奴らが禁じられた知識として知識を狩り過ぎていた。
邪教や邪神の知識を封じる気持ちは良く分かるのでオオスも否定しにくかった。それでも悪用を防ぐ知識まで狩るのがオオスとしてはナンセンスだった。
魔理沙は儲かりそうな魔法とか霊夢がスゲェ欲しそうだと思った。
……霊夢に告げ口すればオオスは徹底的にしばかれそうだと思った。だが、オオスは絶対吐かないと断言出来た。そうなると魔理沙が逆恨みされかねない。
それよりも磔の状態を戻せよと思った。乙女だぞこちとらと魔理沙は睨みつけた。……まるで反省していない。
魔理沙は浅ましい欲に取り付かれた霊夢の姿を想像して我が身を振り返った。
いや、まぁ今でもオオスの魔術が欲しいっちゃ欲しいのだが。人間性まで捨てたくはない。
「劣化した呪文で満足する者か、本物の呪文を習熟している者が失望するか。外の魔法使いはそういう類に満ちていた」
オオスは魔理沙へ自身の知識の価値は想像より低いだろうと暗に溢した。
霊夢のお陰で魔理沙を冷静にさせられたと考えると何とも言えないが有効だった。
それにしてもあの脇巫女は何とがめついのだろうか。オオスは少し諦観した。
魔理沙はオオスの言葉に少し疑問に思った。魔理沙も魔法を学んでは失敗して成功まで何度も繰り返す。
実験の繰り返しである。人体に有毒な水銀が触媒になるなど危険も多いが何度もやる。
オオスが何度も検証できない類の魔法だ。魔理沙は無駄に賢しい頭脳で真実に辿り着いた。
オオスの認識している魔法が恐ろしい程危険な禁術だらけではないか。
……魔理沙はオオスの感性がズレているせいでうっかり溢してしまった事に気が付いた。
魔法という学問が体系化できていない外の世界で独学したオオスは偏った知識であってもおかしくはない。
パチュリーやアリスのような成熟した魔法使いならばオオスのズレを感じにくかったのではないだろうか。教え子を諭すように指摘することはあるだろうがそれ以上にはならない。
現在独学で学ぶ魔理沙だからこそオオスのズレに気が付いていた。
……その価値も。魔理沙は高揚感を隠すように振舞った。
オオスに違和感を持たれてもこの内心はギリギリバレないと信じた。
幻想郷に流れ着く禁書を解読するのに相当な労力がいる。オオスの知識や魔法と照らし合わせれば魔理沙の想定よりずっと早く解読出来るかもしれなかった。
そうであれば色々と納得がいく。一般的な魔法の類が全部禁止にされたなら残るのは禁術の類かもしれない。
……オオスの魔法が凄い欲しいと魔理沙は前言を撤回しようか考え始めた。魔法使いにとって垂涎の知識であり欲望を再燃させるには十分だった。
「だから、私は驚いたんだ。パチュリーは劣化した魔術すら意味を見出している」
オオスは学問の徒として羨望を語った。
この時のオオスは一人の里人ではなく魔法を学ぶ者として魔理沙へ話していた。
心の涎を拭った魔理沙はピタリと止まった。余りに真摯な言葉に面食らっていた。
劣化した魔術に意味を見出す?魔理沙からみてパチュリーにあるのは無駄な知識ばかりである。
四番目に発動が速い魔術法とかなんだよアレと愚痴を溢した。無意味な知識を集めてばかりで永遠に借りる魔理沙が勘違いしたらどうするのかと思っていた。
「発動が遅い、威力が低い、それならばラグやブラフとして…牽制として相手の力量を図る物差しにしようとしていた」
オオスは魔理沙に違和感を抱いたが学問の徒として話を続けた。
……劣った術にも優れた術にも活用法を見いだせる。それは魔術を体系として理解しているからこそできることであった。
オオスには体系化しようにも前任者と巡り合う機会すらなかった。最後まで独学だった。今は違うが本業は魔法使いではない。
しかし、霧雨魔理沙はそうではなかった。
魔理沙はオオスが言いたい事が何となく分かった。いや、この場合はパチュリーの魔法活用法を語っているが本質はそこにはない。
要するにオオスは魔理沙からすれば当たり前がない状態から始めた魔法使いだ。
……今は紙芝居屋を騙る意味わからない胡散臭い奴であるが。
「素晴らしい。私は精々、劣化した魔術を本来の形で引き上げようと学んでいた。魔術の理論を構築して体系化を試み失敗した非才で嘆いたわが身の何と愚かなことか」
オオスはパチュリーと比較して自分の非才を嘆くものの、魔理沙へ恵まれているのだと暗に羨んでいた。
魔理沙はオオスも自分と同じく研鑽を繰り返して魔法を使っているタイプだと確信した。
そうでなければこういう言葉は出てこない。
……魔理沙にとって興味深いのはオオスが劣化した魔術だと断じたことだ。
魔理沙は試行錯誤を繰り返し、まだ改良できると思い込んで自分なりの形に魔法にする。
オオスは自分の手元にない教科書通りにしようとしている。魔理沙とは似ているようで違う発想だ。
アリスやパチュリーに近いのかもしれない。ともすれば、オオスの本質は正統派な魔法使いに近い。
……だからパチュリーはオオスに関して変になるのかと魔理沙の中で少し腑に落ちた。
「私は魔法使いではないが君は魔法使いなのだろう?」
オオスは魔理沙へ宣言した。そっと剃刀を魔理沙の懐に忍ばせた。
魔理沙は少しむっとした。良く分からないが腹が立つ。
魔理沙にはオオスが自分に無いものを持っているように見えた。
「霧雨魔理沙。貴方は努力できる環境があり、手を伸ばせば学ぶ機会がある。……貴方の行く末に幸多からん事を願う」
オオスは一礼をしてその場を後にした。
魔理沙を磔にしていたが剃刀に気づけばすぐに解ける。これ以上はアリスが魔法の森から出て行ってしまう。
オオスとしてもこれ以上魔理沙へ語る事もなかった。
魔理沙はオオスが何かを夢見て諦めたのだと察した。そしてその時はもう過ぎたのだ。
夢を見て諦めたが人生に満足したと語る老人達を魔理沙は見て来た。
オオスはその老人とは違うのだが、魔理沙はそれに近いものを感じ取っていた。
だから、魔法使いになれる環境を羨みつつもオオスは魔理沙とは違うと断言する。
「相変わらず、面倒臭いなアイツは」
魔理沙はいつの間にか懐に入れられた剃刀で拘束を解き、ため息を吐いた。
……凄く面倒臭い。本当に凄く凄く面倒臭い。
その面倒臭さは前とは別の感情を含んでいたのだが霧雨魔理沙はまだ気づく事は無かった。