永江衣玖は龍宮の使いの妖怪である。龍神が伝えたいことがあれば、地上の民へ伝えるのが仕事である。
今回は地震の予兆を伝えろとの事だったが、下調べにより地上では天変地異が多発しているという。それ以上は知らないが
衣玖は天界の住民であるため、地上の民を見下しており、彼らの状況は基本的に顧みない。
従って、自分の行為で地震の被害が減れば良いと積極的に考えているわけではない。
それでも被害を抑える為に比那名居家の人間を呼び出そうとしていたりもした。
それなのに比那名居家の住民はまるで何も気が付いていないかのように出払っていた。
比那名居天子という不良もとい総領娘も天界を探しても見つからなかった。
仕方がなく、衣玖は地上の民へ直接まもなく地震が来ると伝えに行くことにした。
道中、天界に居座っていた伊吹萃香に出くわしたが暇つぶしに喧嘩を売られて散々だった。
「そういえばあの時は様子のおかしい黒…喪服の男がいたような?」
衣玖は萃香が天界に居座る前にいた変な男を思い出した。
衣玖が仕事に関係のない異性を思い出すのは極めて稀であり、数百年ぶりのことだった。
そして、永江衣玖が独り言を溢せば奴は現れた。
噂をすれば出て来るような気がすると萃香は思っている。実際は来ない。来るときが印象に残るので噂をすれば来るような錯覚に陥る。
「行きついた階級社会、実に革命しがいのある世界だ。善人ぶりながら他を不幸にするとは不心得者達でもある」
オオスは開口一番に天界の末端に過ぎない衣玖に言うのか言わないのかわからない電波を垂れ流し始めた。衣玖がもう少し真面目だったら割と洒落にならない。
「天気を変えられるそうですが、あまり弄ると歪みが生じます。天を操る術というものは人には行き過ぎた力なのです」
衣玖はオオスへ話かけた。永江衣玖の空気を読む程度の能力はその場の特性を理解し、すぐに馴染む事が出来た。
対オオス用と言っても良い能力でもあるが衣玖はそれを知らない。しかしながら、永江衣玖はオオスという人間をほんの少し調べていた。
戦えない非力な男と宣言して自分から逃げたように見えた相手を調べていた。……普段の衣玖ならそこまでしない。
「仰る通り。私が知る古代の雨乞いは故郷を枯らせ、洪水を呼び寄せ国を流した。摂理に反する行いはいつか自らに帰って来る」
オオスは衣玖の指摘に誠実に返した。オオスも無理やりな天候操作はしない。自然由来の力により歪みを最小限にするよう心掛けていた。
春の剣『春季光星』、冬の剣『冬季清浄』をオオスはよく使う。だが、オオスは自分が持つ天候操作系の呪文は使うのを控えていた。乱用すると古代の雨乞いのようになった。
「しかしながら、世俗を捨てたと宣いながら最も贅沢に土地を使う輩には言われたくありません」
オオスは天界を指して言った。事実、天界は冥界の魂を受け入れられないと宣っていながら天人の贅沢な庭園や宴に使用されていた。
一見すると風情はあるが自然の摂理をこれ以上なく犯していた。
自分は善と宣い、他の助けることなく遊び惚ける為に嘘をつく。これには憤りを感じずにはいられない。
「あら、随分な物言いですね」
衣玖はオオスに言葉が過ぎると暗に窘めるように言った。
……衣玖は天女として天人たちに仕える身の上なので流石に同意するわけにはいかない。
「天女であるあなたには関係無いと?」
オオスは他人事を決め込む衣玖へ尋ねた。
龍宮の使いの妖怪だけであればそこまで関係ない。だが、永江衣玖は天女として仕えている身だろうと指摘した。
「下位の天女の生活が人間以下なのはわかりますが。天女の羽衣をわざと地上に置くのはいただけません」
オオスはチャラい天女のやらかしを指摘した。オオス視点では地上にとって迷惑だった。
先進国の国民が途上国へマウント取る為に行く旅行よりも遥かに性質が悪い。
「……ああ、それ辞めて欲しいのですよね。普通に始末書ものですし」
衣玖は嫌な旅行客でイメージが悪くなると言いたげに同意した。
天界の品位を下げる愚行に同じ天女としての品性まで疑われるのは不愉快だった。
しかも天女の地上への干渉は年々増えていた。天女の羽衣を落とし人質に取らせて地上の暮らしを満喫して帰る。
天女が地上の人間に負けるわけがないのでいつでも帰れはするが、品位を穢すと天界の評価はガタ落ちした。
「でもそれは地上の人間の方が問題ありませんか?置いてあるから盗む真似なんて」
衣玖は地上側の落ち度を語る。盗めば帰れないと短絡的な地上の民が欲深き浅ましい。
天女側は愚かな人間が自分に贅沢させてやるという姿勢を旅行だから我慢してやったという被害者なのか加害者なのか分からない傲慢な態度であった。
愚かしい人間の欲深さが全ての原因であるというのが天界の認識であり、天女を追放より上の処分は控えていた。
天界の品位を下げ、羽衣を欲深き手に触れさせた罪により昇進は見込めなくなる。
「盗みは大罪です。その証拠に幻想郷の人里では盗人は自らの意思で磔にされています」
オオスは盗みが大罪なのは否定しない。盗んだ奴が悪いと認めた。
さらっと碌でもない事を言うが衣玖は空気を読んでしまい、自らの磔になる行為を正常な自罰として認識した。
日常会話でオオスが使うせいで衣玖の中で、里人が自らの意思で磔になる光景が正常であるという滅茶苦茶な認識が通ってしまった。
「しかしながら、人間は美しさに心惹かれるのです。貴方のような方ならば特に」
オオスは長身でスタイルが良く、容姿も整った永江衣玖に事実を伝えた。
特に他意はない。オオスはちょうど良いたとえが目の前に居たので引用しただけである。
「……口説きならば私は仕事がありますので」
衣玖はオオスの言葉に動揺しそうになったのだが瞬きの時間すらなく空気を読んでしまった。
己の能力に文句はないのだが、衣玖は少しばかり苛立ち声に出ていた。
「しかし、それは容姿の美の話。地上の民には心や言葉、振る舞いの美しさに惹かれる余裕を持つ者が少ないのです」
オオスは衣玖には振る舞い等の美しさがあるが、ぱっと見は伝わらないのだと言い切った。
本心から嘆かわしいと思っている。
繰り返すがオオスはこれで口説いていない。客観的事実を語っていた。
「怒りますよ?」
衣玖は流石にイラっとしたので注意した。オオスには伝わらないだろうなと能力でなんとなくわかってしまう。
この時、衣玖は無意識であるが天界の者としてではなく、地上の民を見る目ではなく対等の者を見る目でオオスを見ていた。
「そもそも天女の羽衣とは天帝に下賜されたもの、一時の欲を満たす為に利用するのは天帝への侮辱に等しい」
オオスは言いたい事を言っていた。衣玖が何故か苛立っているが自分をキチンとみているので好ましく感じていた。オオスは何故衣玖が苛立っているのかはわかっていない。
「……そうですね。本当に何をやっているのだか」
衣玖は言いたい事があるが、同意した。天帝の顔に唾を吐いているというのが軽率な天女達には分かっていないらしかった。
衣玖も電気刑係として呼ばれた事があるが、彼女らはまるで反省せず解放されていた。
同僚達へ自分がどれ程地上でちやほやされたかを自慢しあっていた。それに影響されて模倣する者が増えていた。
「天女側は夫も子も飽きたら捨てる仮住まい。夫側は永遠に満たされぬ絶望を味わう。当事者間はそれでも良いでしょう」
オオスは更に続ける。酷いがそれで終わるなら身の丈に合わぬ欲望で身を亡ぼすだけであり、オオスも天界へ何か言うつもりもない。
「しかし、人間関係はどうなるのでしょうか?特に残された子はどうなるか」
オオスは巻き込まれるのはふざけんじゃないと衣玖へ語った。
それは衣玖へではなく天界やその上層部、天帝まで怒りを孕んでいた。
「仮に子がいなくとも。美とは周囲を狂わせるのです。天女は自分から相手を不幸にしている」
オオスは衣玖へ認識の甘さを指摘した。末端でもこの程度は意識改革しろと問題を提起していた。
「…………貴方には関係ない事かと。大体、それは貴方の推測にしかすぎませんよね?」
衣玖は少し考えたがオオスに関係なくないかと思って尋ねていた。
口では『推測でしかない』と言うが、衣玖も流石にどうかと改めて疑問を抱いていた。
天界の品位を下げる程度にしか考えていなかった。
天界へ上るとき、天人は地上の欲望を捨て去るのだ。親子の絆というものも簡単に捨て去れる。
例えばかぐや姫の物語。月の薬を含んだ瞬間、かぐや姫はあれほどまでに嘆き悲しんだ養父母の事を歯牙にもかけなくなっていた。
衣玖は月の都は詳しく知らないがあり得ると認識していた。天界なら迷惑な手順が増えただけなので気にはしない。
衣玖は初めて自身の所属に葛藤していた。
「それもこれも天帝や天人が取り巻く階級社会が末端の天女にヒエラルキーとして表れているからです」
オオスは衣玖の葛藤を汲み取ってうんうんと頷いた。やはりここは革命である。
外では化け鼠が人間に代わる新世界を構築するとオオスへ宣言していた。
自身こそが食物連鎖の頂点だと語り、あまねく知的生命体はより高みを目指すべきだと人類を罵倒していた。
オオスとは相いれないので敵対したが尊敬すべき敵だった。
「……うん?」
衣玖は何かがおかしいと感じたが、オオスの発言全てがおかしいので二重の意味で思考停止した。
「不満を抱く天女が天人と入れ替わる時が来たのです。うすぼんやりして自分の既得権益を守り、魂を自分の土地へ受け入れず、天女の待遇改善を行わない」
オオスはつらつらと現状の天界の問題を語る。山ほどあるが衣玖にも伝わる範囲内で収めていた。
オオスは天女云々も待遇を改善すれば起こらない悲劇と認識していた。
地上が天界より豊かになるときはまた何らかの革命が必要だろうとオオスは反逆者の思考をしていた。
「改めて言います、永江衣玖さん。易姓革命しませんか?」
オオスは永江衣玖へ手を差し伸べた。オオスは割と真剣に不満を抱く同志になれないかと目の前の天女へ問いかけていた。
だが、
「ええ……。しませんよ」
衣玖は空気を読んだ。……不思議な事に通報する気にはなれなかった。
衣玖からすると、オオスがついでに自分の手を取れないかなと思っているのではないかというのがあった。
「相手の事を知らないのに革命だと言われてついていく人はいませんよ」
衣玖は空気云々の前に余計な一言を溢した。この時の衣玖は間違いなく空気が読めていなかった。
「なるほど!わかりました!!」
オオスは衣玖の言葉に納得した。
誰がどう考えてもコイツにこの手の事で納得させてはいけない。
その後、オオスは衣玖が地上に向かうのを止めず、この先を歩けば新聞屋がいるので広める速度を早まるでしょうと案内した。
オオスは射命丸文と永江衣玖が出会う前に去った。衣玖は戸惑いながらも自分の職務に意識を戻した。