オオスは比那名居天子の面倒な所業から離れて伊吹萃香に愚痴っていた。
萃香とオオスの周りには不良まがいの天人が久方ぶりの酒を飲んで酔いつぶれていた。
天界は満ち足りた世界であり、食べ物は仙果が中心であり、仙果は美味で千年食い続けても飽きないと言われるほどだった。普段ならば天人たちも酒におぼれる事はない。
だが、萃香に鬼の酒を用意させたオオスは、天人たちを酔い潰す事に成功していた。
オオスは落ち度が見えにくい天界が取り繕えないカスな部分を露呈させていた。
萃香はなんか面白そうだからと少しばかり協力したが、天人すら道を誤らせるオオスの口車に少し引いた。
「この幻想郷では例えが通じにくいですが」
オオスはわけわからない支離滅裂なことを話そうとしていた。
……オオスは酒に酔っていた。これはかなり珍しかった。
オオスは永江衣玖がひょっとしてそこまで革命に興味がないのではないかと疑っていた。
『そんな仲間を疑うなんて!?』という無茶苦茶な想いがオオスを酒に走らせていた。
「例えば、電車で老人に席を譲ると断られる。ですが、『私はあちらに席を見つけたのでこちらをどうぞ』と言えば安心して座ろうとする」
オオスは外にいた頃を思い出して言った。誰かが電車で席を譲ろうとして断られると次から席を譲ろうとしなくなる傾向があった。
善意を成すには一言の配慮が必要だった。相手が同意しやすい状況を整えられれば気持ちよく続けられる。
「善意を形作るのはこのような配慮の一言が大事です。このような配慮を実践していたのにも関わらず、私も状況が違うとこれに欠けていた」
オオスはぶっちゃけ外の世界で殺されたのってこれが原因だよなぁと吐き出した。
「酔っているなぁ、お前」
萃香はオオスが何か大切な事を含ませたと直観した。
こんな場で吐き出すのかと死屍累々な天人たちを横目にしていた。
「嘘も方便というが状況を見極めなければただの嘘」
オオスは嘘が嫌いな萃香へ、あの時には必要な嘘だったのかと吐露していた。
「嘘を嫌うなら席を見つけに行くと言いたいが……それでは断られるだろう」
オオスは八雲紫と四季映姫以外伝わらないだろう、自身の過去を振り返り結論づけた。
貴方達は惨死しますからそこから退いてくださいと説明しても納得はしない。
あの時、オオスは大勢の人間を救ったが、救わなければオオスは外で生きていただろう。
しかし、それをオオスは選べなかった。詰みだった。
「ともあれ、この幻想郷では何が言いたいかは伝わらない」
オオスは鬼の酒を更に呷る。流石に萃香は酒を取り上げた。これ以上酔われると後が大変だと察していた。
「例えば、ある経典の『右の頬を打たれたら、左の頬をも向けなさい』と言われて実行するのは変態に見えるだろう?」
オオスは外の世界最大の宗教を罵倒した。幻想郷では伝わらないが平常運転である。
レミリアがいれば私達悪魔の大敵を変態と愚弄するのは少し品位にかけると窘めた。当たり前のようにオオスは悪魔扱いである。
「これもまた背景知識がないとわからない。復讐の連鎖を断ち切る為に許せの方が通じるはずだ」
オオスは萃香に伝わらないかと補足をした。萃香からすれば先ほどの電車の件から説明がない。
「あなうつくしや、通じない言葉遊び。教養なんて身内のじゃれ合いよ」
萃香は酔っ払いに酔っ払いの戯言で返した。オオスの教養は萃香に伝わらない言葉遊びと罵倒していた。
「だから言霊は原初の意味を持つ。互いが互いの言葉を信頼し、実現しようとする力。
……対話も会話も、話すという行為は通じ合うという一点の最小単位なのですよ」
オオスは酔っ払いつつも萃香に返答した。分からないならお互いの会話で通じるようにするのが大事であると返した。
「学者気取りがこねくり回すけどさ。言霊って信仰だよな?『倭の国は皇神の厳しき国、言霊の幸わう国』ってさ」
萃香はオオスへ指摘した。山上なんとかの長歌だ。酔って出てこないが、鬼は歌を嗜む教養人の側面もある。
例えば萃香が毒を盛られた時の歌は語り草である。
『都よりいかなる人の迷ひ来て、酒や肴のかざしとはなる』
(テメェら都から遥々酒の肴になりにきたのか上等だゴラァ)
萃香はブチ切れていたが、鼓舞する為に死屍累々の同胞達へ呼びかけた。
これに対し、人間の渡辺族長が返したのが、
『年を経て鬼の岩屋に春の来て、風や誘ひて花を散らさん』
(待っていたぜ、この時をよぉ!雁首揃えて花びらの如くぶっ殺してやるぜェ!!)
一見すると風情のある歌のやり取りだが、糞蛮族渡辺のやっている事は暴走族の抗争と大差なかった。
鬼たちは流石に蛮族共を相手にしたくなかったので地下に引き籠るようになってしまった。
萃香は、オオスがあの蛮族みたいな事を企むのかと少しだけ不安になり言葉を漏らしていた。
余談だが、萃香を始めとした鬼たちは日本全国の渡辺さんをこのヤンキーの血族だと誤解しているので近づきたがらない。
オオスも言霊の力を尊ぶのなら神々まで利用して鬼を騙す渡辺に成り兼ねない。萃香としては少し不安だった。
だが、
「『皇神の厳しき国』と『言霊の幸わう国』は並列していますが、別に分けているでしょう?」
オオスは物凄い屁理屈をこねて回避した。
併記しているが交わっていないので萃香の長歌は該当しません、残念でしたと暗に煽っていた。
萃香がどう考えてもオオスは言霊信仰に関する一切を無視していた。
萃香は知らないがオオスはレスバトラーのような無理のある言いくるめを試みていた。
「……まぁいいや」
萃香はオオスの姿勢に呆れながらも放置する事にした。
オオスは芸を語る者だと萃香は認識していた。であれば、言霊そのものを信仰する事もあるだろうと思ったが言わないことにした。絶対面倒だ。
萃香は天子が思いのほかボロを出さないのを察したオオスが愚痴でも吐きに来たのだろうと付き合っていた。
萃香はここまでべろんべろんに酔うとは思っていなかった。……萃香は自分が天子を言葉で煽ったせいでオオスがこうなったと確信していた。
……言わないから言霊にならない。バレなきゃセーフ。萃香は正直者の鬼らしからぬ小細工でオオスへ自分のせいだと言わないことを決めた。