そこは美しい世界だった。氷河のような水晶が規則的に輝いており、しかし明るすぎない。
客人の女は、白い何かが水晶の輝きを抑え、照明として機能するよう調整していると察した。
神秘的な世界、その光景を前に現実感が失われ、思わずその何かに触れてしまった。
それは真珠だった。見れば黒い真珠を加工したものが机へ肘掛けのように埋め込まれていた。
如何なる世界の大富豪だろうがこのような贅は無しえないだろう。
贅は物欲となり、身を亡ぼすというが、ここまでの美しさを前にしては息が漏れてしまう。
「Who are you, coming from another world?(貴方は誰かな?異界から来た者よ)」
異国の言語が女に聞こえて来た。女はこれが脳内に直接語り掛けていると直観した。
異国の言語であるのにも関わらず、意図が女にもしっかり伝わって来た。
「恐れながら。私は茨木華扇と申します。私はオオス=ナルガイというものからの紹介でここへ参りました」
異界、幻想郷から来た女、茨木華扇は相手に対し名乗りで返した。
華扇は自身の母国語で通じると推察し、失礼のないように振舞った。
華扇はオオスから探し物をする上で都合が良い人物と紹介されていた。……人物どころか異世界の創造主とは聞いていない。
華扇には相手の姿が認識できなかった。
おそらくは直視すれば正気でいられない類の強大な存在だと理解した。
声から男性の神だとは理解できる。だが、それだけだ。
「Oos-Nargai?...Ooth-Nargai is a valley.(オオス=ナルガイ? ……オース・ナルガイとは谷だ)」
異界の創造主は華扇の言葉に疑問を抱いた。あからさま過ぎる。関係者なら誰でも即座に分かる偽名だ。
……そして何より、あまりにふざけた名だ。喧嘩を売っているのか、この我に。
ドリームランドの都市セレファイスに近き谷、クラネス王の差し金にしては堂々と偽名を挙げる。
……異界の神はこういう事をする奴を一人だけ知っていた。
嘘だろ、おい。生存報告にカスみたいな罠を仕込んでんじゃねぇ。
もっと先に報告する相手がいるだろうと頭を抱えそうになった。
「……日本語で話すが、そいつは黒い服を着ていたか?いや、我のような神々を罵倒する輩ではないか?」
異界の神は相手に合わせて会話する事にした。
いや、ふざけんなと言いたいのだが。アイツしかいないだろうオオス=ナルガイって。
アイツが勝手に死んだのはまだいい。だが、引継ぎ先が薬中で、こちらを殺す気満々とかマジでふざけるな。
地球に我の信徒がいないからそいつと取引するしかない。
「……ええ、はい」
華扇はもの凄く人間臭くなった神に親近感を抱いた。
あの男は幻想郷に来る前からああなのか。華扇はオオスへの愚痴という話題を手に入れた。
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ところ変わって幻想郷、茨木華扇は残念ながら探し求めていた自身の右腕を発見はできなかった。
しかしながら、異界の神が異国での捜索に協力してくれるとのことだった。
華扇は外国人が興味本位で母国に持って帰る可能性を考えていなかった。
オオスは探しても見つからないのであれば外国にある可能性もあると指摘した。
人気の無いバレなさそうな奴を紹介すると申し出ていた。
「確かに、地球で信仰されていなければ、問題なさそうですが!」
華扇は幻想郷へ戻り、オオスの胸倉を掴んで言った。
最初は感謝するつもりだったが、ツッコミどころが多過ぎる。
どう考えても強大過ぎる神だった。……地球で信仰されていないにも関わらず、自身の世界を創造し、神威を示していた。
華扇すら気圧されるのだ。万全の状態ならばどうなるかわかったものではない。
「まさお君、元気でした?相変わらず偉そうなら絞めに行きますので言ってください」
オオスは神と認めていない相手を適当につけたあだ名で呼んだ。
信仰されていないのならギリセーフと手を組んだ事もあるが、人間が滅んでも宇宙の秩序を保てれば良いとか言う奴なのでやはりカスであるとオオスは認識していた。
「その変な名前!私、今すぐ辞めろとか頼まれたんですけども!?」
華扇は異界の創造主から手伝うからあの糞から名前を取り戻して欲しいと依頼されていた。
……神から名前を奪ったとかどういう事なのか意味がわからない。
「正男ですよ。長男ですよ。あいつ、意味わかっているんですかね。この配慮を」
オオスは華扇の絞め技にギブアップを示しながら言った。
華扇はいつの間にかオオスの背後に回り、腕をクロスさせてバックチョークの形に移行していた。
右腕は包帯なのに恐ろしく頑丈だ。これ、まさおが真珠化の硬化魔法を教えたなと察した。
『水晶の世界』の魔法をパクったのをまだ怒っているのだろうか。随分仲良くなりやがってからに。
過去、まさおは自分の双子の片割れ、強大な邪神を自らの手で食い止めたいと力を蓄えていた。
蓄えていた結果、オオスが先にそいつをボコしてしまった過去がある。
これは自分に自信がないからだとオオスは判断した。そこまで蓄えていれば十分だった。
物凄く迷惑であるが戦いの余波で人類が滅亡しかねない。
地球で暴走されては困るので名前を奪うと同時にアイツの兄だからお前の方が上という意味を込め、オオスは名前を変更していた。
当時のオオスとしても気に食わない相手へ適当になっていたのもあり、言うほど深い意味もないのだが。
「知りませんよ!そんな配慮なんか」
華扇はいい加減にしか聞こえないオオスの戯言を聞き、絞める力を強くした。
「ちょっ……ま……」
オオスは華扇の腕の中で息を引き取った。……当然ながら死んではいない。
もう少しお淑やかな振る舞いを。オオスは華扇へ妄言を心の中で溢した。