オオスは人間でありながら妖怪と取引していた。そのことは人里へ大っぴらには語れない。
幻想郷において人間と妖怪は敵対している。……表向きにはそうなっている。
実際はそうでもないのは周知のとおりだ。
幻想郷の人里で商いを営むのであれば、妖怪との関係は避けては通れない道だった。
魔法の類を嫌う霧雨店ですら、妖怪関連の商売は避けて通れない。
そもそも半妖の森近霖之助を一時期雇い、独立するまで面倒を見ていた。
オオスは紙芝居屋ではあるが、それ以前も今も副業として物を売る商売をしていた。
オオスは幻想郷に来た当初、簡易冷蔵庫を作成し、人里へ販売していた。
紙芝居屋へ転職できる資金が溜まり、冷蔵庫の商売は既に辞めていた。
ある妖怪の一群がオオスの冷蔵庫に目に着けていた。技術者と自負する河童である。
当時のオオスからしても河童相手に張り合うつもりもなく、冷蔵庫の製造及び販売できる権利を売れるうちに売っていた。
オオスは、河童の技術力は外の技術力を一部上回ると評価していた。
同時に河童はオオスの保有する技術力が外来人の中でも逸脱していると勘づいていた。
よくいるひ弱な外来人が口先だけ語るのではない、堅実な技術が確かにあった。
河童は技術者としてオオスの開発したローテクの冷蔵庫から読み取っていた。
例えば、現代人がマッチの作り方を知っているだろうか?
仮に、知っていたとして、マッチを量産して販売できるだろうか?
オオスは冷蔵庫の仕組みを完全に把握し、現地の状況に合わせて量産していた。
この異常さを技術者である河童は即座に理解した。簡単な技術ではない。
明らかに手間も過程も苦労も全部分かって作っていた。
オオスというのは機械の使い方しか知らない間抜けではないと河童は察した。
河童はキチンと技術を理解している奴の価値、それが自分達に多大な恩恵があると知っていた。
技術力のある外来人は滅多に来ない。だから河童は自分達で試行錯誤した。
その結果、河童の技術は高まっていた。
河童が模倣して不貞腐れていたところ、オオスという正規品が来た。
河童たちは歓喜した。来たばかりの外来人は幻想郷に住む権利がなかった。
オオスがどの程度の技術力かは未知数だが、何もない幻想郷ではたかがしれた。
隙を見て確保して拷問でも尋問でもすれば河童はより強大になれるはずである。
河童たちはまずは表だけ取り繕って接してオオスを探ろうと合意した。
ある烏天狗がオオスへ目をつける前のことだった。
しかし、捕らぬ狸の皮算用をしていた河童たちはある事を失念していた。
どう考えても逸脱した人間が大人しく河童に捕まるわけがなかった。
相手は歴戦の、狂気の世界の探索者だ。闇を探る探偵だ。
河童たちは相手が悪すぎた。河童たちはオオスの思惑にまんまとハマった。
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現在、博麗神社の再再建がどうこうと話題になっていた。
河童たちはある悩みを抱えていた。
いつもなら人間の里から奪えば良かった。妖怪としての許される範囲内でなら黙認された。
だが、今回は違う。オオスの管轄で盗みを働けば誰だろうが容赦なく磔になっていた。
キュウリは河童の好物であり、高い栄養源となっている。
なお、人間的にはキュウリはほぼ水分である。辛うじてあるビタミンCもキュウリの酵素で酸化してしまい破壊される。
人間にとってキュウリとはもはや何のためにあるのかわからない野菜である。
そんなキュウリだが、河童はまだ自力で量産できる技術力も土地も保有していなかった。
昔ならばオオスから聞き出せば良いだろうと考えた。実際、9割9分以上の確率でオオスは知っていると断言できた。
……しかし、後が怖い。その理由は現在の取引にも言えた。
河童の代表として来ている河城にとりはそんな輩に仕事を任せたくはない。
「河童の人口増加は激しい。そして河童たちも馬鹿ではない」
オオスはにとりへ語る。にとりはまだ何も言っていない。
オオスは全てを理解していると言わんばかりの態度であり、何処からか取り出した黒い大理石の椅子に座り足を組んでいた。
「キュウリか尻子玉が一番人口を養える。そして、尻子玉は人間を襲い過ぎるだろう」
オオスはにとりの苦笑を見て取って発言を続けた。
「かといって、人里のキュウリ農家に迷惑をかければまた問題だ」
オオスはじっとにとりの目を見て言った。
あの目だ。にとりは身が震えた。
「君と敵対するのは愚策さ!我が盟友よ!」
にとりは本心からそう言った。
『じゃあ、困るんだよこっちも』にとりは盗めないし、襲えないのは妖怪として困るとオオスへ言外に振舞っていた。
「……私に頼むというわけか。まぁ、予想はしていた」
オオスはにとりの媚びを一蹴し、つらつらと言葉を重ね始めた。
オオスは無条件降伏を好まない。足掻く姿こそ生物の美しさだと思っていた。
「私もただただむやみに時間を浪費していたわけではない。君たちの人口増加は私の関与も一因だと……『少なからず』あるだろうと思っていた」
オオスは冷蔵庫の件といい、にとりには色々と世話になったと過去を語った。
その過程で少しばかり河童に肩入れし過ぎたと警鐘した。
「……そこまで念を押されるとなんか照れるな」
にとりは努めて明るく振舞おうとした。上手い言葉が出てこなかった。
どうするか、もう土下座した方が良いだろうかと一瞬現実逃避したくなる。
それでもにとりは、オオスを河童へ引き入れると喚く仲間の気持ちも分かってしまう。
にとりから見て圧倒的な何か、言葉にできない力をオオスは持っていた。
危険だと分かっても、技術者として、一個人として。怪しく惹きつけられる。
それは世にカリスマという。
「例えば、そうだ。私は河童がキュウリを美味と感じる成分を特定できた。ククルビタシンだ」
オオスはこの間の実験で結論が出た話題を振る。
河童にとって朗報だが、これは味覚だけではない。河童と人類が異なる生態である事を示す、栄養学的な手掛かりでもある。
「えっ」
にとりは突然の話題に困惑した。オオスは河童の味覚まで調べ尽くしているのか。
にとりはゾクッとして体を抑え、自分が妙に興奮している事を自覚した。
欲望を押さえつけたにとりは自分の感覚に困惑しつつ、冷静であろうと努めた。
「理論上、河童が感じるキュウリのコクは何十倍にも高められる。人間には苦味やえぐみとなっているが……軟弱な味覚だ」
オオスは磔になっていた幾人かの口に改悪キュウリをツッコんだことを思い出して言った。
自らの意思で磔になっている変態共の味覚が軟弱なのだと吐き捨てた。酷い。
「古き時代の瓜科には含有量が凄まじかった。人間にはきつい味は減らすようにした結果、河童の味覚には淡白な味に感じられるだろう?」
オオスはにとりに問いかけた。言うなれば脂身のない肉だ。
とある外の実験において、人間は脂身のある肉だけで1年過ごしても生還できた。
他方、脂身の無い肉を与え続けたところ、すぐに死にかけ中止となった。
ここまで酷くないが、外の世界のキュウリをそのまま与えればにとり達は恐らく死ぬ。
なによりキュウリとは河童に取って主食に当たる。
尻子玉で脂身にあたる部分を補えるだろうが、人を襲いにくい以上そうなった。
「そ、そう!美味いんだけど淡白なんだ!もう少し美味く作れないかなと思っていたんだ。外の世界の技術で…げふんげふん」
にとりは同族以外で共感されて嬉しくなり、ついつい余計なことを言った。
オオスの怪しげな言葉の圧力に晒されたせいでもある。
「いや、河童の悩みが私の懸念通りでなにより。今のは聞かなかった事にしましょう」
オオスはにとりの問題発言を聞かなかったことにした。
河童が外の世界へコンタクトを取れる術があるとオオスは推理した。
幾つか仮説はあるものの、八雲紫が特に言わないならオオスもそれ以上は追及しない。
……もっとも、今回の話は八雲紫に知られているのだろう。
そして、オオスはこれに関しては何も言わない。紫からの盗聴をなるべく放置していた。
気にはなるが幻想郷の賢者として自分を見張るのは当然だとオオスは認識していた。
まぁ、たしかに八雲紫はオオスをこそこそと覗いていた。その理由についての推理は、オオスは的外れの大暴投であった。
気分を変えたオオスは、にとりがもう少し耐えてくれたら妖夢みたいに愉…もとい楽しく会話できるかなと考えた。
「……では商談と行きましょうか。人口増加に対応できるキュウリの代替『甜瓜』、河童がより美味しくキュウリを食べられるであろうレシピ、……」
オオスはキュウリの量産こそ教えないが、代わりとなりそうな渡しても良い知識を並べた。
「……後が怖いよ。本当に」
にとりは飛びつきそうになるのをぐっと堪えた。何が代金かをオオスは提示していない。
欲しがって飛びつけば、後払いで搾り取られそうだ。
何より、にとりはあの天狗たちすらオオスを捕まえられないと知っていた。
逃がせば河童達からの文句は必須だった。
「こちとら、欲深き人間だ。甘く見たら骨の髄どころか皿の欠片すら残らんと思え」
オオスは河童は河童でヤバいと思いつつ、商談相手へ警告した。
人間ほど邪悪な商取引はいない。仮ににとりが今すぐ全て寄こせと飛びついたら文字通りにする予定だった。
逃げることも容易だが、オオスは後ろ盾がいる。
にとりは知らないようであり、不用意な真似をすれば癲狂櫟林の恐ろしさを世に知らしめようと企んでいた。
オオス自身はそういう事をあまり好まないのでにとりが軽率な行動をせず安堵していた。
河城にとりはゾクゾクと体の悪寒に身もだえしていた。必死にこらえていた。
……にとりは変な性癖になりつつあった。やりすぎである。