博麗神社にて三日おきに連日連夜繰り返される宴の日々。
宴会を行う度に、幻想郷に得体の知れない不穏な妖気が高まっていた。
…怪しむ者も出始める頃合いだろう。
オオスは自らの知識と経験から類推し、犯人がはぐれの『鬼』でありあらゆる事象の密度を操れる存在であると思っていた。
鬼の人攫いが出ていないのは不思議ではある。わかりやすく異変解決と思っていたが。
オオスは今回の異変には関われないと思っていた。
だが、思わぬ隙間が出来たので外では見つけられなかった『同類』を見に行くことにした。
なお、オオスは今回の宴会では喪服で踊り念仏を神社で唱えるという風変わりな芸をしていた。
霊夢は神社で仏に祈るなとキレたが、他のウケは良かった。
それにオオス的には祈ってはいないから霊夢の指摘は的外れだ。
オオスは予め鬼へ手土産を準備していた。色んな意味で。
宴会終了後の誰もが寝静まった頃合いにオオスは博麗神社の虚空に話しかけていた。
「八雲紫さん。八雲紫さんはいらっしゃいませんか?
ご友人の件でちょっと話したいことがあるんですが」
オオスの声は虚しく響き渡る。
「八雲紫さん。八雲紫さんはいらっしゃいませんか?
ご友人の件でちょっと話したいことがあるんですが」
オオスは取り敢えず今日はずっと繰り返すつもりだった。
すると、突如空気が変わった。
博麗神社でありながら博麗神社でない。その隙間の感覚だった。
「そこの通りすがりの紙芝居屋さん。ちょいとお時間良いかしら?」
隙間に八雲紫が現れた。何だか楽しげだ。オオスは別に通りすがりでもないのだが。
「こんばんは。来ないのであれば一日中言い続けているところでした」
オオスは本気で一日言い続けるつもりだった。
「あら、夜更かしは体に毒よ。睡眠は大切にしなきゃ」
紫はそう言ってオオスを窘める。冬眠している上に夜も寝ている妖怪が言うと重みが違う。
「そうですね。睡眠は大切です。私も一日三時間毎日寝ています」
オオスは紫に毎日キチンと寝ていると伝えた。
「…もう少し寝た方が良いんじゃないかしら?流石に心配だわそれ」
紫はオオスの睡眠事情が心配になった。急に真剣な顔で注意し始めた。
「今日くらいは寝なくて良いから夜更かししたかったんですよ」
オオスは暗に辞める気はないと言った。
「宴会続きで真面目に体を壊すわよ?宴会芸に調理やら片づけやら」
紫はオオスの宴会での様子を見ていたので本気で心配そうだ。
「でしたら、ちょっとだけ薄い鬼を濃い鬼にしてもらえませんか?」
オオスはもう面倒臭いので本題を言うことにした。
それに自分の健康管理はしっかりしているし、問題ないと思っている。
「…意外だわ。あなたから動くなんて」
紫は扇で口を隠して言う。表情が読めないが驚いているようだ。
「いや、まぁ本来無視するところ何ですけど。お願いできますか?」
オオスも普段なら動かない。だけど今回はちょっとだけ違う。
これだけ宴会を繰り返す訳が確信へと変わったのでオオスも変わったのだ。
「心変わりは若い子の特権ね。私も若いけど」
紫は幽々子のように自身も若いと強調した。
「ええ、今日も月夜に光る桜のように可憐でいらっしゃる」
オオスは月夜に映える桜と紫が重なって見えたのでそう述べた。
「あらやだ…もう少し話していたいけど折角だから張り切りましょうか」
紫はそう言って思い切り腕を振るった。…口元は扇で最後まで見えなかった。
更に空間が変わった。
そして突如、小さな鬼が現れた。
「あいたた…紫にあんなこと言い続けたらああもなるわ。年甲斐もない」
呆れたような声色で鬼、伊吹萃香が現れた。
「申し訳ありません。こんな夜分に失礼を」
オオスはそう言って謝罪する。礼の作法は忘れずに。
「ああ、あんたの事良く知っているわよ。ずっと見てきたもの」
萃香はオオスを見ていたと話す。一度も会っていないが一方的に見ていたと。
「でしょうね。薄くなって幻想郷中にいらっしゃったのでしょう?」
オオスも疎密を操れるのならば他の面々も覗いていたのだろうと思った。
ほぼ防ぎようがない。
「宴会ではいつも欠かさずに芸を変えては考えていたね。
調理と片付けもしていたね。偉い偉い」
萃香はオオスの言葉を無視して話続ける。萃香は酔っているがそれは関係ない。
「あんたは宴会でもそうでなくても賑やかだったね。一人の時はそんなでも無いのに」
そう言ってオオスの目を見つめる萃香。オオスはただ黙って聞いていた。
「寧ろ暗いよ。明るい顔と暗い顔どちらが本当のあんたなんだろうね。
明るく振る舞うのはあんたが考える人間らしくありたいから?」
萃香は喋り続ける。極端な人間はいるがここまで両極端な人間も少し珍しかった。
「今まで全部知ったかぶっていて今更出てきたのは何だろうね。気まぐれかな?
ここ最近は一人のときは更に無口だったから何にもわからない」
萃香は自身への対策のつもりだったかと思うが、オオスという男は本当に何を考えているかわからなかった。
だが、
「でも、もし退治する気ならば、あんたじゃ無理だ」
萃香は変わらない結論を述べた。
どれほど努力しようが鬼にはオオスは勝てないと宣言した。
「フフフ。流石長年生きていらっしゃる鬼であられる。…中々キツイ」
オオスもそれがわかっているので否定しない。
悪意のない鬼はオオスに取ってはどうしようもない存在だった。
「あんたは傷ついているように見せかけて実際は傷ついていないだろう?
嘘つきを鬼は嫌いなんだよ。正直に生きられないあんたは鬼から目の仇」
萃香は嘘つきであるオオスを否定する。鬼からは嫌われ、力もない存在に正直に。
「ええ、嫌われ者は慣れています。でも、あなたの言葉は正直だ。…実に羨ましい」
オオスは眩い者を見るように萃香の言葉に同意した。
「初めて本心で言ったね。だったら何で正直に生きないのか」
萃香は初めて本心を述べたオオスに正直に生きない理由を問う。
「何でも先読みしていてわかったことを口に出したらつまらないでしょう?
自分だって嫌な思いをする。だったら、嘘をつくしかないのですよ」
オオスは萃香にそれらしい理由を述べた。
それは、心が読める妖怪から読めなくなった妖怪がかつて同意したであろう言葉だった。
「嘘に嘘を重ねたね。あんたは自分じゃなくて本当の所、他人が怖いんだ。
他人に嫌われたくないから自分から嫌われる。嘘の塊だよね」
だが、萃香はオオスの嘘を見破る。
嘘つきが嘘をつくというパラドックスも萃香の前では形無しだ。
「…正直に言いましょう。多分、あなたの思っているようにはなりません。
鬼対策も鬼と話してみたかったからです」
だから、オオスは降参する。口喧嘩で負けた。正直な正論には嘘つきは勝てない。
「幻想郷からいなくなった鬼と話してみたかった。ただそれだけですよ」
オオスは幻想郷から鬼がいないと聞き、話してみたいから色々やり始めた。
古代天狗語の翻訳も文を揶揄う以外にもそれが一つの理由でもあった。
…鬼がいた時代の『鬼』を知るためだった。
だから、翻訳できない言語をわざわざ解読する手間をかけたのだ。
「…本心だね。まさか毎日やっていたのって鬼と話したいから?
変わっているねあんた。人間として大事なところが壊れているんじゃない?」
萃香はそれを見知っていたので、いるかいないかの存在への熱意に思わず口を回す。
「一人で来たあなたに言われたくないですよ。このはぐれ鬼」
オオスは同じ理由で幻想郷に戻って来た萃香に吐き捨てた。
「…喧嘩売るつもりなら容赦しない。紫を盾にしようと言うのなら舐めるなよ」
オオスの余りの口汚さに萃香は本気の圧をオオスに浴びせかける。
紫のことで大きく出ているようならそんなものは私には通じない。
この場で男を八つ裂きにしてやろうかと本気で考えた。
だが、
「何故八雲さんの名前が出るので?」
オオスは脈絡のない名前が出てきたので困惑した。
ガチで意味がわからない。一体何故というのが心の奥底から出ていた。
「ええ…。あれ素なのか…面倒臭いってよく言われない?」
萃香は思わず気が抜かれた。
この男は本気で『一人』で萃香に向かい合っているようだと気が付いた。
「言われますね。何故か。後、喧嘩は売っていますよ」
オオスは不思議そうにしながらも、喧嘩は売っていると話す。
先程の圧をまるで感じていないかのように。
「上等だ。その喧嘩買ってやろうじゃないか!」
改めて本気になった萃香は弾幕ごっことは言わずに喧嘩を始めようとした。
だが、
「ただし、口喧嘩です。私だと勝てないですもの」
オオスは自分が有利な方向へ持っていきたい。勝てないからと正直に言った。
「ええー。もう十分しただろうに。…いいじゃんもう」
萃香はオオスと話しているのが面倒臭くなった。
だが、先ほどのような嘘つきを嫌う威勢はもうない。
「ええー。それだと私が負けたみたいじゃないですか。私だって勝ちたいのに」
オオスは本気で不満そうだ。というか不満だった。このままでは負けである。
負けたまま帰りたくないと主張する。
「よもぎに炒った豆、イワシに柊、桃と葦の弓矢。風水に陰陽道他沢山。
最後にその剣まで揃えていたのだから本気で喧嘩するつもりなら考えるよ」
萃香はオオスが隠しているだろう鬼対策を見ていた。
…中には気づけなかった物もあるかもしれない。
オオスが一矢報いるつもりなら喧嘩をすることも考えなくもないと伝えた。
「フフフ。この剣は皆を楽しませるための剣です。戦いには使いませんよ」
オオスは本心からそう言った。春の剣『春季光星』は戦うための剣ではない。
そもそもレミリアにこの剣を向けないという契約もその宣言であった。
「そうだね。お前さんはその剣で皆に春を届けていたね。
お陰で少しは早く宴会ができるようになった。その点は私としても嬉しい限りだ」
萃香はオオスが剣に込めた想いを見ていた。
遅い春だったが、宴会が多少とはいえ早まったのは萃香も嬉しかった。
「お話するために死ぬまでの時間稼ぎくらいですよ、この装備は」
オオスは本心から述べる。
鬼と死ぬまでの間にちょっと話すための装備であり殺し合いの装備ではなかった。
「やっぱり頭おかしいわ。
幻想郷に鬼がいない中でこれだけ揃えた人間何てあんた以外後にも先にも出てこないだろうね。
しかもその理由も死ぬ前に鬼と話がしたかっただけ」
萃香はオオスという嘘つきが鬼と会話するためにわざわざ用意した準備に大いに呆れた。
萃香が来なければオオスは死ぬまで使わなかっただろうにと。
「あなたに他の人間人外問わず気づき始めていますよ。
私がいなくともあなたで話題は持ち切りです。私はあなたがやはり羨ましい」
オオスはもう自分何ていてもいなくても関係ないと述べ、萃香を羨ましがる。
「あんなに宴会芸とかできるじゃないか。それでも羨ましいとでも?」
萃香はオオスに敢えて聞いた。嘘をつくしかない人間に。
「私は嘘しかつけない。あなたはいつも正直だ。それだけでも羨ましい。
純粋無垢な鬼と人間の関係も鬼がいなくなる前はそうだったのですか?」
オオスは過去に思いを馳せて萃香へ聞いた。
もしそうであるならば、どれ程危険であろうともオオスはその時代に生きたかった。
「…皆人間が卑怯になってつまらなくなったからいなくなったのさ。人間は嘘つきだからね」
萃香は、否、鬼は嘘つきを嫌いである。それは今でも変わりないが…
「でも、あんたのような嘘つきなら…少しは変わっていたかもね」
萃香は過去に思いを馳せてそう呟いた。
「…フフフ。それは嬉しい限りで」
オオスは過去に思いを馳せる萃香を見て、自分のような嘘つきでも言葉を交わせたことを嬉しく思った。
「でも、あんたには解決する資格はない。だからこの辺でおさらばだ」
萃香はオオスを一定程度認めつつも資格無しとしてお開きとした。
「次回からまた宴会だ。これからもずっと宴会だ。皆帰って来るまでさ。
だから、あんたのように気づく奴なんかいやしないよ」
萃香は過去に思いを馳せて、今の嘘つきに無駄だと宣言した。
「では、私から言わせていただきます」
だからこそ、オオスは敢えて最後に言った。
「今の人を舐めるなよ」
オオスから萃香へのプレゼントだ。
「ハハハ!負け犬の遠吠えとして覚えておくよ」
そう言って萃香は霧となり、霧でなくなり幻想郷中へいてもいない状態へと戻っていった。
「…実に楽しい宴会だった。酒がないのが悔やまれる」
オオスは登る朝日に映える桜を見てそう呟いた。