夏の中頃、オオスは宴会でタケノコ掘りの件でお世話になった因幡てゐへ挨拶しにきていた。
てゐへお礼を届けに来ていた。
だが、オオスはすぐに様子がおかしいことに気が付いた。
「…ふむ。これは嵌められたかな?」
オオスは呟いた。笛を吹いてもてゐはやって来ない。
そして、オオスは岩を見つめた。
「そこにいるのはわかっていますよ。鈴仙さん」
オオスはニコリと笑って岩に向かって言う。
何も返事がない。
「音、光、電磁波、物質の波動、精神…あらゆる波長を操れるのは素晴らしい能力です」
オオスは岩に近づきながら両手を広げて鈴仙の能力を評価する言葉を述べる。
すると、
「…ルナティックレッドアイズ!!」
突如、岩は鈴仙となり相手を狂気に追いやる波長の渦を放つ。
その光線は無防備なオオスの体を突き抜けた。
オオスが感じる五感全てを弄って鈴仙を岩に見せているはずだった。
奇襲が成功し、鈴仙はオオスの言葉はただの勘で言った出鱈目だと思った。
そのため、鈴仙の一瞬気が緩んだ。
「学びませんか?私に狂気は効きません」
オオスは全く動じていなかった。効いてすらいない。
「貴方の能力は私に取って素で効かないと教えたでしょう?」
オオスは口元が裂けそうな程に嘲笑う。
鈴仙は思わず、永琳の命を忘れて位相をズラして隠れた。
これでオオスは鈴仙に干渉はおろか見ることさえできない…はずだった。
「今度は時間稼ぎですか、位相をズラして隠れて奇襲しますか?」
オオスは位相をズラした鈴仙を目で追っていた。
鈴仙には見える理屈が全くわからない。自分の力が通じないこと等有り得ない。
だが、恐怖によりオオスが言っていた『弱点』に頼ってしまった。
「くっ!?これで!!」
鈴仙は人外の身体能力のゴリ押しでオオスに向かって駆け抜け、そしてみぞおちを殴りつけた。
それは美しさの欠片もない恐怖からくる一撃だった。
ぽきりと音がした。音はオオスの体からは聞こえなかった。
鈴仙は別のところから今の音がしたのを聞き取った。
「残念…自らの弱点を何の対策もせずに現れるわけがない」
オオスは嘘をついた。否、対策済みだった。
「何で効かないの!みぞおちなのに!?」
鈴仙は思わず叫んだ。
目の前の男には自分の能力もプライドを捨てた力のゴリ押しも効かない。
鈴仙は恐怖で思わずへたり込んだ。
「やれやれ、月の兎は狂暴だ。少し眠っていてもらいますよ」
男は優しく微笑んだ。
鈴仙は目尻から熱いものを感じた。
鈴仙はそうして意識を失った。
「さて、どういうことかな?てゐ」
オオスは隠れているであろうてゐに話かけた。
竹林の影から小さな人兎の少女が飛び出してきた。
「…ごめんね。これも仕事なんだ」
てゐは珍しく愁傷な様子だった。
オオスに対して面目ないという様子だった。
だが、
「降参するよ」
オオスは両手を挙げて降伏の意を示した。
「あれ…いいの?」
思わずてゐは聞き返す。
「まず話し合いを選択しないとは…全く学ばない月の兎だ」
そうオオスは鈴仙に語りかける。
オオスの目は意外なことに優しいものであった。
「月に関して出しゃばらないように私を軟禁するって感じかな?」
オオスはてゐに尋ねた。
「それはお師匠様に聞かないとわからないね」
てゐはオオスのいつもの様子に合わせて言い返す。
「フフフ。言質は取らせてくれないか」
オオスも普段の様子である。
「そうさね。貴方の考えそうなことだからね」
てゐはそうも言いつつ永琳の指示を思い返していた。
永琳はオオスを気絶させて運んでくるように言っていた。
「まあ、行こうか。月の賢者も私を甘く見過ぎだよ」
オオスはてゐの心情を慮って言った。
そして、そっと鈴仙を抱きかかえた。
「お姫様だっこ?鈴仙に惚れちゃった?」
てゐはオオスを揶揄って言う。
「揶揄わないでくれ。ちょっとやり過ぎたからね」
オオスはそう言って鈴仙を運びつつ、てゐと並んで歩いていく。
「狂気は私の専売特許だよ。例えどこの誰であろうが敗北は有り得ない」
オオスはそう呟いた。