嘘つき探偵と幻想郷   作:kohet(旧名コヘヘ)

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私の芸が気に入らなかったら命でも何でも持って行くと良い

オオスは地霊殿から帰るついでに勇儀へ挨拶をしに行った。

 

ところが、勇儀から酒の肴にさとりのところへ行った話でも聞かせろと鬼達の飲み会にオオスは参加させられた。

 

鬼の宴会に突如として人間の登場である。

鬼の四天王である勇儀が連れて来たとはいえ、鬼が嫌うような虚弱そうな人間であった。

当然、それを訝しむ鬼もいた。人間が嫌になって地底に降りて来た鬼達である。

その反応は当然であるとオオスは思った。

 

勇儀は客人として自分が招いたオオスに無礼とそれらを黙らせようとした。

 

だが、

「勇儀さん。私は約束を守ることにしましょう」

オオスは勇儀が何かをする前に自分で鬼達へ魅せてやろうと決意した。

 

「さて、鬼の皆さん。こんばんは。私の名はオオスと申します」

オオスはそう言って優雅に礼をした。

鬼達の試すような殺気も混じった視線をオオスは一切気にしない。

オオスの佇まいは実に見事なものであった。

鬼ですら過去、このような豪胆な人間を見たことは稀だった。

 

鬼達はその振舞いだけでオオスをある程度認めた。

過去を思い返し、このような人間のいた時代を懐かしむ者もいた。

 

しかし、オオスの、次の言葉はその鬼達ですら正気を疑うものだった。

 

「私がこれから行う芸に不満がある鬼がいたらその場で私を酒の肴にすると良いでしょう」

オオスは堂々たる宣言した。自らの芸が気に入らなければ殺して食うが良い。

 

鬼達は互いに顔を見合わせた。勇儀がオオスに何か言おうとするがオオスは手で制した。

オオスの不遜とも蛮勇とも言うべき宣言により鬼達はオオスの芸に注目せざるを得なくなった。

 

オオスは宴会芸を即興ですることにした。勇儀とは当然、打ち合わせも何もない。

全てはオオスの意思であった。それを曲げることは鬼であろうが許さない。

そんな傲慢不遜ともいえる佇まいをオオスは崩さない。周囲の空気に全く動じない。

 

「さて、これより私が行う舞いの名は『幻想郷異変縁起』。

 私がこれまで見て来た地上での出来事の集大成であり、誰にも明かしていない未完の作。

 だが、魅せて見せましょう。我が舞いを!」

オオスは懐から扇を取り出し、右手に持ち上げて広げ、高らかに宣言した。

オオスはこれから未完成の舞いを舞うがこれっぽっちも命を散らす気がないと鬼達へ暗に言い切った。

 

鬼達は更に注目せざるを得なくなった。

誰も彼もが、無類の酒好きのあの鬼達が酒を飲む手を止める。

そして、オオスへ目を向けた。オオスは場の空気を支配した。

 

オオスは鬼という圧倒的強者達による好奇の視線を気にせず、礼を持って舞いを開始した。

 

 

 

一人の演者が扇子一本で役柄を使い分け、表現する。

そこにはオオスしかいないはずなのに『全て』がいた。

 

里の男に女。それを始めとする異変に翻弄される人々がいた。

解決のために翻弄する妖怪虐めを生業とする生臭巫女達がいた。

…何よりそれらの原因となる異変を起す妖怪や亡霊がいた。

 

歌舞伎舞踊とも呼ばれる日本舞踊にオオス自身が変化を加えた『幻想郷異変縁起』を舞っていく。

オオスの技能、声帯模写等を発展させた思考模写で異変当事者の、本物の登場人物本人に成る。

その舞台には本当に数多くの弱きも強きも問わない人妖達がその場にいた。

紅の霧に翻弄される住人達。太陽を浴びたくないという理由で起こした我儘吸血鬼。

それを退治しに来た博麗の巫女。

春が奪われ、冬を越せずに寒さに苦しむ貧しい里人。咲かない桜を咲かせるという目的で春を奪った亡霊。春を奪い返しに来た三人の少女達。

 

鬼はその時に滑稽な、時に残酷な、そして何より美しい舞いを見た。

 

オオスの舞いは空気を読む。

魅せるだけではなく、酒の肴になるような厳かな舞いではない宴として相応しい形での無礼講の舞いだ。

 

そこには舞いとしては未完を謳いながらその宴の場に相応しい完成された『芸』があった。

 

酒の肴に盛り上がりが頂点を迎え、やがて異変は解決される。

全てはめでたしめでたしでオオスの舞いは終わりを迎える。

 

…そして、最後にオオスはこう締めくくった。

 

「同心の友はみな別れて去った、死の枕べに次々倒れていった。

 命の宴に酒盛りをしていたが、——ひと足さきに酔魔のとりことなった」

異変解決後、里人は先立つ友を見送る宴をしていたが、自分が酔魔によって送られた。

 

オオスは最後にこの宴に相応しい残酷でありながら、滑稽な酒の魔力を歌った。

…地上からいなくなった鬼と鬼はいないと思う地上の人間を皮肉りつつ。

 

地底まで一人で来た人間が最後に締める言葉としては実に豪胆と言う他なかった。

最初にこの言葉を述べていたらオオスは鬼達から殺されてもおかしくなかっただろう。

 

だが、オオスの舞う『幻想郷異変縁起』には鬼が出てこない。

 

勇儀はふと萃香を思い出した。一人で地上へ行った変わり者の同胞のことをオオスは知っているのではとも思った。

一方、酒の肴で酔った大多数の鬼達は先だった同胞を見送った際に同じような体験をしたことを思い出した。

オオスなりの皮肉に気づく鬼もいた。だが、オオスの豪胆さに気づき唸るほかなかった。

何よりも見事な舞いに魅了された。

 

…様々な思いを鬼達は酒で流し込んだ。

オオスの舞いの言葉は見事な締めと言う他なかった。

 

いつのまにか鬼以外も参加していた今宵の宴は満員御礼、拍手喝采でオオスの幕を閉じた。

 

 

 

芸が終わり鬼やら何やらと話したり酒を交わしながらオオスは勇儀の下へと戻っていった。

 

「へえ、さとりから妹の面倒見てくれないかと頼まれたけど断ったのかい」

勇儀は最初に招いた理由でもある古明地さとりのところへ行った話でも聞かせろという話でオオスと共に酒を飲み交わしていた。

 

その一方で、

『もし、私の芸が気に入らなかったら命でも何でも持って行くと良い』

オオスのこの言葉は嘘偽りがなかった。

勇儀は久方ぶりの地底の大賑わいを見てオオスに何か返さなければ鬼として廃ると思った。

 

「罪業から解放され、心を捨てて空の心理に迫る」

オオスはこいしを見て感じたことを呟いた。

 

「こいしさんの問題はある意味、僧侶の領域です。

 …私は酒も飲めば神にも仏にも祈らない。故にちょっと荷が重い」

オオスはさとりの要望に応えきれる自信がなかった。

輝夜との約束もありそれを対価に引き受けるべきかとも少し思ったが、さとりの望む仕事を全うできると断言できない以上オオスとしては断りを入れる他なかった。

 

「お前さんがそこまで言うとは思わなかったな」

勇儀はそう言いつつも、安易に引き受けないオオスの仕事への誠実さを悟った。

 

「煩悩は我が弟子なれば意のままに従え使い、あまたなる修行の道は友にしてさとりに至る」

オオスはとある仏典の一節を引用し、暗唱する。…酒を飲みながら。

 

「食するは甘露のみ教えさとりをば味わい飲みて、浄らなる心に浴し戒めを香とし塗りぬ煩悩の賊をけちらす雄々しさは超ゆるものなし」

オオスは酒を一気に飲み干して言い切った。

 

「何だいそりゃあ?」

勇儀はオオスの言う事の意味がわからず疑問を言葉に出した。

 

「まぁ、要するに大昔のお坊さんが言う仏のさとりという奴ですよ。

 私のは論語読みの論語知らず。記載された術の類は模倣できても中身がない。

 …徳の高い僧侶でも居ればいいんですがね。地上には生憎、物臭巫女しかいない」

オオスは幻想郷にこいしを導けるような僧侶がいないと勇儀に愚痴った。

 

「今のを聞く限りはお前さんでも問題ないと思うがねぇ…」

勇儀はオオスの愚痴の真意はわからないが、オオスには十分その適正があると思った。

…そこにはいないが、さとりも同意見であった。オオス以上の適格者は他にいない。

 

「それに私は今抱えている問題が片付かない限り、余計な依頼は引き受けないことにしているんです」

オオスは更に酒を飲み、余計な依頼は引き受けないそう言い切った。

 

「何だ?悩みでもあるのかい?」

勇儀は思わぬ形でオオスの芸への返礼ができそうな話題に取り付けた。

 

なお、オオスは完全に酔っており、その事実に気が付いていない。無意識の言動であった。

 

「売り言葉に買い言葉でお姫様が納得しそうな珍しい物を持ってきてやると言ってしまったんですよ。

 …糞、このままだと私の宝が持って行かれてしまう」

オオスはあの輝夜に火鼠の皮衣、喪服を渡すのが本気で嫌だった。

 

「それだけ大事な物を…随分と安請け合いしたものだな」

勇儀が見た限りであるが、オオスがここまで悔しいという感情を見せたのは初めてだった。

…オオスにとって余程思い入れのある宝に違いないと確信した。

 

故に、勇儀は宴の礼としてオオスへアレを渡すことにした。

 

「良し!これをやろう」

そう言って勇儀はオオスへ自身が手にしている盃を渡した。

 

それは星熊盃と呼ばれる物であった。注がれた酒のランクを上げる鬼の名品である。

 

「…これほどの品を貰うわけにはいきません。

 これが無粋なのはわかりますが、あの芸は未完。私の信条としても受け取るわけには…」

オオスは勇儀の渡した思いを理解しつつも受け取れないと言う。

 

何しろオオスの『幻想郷異変縁起』は未完の舞いだ。正直、生きている間に完結できるかも怪しい。途中で死ぬ可能性も高い。

それにオオスは鬼退治したわけでもない。だからこそ、勇儀から星熊盃は受け取れないと断りを入れた。

 

「安心しろ。これはまだ持っている。…確かに数はないが」

勇儀はオオスの信条を無粋と言わない。

 

だから、星熊盃を渡すのだとオオスに言った。

とはいえ、鬼の名品であるため同じものは勇儀の手持ち以外は本当にない貴重なものだが。

 

「…では、これ以上断るのは無粋の極みというもの。ありがたく頂戴します」

オオスはそう言って勇儀に優雅に礼をし、星熊盃を受け取った。

…思わぬ形で輝夜に持っていける名品を手に入れてしまった。

 

オオスは盃を受け取りつつも勇儀の星熊盃を受け取る対価としてあの芸は安すぎると思った。

 

そのため、

「…地底にまた遊びに来た時に芸を披露する場を提供して貰えますかね?

 今度の芸は舞いではないものも考えてきます」

オオスは芸を披露する場所を提供して欲しいと勇儀に依頼した。

 

これは、オオスとして足りぬ礼を勇儀に払うものだった。

 

「あははは!鬼に対して強請るとはお前さんは勇気があるな!」

勇儀はオオスの裏の意図を読み取り強情だと笑い飛ばした。

 

オオスのそれを無粋と撥ね退けるのは鬼である勇儀でも難しい。

形としては鬼の宝を受け取って、更に寄越せというものでもある。

オオスのこの返しは勇儀に取って実に愉快であった。

 

「フフフ。私は人間なのでね。強欲なんですよ」

オオスは勇儀に笑って返し、更に酒を飲んだ。

 

この酒には、地底の秋の彼岸花は良く映えるとオオスは思った。

 

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