迷いの森の竹林の何処か。
そこには永遠亭の不穏分子なご近所さん藤原妹紅の隠れ家があった。
秋も終わりかけの夜、その不穏分子の家へ誰かがやって来た。
そのとき、妹紅は片膝を立てて床に座り背中を壁に押し当てて寝ていた。
妹紅はいつでもすぐ起きられる体勢で眠る癖があった。
それはあの異端者が自らを人間と言い切った日を過ぎても変わらぬ妹紅の習慣であった。
突然の訪問者はあからさまに不穏な気配を漂わせていた。
妹紅はその姿を確認する前に火炎を発し、標的は炎で包み込まれた。
だが、
「こんばんは。早速ですが妹紅さん!
今から引き籠りお姫様に恥をかかせに行くんですが、一緒に見に行き来ませんか?」
炎から爽やかな笑顔で陰湿な言葉を発する喪服の男、オオスが現れた。
その背中に何かをきつく巻きつけているようだった。
オオスの宝である喪服には妹紅の炎は無意味だった。否、どんな炎でも焼けはしない。
オオスの喪服は御伽噺、かぐや姫の五つの難題である『火鼠の皮衣』製であった。
極めて贅沢な無駄遣いであると妹紅は改めて思った。
「押しかけてきて早々に陰湿なことを爽やかな顔で言うな!?そもそもどうやってここがわかったお前!?」
妹紅は突然の不審者オオスの随分な登場に声を荒げた。
…妹紅からしても風情もへったくれもない。何て空気が読めない奴だと思った。
「嫌がらせに関しては口の堅い素晴らしい友人が手伝ってくれました!」
オオスは友の力を借りたと妹紅に言う。
オオスは幸運を齎す力を持つ友てゐに感謝していた。
因幡てゐは本当に良い友だとオオスは思った。
何せオオスが今からやろうとしていることを話すと即妹紅の下へ案内してくれた。
今の今まで不穏分子なご近所さん藤原妹紅の隠れ家を知っていても輝夜に報告していない。
これから行う嫌がらせは輝夜に絶対漏れる心配はないとオオスは確信している。
「凄いけど随分嫌な友人だな、そいつは!!」
妹紅はオオスと同類と思われるその友人を罵倒した。
妹紅がオオスへのツッコミに疲れて息を切らせた辺りで落ち着いて話ができるようになった。
妹紅は不老不死の蓬莱人と言えど体力は無限ではない。
そして、オオスは嫌がらせに関しては無限の体力を持つ。勝敗は始まる前から見えていた。
「…なるほど。つまり、輝夜の口車に載せられて自分の喪服、火鼠の皮衣を渡す羽目になりそうになった、と」
妹紅はオオスが売り言葉に買い言葉で喪服を渡す羽目になりそうだという話を聞いた。
「私が言うのも何だが、くれてやれば良いんじゃないか?」
妹紅はオオスへそう吐き捨てた。
輝夜の意図は明白だ。オオスに無理やり告白の形を取らせようとしていた。
…自らの過去と自身の父を思い出し、オオスへ八つ当たりしていた。
「嫌ですよ。あげるくらいなら燃やします」
オオスは妹紅の八つ当たりも気にせずそう言った。本当に嫌そうである。
「燃えないだろうそれ」
妹紅は呆れ顔でオオスに言った。
本当に嫌そうな顔をしているこの男はやはり頭がおかしい。
だが、妹紅は自然と愉快な気分となった。…悔しいので表には出さないが。
「笑うところですよ。今の」
オオスは妹紅の反応に物足りないようだ。
「アンタのは本気か嘘かわからなくて笑うに笑えないよ」
妹紅はそう言いつつも顔が引きつっていた。くつくつと笑いそうだ。
「喪服の代わりの物貰って来たのに…そんなんじゃあ見せてあげませんよ」
オオスは拗ねた子どものような表情でとんでもないことをさらっと言った。
「…嘘だろう?」
妹紅は思わず唖然とした。輝夜の納得しそうな物等相当なものだ。
オオスが言う事が本当ならこの一週間以内に見つけたことになる。
…御伽噺でもそんな都合の良い話はない。妹紅は自らの過去を改めて思い出した。
だが、
「本当です。…これです。鬼の盃です」
オオスは本当に輝夜が納得するしかない物を持ってきていた。
「どういうものなんだ?これは」
妹紅はよくよく考えれば自らの炎でも燃えなかった物に価値を見出した。
本当に鬼の秘宝ならば妹紅程度の炎でも傷一つすらつかないだろう。
「星熊盃。その盃に入れた酒の格を上げる。これさえあれば酒屋廃業待ったなし。…酒屋殺しです」
オオスは妹紅の様子を見つつ、盃の説明をした。
「…昔、聞いたことがあるな。鬼の四天王だかの盃だろう?」
妹紅は古い記憶を引き出した。…幻想郷からもいなくなった鬼を思い出す。
本当にそれならば輝夜も認めざるを得ないだろう宝だと妹紅も思った。…信じるかどうかは別として。
「ああ、私の言葉が嘘だと思っていますね!…ちょっと酒借りますよ」
オオスは訝し気な妹紅の様子を見て妹紅の家を勝手に漁りだした。
「あ、おい。勝手に人ん家漁るな!」
妹紅はオオスにそう言いつつも本気では止めない。…オオスの話を聞く気になったからである。
なお、オオスはマナーに煩いが、相手が気にしないのであればセーフという感覚の持ち主である。妹紅が本気で怒ったらすぐ辞める。
「ほら、これで飲んで見てくださいよ」
オオスはそう言って漸く見つけた一部欠けている酒瓶と星熊盃を差し出した。
…オオスは妹紅の雑な生活環境に文句の一つでも言いたかったが、空気を読んで口には出さなかった。
「どれ…」
妹紅はオオスから恐る恐る盃と酒を受け取り、盃に酒を注いだ。
そして、
「本当だ。…本物の鬼の秘宝じゃないかこれ!!」
妹紅は思わず声を荒げた。もはや毒物同然の酸化した酒が、切れの良い芳醇な旨みを感じさせる酒へなっていた。
妹紅もこの盃は本物の星熊盃だと確信せざるを得なかった。
…同時にこんな酒で試したことを後悔した。鬼の宝にアレはない。
「だから言ったのに」
オオスとしてもまさか妹紅の家がここまで酷いと思わなかった。
…こんな有様なのに慧音は何をしているのかと少し思った。
多分、妹紅に言っても改善しないのだろうが。
「…鬼はもういないんじゃなかったか?どこで手に入れたんだ」
妹紅はオオスの刺すような視線に気まずくなり入手した経緯を尋ねた。
…今度からもう少し片づけようと妹紅は思った。
今まではいつ輝夜からの敵襲があっても良いように雑にしていたが。
「泥棒追いかけていたら鬼の楽園に迷い込んで宴会で踊ったら貰えました」
オオスは正直に言った。事実である。
「意味わからんぞ…」
妹紅は混乱した。意味が分からない。御伽噺かよと思った。自らの存在は棚に上げた。
「私からすれば良くあることなんですがね。この幻想郷では常識に囚われてはいけない」
オオスは妹紅へ言い切った。
現にオオスが外にいた頃は、夢の空間で邪神からお題を出されたり、いきなり見知らぬ土地に転移したりすることは稀に良くあることだった。
「…私は千三百年は生きているが、お前程の非常識はいなかったぞ」
妹紅はオオスの言葉に呆れを持って答えた。非常識過ぎる回答だった。
「失礼な。私は善良なる一般里人にして紙芝居屋のオオスですよ!」
オオスは本当に失礼だと言わんばかりの態度で名乗る。
「ああ、はいはい」
妹紅は聞き分けのない子どもへの対応のようにスルーした。
「それでまぁ、本題なんですが」
オオスはいきなり話を変えた。今までの話は何だったのか。
「今までの話は何だったんだよ、おい」
妹紅も思わずそのまま思ったことを口にだした。
「…輝夜さんにあげる前にこれで酒盛りしましょうよ」
オオスは実に陰湿な笑顔で妹紅へ囁いた。
その姿は誰がどう見ても悪魔の囁きであった。
「…うわぁ、悪い奴だなお前」
妹紅はそう言いつつも暗い笑顔で答えた。今にも笑いだしそうだ。
妹紅にとっては陰湿ながら悪魔的な魅力ある提案だった。
輝夜への仕返しとして先に星熊盃で酒盛りをした。
不老不死の妙薬を盗むよりもずっと健全な嫌がらせである。
オオスの提案は妹紅にとって実に愉快だった。
「ただであげるのも癪なんですよ。単純に」
オオスはそう吐き捨てた。
オオスにとって、鬼との友情の証のような物を約束とはいえ輝夜に渡すのは癪だった。
「気持ちはよーくわかる。…よぉし、私の奢りだ!輝夜の前に鬼の秘宝で酒盛りといこうじゃないか!」
妹紅はオオスと一心同体、竹馬の友とも言うべきノリであった。
「さっすが~、妹紅さんは話がわかるッ!」
オオスは話がわかる上官を褒めたたえるような口調で言った。
幻想郷では通じないだろうが、通じる言葉であった。
…だが、妹紅の家にある食料が不老不死に胡坐をかいて毒を含んだものばかりだと判明した。
妹紅は普段の生活が雑過ぎた。オオスが食べても死ぬものだった。
「妹紅さんは天然で殺し屋をやれますよ」
オオスは妹紅へ呆れてそう言った。
妹紅のオオスに酒の肴として劇物を出した自然な動作は、初見で毒物と気づけるか怪しい。
「面目ない…」
妹紅は本気で恥じているようだ。
「外で飲める場所知りませんか?…人里以外だと私詳しくないんですよ」
オオスは外で飲める場所を妹紅に尋ねた。
オオスの良く行く人里の店では目立ち過ぎた。…鯢呑亭は煮物が旨いのだが。
そして、オオスの家は人を招くには危険すぎた。
妹紅とは違いキチンと整頓されているが危険物だらけである。
…オオスも妹紅のことを強く言えなかった。
「ええと…夜雀ところなら余り目立たないか」
妹紅はそう言って人気のない屋台へオオスを案内した。
だが、妹紅の行きつけという夜雀の八目鰻の屋台は今日休みだった。
目立っては駄目だった。妹紅が輝夜に隠れてこっそりやるから仕返しなのだ。
オオスなりの千三百年前の復讐として妹紅に提案しに来たのだ。
だからこそ輝夜にはバレたくない。妹紅もオオスの意図を読んでいた。
…オオスと妹紅は結局、慧音の家に押しかけた。
二人して知っている輝夜にバレないところがそこしかなかった。
出迎えた慧音は二人の仕返しの陰湿さに教師として苦言を呈した。
だが、星熊盃の持つ魅力に惹かれて結局慧音も一緒に酒を飲んだ。
…それはもう小さな宴会であった。
慧音も妹紅も結局は酒の魔力には勝てぬ『人』であった。