オオスは宴会の後、早速地霊殿にいる古明地さとりへ挨拶しに行くことにした。
自宅と地底に直通電話を敷くのだ。オオスはもうする気満々である。
なお、他の鬼達はオオスがさとりに用があるというと大人しく引き下がってしまった。
オオスがまた宴の機会によろしくと言うと鬼達はそれには喜んで返事はしてくれた。
…さとりは随分嫌われたものだとオオスは思った。だから、ある決意をした。
酩酊状態だからできる奥の手である。問題は勇儀がさとりをどう思っているかだ。
オオスは歩きながら酩酊した状態で思考を巡らせ、より酩酊状態へ持っていった。
勇儀はオオスを地霊殿に送ると言ってついていくことにした。
オオスは酩酊しており、誰がどう見ても危なっかしかった。
「あいつらも悪気があるわけではないんだがな…」
勇儀はオオスへ言った。
オオスの他の鬼達を見て思うところがあったようだったので庇うように言ってしまった。
「…この間、地底で買った本等を読みましたし、さとりさん本人とも会話しました。
地底で事件があると駆り出されている。地底の管理もしっかりしていると思うのですが」
オオスはさとりがあんまりではないかと本音で勇儀に言う。
「…心を読まれるのはいくら鬼でもキツイんだよ」
勇儀はオオスに思わず目を逸らしてしまう。
…鬼は嘘嫌いだ。これは嘘ではない。
勇儀はオオスが古明地さとりへ全くと言って良い程、嫌悪感を抱いていないことに何かを感じた。
「…まぁ、敵対するなら私も勝ち目ないですが。そういうことにはなりませんでしたし」
オオスは勇儀の心情を汲み取ったのかズレた答えを返してきた。
だが、
「そういうんじゃないんだが…お前さんはどうして大丈夫なんだい?」
勇儀はオオスに直球で尋ねた。オオスの配慮等お構いなしだ。
勇儀は頭を使う者として天敵であるはずのさとりをオオスはどう思っているのか気になった。
「だって私、嘘つきですしねぇ…心を読まれてもだからなにか?って感じなんですが」
オオスは勇儀へそう言った。極々当たり前のように。
そもそも嘘をついているのだから心を読まれても全くやましいこと等ない。
何も知らない第三者からすればオオスの答えは詭弁であると取れるだろう。
…しかし、オオスのそれは本心であると勇儀は確信した。
オオスからすれば古明地さとりは便利な能力を持っているなとしか思っていないのだろう。
オオスには覚妖怪への忌避感はない。
勇儀はこれまでのオオスとの会話からそう確信した。
だから、
「…あはははは!お前さんは自分を嘘つきというが、ある意味鬼より正直だよ!」
勇儀はそんなオオスの答えが琴線に触れた。笑いが止まらない。
嘘つきが嫌いな鬼が馬鹿馬鹿しくなるほど立派な嘘つきである。
勇儀はこれほどまでに見事な嘘つきを見たことがなかった。
「…そういう言い方をされたのは初めてですね」
オオスは勇儀の答えに何かを感じたようだ。
地霊殿にオオスは勇儀と一緒に入ることを提案してきた。
普通なら少々戸惑うところだが、オオスとの会話で勇儀は何かが吹っ切れた。
なので、勇儀は信頼をおいてオオスについていくことにした。…何をするのかは知らないが。
オオスはさとりへの挨拶を軽く済ませて勇儀を紹介し始めた。
さとりと、お燐と言う猫も同席していた。
お燐はオオスと…特に勇儀をあからさまに警戒しているようだった。
無理もないと勇儀は思った。だが、鬼を前にして主人を守る気概は見事と感心した。
「…こんばんは。珍しいですね勇儀さんが来られるのは」
さとりはそう言いつつお燐を手で制す。ペットを窘めるように。
「さて、私の頭を覗いていただけたらわかると思うのですが」
オオスはさとりに心を読めと言わんばかりの態度である。
勇儀は本当にさとりが心を読んでも怖くないらしいと呆れた。
しかし、
「…流石にそれはどうかと思うのですが。ちょっと酷いですよ」
さとりはオオスの思考にドン引きしたようだ。
なお、この時のオオスの思考を端的に言えば、
『おう、こちらには鬼の四天王がいるのやぞ電話線くらい繋げや』
である。実に酷い。
「…何を考えているんだい?」
勇儀もさとりの引きっぷりに思わずオオスへ尋ねた。
「まぁ、冗談はされおき」
オオスは勇儀の問を交わした。…良く聞くとオオスの呂律が回っていない。
「おい」
勇儀は思わずオオスへツッコんだ。
…舌の根の乾かぬ内にこれかと勇儀は思ってしまった。
「…いや、勇儀さん。本当に冗談だったようです。この方がもの凄く面倒臭いだけです」
さとりはオオスの思考を読み違えたようだ。
オオスが酩酊状態であること、そして勇儀が来たという想定外もあったのだろう。
さとりはオオスの心を読み違えたらしい。
…心を読めとオオスはさとりへ言ったのに別の事を考えていたのか。
それは確かに凄く面倒臭いと勇儀は心の中でさとりへ同意した。
「…寧ろ、勇儀さんがついてきたことに困惑しているようですね。
…酔った勢いで来たけどどうしようとか考えています」
さとりはオオスの心を読み、考えもなしに勇儀も入れたことを明かす。
「何も考えてなかったんかい!?」
勇儀は思わずオオスにツッコんだ。
勇儀もオオスが何かそれっぽい考えがあるのかとつい、ついて来てしまっていた。
「まぁ、話というのは地底と私の家に連絡手段を作りたいだけです。
今回みたく急に来て申し訳ないなぁって思いまして」
オオスは勇儀にもわかるように今回さとりへ訪問した意図を言う。
「ああ、なるほど」
勇儀も納得した。オオスの発想がぶっ飛んでいるが納得がいった。
…ついでにオオスの雰囲気に飲まれてついて来た自分を少し恥じた。
「…勇儀さん。この方は考えられているより大分単純、いや馬鹿です」
さとりはオオスに毒を吐いた。
「…意外に話をしてみると分かり合えるものだな」
勇儀はオオスの馬鹿っぷりに毒を吐くさとりへ共感を覚えた。
「ああ、ヤバい。もうここで泊ってよいですか?」
オオスは本気で酔ってさとりへ泊まらせろと言う。
そして、オオスは地べたで横になり、本気で寝始めた。
…見る物全てが台無しにする光景が目の前にあった。
勇儀もこれには呆れ果てる他なかった。
だが、
「…嘘をつくのが上手すぎますね。この人」
さとりはオオスに呆れたように呟いた。
「…それはどういう」
勇儀はさとりへ真意を聞きかけた。
だが、ここで勇儀はオオスがさとりに対して酩酊状態で会話することの意味を悟った。
ここからはさとり視点で解説になる。
心が読める妖怪に対する酩酊状態での頭の良い馬鹿の発想であった。
オオスの思考は言うならば思考の酔拳である。
わざと酩酊することで一時的なトランス状態にする。
自己催眠によって表層的意識が消失して心の内部の自律的な思考や感情が現れる。
その結果、その思考が全て本音になる。オオスの思考の支離滅裂は全て本音と化す。
さとりも酩酊状態の心理を読み解いたことは多い。
地底だからこそ酒を飲んだ酩酊状態での事件は多かった。
だが、オオスの思考は計算されつくした酩酊だった。
…さとりも経験したことがない未知の領域の計算づくの行動だった。
勇儀という虎の威を借りる狐を本気で思考する。
地底と自宅を繋ぎたいという本音を思考する。
そして、今すぐにでも寝たいという本音を思考する。
…そして、さとりに一人くらい友達がいても良いのではないかという『想い』があった。
さとりは勇儀とオオスの醜態で仲を取り持つことがオオスの真の狙いであると気が付いた。
地底に居続けられないオオスがさとりへできる精一杯のお節介だった。
…心を読む妖怪を騙す方法としては見事としか言えない。
きっと起きたオオスに対して、さとりが心を読んでもわからないだろう。
…さとりのペットのお空が物を忘れてしまい、思考を読んでも意味がないのと同じだ。
しかし、オオスはそれを計算に入れていた。
心を読める覚妖怪の自分が、どれが本当かわからない。…性質の悪い冗談かとさとりは思った。
さとりはこの嘘つきには心が読めても負けたと悟った。
「ああ、もう!ここで寝るんじゃないよ!」
勇儀はオオスに呆れて起きるように呼び掛けた。
だが、勇儀は鬼を束ねる者としてさとりの呟きからオオスの真意を見抜いた。
…さとりがわざと呆れる仕草をしなければ自分も騙されていた。
さとりも勇儀も二人とも騙されていた。
自らの醜態で勇儀とさとりの二人の仲を取り持つように誘導するのがオオスの計算だった。
オオスは酔っているからこそ、本当のことを言いつつ、嘘を吐ける。
勇儀は心を読めても酩酊状態ならば覚妖怪を騙すことも可能かもしれないと思った。
…だが、そんな状態ではまともな思考どころか行動もできない。不可能である。
しかし、目の前の男、オオスはそれをやってのけた。
勇儀はオオスの真意をさとりの言葉で気が付いた。
オオスにとってそれだけが計算外だっただろうと勇儀は確信した。
オオスの醜態を餌にして二人は仲良くなれるだろう。
勇儀はオオスとの会話を思い出した。
『だって私、嘘つきですしねぇ…心を読まれてもだからなにか?って感じなんですが』
オオスは本当に嘘つきだからこそ心を読んでも騙せるという自負があった。勇儀は悟った。
そして、勇儀はさとりの呆れの振舞いがオオスではなく勇儀へ向けたものだと気が付いた。
…さとりは言わなくても良いオオスの醜態を計算された物だと勇儀へ教えた。
それは、さとりはオオスの醜態を利用する程無粋ではないことを示していた。
「「…この男は嘘が上手すぎる」」
床で寝入ったオオスを見て勇儀とさとりは同じことを呟いた。
そして、二人とも思わず笑った。
さとりと勇儀はこの日、外から来た人間を通じて初めて心から分かり合えた。