男は気が付くと見知らぬところにいた。
幻想的な空間が辺りを覆う。空を飛んでいるようでもあり、地の底にいるようでもある。
地上と月を繋ぐ街道のような空間になったかと思えば、不気味なお化け屋敷が現れた。
それが壊れては再生されるを繰り返してやがて消えていった。
…こんな場所の存在は有り得ない。男、オオスはこの感覚に覚えがあった。
「…夢の世界か」
オオスは現世の自分が奥の手を使ったと確信した。
何故、こんなことをしたのか知らないがそれ程大切なことだったのだろう。
…嫌がる奥の手であるはずのトランス状態を使用したのは大切な存在でもできたのだろう。
それならば、自分のこととは言え喜ばしい。…こう表現すると現世の自分は激怒しそうだ。
自分のことながら実に面倒臭い。…神が嫌いというよりも自分を許せないだけだろうに。
「あれ?貴方は誰かしら?」
青髪と青い瞳。頭には赤いナイトキャップを被っている女性が現れた。
髪はナイトキャップの中にしまっているようであり、服はボンボンが付いた白黒のワンピースを着ていた。
「これは失礼を。私の名はオオス。幻想郷にて紙芝居屋を営む善良なる一般里人です。
夢の支配者とお見受け致します。此度は不躾な訪問をお許しください」
オオスはそう言って優雅に夢の支配者へ礼をする。現世の自分と全く同じように。
善良なる一般里人とは我ながら実に見事な名乗りである。
オオスは現世の自分を自画自賛した。
「これはどうも。私はドレミー・スイート。夢の世界の支配者です。以後お見知りおきを」
女性、ドレミーはオオスの礼に礼を持って返した。
夢の支配者として善良な方のようだとオオスはホッとした。
これならば、現世の自分を起こさずに済みそうだ。…混ざると厄介この上ない。
現世の自分は精神力が強すぎる。戦闘になれば心強いが、そうでないならいない方が良い。
「…って!ちょっと待って」
ドレミーは懐から手帖を取り出し、パラパラとめくり始めた。
オオスは何をしているのだろうかと気になりつつもドレミーを待つ。
しばらく時間が経過した。その時間はオオスには数時間か数分かはわからなかった。
だが、ドレミーが手帖を最後まで捲り終わったようだ。
「…私の手帖は夢日記。全ての人の夢が記録されています」
ドレミーは夢の支配者としての権能をオオスへ説明する。
凄まじい能力だとオオスは驚いた。
自身が知る自称神共でも似たようなことができるのはいないかもしれない。
「ですが、貴方の夢は記載されていません」
ドレミーはオオスを見てそう言い切った。
「…見落としという線はないですか?」
オオスはドレミーにそう言いつつも内心焦った。
どう考えても夢の世界では勝てない類の存在である。
目の前の女性ドレミーはどう見ても善性だった。
敵対されればオオスは死ぬ。…現世の自分も相当なダメージを負いかねない。
「…もう一度聞くわ。貴方は誰かしら?」
ドレミーはオオスへ宣言した。オオスは最後通告であると確信した。
ヤバい。死んだ。オオスはそう思った。
…オオスはドレミーへ説明しようにも説明できなかった。
現世の自分が自身を『人間』と規定している以上は今の自分には権限がない。
だが、思わぬ形でオオスに救いが訪れた。
「…失礼。現世の私が目を覚ますようです。答える時間がありません」
オオスは内心の焦りを一切見せず、ドレミーへ謝罪した。
現世の自分の睡眠時間が三時間であることにこれ程感謝したことはない。
八雲紫が何と言おうともそのままの自分でいたいものだ。
「また、改めてご挨拶させていただきます」
オオスはそう言って現世の自分へ意識を戻した。
次、夢の世界へ来るときは無理やりでも現世の自分を引っ張って来ようと決意した。
嫌がるだろうが、こんな目に遭うよりはマシだった。
「…消えたわ」
ドレミーはオオスと名乗る存在が夢の世界から完全に消えたことを悟った。
幻想郷にオオスはいると言っていた。
幻想郷といえば八雲紫ですら、夢の世界に潜んでいることはあっても消えることはない。
ドレミーの権能は夢では絶対である。それこそ神すら、あの月の民すら抗えない。
「全ての存在には夢世界の人格が存在する。故に私の知らないことはありえない」
ドレミーは自身へ言い聞かせるように口に出して確認した。
「…また此方に来ると言っていたわね」
ドレミーはそう呟き、考えるのを辞めた。
またオオスが夢の世界に来るまでどうしようもない。
夢の世界の幻想郷の住民達に聞けば多少はわかるだろう。
だが、夢の世界の住民達は現実の本人より感情が激しい。
…正直、聞き取りしても当てにならない。
ドレミーが見た限りではあるが、オオスは少なくとも真摯的な振舞いを見せていた。
…少々、オオスを脅し過ぎたとドレミーは反省した。あの対応では殺されると思われたかもしれない。
だが、それよりもオオスが来たことで夢の世界に異変がないか気になった。
…夢の世界と外部の世界とのルールが破れるようなことがあったら一大事だ。
ドレミーは念のために夢の世界を見て回ることにした。
…奔走するドレミー・スイートの姿は慈悲深い女神のようであった。
オオスは夢から目が覚めた。オオスは夢を見ない。
…こっちにくんなと夢の世界の邪神から追い出されるのだ。オオスは出禁である。
オオスも短時間しか寝ない。オオスだって夢の世界の邪神に会いに行きたくはなかった。
…実に両想いの関係である。
オオスは地霊殿の寝室で寝ていた。
…勇儀が地べたで寝るオオスをそこへ放り込んでいた。
「頭が痛い…何も思い出せない」
オオスはそう呟いた。
顔を青くしてふらつきながら、自分の現状を確認しようとして吐きそうになった。
…オオスの姿は酔っ払いの二日酔いそのものであった。
「地霊殿なのはわかる。何故いるのかわからないが」
オオスは自身の断片的な記憶から地霊殿にいることを察した。
オオスはさとりに挨拶しに行くことにした。…謝罪の時間である。
地霊殿の大広間にて、オオスは何故かさとりと共に勇儀がいることに驚いた。
「あれ?何故勇儀さんがいるので?」
オオスは挨拶の前に聞いてしまった。
「ふふふ」「あはははは!」
だが、それがおかしいのか。さとりも勇儀もオオスを笑うだけであった。
…さとりには友達がいないと思っていたがいるようで何よりである。
オオスは微笑ましく思った。
「…貴方がそれを言いますか?」
さとりは珍しく怒りを抱いた。
…オオスは余計なことを言う、ではなく考えた。
オオスはさとりからさらに怒られることになった。
…オオスは自宅と地底を電話で繋ぐどころではなくなった。
「ああ、すみません。いや、ごめんなさい、本当に」
オオスは自分の思考がさとりに対して失礼極まりなかったと反省した。
オオスは自分が何をしたのかさっぱり覚えていなかった。
…それはオオスが地霊殿に来る前に行っていた計算通りであった。
「本当に何も覚えてないのかい…まったく」
勇儀はさとりが語っていた推察通り過ぎるオオスの言動に呆れた。
だが、二人の様子を勇儀は微笑ましく見ていた。
…勇儀には覚妖怪への忌避感はもうはなかった。