地底観光としてオオスは地獄巡りをしていた。
喪服を着て慎ましく地獄へ行きたいなどとほざくオオスには勇儀も呆れていた。
さとりはオオスの心を読んで地獄に本当に観光に行きたいだけなのに呆れた。
…さとり的にはもっと何かあると思っていた。それこそ企みや陰謀の類である。
さとりはオオスの心は読めても行動は読めない類、こいしに近いと改めて思った。
こいしは心は読めないが、オオスの有り方は無我の境地であった。
オオスはそれを否定するが。
オオスは旧地獄の支配者たるさとりに地獄観光の許可を取った。
お燐というペットを護衛につけてという条件の下だが。
オオスは、地獄は地獄として平然といつものように呑気に歩いていた。
流石に地獄の怨霊を救うことはオオスもする気が起きない。
こればかりは罪として気長に待つしかない。
なお、血の池地獄で溺れているセーラー服を見かけた以外は本当に地獄そのものだった。
オオスとしてはもう少し自身の想像を絶する類の物を期待していたのだが、実に生温い。
オオスは幻想郷へ来た際に誤ってそのまま地獄へ行っても平気だったと改めて思った。
オオスにとって地獄は天国より快適かもしれない。オオスは心の底からそう思った。
オオスは火鼠の皮衣である喪服もいらない程度の少し残念な灼熱地獄を見学していた。
そこで、オオスは初めて地獄とは無縁そうな只ならぬ気配を感じ取った。
…仏教系の術、法力である。それも尋常ではない力だ。
オオスが知る限り外の世界ではこれ程の物はもうなかった。
「お燐さん。ここに何か封印されていたりしますか?」
オオスは護衛のお燐へ尋ねた。お燐は地獄の管理人の一人である。
「ん~?本来あたいの管轄ではないからなんとも言えないけど…どうかしたのかい?」
本名火焔猫燐、お燐と呼ばれた猫耳少女はオオスへ返答した。
お燐はお空に聞こうと思ったが、お空が知るわけはないと思って辞めた。
だが、それとは別にオオスにお空を紹介しようかとも思った。
お燐は深紅の瞳、同色の髪を両サイドで三つ編みにし、根元と先を黒いリボンで結んでいた。
頭には黒いネコ耳が生えているが、人の耳も付いているので耳が4つある。
…オオスはお燐の耳の構造がどうなっているのか少しだけ解剖したかった。
お燐が死体であればだが。
「いや、何かあったので…ちょっと見てきますね」
オオスはそう言って風となり、空となって空高く昇って行った。天狗の術である。
…最近は天狗の術を使い過ぎてオオス特有の別物に変質しつつあった。
ただ単にオオスの術を使う効率が良くなっただけかも知れないが。
オオスは法力が発生している方角へ飛んでいく。
灼熱地獄の上昇気流に乗って更に早く昇って行った。
「ああ!ちょっと!…消えちゃった」
お燐は客人オオスが消えたことガッカリした。
お燐はさとりからオオスは何があっても問題ない。
有る程度放っておいて大丈夫と言われていた。
だが、お燐からすればオオスは薄命そうで淡く美しい。…非常に魅力的であった。
「死体くらい残してから行ってくれれば良いのに」
お燐はオオスの消えていった跡を見て呟いた。
…お燐はオオスと全く同じことを考えていた。
オオスは地底の灼熱地獄の上部に大型の木造の舟が封印されているのを発見した。
法力はここから発していた。…オオスはそれが気になって船の中を探っていた。
「これは封印だが、封印した者と法力は別…。宝物か何かを利用して違う世界へ対象を封じたな」
オオスはそう呟いた。オオスは封印の根幹を解析し終わった。実に興味深いものだった。
封印はオオスの本領である類の術だった。
異界へ飛ばして、封印する。オオスの得意分野だ。
なお、西行妖の再封印もそれの応用であった。
別の可能性、霊夢が西行妖を封印したという異界の解を強引に再現する。
…オオスだけが持つ究極の術だ。
だが、この封印を解くには唯一にして最大の難点があった。
そのためにオオスはこの封印を解けない。
それは単純に場所が問題であった。
船は上にめり込んでいる。…これでは動かしようがない。
灼熱地獄が噴火でもすれば別だろう。
だが、オオスの計算上、そんな力業は核融合並みの火力が必要だ。
オオスが使える魔法『ボロナスの炉』は核融合が理論上可能だ。
…というかできるようにしてある。しかし、それでは範囲が小さすぎた。
オオスもこの魔法は自宅用の電力でしか使用していない。…科学実験等で電気を使っていた。
人里へ電気を供給するシステムも開発したが、幻想郷にそれは害としてオオスは辞めた。
やるとしても八雲紫の許可が必要だ。オオスが死ねば崩壊するシステムは脆弱過ぎた。
話を戻すが、オオスが異界への扉となる封印も含めて全て解けば、地底と異界が混ざり合うことになる。
その結果、地底が大変なことになることは間違いない。…地上はギリギリ無事だろうが。
この封印は封印当初に意図された物ではなかっただろう多重防壁が天然で構築されていた。
オオスからすれば封印自体は大したことはない。
だが、封印に使われた宝物と環境が絶大過ぎた。
最も、さとりという支配者が地底にいるのにオオスがそんなことをするわけにはいかない。
…オオスとしても興味本位で封印を解くつもりはない。それをするのはただの愚か者だ。
だが、オオスは封印された対象に興味が沸いた。
「私が言うのも何だが、随分な外道だったのか。…私と似ているかもわからんな」
オオスはここまで封印される何者かにシンパシーを感じずにはいられなかった。
オオスも外道を持って法力等術の類を行使する。
外道の為に封印されたのであればもしかすればと思う。
もしも、オオスと同じ思想の持ち主ならば是非会ってみたかった。
だが、
「ここにはもう何もありませんよ。聖輦船の宝物は全て盗まれてしまったのです」
オオスが封印に見入っていると誰かが現れ、オオスへ告げた。
オオスは自身の気が緩んでいたことを悟った。
…オオスは空になる術を使いっぱなしだった。
気が付けばオオスは実体へ戻っていた。
…オオスが異物として気が付かれるはずである。
「これは失礼を。私の名はオオス。地上にて紙芝居屋を営む善良なる一般里人です」
オオスは内心の思いなど一切見せず、優雅な礼を持って対応した。
オオスとしても侵入者として殺されても品性までは失いたくはない。
声の主は、髪は水色で目の色は灰色がかった青眼をした美しい女性だった。
頭には尼を思わせる紺色の頭を被っており、頭巾の下からは髪が左右に覗いていた。
雲のように白い長袖の上着だ。下はスカートになっており、上は白、下は藍色に分かれていて、境目は富士山を思わせる様な紋様が施されている。灰色の靴下に、黒い靴を履いていた。
「この船に込められた法力の残り香のようなものだけでわかります。
…さぞ高名な僧侶だったのでしょう」
オオスは本心から褒めたたえる。仏に祈りこそしないが実に見事である。
この声の主がそれを喜ぶかはわからないがオオスの勘は大丈夫だと言っていた。
灼熱地獄の真上とも言うべきところに来た人間は地獄にある意味相応しく喪服を着た男性だった。
「これはご丁寧に。私は雲居一輪と申します。…この地獄でまさか貴方のような存在に出会えるとは光栄です」
一輪はオオスと名乗る男に礼を持って接する。
…村紗が留守で良かったと一輪は思った。
村紗はいつものように血の池地獄で遊んでいるのだろう。
一輪はオオスへ無礼を働いていたらと思い、ホッとした。
一輪はこの屈辱の地での出会いに感謝した。
屈辱の千年。だが、このような存在に会えるとは。
…一輪は久方ぶりに感動していた。
一輪の目の前にいる男は無我の境地に至っていた。
悩みや悪心から解放された悟りの境地だ。
一輪にはオオスがどれ程の修行を積んだのかわからない。
一輪の中では地獄であろうとも救いの手を差し伸べる御仏を連想させた。
…奇しくも一輪はオオスの本質を見事なまでに当てていた。
『全ての煩悩とともに平等となり、完全な清浄をもよく悟る』
一輪は聖が言っていた言葉を思い出した。千年経とうとも忘れぬ思い出の日々を。
聖輦船に現れた時のオオスは完全にその言葉を体現していた。
何もない空間から、否、風から実体になった。煩悩を消し去り、自然と一体となる。
…オオスは空の領域に達していた。一輪は確信した。
一輪と名乗る妖怪が礼を持って自身へ接してくる。
オオスは寧ろ逆に備えていたが、何だか気まずくなった。
「何か勘違いをされているようですが、私は善良なる一般里人です」
オオスは一輪の神か仏でも見るような視線に困惑した。
そういう扱いはオオスとしては本来不快である。
だが、今回は一輪に悪気はないし、オオスも侵入者としての負い目もあった。
一輪に対しては否定だけで済ませることにした。
「ご謙遜を。…御仏の力を扱いになられているのは他の者なら兎も角私にはわかります」
一輪はオオスの否定を謙遜と受け取った。
実際、一輪が知る限りオオスのような者が地底に赴くこと自体普通はあり得なかった。
一輪は何か隠す理由でもあるのだろうと考えた。
…特に理由等なく遊びに来ただけだとはオオスしか知らない。
「この船、聖輦船に込められた力は姐さんの…いや、聖様とその弟様のお力です」
一輪はオオスに聖輦船に込められた法力について説明した。
「…となるとここの封印された方はその血縁であられると」
オオスは一輪の話を聞き、ついいつもの癖で推理していた。
…オオスはどうも一輪が畏まり過ぎていると感じた。
オオスからすれば一輪がこのような対応をするのか疑問でしかない。
「…ひょっとしてその聖様は妖怪に味方して封印された感じですか?」
オオスは結論が出たのでそのまま言葉に出した。
…聖様が誰だかはオオスには検討が付かない。
そもそも聖という存在が多すぎてオオスには知識からの特定できなかった。
恐らくは妖怪に憐れみを感じて救いの手を差し出した。
…これしかこのような封印をする理由がないとオオスは確信した。
だが、それは人間に受け入れられるわけがない。したがって、封印された。
殺さないのは聖様というのが善良だったからか、或いは高名な僧侶の血縁だからか。
或いは両方か。オオスには流石にそこまではわからない。
「…貴方は本当に何者ですか?」
一輪は聖のいわば外道に当たる教えを見抜かれたことに驚いた。
正しい仏の道が正道であるならば、聖は妖怪まで救う外道そのものだ。
もし、オオスが聖を抹殺しに来たのであれば…。
そうであるのならば、一輪は外道だろうがオオスへ対処しなければならなかった。
だが、
「いや、だから善良なる一般里人ですってば。
封印を解くのは船がどこかへ転移でもしない限りまず無理でしょう。…実に残念だ」
オオスは再度善良なる一般里人と名乗り、封印が解けないことを残念に思った。
…オオスは一輪が自分を正道の仏教者に見えたのだとようやく悟った。
さとりもオオスがこいしを認識できるのは、無我の境地に達しているからだと結論付けていた。
だから、一輪もそう思ったのだとオオスは確信した。
だが、オオスは僧侶ではないし、仏に祈らない。…故に違うはず。
オオスは心の底からそう思っていた。
「…貴方も聖様の味方なの?私達と違って人間のようだけど?」
一輪はオオスの言葉に困惑した。
もはや言葉を取繕うのもできなくなって率直に尋ねていた。
オオスは聖の封印を解いてみたいと言い出した。
一輪が知る限りオオスの姿勢はどう考えても正道ではない。…外道である。
「いや、聖様という方は存じませんが、会ってみたいなと思いまして」
オオスは一輪の困惑等無視して本音を言う。
できれば、こいしのことも押し付けたかったがオオスと同じ外道なら無理そうである。
…聖という人間は実に惜しいとオオスは思った。
「ふふふ。変わった方なのですね」
一輪は思わず笑ってしまう。
一輪から見ても嘘偽りなく自身は外道であると高らかにオオスは宣言していた。
…外道でも無我の境地へ至れるのであれば、やはり聖は間違っていなかったのだ。
一輪は確信した。そして、嬉しくなった。
「…私を見てもいきなり襲ってこない。貴方は善良な妖怪だと思われる。
もしかして、聖様は人も妖怪も神も仏も全て同じという楽園を作ろうとされたので?」
オオスは一輪の様子を見て確信に変わった推測を述べた。
オオスは地底ということもあり控えめな防衛手段を多数用意していた。
…ここで使うかもと思っていたのだが、ちょっぴり残念であるとオオスは思った。
なお、さとりからすればオオスのそれはやり過ぎな防衛手段であった。
故にお燐にはオオスを基本放っておけと命じていた。
オオスならば死なないとさとりは確信していた。
「…本当に聖様のことを知らないのですか?」
一輪は本当に驚いた。その通り過ぎた。
オオスは何もかもお見通しであるようだった。
聖のように若返りの魔法でも使っているのかと思った。
…オオスの推測は一輪にとって大当たりも良いところであった。
「知りません。ですが、興味は沸きました。少々お話を聞いてもよろしいでしょうか。
…私も仏からすれば外道の者。中々共感できそうな方だとは思います」
オオスはそう言って一輪から話を聞くことにした。
…同じ外道でも善良な存在はまずいない。オオスは聖に親近感を抱いた。
オオスの使う仏教関連の術は聖徳太子の注釈書研究書である維摩経義蔬が主体の物だ。
以前、勇儀へ語った仏のさとりもそこからオオスが解釈しなおしたものだった。
だが、オオスは仏には祈らない。外道により法力を再現している。
そもそもオオスは8世紀初頭に大飢饉や諸国大地震、痘瘡の流行と立て続けに大災厄が発生しなければ仏教は日本に浸透しなかったと考えている。
オオスは聖徳太子が本気で仏教を広める気があったのか疑問視している程の外道であった。
オオスと一輪は二人だけでしばらく話していた。
一先ず、お互いの事情の大枠だけ話したような形だ。
「ありがとうございました。…実に良い話を聞かせて貰いました」
オオスは心からの礼を一輪にした。実に良い話を聞かせて貰った。
一輪の話から聖は自分とは違い根っからの信仰者だとわかった。
本物の外道ではある。善良なる外道はオオスとしても本当に珍しかった。
…聖に対して親しみは持てた。だが、信仰者と自分とは相いれない。オオスは残念に思った。
「いえ、こちらこそありがとうございました。この地でこのような話ができるとは思いませんでした」
一輪も心から礼をオオスにした。実に良い時間であったと心の底から思う。
一輪からすればオオスは聖の理想の体現者であった。
時には外道も辞さないそのあり方は聖と重なるところがあった。
…だが、どうも仏や神に対しての信仰が欠けているようだとも一輪は思った。
一輪としてはどういう人生を送ればそういう思想になるのか気になった。
だが、オオスが深入りされたくないようなので辞めた。
話も終わり、オオスはお燐の下へ帰ることにした。
思えば、地底にも長居してしまった。まだ一週間も経っていないが。
オオスは地上へ戻って60年に一度の光景を見たくなってきた。気分が変わったのだ。
次は見られないかもしれない。60年後である。
故にじっくり見ておきたいとオオスは思いなおした。
オオスはこの時、霊夢がオオスを探し回って見境なく地上で暴れまわっているのを知らなかった。
「ひょっとしたらですが…」
オオスは最後に一輪へ自らの勘を言おうとした。
だが、オオスは一輪に自分の勘を伝えるべきか悩んだ。
だから言葉に詰まってしまった。
…一輪へ下手に希望を持たせるのは罪かもしれない。
「どうかされましたか?」
一輪はオオスの様子を見て尋ねて来た。
一輪達はここにずっと千年も居続けた。…もう一人とは会えなかったが。
それがどれほど辛いことなのかオオスにはわからない。
だから、罪とわかってもオオスは言うことにした。聞かれたからというのもある。
それに良くも悪くもオオスの勘は当たるのだ。…大体悪い方向でだが。
「近いうちに封印が解けるかもしれません。…私の勘ですが」
オオスは自身の勘を一輪へ伝えた。
オオスは一輪が不快と思うかもしれないことを言った。
千年経っても解けることのない封印である。オオスは希望的観測を勘としか言えない。
…自らの未熟をオオスは恥じた。
だが、
「ありがとうございます」
一輪はオオスに感謝の言葉を述べた。
オオスは否定するが、オオスは無我の境地に達したいわば仏の体現者である。
…オオスにとってはただの勘であろうが、その言葉は一輪にとって救いであった。
「では、またお会いできることを楽しみにしております」
オオスはまた会えるという自身の勘を信じることにした。
そして、オオスは優雅な礼を持って、風となり、空となり消えていった。
「ふふふ。村紗にも帰って来たら教えてあげよう」
一輪は誰もが注目する入道の雲山ではなく自分にのみ声をかけて来た珍しい男のことを仲間に教えようと思った。
オオスも雲山が何も聞かないから挨拶しかしていなかった。…寡黙過ぎる入道である。